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キースベルトの罪と罰 2

「――闇雲に力を振るわなければ、もっと周囲ひいては王子殿下を注視していれば防げたことだったろう」


 もう二度とあんな思いはごめんだと、沈痛な面持ちでキース様はそう話を締めくくった。


(これが、キース様の過ち……)


 客観的に見ればやはり武勇伝なのだろう。いくら護衛隊の盾があったとはいえ一人で魔物の群れを殲滅してしまうなど凄まじい事だ。

 しかしキース様にとっては唯一と言える友人に、自分の手で消えない傷を負わせた事件なのだ。もし私が不注意でセシルに怪我をさせるようなことがあればそれはそれは自分を責める、そう言う事なのだろう。


「王子殿下は今でも足を患っている。それでも一度たりとも俺を責めたことはない。謝罪も許されず、会う度に無理して笑顔を向けてくる彼にどう償えばいいか、今でも答えが見つからない」


 それは、とても悲しい事なのではないだろうか。キース様は勿論だが王子殿下にとってもだ。

 いつものすました顔で空のティーカップを覗き込んだまま気持ちを吐き出すキース様はとても儚く見え、そんな彼を見ていると胸の奥がずきんと痛む。


「……いいんじゃないですか、償いなんて」

「どういうことだ?」


 半ば投げやりの様にも聞こえそうな私の声にキース様が俄かに苛立ちを見せる。しかしそんなことで怯む私ではない。

 胸の痛みの原因を探るように、頭に浮かぶ言葉をひとつひとつ外へと出していく。


「私は王子殿下に拝謁したこともありませんしどのような方なのか存じませんが、多分キース様と同じようにずっと悔やまれているんじゃないでしょうか。だからこそ明るく振舞われて、キース様に心配をかけないようにしているのかなって」


 あくまでこれは私の想像だけれども、今でも友人と呼び合う二人ならば互いを思いやりすぎて泥沼にはまっている状態なのではないだろうか。


「もしそうなら、キース様が気に病むことこそが一番相手を傷つけているんじゃないでしょうか」


 キース様の瞳を睨みつける様にじっと覗き込めば、今度は一転して怯んだ様子を見せる。


「……ならば俺は、どうすればいい」


 それはとても難しい問題だ。そもそも私は部外者であり口を出す権利もないのだ。

 絞り出されたその言葉は悲痛な叫びでもあり、こちらの胸の痛みも強さを増す。


(見たくないな、この人のそんな顔)


 なるほど、そういう事だったのか。ならば私の言えることは。


「「ごめんなさい」より「ありがとう」と言われる方が、嬉しい……かな」


 それが私の答えだ。


「謝罪ではなく感謝をお伝えしてみてはいかがでしょうか。いくら悔やんでも過去は消すことはできません。だから、それを受け入れて前に進むしか方法はないですよ」


 言いながら、胸に閊えるものを感じる。これはきっと自分にも当てはまる事なのだろう。

 キース様はじっと目を伏せ、やがてこちらを見て一言。


「お前は随分と厳しい事を言うのだな」

「わたしはただ、キース様の悲しそうなお顔を見たくないだけですわ」


 私を捉えるその揺らめく瞳に、精一杯の笑顔を映して見せる。


「大切な方には、笑っていて欲しいですもの」

「…………そうだな」


 ようやく見せてくれた笑顔は泣き顔のようにも見えたけれど、それでも一応の納得はしていただけたようだった。



 お茶のお代わりを入れようと立ち上がり後ろの様子をこそりと窺えば、天井を仰ぎながら疲れた様子を見せているが、空気は比較的穏やかだ。


 そもそも何でこんな話になったのだったかしら? ギリアムに言われて武勇伝を聞いて、その大元は確か――黒の魔力の恐ろしさについてだ。

 そう言えば先程の話でもキース様は幼い頃から孤立して、戦闘時には味方に怯えられたと言っていた。友人とやらもそうだ。自分は健康に問題があるから怖くないとはどういうことだ。失礼極まりないのではないか? 王子殿下だけど。

 考えているとだんだん腹が立ってくる。


「おかしくないですか⁉」


 たん! とポットをテーブルに置きキース様へと詰め寄れば、上を向いていた顔を慌ててこちらへ向け何事かと目を丸くしている。


「……何がだ?」

「黒の魔力持ちだからって何でキース様がそんな理不尽を強いられるんです⁉ 何も悪い事なんてしてないし、まして子供だったのに!」


 至極当然の問いに私は憤慨しながらまくしたてる。


「それは仕方のないことだ。この国において黒の魔力と言うのは――」

「仕方なくないです! キース様はもっと怒っていいと思います!」

「敵わんな。そんなことを言うのはお前くらいだよ」


 理不尽にも私に怒りをぶつけられたキース様はやれやれと眉を下げ降参のポーズを見せる。

 興奮冷めやらぬ私を宥めながら隣へと座らせると、変わりにポットの茶を二つのカップへと注ぎだす。立ち昇る香りを吸い込めばようやく私のささくれ立つ心も凪いでくるのだった。


「今でこそ処世の術も身に着け、表面上は他の貴族と適度に交流はしているがな。どんなに繕っていても皆本心では俺の事を恐れているよ」


 湯気の立つ茶を口へと運びながらキース様はそう話す。

 そうか、それは今でも続いているのだ。だからこそ外では偽りの笑みを張り付けて物腰柔らかにふるまっている。なるべく他人を傷つけないよう、自分も傷つかないようにと。だから。


「……だから今まで結婚されてなかったんですか?」

「結婚? まあ、そうだな。俺の外面を目当てに言い寄る令嬢は後を絶たなかったが、真に俺と向かい合おうとする者はいなかったからな、当然俺の視界には入らん」

「カレンディア殿下もですか?」

「なぜここで王女殿下の名が出るのか疑問だが……あの方こそ物事の表面しか見ておられないだろう。先日の一件で少しでも目が覚めたのならいいのだが」


 気になっていたことを恐る恐る尋ねれば、突然何の話だと首をかしげながらも答えてくれる。

 先日の一件とは……キース様と寄り添っていた時の事か。記憶を辿るその瞳は柔らかくはあるが熱は感じられない。つまり言葉通り他意はないという事でいいのかな? 私は、どうなんだろう。


「私は、怖くないですよ。キース様の事」

「知っている」

「前にも言いましたけど私は貴方だから怖くないのです。魔力なしだから怖くないわけでもありません」

「そうだな」


 自然と強くなる私の語勢を気にも留めない様子で淡々と相槌をうってくる。

 私はこの人の視界にちゃんと入っているのだろうか。そう思い正面を向いていた顔を横へと向ければ視線がかちりとぶつかる。

 その瞳には、しかめた顔を真っ赤に染め上げた私が確かに存在して。本当に聞きたかったことを遂に口にする。


「改めて誓います。何があろうとも私は貴方を恐れたりしないと」

「ああ」

「だから、あの……、っ、……。貴方のこと、好きになっても……いいですか?」

「……!」


 既に私の精神はいっぱいいっぱいで、言いたいことをちゃんと言えたのかも分からない。心臓がかつてないほどに激しく打ち付け、痛いほどその音が体中に響いている。自分の声すら聞こえない。

 それでも必死に目を開けて正面にあるその顔を見れば、いつの間にか私と同じくらいに赤く染め上がり――やがてくにゃりとその形を崩す。蕩けるような、甘く柔らかい……微笑みだ。


「ああ、もちろんだ。とても嬉しく思う」


 ようやく耳に届いたその人の言葉が信じられなくて。


「ほんとに、本当ですか⁉」

「ああ、本当だ」


 そう何度も繰り返していればキース様はそのうち呆れ始め、声をあげて笑いだし、私の髪をそっと撫でるのだ。


「俺はとうにエリカに心を奪われている」


 ふわふわと漂う私を射貫くようなその言葉を聞けば、途端に地に足がつきがばりと顔を上げる。


「えっ、そんなの聞いてない! 初耳です!」

「いや、随分と前から主張していたつもりなのだが……」


 一転、地に突っ伏したくなるほどに動転した私は混乱の果てにエプロンの前掛けを頭にすっぽりかぶり貝になる。

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 布越しに聞こえる笑い声がくすぐったく耳に木魂していた。

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