序章
街道を逸れた側道を進む馬車はひと際ガタゴトと揺れ、それでも速度を緩めることなく目的地を一直線に目指す。
揺られる中ではそんな不快も気に留めることなく、向き合う面々が着いた先での行動を確認し合っていた。
「まずは発掘隊の拠点へ向かう。そこから遺跡までは徒歩ですぐだ。エリカが先行して遺跡へと降り王女殿下を探してくれ。俺たちもすぐに後を追う」
私の向かいへ座るキース様がそう説明をする。キース様が来ることはアキュベリー侯爵には伝わっていない。まずは私が先遣隊として赴き遺跡内の動向を探る算段だ。王女殿下は早朝には城を発ったらしく、恐らく既に到着しているだろうとのこと。
「エリカを囮に使うようで気が進まないが……」
「問題ありませんわ! カレンディア殿下を見つけ次第、拠点へとお連れ致しますわ」
「頼む。こちらからも周囲を探索するが、エリカも十分に気を付けてくれ」
厳しい顔を見せるキース様へにこりと笑顔を返す。
「リィンはできれば拠点で待機して欲しいのだが――」
「勿論遺跡まで行くよ? この馬車のひどい揺れに耐えているんだ、見返りくらい求めてもいいだろう?」
キース様が横に座るリィン様に言えば、いつもの飄々とした調子でそう返す。
そもそも来いと言った覚えはない、とキース様が無言のままに訴えるのがはっきりと分かるが、リィン様はにこにこと笑みを返すだけだ。なかなかに自由なお方である。
「今朝も飲んだリンゲアのお茶が良く効いてる、痛みもないし歩くのにも障りはないよ」
その言葉にキース様は溜息を返し、どうやら諦めた模様。
「目の届く範囲に居てくれた方がいいかもしれんな。セシルはリィンと共に行動し、王女殿下を保護したエリカとの合流を目指してくれ」
「承知いたしました!」
私の隣にちょこんと座るセシルが気合の入った返事を返す。
私たちの目的は二つ。カレンディア殿下を保護し城へ連れ帰る事、そしてアキュベリー侯爵を捕らえる事。勿論優先すべきは王女殿下の身の安全であり――ついでにリィン様もだが――それさえ達成すれば一旦引くことも選択肢の一つだ。私としては誰しもに危険な目にあって欲しくはないので早々に王女殿下を見つけて帰りたい。
(そうはいかないんだろうなぁ)
望みとは裏腹にそんな予感めいた確信が心を埋め尽くす。その重さに気持ちも沈み込む。
「さて。じゃあまだ時間もあるし、少し話をしようか」
作戦会議がひと段落ついた頃、リィン様が改めてそう切り出す。
他三人の視線がリィン様へ集まると、それまでの緩い表情を奥へしまい込み彼本来のものであろう鋭い眼差しが浮かべられる。昨日も少し垣間見たが、リィン様の真面目なご尊顔は威圧感があり正直怖い。そんな圧に耐えるよう姿勢を正せば、彼はゆっくりと話し始めた。
「あの遺跡について少し説明しておこうと思ってね」
――あれが見つかったのは半年と少し前。偶然に足を踏みいれた冒険者が土に埋もれた魔道具を見つけ、国が調査に乗り出したのだった。
掘り起こして分かったことは魔術に関する遺物が多数見つかった事、埋もれてからおよそ150年は経っているであろうこと、そして王家が絡んでいるという事。
発掘隊を厳選したのち調査を進めればやがて様々な事実が明らかになり、それらを元に歴史書を紐解けばおのずとその正体が輪郭を帯びてくる。
「あの遺跡はね、ある魔術師集団の為の集落であり、彼等を王家が保護するために作ったものなんだ。彼等は独自の思想・文化を持ち、常識外の手法によって奇抜あるいは画期的とも言える新たな魔術を次々と創り出した」
『ある魔術師集団』『独自の思想・文化』『常識外』……気になる単語がいくつも耳に引っかかる。反応しそうになるもそれを表に出すまいと目を閉じ、再び続きへと耳を傾ける。
「多くの魔術や知識が彼の地からもたらされ、いつしか『王家の宝物庫』とも呼びそやされていた」
――が、とリィン様が言葉を切る。閉じていた瞼を持ち上げ見やれば、その金細工のような繊細な眉間を僅かに歪ませている。
「果たしてそれは真実なのだろうか、と私は考えているよ」
「どういうことだ?」
問いを投げたのはキース様だ。
ここまで語られた事は当然キース様も既知の事なのだろう。しかしそれに異を唱えるというリィン様を訝しむように表情を硬くする。
「勿論、魔術師の里でありそこで多くの魔術が生み出されたという事実は揺るがない。私が疑問視するのはその管理についてだ」
リィン様が抱く疑義を一つ一つ挙げていく。
それはこの地では人の立ち入りが厳重に管理されていたという事。住人は自由に集落の外に出ることも出来ず、外からも許可のない人間は近づくことも許されなかったという。保護と言えば聞こえはいいが、これは隔離あるいは軟禁に近いのではないか。
遺跡の内部を見れば多くの罠や隠し部屋が存在し、明らかに部外者を拒絶している。人の出入りが制限されているにもかかわらず罠が張られているのなら、その対象は管理している人間になるのではないだろうか。
そもそも宝とまでに称されるこの地がなぜ廃墟と化したのか――それは管理者、つまり王家との諍いがあったのではないか。
「私にはあの地が王家の罪咎なのではないかと思えてならないよ」
リィン殿下がそう結び天を仰ぐ。
(つまり、技術を独占しようと王家が魔術師を飼い殺しにしていたということ?)
魔術師、その正体はやはり……異世界人なのだろうか。集落という事はそれなりの人数がいたのだろう。各地から集められ搾取されていたというのが事実ならば。
(私は、どうなるのかな)
私には魔力はないし魔術を新たに作り出すような技術もない。ついでに言えば毒にも薬にもならない一般市民であった私は前世の知識チートのようなものもなく、本当にただの役立たずである。
それでも記憶はあるわけだし、研究対象として捕らえられる可能性は――
「……さま、お姉さま?」
ぐるぐると嫌な考えが蜷局を巻く中に可憐な声が耳に届く。隣に目をやればセシルが不安げに瞳を揺らし、私の顔を覗き込んでいる。
「顔色が悪いですわ、ご気分が優れませんの?」
「ええ、少し酔ったのかしら。もうすぐ着くでしょうし問題ないわ」
顔を上げ笑って見せればセシルは安心したようで笑顔を浮かべる。
その様子に私も一息つき、揺れる馬車に体を預け全身に注がれていた力をようやく逃がす。気付けば手の平はじっとりと湿り、体温を失ったようにひどく冷たい。
頬に当てればじんわりと体温を感じ、急速に冷えた頭に思考も感覚も戻ってくるのが分かる。
(今は王女殿下の保護が最優先)
改めて目的を確認し、前を向きなおればキース様と視線がかち合う。いつからかは分からないがずっと私を映していたであろうその瞳に厳しさはなく、愛おしいものを見る様に柔らかく温かい。
「何の心配もいらない」
その声が日和った私を完全に立ち直らせる。
キース様は薄々感づいているのだと思う。それでも何も尋ねないのは、私が自分で話すと約束したからだろう。今度こそ。目の前の問題を片付けたら洗いざらい話そう。
「はい!」
そう元気よく返事を返せばちょうど窓の外、森が終わり木造のコテージのようなものが見えてくる。恐らく目的地である発掘隊の拠点だろう。
もう何も怖くない――は不吉なフラグな気がするから、ここはいつも通り思うがままに突き進もうと思う。




