初めまして、なのかしら? 2
こぽこぽと水音が響き、ふわりと花の芳香がサロン内へと広がる。
バラ色に染まる茶が注がれたカップには同じくバラ色の花びらが漂い、鼻だけでなく目も楽しませてくれる。
ハンナさんが用意してくれた焼き菓子と共にキース様とリィン様の前へ配せば、二人は物珍しそうに覗き込んでいる。見た目の珍しさもそうだがこれは魔草茶である。魔術を嗜む二人にとっては殊更興味を引くものらしく、興味津々といったその姿はちょっと子供っぽくも映り何だか可愛らしい。
リィン様――花を摘んで戻った折りにリードベルク様と呼んだら『リィンでいいよ』と言われこう呼ぶようにした。キース様がなんとも感情の読めない表情を浮かべていたがまぁ、大丈夫だろう――そんな彼は独自に魔術の研究をしているらしく、キース様に引けを取らぬほどの知識があるらしい。生憎と体が弱いため術師としての技能は持ち合わせていないそうで、世の中上手くいかないものだ。
それはさておき。
茶を口にした二人は目を閉じ、ゆっくりと味わい、再び口に含む。無言のまま進む試飲会の審査員は魔術省の重鎮と王族(仮)なわけで、緊張しない方が無理と言うものだ。
(早まったかしら。でも有識者の意見を聞く絶好の機会だし)
真面に試作も検討も詰められていない行き当たりばったりの新作茶だが、生憎魔力に関する評価は私には出来ない。しかし使用した素材には自信がある。より良い品質を目指すため率直な意見をお願いしたいところだ。
一通り味わった二人はゆっくりと目を開き思い思いの感想を述べ、私は神妙に耳を傾ける。
「美味しいね。魔草は味に癖のある物が多いけれど、これは茶としても十分に楽しめる味だ。何より見た目も美しいしね」
「ヒース商会の魔草茶も中々だが、これは含まれる魔力が桁違いだな。斑があるのが難点か、淹れ方を改善すればより純度の高いものが作れそうだ」
「使っている魔草は一種じゃないね。ブレンドも色々試してみたいな。吸収効率を上げる物とかより味に特化したものだとか、用途を分けて作れそうだ」
ふむふむ、流石研究熱心な人たちだ。一杯飲んだだけであれこれと意見が出てくる。頭の中にメモを取りながら改善点を模索しているとリィン様から質問が飛ぶ。
「主たる魔草はこの赤い花びらだよね。これは何の花なんだい?」
「リンゲアの花ですわ」
私がそう言うと、控えていたスヴェンさんがついさっき摘み取ったばかりのその花が浮かべられた水盤を二人の前へと置いて見せる。
以前キース様よりいただいたリンゲアの種、難しいと言われる栽培を庭師デデが見事成し遂げつい最近開花を見せたのだ。スヴェンさんが言うように揺らめく炎のようなその大輪は非常に美しく、見ているだけでも癒し効果は抜群である。
「……驚いた。凄い事するね」
「エリカのやる事だ、今更驚かない」
うん? 美しい花を前にした二人の顔が一様に曇る。
「リンゲアって魔力回復薬の素材のあれだよね。咲かせるだけでも難しい上に精製方法も複雑で、その分価値が非常に高い。それをこんなにあっさり、生のままお茶にしちゃうとか。……魔術省の研究部門の者らが聞いたら卒倒しそうだ」
リィン様の乾いた笑いが空しく響く。つまりそれは、超高級素材をままごとに使ってしまったという事だろうか……うん、自覚は無きにしも非ず。
そう気付けば私の笑顔も引きつり、顔から血の気が引いていく。
いやいやでも、魔術薬用の精製をするとなったら長期の熟成が必要だったりその上難易度も高いし、だったらすぐに簡単に作れるお茶と言うのも一つの手だと思うのよね?
「種は俺が贈ったものだ、どう使おうと問題ない。それにしても咲かせたことは見事だが、時期が合わないのが気にかかる」
青やら白に顔を染めつつうんうん唸る私を気遣う言葉と共にキース様が疑問を口にする。
「ええとそれは、別の魔草を育てた際に変わった土が出来まして。その土を使ったら成長が促されたようで?」
「変わった土?」
万能肥料と化したその土は植物の成長を促すに留まらず頑強さも与え、見事開花に至ったのだとデデが言っていた。
そんなことをしどろもどろに説明すれば再び目の前の二人は眉間に皺を寄せ押し黙ってしまう。
「その土、国で買い取れるかな? 個人でもいいや」
「……検討しておく」
よく分からないが二人の間で話がついたようなので、私はこの件については触れないで置こうと思う。触らぬ神に祟りなしだ。
そんなわけで本題。私は気にかかっていたことをそっと尋ねてみる。
「それでですね、リィン様。足の痛みはいかがでしょうか。変化はありましたか?」
その不自由な左足にはどす黒い魔力の靄が絡みつき、見るからに痛そうに見える。だがそれは次第に薄れていきその内きれいさっぱり見えなくなった。
「……そう言えば、随分楽になった気がする。そのためのお茶だったのかい?」
「そうですね。足元に随分と魔力が滞留してましたので、リンゲアには魔力だけでなく薬効もありますしリィン様と相性がいいのではと思いまして」
「敵わないな、君には」
そう笑う顔はどこか哀愁を漂わせ、なんだか心に引っかかる。
原因を探ろうと思考を潜らせようとしたところ、キース様の厳しい声がストップをかける。
「痛むのか?」
「まあ、たまに?」
問い詰める声にサッと目を逸らし答えるリィン様は……子供か! 普段やせ我慢でもしていたのだろうか、キース様が酷く心配そうな顔で見ればリィン様は取り繕った笑みを見せる。
「親しき中にも礼儀ありとは言いますが、過剰な気遣いは不信の元となりますわ。これはキース様にも言えることですけど」
正直見てられない、そう思いばっさりと口を挟む。生意気な事を言っているのは承知だがこう見えて中身は二人よりも年上なのだ、勘弁して欲しいところである。
それにこれは、私がセシルによく言われる事でもある。その時のセシルは決まって悲しみを浮かべ、私はすぐさまごめんなさいをする。
そんな自分を棚に上げぴしゃりと言えば、見た目は小娘な一人に叱られた大の男二人はびくりと肩を揺らしつつも、顔を見合わせ、やれやれと息を吐く。
「金言だね、どこの言葉だい?」
「そうですね、では私の言葉という事で」
「ふうん?」
不思議そうな顔を見せるも不満は見られない。キース様も溜飲を下げたようで、空になったカップへ温かい茶が注がれれば再び穏やかな雰囲気が戻ってくる。
兎に角痛みが消えたのなら良かったわ。それにしても。
(魔力の消え方がちょっと不思議なのよね。霧散でも吸い込まれるでもなく、肌に触れた瞬間に立ち消えるような)
不思議だけど、見覚えがある。いつどこで?
先程キース様の声で中断されていた思考を再開してすぐ。脳内に表示された検索結果に思わず声が出る。
「貴方、黒足の行き倒れ!」
茶を口に含んだ二人が一斉に噴出したが、私はきっと悪くない。




