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もたらされる本題

 思い出話を終えた私は乾いた喉を潤すようにリンゲアの茶を口へと含む。

 砂糖は入れていないが仄かな甘みを感じ、フルーティさを感じさせる爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 うん、これはおいしい。


「……初めて聞く話だが?」

「言ってないからね」


 ご満悦な私をよそに目の前の男性二人がばちばちと睨み合っている。いや睨んでいるのはキース様だけでリィン様は軽く受け流しているわね。

 そんな中私は昔の疑問の答えにようやく気付く。


(あの時、リィン様は幻惑のローブを纏ってらしたのね。通りで顔が分からない訳だわ)


 そして行き倒れさんを見た時のギリアムの反応を思い出す。あの時の険しい表情は――気付いてたのだ、リィン様の正体に。


(滅茶苦茶悪い事をしたわね)


 当時のギリアムの心境を慮れば自然と眉間に皺が寄るというもの。拾ってきたのが一介のお貴族様ではなく王族だったのだ、そりゃああんな反応にもなる。……今度改めてお礼を言いに行こう。

 一人苦悶を浮かべていれば、目の前の二人は相変わらずの不毛な言い合いを続けている。やれ「何で一人でふらついてるんだ」だのと糾弾しているようだがリィン様も相応の苦労をされているのだろう。私が口を出すような話ではないわ。


「それで、エリカとの縁談を俺に持ちかけたのか」

「まあ、そういうこと」

「初耳ですわ」


 聞き捨てならない台詞が聞こえ思わず口を挟む。え、ちょっと待って。どういうこと?


「言ってないからね」


 先程も聞いたような文言を繰り返され思わず頭を抱える。

 キース様の解説によると元々私との婚姻はリィン様からの勧めだったらしい。そりゃあ王族の頼みでもなきゃ白の魔力持ちとはいえ無能かつ難ありの令嬢を娶ったりしないわよね、色々と腑に落ちたわ。


「結果論にはなるが、俺はエリカを迎えられた幸運に感謝している」

「うんうん、そうだろう? 私も友人の幸せな顔を見ることが出来て嬉しいよ!」


 リィン様一人が嬉しそうに笑い、キース様と私はなんとも複雑な心境を顔に浮かべていた。

 そして気付いた、この断片を繋ぎ合わせた先に見える真実に。


(んん? リィン様はキース様の友人で、魔術書を紛失する程度にはこの離れに滞在していたと。つまり嫁入り当初にここの空気が悪かった、もといそこら中の調度品から魔力が抜けていたのはリィン様の影響で、庭にキリクを増やしたのも彼で――)

 

 оh……なんということでしょう、公爵家の庭師を悩ませるキリクの群生は、私が原因じゃありませんか!


(後で庭師の皆にお詫びしよう)


 そう心にメモをし、温くなった茶をぐいと飲み干した。


 ◇ ◇ ◇


「それで、いい加減用件を言ったらどうだ」


 リィン様の笑いが一通り治まった後、キース様がそう促す。きょとんとしながら様子を窺えば先程のような弛んだ空気は一変しぴんと張りつめたものとなる。


「エリカの顔を見る為だけにわざわざ足を運んだわけではないだろう」


 そう続ければリィン様は肩を竦め、しかしゆるい表情は崩さぬまま先程までの雑談の続きの様に答える。


「うん、じゃあ本題。カレンディア――王女殿下がね、例の遺跡に行くって」

「……いつ、何のために?」


 リィン様の言葉を聞いて眉間の皺を深めた後、キース様が静かに問い返す。


「明日。なんだか急にやる気だしちゃったみたいで、「自分があの遺跡の真相を究明するんだ!」って」

「また随分急な……それでどうするつもりだ」

「兄……おっと、私としてはね、受け身だった彼女が積極的に学ぼうという姿勢は嬉しく思うんだ。でも、()()()はちょっと困るんだよね」


 もうリィン様が王子殿下なのは分かっているので無理に言い繕わなくて構わないですよ、と言いたい。本人もすでに諦めているようにも見えるけど。

 というか、『遺跡』と言えばキース様がお仕事で調べていたもののことだろう。私がこの話を聞いていてもいいのだろうか。


「やんわりと止めてはみたんだけどより一層頑なになってしまって。そんなわけで、連れ戻してくれないか?」


 問いかけの様に思えるその言葉は実質命令だ。


「御意に」


 キース様もそう受け取ったようで、神妙に答える。こちらも身分を隠す気はもうないらしい。


「助かる。キースには迷惑ばかりかけるが、あれで可愛い妹なんだ」


 リィン様がそう口にした時、サロンのドアが控えめにノックされる。

 スヴェンさんかな? 客人と歓談中のこのサロンは人払いしており使用人さんたちは外で待機しているのだが、それにしても主の命なく水をさすような行為をするのは異例だ。つまり、急用。

 キース様が返事をすればその扉が開き、姿を見せるのは――マルセルさんだった。それを見て、キース様の表情が更に険しくなる。


「恐れ入ります、お客様とご歓談中だとは承知の上で無礼をいたします」

「構わん。どうした」


 丁寧に謝罪を述べるマルセルさんにキース様が簡潔に問えば、ちらり、と周囲をみやりキース様が頷くのを確認したのちに本題を述べる。


「アキュベリー侯爵が消息を絶ちました」

「確かなのか」

「はっ。報せによれば既に王都を出たものと思われます。行先はまだ調査中でございますが、装備を考慮いたしますとあまり遠方ではないかと」


 アキュベリー侯爵、あまり聞きたくない名だった。キース様の元上司であり、今は贈賄だか横領だかの嫌疑をかけられた容疑者であったはずだ。確か牢ではなくタウンハウスで監視付きの謹慎状態だと聞いていたが――逃げたってこと?


「彼、君を恨んでいるよね。間違いなく何か仕掛けてくるだろうなぁ」

「……まったく面倒な男だ」


 軽口を叩いているがその表情は決して緩くない。


「王女殿下の対応で忙しいという時に、厄介事と言うのはどうしてこうも重なるのか」


 珍しく愚痴を吐くキース様の気をよそに、再びノックの音が響く。

 今度は一体何なのかと声を荒げながらもキース様が許可をすれば、入ってきたのは今度こそスヴェンさんだ。


「構わん、用件を言え」


 スヴェンさんが挨拶する間もなくキース様が言えば、一瞬動揺しながらもそつなく報告を始める。


「奥様宛てに手紙が届いてございます。至急、とのことでお持ち致しました」

「私?」


 いま王族とか侯爵とかの問題で忙しいんですけど? そんな場違いな空気の中、渡されたその手紙の差出人を確認すれば。


「え、フレデリックから⁉」


 その意外さに思わず声を上げる。


「エリカちゃんの弟君だっけ。不仲って聞いてるけど」


 リィン様のちゃん呼びも、私の個人情報がだだ洩れなことも今は頭に入らない。なぜこんなタイミングでと身内の問題を持ち込んでしまった己に恥を禁じ得ない。


「読んでみたら? 至急らしいし」

「構わない」


 お偉いさん二人はあっさりと言ってくれる。そう言われてしまっては読まざるを得ない。

 封蠟を剥がし、丁寧に折られた便せんを広げ目を走らせ――床に両手両膝を付きがくりと項垂れる。溜息しか出ない。


「エリカ」


 大げさに落ち込む私を心配する様な、しかし奇行はスルーするキース様の呼びかけに、私は黙ってその手紙を差し出す。

 すぐさま内容を確認したキース様は同じく溜息を吐き、リィン様へと向き直る。


「要約するならば、カレンディア王女がエリカの無礼に傷心し遺跡へ家出を図ろうとしているから責任取って連れ戻してこい、といったところか」


 とても分かり易いです。

 それを聞いたリィン様はすぐさま応える。


「疑問点は二つ。なぜ弟君がカレンディアの動向を知っているのか、なぜエリカちゃんを遺跡へおびき出そうとしているのか」

「その答えはマルセルの報せだろう」


 つまりアキュベリー侯爵が裏で糸を引いていると。キース様はそう結論付ける。タイミングを考えれば十分に納得できることだった。


「それにしても随分とあからさまな手紙だね、罠だと見え見えだ。弟君は真面目って聞いてるけどこんなに素直で大丈夫かい?」

「逆だ、これはエリカへ警鐘なのだろう。アキュベリーに接触を図られたのならば彼の立場では従う他ない。苦肉の策としてうまく出来ているよ」

「なるほど。義理弟君の事を悪く言ってすまなかったね」


 ……正直私もリィン様と同じ感想を抱いた。まさか私を案じてくれているなんて考えもしなかった。姉として恥ずかしいとキース様の言葉を聞いて猛省する。


「落ち着いたらフレデリックとじっくり話し合うといい」

「……はい」


 私を慰めながら、手を取り立たせてくれたキース様の体温が心に染みる。そうだ、今は落ち込んでいる場合ではない。改めて背筋を伸ばし、椅子へと座り直した。


「エリカちゃんを遺跡へ呼び出すという事はアキュベリーもそこかな。確かにキースに直接喧嘩を売るより賢いやり方かもね。問題はそこにカレンディアをどう絡めてくるか」


 冷静に分析するリィンさんにキース様はやや不満を表すもそれを口に出すことはしない。キース様のせいで私が標的になったような物言いが気に入らないのだろうけれど、私は私でアキュベリー侯爵には暴言を吐いているし、恨みを買っていても不思議はないのだけど。


「それで、どうする?」

「私が行かないとフレデリックに危険が及ぶ可能性がありますよね、でもその遺跡って許可がないと入ってはいけない場所だと伺ってますわ」


 リィン様の問いに私が答える。セシルからそんな話を聞いたことがあったのだ。そこは管理がとても厳しく、申請が受理された発掘隊と魔術師隊しか立ち入れないと。王女殿下は特例なのだろう。


「そうだね。あの遺跡はちょっと特別なんだ」


 それだけ言って言葉を切る。それ以上は説明できないという事なのだろう。

 さて困ったと頭を悩ませていると、それまで黙っていたキース様がふと立ち上がる。

 私の前に立ち、懐から取り出したのは……一枚の紙?


「キース、それは! ……持ち出しは禁じられているはずだが」


 その紙を見たリィン様が目の色を変える。それまでの飄々とした態度は見る影もなく、鋭い眼光を覗かせキース様を睨みつけている様は第三者であっても身震いがする。正直怖い。


「検証に必要だからそうしたまでだ。魔術系の遺物の管理は俺が一任されている」

「それはまあ、そうだが」


 そんな恐ろし気な様子に怯むことなくキース様が言えばリィン様は渋々と頷く。怖いからやめていただきたい。


「エリカ、直せるか」


 そう言って改めて差し出された紙を手に取る。片面を絵具のような赤い塗料で染められており、一片が15センチくらいの正方形をしている。文字などは書かれておらず折り目がやたらとつけられていて、これは――


(どう見ても折り紙、よね)


 どきりと心臓が跳ねる。

 キース様は「直せるか」と聞いた。それはヒース商会でのくず入れを直した時のように、これも折れという事なのだろう。

 紙を見つめたまま固まる私を二人は無言で見つめている。


(遺物、つまりこれは遺跡で見つかった物。……まぁ考えても仕方がないし、いいわ)


 じっと見ればうっすら魔力が視えるその紙の正体は分からない。ならばやることは一つだ。

 折り紙と言うにはちょっと厚めのざらざらとした紙を折っていく。折り目を見返しながら紙を半分にあるいは斜めに畳んでいき、あるいは手順を前後してさらに折り直す。

 そうすれば程なくして。


「出来ました」


 二人の前へとそれを差し出す。


「……変わった形だね。どんな意味があるんだろう」

「エリカ、分かるか?」


 あ、そこからなんだ。キース様に視線を向けられて、私はその平行四辺形に折られた紙を手に取って説明する。


「これはですね、部品なんです。一つでは意味を成しません」

「部品?」


 二人が同時に聞き返してくる。


「同じ形の物を複数用意して、こう、角の尖った部分をさらに折りたたんで、中央の切れ込みに差し込むように組み立てます。私が知ってるものだと二枚、三枚、六枚、十二枚の組み合わせがありまして」


 完成品の形を身振り手振りで説明する。通じないだろうから口にはしないがこれはユニット折り紙のパーツなのだ。二枚で座布団型、三枚で両三角錐、六枚でさいころ型になり、十二枚なら所謂くす玉が出来上がる。もっと多い組み合わせもあるのだろうが特に折り紙玄人でもない私は十二枚組みを作るのが限界だ。


「へぇ……不思議な物だね」

「組み合わせか、道理でかけられた術式が半端なわけだ。恐らくそれは十二で完成する物だろう」


 そんなところから正解を導き出すとは流石魔術師様だわ。

 それにしても。これで可能性が高まった、私以外の異世界人――日本人の存在が。


(……いたんだ)


 考えたことはあったが、突然その事実を突きつけられるとどう捉えればいいか戸惑ってしまう。でも。


(見てみたいわ、遺跡)


 それだけははっきりと思う。

 リィン様が興味深げに眺めるそれに視線が絡めとられ、握り込む手に思わず力が籠る。


「リィン、エリカに遺跡への立ち入り許可を」

「――そうだね、私の名で承認しよう」


 思案の末、リィン様の許可が下りるようだ。

 手の平に爪が食い込みそうなほどに握り込んだ私の手をそっとキース様が解き。


「何も心配はいらない」


 そう優しく微笑んだ。

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