役者、出揃う
暗く閉ざされた部屋の中、一つの影が蠢く。
王都を抜け出した後に降りたこの地にて、予め潜ませておいた者の手引きによりようやくその身を落ち着けた。
地深くに存在するその部屋は石で囲まれ、ひやりとした空気に包まれている。
「ふん、薄汚い所だ。もっとましな場所を用意できんのか!」
一人毒づくがそれに対する返事はない。
か細い魔力灯の明かりを頼りに持ち込んだ敷布を床に敷くとどかりとそこへ腰を下ろす。
「……まあいい。少しの辛抱だ。明日になれば――」
その先を頭に浮かべれば自然と口が醜く弧を描く。
それは憎き公爵の地に伏す姿であり、さらにその目の前には彼の妻が無残に横たわる姿である。
街を出る前に顔を合わせたそれの弟を思い返せば、その世間知らずな愚かさには失笑しそうなものだ。姉の悪辣さとそれに対する憐憫、伯爵家への威圧を硬軟織り交ぜて語り尽くせばすぐにこちらへと靡いてみせる。望む書状を書かせた後に間者を付け、自らはこの地へと身を潜めたのである。
明日になれば書状に釣られた獲物がのこのことやってくる。
それと時を同じくして訪れるであろうもう一人の獲物。夢見がちで無垢な少女は何も知らぬままに我が手の内へと転がり込んでくるだろう。
宙に伸ばしたその手で脳裏に浮かぶそれを掴むように握り込めば、再び笑いがこみ上げてくるというものだ。
「とはいえ」
遺跡の発掘隊を懐柔するためにばら撒いた財産は決して少なくない。しばらくは派手に動くことはできないだろう。それでも自領の鉱山さえあればいくらでも金は湧いてくる。
まずはこの恨みを晴らすべく、そして己にかけられた嫌疑をくらますほどの功績を得るために、ひと仕事片付ける必要がある。
「すぐに奴等を陥れ、泥を啜らせてやるとも」
そうどす黒いものを腹の中に滾らせながらその身を横たえた。
◇ ◇ ◇
闇夜の中に浮かぶのは王都の中心部に聳え立つ王城である。
その一角、王族の住まう宮ではその時刻に見合わぬほどに人が行き交い、慌ただしさを見せている。
「王女殿下、本当に明日向かわれるのですか? 王都の外などどのような危険が潜んでいるか――」
「何度も申し上げてますわ、私は視野を広げ世界を知ると決めたのです」
侍女らの言葉に耳を傾けることもなく、その人は資料室から持ち出した書類を旅用の鞄へと押し込む。
その中には魔力灯や魔術用の巻物、それらを身に着けて歩くための布鞄などおおよそ王族の旅装とは思えぬ品が並ぶ。
王都外への視察は何度か経験があるがそれらは皆整えられた領主の館への滞在であり、この度目指す遺跡のような野外での活動は初めての経験である。
(王都の外とはいえほど近くに位置しますし、百数十年前に作られたそれは王家に縁のあるものだと聞きましたわ。発掘に携わるのは認可された者のみ、管理も厳重になされているというのだから危険はないはず)
そう心の中で反芻すれば期待が膨らむが不安も大きい。が反対する侍女を押し切った手前それを表に出すわけにはいかない。
入念に荷物を確認しながら、自然と言葉が口を吐く。
「足りないものはないかしら。リィン兄様に頼れたら助言をいただけましたのに」
王太子である次兄とは正反対の奔放な性格である長兄は好奇に溢れ様々な知見を持ち合わせている。体調のいい時は心躍るような話をよく聞かせてくれたものである。
そんないつもは優しいその兄だが、今回の件に限っては彼もまた苦言を呈してきた。遺跡に行くと話せば珍しく眉を寄せ、それよりも興味深いものが他にあると話をはぐらかそうとするのだ。
(いつもなら私のお願い事は何でも笑いながら聞いてくれましたのに……それだけ私に信用がないとおっしゃるの?)
ならばなおさら、私はこの度の視察を成功させねばならない。
出発前に今一度、この決意を伝えようと兄の姿を探してみたが今日に限ってその居所を空けている。侍女に聞けば「いつものお忍びでございます」とさらりと答え、そのような事実は初めて耳にしたしそもそも許される事なのかと驚愕したが、それこそ己の見識の狭さ故の所感なのだろう。
(私は、自分を変えたいのです)
ぱんぱんに詰まった鞄を強引に閉じ、明日への旅路に備えるため寝台へと体を沈めた。
◇ ◇ ◇
リィン様が訪ねられて怒涛の展開が過ぎ去った翌日。
早朝に息を切らせながら離れへとやってきたのは我が妹セシルだった。
「お姉さま! 良かった、間に合いました!」
魔術省のローブをはためかせながら長い髪を揺らす彼女は今日も天使である。
「セシル、こんな朝早くからどうしたの?」
「フレッドの様子がおかしかったので問いただしましたの! それでお姉さまが遺跡に向かわれると聞いて……!」
上位貴族に詰め寄られたフレデリックはそれでもひと足掻きするように私宛の手紙にメッセージを込めてくれた。そんな彼だがセシルの詰問には抗えなかったようであっさりと口を割ったらしい。
「私も同行させてください!」
そんな強者セシルが私の瞳を見上げながら懇願してくる。
「アキュベリー侯爵はあれでも魔術師ですし魔石の類もたくさん所持しているはずです。私が……お姉さまをお守りします!」
「ありがとうセシル。でも私の一存では決められないわ」
頼もしくて可愛い過ぎる妹を抱きしめたいところだがここはぐっと我慢。
私としてはセシルまで巻き込みたくないのだけれど、既にフレデリックを巻き込んでいる以上それも時間の問題な気がする。ならば彼女にはフレデリックを守って欲しいのだが。
「……そうだな、セシルの同行を許可する」
「お義兄さま流石です!」
そんな私の思惑をさらりと躱す様にキース様が決定を下す。
「フレデリックの方は人を付けているから問題ない。セシル嬢なら遺跡の知識もあるし、エリカを守る術が増えるのは好ましい」
遺跡につけば当然アキュベリー侯爵はいるだろうし王女殿下もいる。キース様一人で対応するのは確かに難しいのかもしれない。
「分かりましたわ。ではセシル、よろしくお願いしますわ」
「任せて下さいお姉さま!」
天真爛漫な笑顔に嬉しくなるも、内心では自分の無力さに嫌気がさす。魔術師が相手では私になす術はない。だからこそ今回だって私がアキュベリー侯爵のやり玉に挙げられているのだ。
(結局私は場を引っ掻き回すだけで何一つ自力で解決できないのね)
密かに肩を落とす私の手を、大きな手が掬い上げる。僅かな機微も見逃さないその人は優しい笑みを湛えそっと呟く。
「エリカには何事にも屈しない強い意志と大胆な行動力がある。皆それに救われた。自信を持つといい」
「……はい」
恥ずかしさと嬉しさで顔が染まっていくのが分かる。いや今はそんな余韻に浸っている場合ではない。ないのは分かっているがその銀色の瞳から目を逸らすことが出来ない。
三歩引いたところでセシルがそれはそれは生温い笑みをこちらに向けているのが分かり、さらに羞恥心が跳ね上がる。
「じゃあそろそろ出発しようか!」
そんな居たたまれない空気をぶち壊したのは軽やかな男性の声。
「え……?」
その声の主を目にしたセシルが小さく声を上げる。そう言えばセシルとは面識があると昨日ちらりと聞いていた。
「王子でん――」
「リィン・リードベルク様! おはようございます。こちら私の妹のセシルですわ」
危ない危ない。セシルの言葉を遮って大声で彼を紹介する。リィン様は昨夜は帰らずに公爵家の本邸へと滞在していた。本人は使い慣れた離れがいいと主張していたがそれはキース様が断固拒否した。本題とはかけ離れた問題なのにちょっとした修羅場だった。
「リードベルク、様」
小綺麗ではあるが王族とは捉えがたい身なりを見て、それが偽名であるとセシルは察したようだ。さすが私の自由行動に耐性のある妹である。
「エリカちゃんの妹だからね、リィンで構わないよ。よろしくセシルちゃん」
「はっ、はい、よろしくお願いいたします!」
戸惑いながらも挨拶をすませ、さあと気を取り直せばおかしなことに気付く。あれ? さっきリィン様は何て言ってた?
その疑問の答えを実演するリィン様の肩をキース様ががちりと掴む。
「……待て、何でお前が馬車に乗る」
「うん? 私だけ留守番させるつもりかい?」
「当然だ、お前を連れて行くわけないだろう!」
キース様が珍しく切れてらっしゃるわ。そんな剣幕もどこ吹く風、飄々とリィン様は言ってのける。
「じゃあさ、カレンディアが強硬策を取った場合に誰が止められると言うんだい?」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
説得できれば問題ないが、提案を突っぱねられでもしたら王女殿下に物申せる人間などいないのだ――同じ王族以外は。
「しかし……」
「守ってくれるんだろう?」
それでも首を縦に振らないキース様にリィン様が止めの一撃。おっとこれは卑怯だ!
しばし押し黙ったままのキース様はやがて俯き、ひと際長ーい溜息を吐いた。
「………………分かった。くれぐれも無理はするな」
「ああ」
こうして私たち四人は馬車へと乗り込み公爵邸を発つ。
目指すは決戦の地、スイール遺跡だ。




