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初めまして、なのかしら? 1

 未だに距離を取りながら、赤い顔のままもじもじとらしくない態度でキース様と雑談を交わす折、その知らせは飛び込んできた。


「ご歓談中に失礼いたします。旦那様、お客様がいらしておられます」


 やや緊張を孕んだ声で告げるのはスヴェンさんだ。比較的冷静な彼がこうも感情を露わにするのは珍しい。

 何事かとキース様の顔を窺えば彼も同じく訝しむ様子を見せる。


「そのような報せは受けていないが」

「はっ、恐らくは報せは送られなかったものと」


 スヴェンさんの言葉に私は益々首を捻る。アポなしでお宅訪問、それを公爵様相手に仕出かすとは一体何者なのか。

 疑問に答えるかのようにスヴェンさんが続ける。


「リードベルク様がお見えです」

「……こちらへ通してくれ」

「承知いたしました」


 こめかみを手で押さえながらもキース様がそう言うと、スヴェンさんは答えを予想していたかのように素早く行動に移る。「あの馬鹿、いつもいつも急に……」とぼやきながら頭を抱えるキース様の姿は随分と珍しいものだ。


「お客様ですの? でしたら私は部屋に戻って――」

「いやいい、恐らくエリカの顔を見に来たのだろう。お前もいてくれ」

「私、ですか」


 立ち上がり壁際に据えていた椅子を元の場所へ戻そうとがたがたと持ち上げていればすぐにキース様から制止される。


「前に、舞踏会の時だったか。会わせたい友人がいると話したろう。そいつだ」


 やや粗い言葉で友人とやらをそう言うのは、それだけ気心が知れた仲であるという事か。もやりと胸の奥がうずく。以前キース様はギリアムに対して随分と厳しい態度を見せていたが、なるほど。今ならその気持ちが理解ができる。

 いやいやリードベルク様とやらは友人であり私に紹介したいというのだもの、狭い了見は不要だわ。

 それにしてもリードベルクという名は貴族名鑑で見た記憶がない。キース様とこれほど親しい事と言い、一体何者なのだろう。


「……側に来てくれるのは構わない」


 その言葉に再び壁際の席へ腰を下ろそうとした私の動きが止まり、……先程よりは近めのキース様の後ろへと椅子を移動させた。


 ◇ ◇ ◇


 程なくしてその人はやってくる。


「やあキース! 急にすまないね、たまたま時間が出来たものだから寄ってみたんだ!」


 ここサロンへと足を踏み入れ、高らかにキース様へ向けて言い放つ男性はとても爽やかな笑顔を見せる。対照的にキース様の眉間にはしわが寄り苦々しく歪ませる。外面を必要としない相手の様で、これもまた屋敷の人間以外では初めて見るものだ。

 年の頃はキース様と同じくらいだろうか。背丈もキース様と同じくらいに高く、シンプルながらも洗練された衣服を纏った一見して麗しい貴公子であるが、その天真爛漫さを見せる中身はキース様とは正反対の様に思える。長く真っ直ぐな金髪が跳ねることなく整えられ、杖を突きながら不自由に動かす足に合わせてふわりと揺れている。

 そんな頭を下げる友人に対してキース様はなかなかに辛辣だ。


「お前がそんなに殊勝なものか」

「ひどいな、奥方の前で人格を否定するのは止めてくれ。それで、紹介。してくれるんだろう?」


 まったく酷いと思っていない口ぶりで唇を尖らせた後、その視線はキース様の後ろに立つ私へと向けられる。髪と同じ金色の瞳がきらりと輝き――感じるのは既視感だ。


「……妻のエリカだ。こっちはリィン・リードベルク。まぁ、友人だ」

「雑だね!」


 ため息交じりに紹介するキース様の言葉に合わせ、私はリードベルク様へ丁寧に礼をする。

 それにしても『友人』ですか。リードベルク様が笑いながら言う通りとても雑な紹介である。立ち居振る舞いはどう見ても貴族のそれだが爵位も何も語られないとは。


(言えない、あるいは言う必要がないってことかしら)


 何らかの事情がある方なのだろうと察せられる。が、キース様がこれほどに気を許す方なのだ、私が気にしても仕方ないだろう。

 にっこりと微笑を浮かべ詮索する様子を見せない私にリードベルク様は一瞬きょとんとした表情を見せるも、すぐに先程と同じ朗らかな笑顔を浮かべる。


「初めまして、エリカさん。友人が世話になっている様で、私からも御礼を言わせてもらうよ! ついでに謝罪もね」

「謝罪、でございますか」


 思いがけない言葉に今度は私がきょとんと首をかしげる。


「うん。以前魔力嵐(ストーム)が起きて怪我をさせてしまったと聞いているよ。その原因となった魔術書、私の失せ物だったんだ」


 笑いながらも眉を下げ心配の色を浮かべるのを見れば、飄々として見えるも内心はとても心根が優しい方なのだとすぐに分かる。

 それにしても魔力嵐(ストーム)とは。とうに記憶の彼方であった数か月前の出来事を引っ張り出しながらそういえばそんな本があったことを思い出す。


「怪我は己の軽率な行動により負ったものでございます、謝罪の必要はございませんわ。それでもとおっしゃるのならば、屋敷の皆あるいはキース様へお願いいたします」


 私は何も気にしていないが被害を被ったのは私だけではなく、皆が気にしていないかまでは把握していない。

 そう素直な気持ちを口にすれば、不安を覗かせていたリードベルク様は途端に腹を抱えて笑い出す。


「あっはっは! 屋敷の皆にか、確かにその通りだ! 全く君は、聞いた通りの女性だね!」


 ……お貴族様相手に使用人へ謝罪しろと言ってしまったのは迂闊だったかもしれない。しまったという表情を表に出せばキース様が呆れた顔をしつつも口元は笑っている。心の広い夫と友人で助かったわ。


「でもね、女性に大きな傷跡を残しておいて「はいそうですか」とは引き下がるわけにはいかない。何か私に出来ることはないだろうか」


 そんなことまで知っているとは。先程の言葉からも私の事を随分と知っている様子だし、謎の多い人物である。

 そうしげしげと見つめていれば一転、すっと笑いを引っ込め繊細で機微に満ちた表情を見せる。やはりこの瞳には見覚えがある。


「そうですか。それではお茶をご一緒していただけませんか?」

「お茶かい?」


 私の申し出にリードベルク様が僅かに眉を寄せる。


「ええ、今朝方に丁度花が咲きまして、いいお茶が入れられそうですの。勿論キース様もご一緒に」

「俺は構わない」

「よく分からないが……しかし、それでは詫びにはならないだろう?」


 キース様が了承を示すとリードベルク様はさらに頭を混乱させ、私とキース様の交互に視線を向けている。多分キース様も分かっていないだろうけど、私の奇行はいつもの事だと流しているのだろう。経験値の差が態度に現れているわ。


「あら、リードベルク様は傷跡の詫びをキース様から受け取られましたの? ご自分がなさらないのに人に強要してはいけませんわ。それでは準備して参ります!」


 一人混乱するリードベルク様をキース様に任せ、私は庭へと身を翻す。


(キース様の友人、足の怪我、カレンディア殿下を思い起こさせる金色の髪と瞳。あの方は、リィンカーティス・リヴェルム第一王子殿下だわ)


 私の中でそう答えが出た。通りでキース様に負けないきらきら貴公子だわ。

 しかし今宵の客人はあくまでリィン・リードベルク様なのだ。ならば恐縮するのはかえって失礼に当たるだろう。雑な偽名を浮かべると思わず吹き出しそうになるが、それはぐっと呑み込んでおく。

 私はキース様の妻として夫の友人を精一杯おもてなししようと思う。

 手始めにあの左足へと纏わりついた魔力の靄を退治してしまおうと、庭師を伴い目的の花を目指した。


 ◇ ◇ ◇


「彼女に話したのかい?」


 サロンに残された二人はソファへと身を落ち着け、会話を続けている。


「武勇伝が聞きたいと求められたからな」

「武勇伝か、確かに。君は本当に彼女を受け入れているんだな」


 揶揄する様な物言いだがその表情は柔らかく、安らぎに満ちたものだ。

 その笑顔を向けられた側は居住まいを悪そうにするも否定することはない。


「リィンには感謝している」


 そう気持ちが自然と漏れる。以前彼女から受けた助言によるもので、恐らくずっと伝えたかった本音なのだろう。


「彼女を紹介したこと?」

「それもあるが、出会ってから今までの事全てだ」

「そっか。うん、私もキースには感謝しているよ。今までも、これからも」

「ああ」


 今度こそ二人で微笑を交わし合っていると、ふと窓の外、遠くに泥だらけのドレスが舞うのが見える。

 手に持った何かを掲げ、庭師とメイドに追われながら走る彼女の表情はとても眩しく輝いている。それを見ている側も思わずつられて声を漏らすのだ。


「くくっ」

「あはは! 本当に彼女は不思議な人だね、今日は来て良かったよ!」

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