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キースベルトの罪と罰 1

 どうしてこうなった。

 ヒース商会の二階、商談用の空き部屋に予想外の客を案内しながら心の中では頭を抱える。


(なんでキース様がここにいるのよ聞いてないわよ! そう言えばあのインク、キース様も愛用してるって言ってたわね、つまり御贔屓さんじゃないの。 聞いてた!)


 どんなにテンパっても逃げ場はない。私の逃走経路はすべて先読みされキース様に塞がれている。ならば腹をくくるしかないのだがそう簡単にいくはずもなく、余計なことを言ったギリアムをせいぜい恨むとしよう。

 部屋へと通せばキース様が羽織っていたローブを脱ぎ、ソファへと腰を下ろすと今更ながらに「おや?」と気付く。


「その白いローブって確か魔道具でしたよね? ギリアムはともかく私はなんでキース様の事を一目見て気付いたのかしら」

「指輪の影響だ。婚姻の印により俺とエリカは魔力が同調している故、認識阻害のような魔術効果は発揮されないのだろう」

「そんな効果があったとは……」


 キース様の説明に、お茶の準備をしながら自分の左手に視線をやれば、薬指に嵌まる華奢な銀の指輪が今日も曇りなく輝いている。どうせならキース様の魔力を融通して魔術が使える様になれば楽しそうなのに、そういったことはできないらしい。


「そんな危険な事を目論まれても困る」


 それはそうだ。願望を口に出せばキース様に非常に厳しい顔で言われてしまい、大変申し訳ない。

 雑談を交わしながらお茶を出しキース様の向かいへ座ると、途端に無言の間が訪れる。窓の外の大通りや一階の食堂からがやがやと賑やかな音だけが、応接セットの置かれたやや豪華な作りの部屋に響いている。

 思えばこうして落ち着いて顔を突き合わせるのは随分と久しぶりだ。

 原因は勿論私が逃げ回っていたからで今でもその問題は解消されていないのだが、改めて思う。


(この人と向かい合う時間がこんなにも安らぐものだったなんて)


 叶うのならば今後もこの時間を大事にしたい。そのためには目の前に積み上がるいくつかの障害を越えねばならない。

 そう考えながらお茶をこくりと呑み込むと、キース様がとん、とテーブルを弾き、その指先にきらきらと光る魔力の余韻が残る。


「防音の術をかけた。念のためにな」


 尋ねる前にそう答え、キース様もお茶を口へと運ぶ。


「それで、何か聞きたいことがあるのか?」


 そう言えばそんな話だったわ。ギリアムが残した厄介な一言を思い出し高速で頭を回し始める。


「ええと、キース様の魔術師としての武勇伝、かしら?」

「武勇伝?」


 間違いない、聞きたかったのはその話だ。決して王女殿下をどう思っているかなどといった話ではないのだ。


「ギリアムから聞きましたの、キース様は昔から魔術の才があることで有名だったと。何かすごい活躍とかあったのかなぁって思いまして!」


 胸の前でぱんと手を叩き、ひと際明るい声で言えば、キース様の表情は対照的に硬く感情を閉ざしているように見える。


(……うん、間違ったっぽい)


 そう後悔しても遅い。出した言葉を引っ込めることもできず、そのままの体勢で笑顔を引きつらせながら返事を待つ。


「……そうだな、隠すような話でもない。活躍でも何でもない驕った子供の犯した過ちだが、聞いてくれるか?」


 その表情は微笑みを浮かべてはいたが同時に沈痛さを漂わせ、胸を突くような痛みを感じさせる。それでも聞いてくれるかと聞かれれば答えは一つだ。


「はい、聞かせて下さい」


 姿勢を正し、彼の真っ直ぐな眼差しを受け止めた。


 ◇ ◇ ◇


 彼女に促され語り出すそれは、俺の幼い頃の罪だった。


 赤の魔力を持つ父と青の魔力を持つ母の間に生まれた俺の魔力は黒だった。マクスウェル公爵家はその色に拘らずに代々継がれていた家であり、そういった事が起こるのも不思議な事ではない。

 しかし魔術の名家に黒が生まれたことにより、俺当人のみならず両親も巻き込んで随分と辛辣な言葉をかけられた。それ程にこの国における黒への忌避感は強い。

 加えて、その魔力量は高魔力症を発症する程には両親の才を受け継いでおり、魔術の基礎を習得するころには俺に近付く者は屋敷の人間以外にはいなかった。


 そんな折、俺に声をかけた人間がいた。

 ――リィンカーティス・リヴェルム第一王子。俺と同年の彼は生まれつき体が弱く、国を継ぐことはないだろうと見放され孤立した存在だった。

 そんな王子殿下が同じく弾かれ者の俺に何用かと思えば。


「お前を今日から私の友としてやろう! 嬉しいだろう!」


 朗らかな笑顔で高らかに宣言したのだった。開いた口が塞がらないとはああいった時に言うのだろう。


「お言葉ですが殿下、私は黒の魔力の保持者でございます」

「そんなことは承知だ。それにしても黒の魔力持ちを見るのは初めてだが、案外普通だな。つまらん」


 そんな事を言われたのは初めてだった。大体この態度は何だ。表情は豊かに、城内の中庭を楽しそうに歩き回るその姿は実に自由であり、その過酷であろう処世を微塵も感じさせない。――俺とはまるで正反対だ。


「私は退屈していてな、お前も暇そうだし問題ないだろう」

「しかし……」

「言っておくがお前に拒否権はないぞ! 私はこのような体だ、いつ動かなくなってもおかしくない。だからお前に恐怖を感じることもない。どうだ凄いだろう!」


 俺の不安を見透かすように得意気に語る王子殿下を素直に凄いと感じた。

 今思えば彼も寂しさを隠すために強がっていたのだろうが、この時の言葉は閉じこもった俺の心を引っ張り上げるのには十分だった。

 こうして俺は王子殿下の側近となり、共に学び、笑い、守り守られる存在へと変わっていった。


「今日は少し遠くまで出るぞ。弟が初めて王都外へ視察に出るらしくてな、面白そうだから私も同行しようと思うのだ」


 突然そんなことを言い出したのは彼と俺が12の時、弟である第二王子殿下が7歳の時だった。


「急すぎる。王太子殿下とお前が一緒に外出などありえない。大体お前の体調はどうなんだ? 何かあったらどうする気だ」


 矢継ぎ早に問題点をあげつらえばリィンは両耳を塞いで聞こえないふりをしている。

 彼の側近になり数年たった今では、二人きりの時は身分を問わず友として接している。当然俺の口調に遠慮は一切なく、いつもの小言かとリィンは恨めし気な視線を俺に送ってくる。


「相変わらず頭が固いな。魔法薬は飲んでるし、凄腕魔術師がついてれば問題ないさ。守ってくれるんだろう?」

「……当然だ」


 これもいつものことであり、軽い口調で押し切られ渋々ながら了承する。これが間違いだった。

 この頃の俺は己の魔術に過度な自信を持っていた。黒持ちだからと蔑まれても決して侮られないよう日々研鑽を積んだ結果、その技術は確たるものとなり傲慢となっていたのだろう。


(たとえ魔物が出現しようと問題ない。俺が守る)


 当然のように不安は的中する。

 道中出現した魔物の群れは王族の馬車の車列を襲い、護衛隊が打って出るが苦戦を強いられているようだ。


「キース、外の様子はどうなんだ⁉」

「魔物の数が多いので手間取っているようですね。護衛隊の実力ならば直に退けるかと――」


 リィンの馬車に付き添っていた俺は探索の術を飛ばし外の状況を正確に読み取ると、不安の色を見せる主へと報告する。がここで戦況が変わる。


「どうした?」

「……別の魔物の群れ、飛竜か? この戦闘に引き寄せられたのでしょう、こちらへ向かって来ます」

「飛竜だと⁉ 騎士では届かない、魔術師も疲弊している……キース、お前なら退けられるか?」


「出来ます、が私の役目はあなたをお守りする事です。お側を離れるわけには――」

「構わない、王太子を守ることが重要だ。私はここに居る。どうか弟を救けて欲しい」


 そう言われてしまえば断ることなど出来もしない。


(ならばとっとと片付けてしまえばいい)


 主を馬車へと残し外へ降り立ってみれば、前方では護衛隊が狼の群れのような魔物と激しい戦闘を繰り広げており、やがて上空から複数の巨大な影が飛来する。

 混乱をきたす戦場の中。身の丈ほどある魔術杖を両手で握り、主を、友を守るために持てる最大火力を誇る術を紡ぎ始める。

 黒とは他の魔力に干渉することに長けた魔力だ。そして魔物の生命の糧は魔力である。それを断ち切る極大魔法を上空へと解き放てば、たちまち飛竜はその身を地上へと墜とし、地上の戦闘も間もなく収束する……はずだった。

 計算外だった。

 俺の魔術を見て怯み統率を失ったのは護衛隊だった。間近でみた黒の魔術は彼らにとってもそれほどまでに脅威であったのだ。

 劣勢を強いられていた狼の群れが戦線を一気に突破し、奥に控えるひと際豪奢な馬車をめがけて襲い掛からんとする。


(ちっ、数が多い!)


 あの馬車に近付けるわけにはいかないと、魔術杖を狼の群れへと向け黒の刃を次々と放つ。それと同時に視界を駆け抜けるのは金色の影。


「リィン殿下⁉」


 それは不運か、いいや俺の油断と驕りなのだろう。

 急ごしらえの術は精度が甘く、襲い掛かる魔物を打ち倒したものの守るべきその人へも牙をむいたのだった。

 戦闘が終結し残ったのは複数の負傷者で、その中にはリィンも含まれる。

 無残に引き裂かれた彼の左足は治癒師によりすぐに癒された。だが魔力への抵抗が弱いその体の深くに食い込んだ俺の魔力を除ききれず、その足を蝕むような大きく黒い傷跡が残された。


「殿下っ、私は何という過ちを……。どのような処分でも――」

「はは、流石は私の側近だ。魔物討伐、見事であった」


 友に残る傷跡を前に項垂れ絶望を浮かべる俺を、吹き飛ばす様にいつもの軽やかな笑い声が辺りへと響く。

 痛みが残っているだろうその足を引き摺りながら颯爽と立つその姿は王族の威厳に満ちたものであり、思わず言葉を呑み込む。


「よくぞ王太子殿下をお守りした。この栄誉には相応の褒賞が与えられよう。……この足は私が自らの言葉を守らず勝手な真似をした報いだ。お前が気にすることではないよ」


 王族の体を傷つけたのだ。本来ならば大罪であるが、彼の複雑な立場と王太子を守った功績によりそれは相殺され、この多くの魔物を打ち倒した事実は皮肉にも俺の魔術師としての技量を称える出来事となった。

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