ヒース商会
王都の外郭、大きな通りに面したこの辺りは多くの商店が建ち並び、行き交う住人や旅人で常に賑わいを見せている。
そんな通りから一本外れた道の並びにその店はあった。
「よお、ヘザーじゃねえか! しばらく見なかったから嫁にでも行っちまったかと思ったぜ!」
「お久しぶりです、ハーマンさん! 相変わらず昼からお酒ですか? ほどほどにして下さいね」
「おういヘザーちゃん! こっちツマミくれい」
「はーい、今お持ちしまーす!」
旅装のままの客らが賑わうそこ『荒野亭』はいわゆる食事処だ。名前の如くむさくるしい男たちが集いワイワイと騒ぐ合間を一人の女性店員が注文を捌きながらくるくると駆けまわる。
「おいヘザー、そろそろ休憩入りな」
「はぁい」
奥からかかる声に振り向けば、そこには褐色の頬に古傷が目立つあからさまに怪しい風貌をした男、この店の主が姿を見せる。
「おいギリアムの旦那、俺たちゃヘザーちゃんに接客されてぇんだよ!」
「そいつは商品じゃねえよ。女が欲しけりゃ他の店行きな!」
「ちっ、つれねえなぁ!」
ギリアムが乱暴な口調で言い返すも客もそれを気にする様子はなくやいのやいのと言い返している。いつもの光景であり非常に微笑ましい。
そんなことを思いながらもギリアムの後に続き、客に惜しまれながらも併設された道具屋へと場所を移すとようやくカウンターへと腰を落ち着けた。
「ほらよ、朝から動きっぱなしで腹減ってるだろ」
「わあおいしそう! いただきます!」
店主自ら差し出す賄いを受け取り、胸の前でぱんと手を合わせてからもぐもぐと口に運び出す。そんな彼女の毎度の仕草を不思議に思いながらも、ギリアムは見守るように目を細める。
「久しぶりのこの味、落ち着くわ」
「まったく、呆れるぜ」
能天気な笑顔で頬張るその様子にギリアムが思わず溜息を漏らせば、カウンターを挟んだ向かいのその顔がスプーンを握ったままきょとんと首をかしげる。
「『公爵夫人』になってちったあ淑やかになるかと思ったが、まるで変わらねぇな」
「人はそう簡単に変われないものよ」
「言うじゃねぇか。ま、その方がらしいっちゃらしいがな」
「あとここでは『公爵夫人』は禁止よ。今の私はエリカではなく臨時雇用の店員『ヘザー』ちゃんなんだから!」
「へいへい」
私の言葉を聞きギリアムは、眉間に皺を寄せ困った顔をしながらも楽しそうに笑う。その「くくく」と漏らす笑い方は相変わらず胡散臭さを助長するものだが彼らしくもあり、思わずこちらも顔が綻ぶ。
ここはヒース商会の本店であり魔道具を取り扱う店舗だ。
以前は中古品の買い取りと販売を主としていたガラクタ屋だったらしいが最近は自社開発の商品の売れ行きが好調のようで、改めてヒース商会として立ち上げたのだとか。魔術師の間ではそこそこに名の知れた店らしい。
そんなこの店だが私にとっては情報収集に最適な場所となる。前世の平民気質を存分に吐き出したいことも相まって、王都へ滞在する社交シーズンに家を抜け出しては偽名でアルバイトをさせてもらっていた。
「で、今日はどうしたんだよ?」
「んむ?」
ワンプレートに盛られた賄いをご機嫌につつく私へギリアムが問いを投げる。あくまでヘザー相手の会話なのでその口調は砕けて遠慮がない。言い換えればかなりガラが悪い感じだが、素を見せる彼にはこちらも気を使う必要がないので大変気が楽だ。
そのギリアムは人の心の中を弄るように訝しむ瞳を向け、私は反射的に目を逸らす。
「ほら、今の家に嫁いでからなかなか来られなかったじゃない。今日は久々に羽を伸ばそうかなーって」
「何だよ、夫婦喧嘩か?」
「ち、違うわよ!」
あからさまに言葉を濁す私を無視するように、遠慮なく核心へと切り込んでくる。いや確かに喧嘩はしょっちゅうしてるかもだけど、今日は本当に違うのだ。そう訴えるもあっけなく流されてしまう。
「こないだの大蚤じゃあ旦那と仲良く歩いてたじゃねえか。案外うまくやってんのかと思ったが」
「だから喧嘩じゃないってば! って、え? 何で知ってるの⁉」
春の大蚤の市、確かにあの日はキース様と一緒に歩いていたしギリアムが露店にいたのも知っている。しかし声はかけなかったし、何よりあの時は幻惑効果のあるローブを身に着けていたはずなのだが。
「客に惑わされてたら商人なんざやってられねぇよ」
そう言って見せたのは首から下げた、恐らく魔道具だろう。つまりそれの効果でローブを無効果したと言うことか。魔法社会の裏側を垣間見た気がするわ。
「で? 喧嘩じゃねぇなら何だよ?」
「……」
「わざわざ俺んとこまで来るってこた、家の人間にゃ言えねえって事か」
「……」
黙り込む私に怒涛の追い込みをかけてくる。うう……流石やり手の悪徳商人、逃すまいと半眼で睨むその目がなんとも憎らしい。
とはいえ彼の言う事は大体当たっている。今日、私は相談事があってギリアムの元を訪れたのだ。
街に行くと言った時の反対の声を上げるスヴェンさんを説得するのには大分骨が折れたが、こちとら必死なのである。流石に一人で出歩く許可はもらえず少し離れた位置に護衛がついているらしいが、まあ見えない距離ならいいだろう。
(だって、屋敷の皆にはとても言えないもの)
ほんの数日前の事、私は気付いてしまった。それはキース様への差し入れを持って城を訪れた時の事。
思い返せばそれまでも幾度となくそういうふしはあったのだ。ただ気付かなかったのか、意図的に目を逸らしていたのかは分からない。でも、はっきりと認識してしまえばそれはもう疑いようもない。
そうなると今度は途端に平常心を保てなくなる。キース様と顔を合わせるのも気まずくなり、職場が整頓されたせいか少し帰宅が早まったにもかかわらずのらりくらりと避ける日々は、非常によろしくない。対外的にも、私の精神衛生上にもだ。
ギリアムはじっと黙ったまま、私の言葉を待っている。
(……言う、言って楽になるの)
そう決断を下し深呼吸をすれば、頭がかっと熱くなるのを感じる。両手で頬を押さえつつ、大きく吐き出したつもりの声はとんだ掠れ声で、弱々しく途切れ途切れになりながら言葉を作る。
「………………私、旦那様の事が、……好、き、みたい……」
「……」
「……」
「……つまり惚気に来たのか?」
「何でそうなるのよ!」
頑張って言ったのに! 予想外の返答に思わずツッコミを入れればギリアムは納得いかない様子で負けじと言い返してくる。
「ったく、はっきりしねぇな。それを俺に言ってどうしてぇんだよ」
「そんなのっ私だって分かんないわよ!」
逆切れも甚だしい。そんなことは分かっている。
それでも、本当に分からないのだから他に言いようもない。自分の気持ちに気付いたのはいいがそれをどう扱えばいいのか、困り果てた結果ここに辿り着いたのだ。
瞳が熱を持ち視界が歪むのを感じ、堪える様に俯く。そんな私の様子を見て何かを察するように尋ねてくる。
「お前、まさか男に惚れんの初めてか?」
そう言われて、一気に顔に熱が集まる。
――言われてみればそうかもしれない。考えてみれば前世でも趣味に全力でそういった経験はなかった。……二次元の推しならたくさんいたのだが。
「……まぁ、確かにずっと妹んことで一杯だったからな」
がりがりと頭を掻きながらそういう声は、先程までの攻撃的な物とは違いひどく柔らかい。
頬杖を突きながら私が落ち着くのを静かに待つと、やがてゆっくり口を開く。それはまるで子供をあやすかのような優しい口調だ。
「本人に直接言ってやりゃいいじゃねえか」
「そんなの無理よ」
「あん? 何でだよ」
「私とあの人は政略結婚だし、妻ではあっても恋人じゃないもの」
恋人、と自分が発した単語にどきりと心臓が反応する。そうだ、元々私は白の魔力持ちだから保護されたというだけで、それ以上でも以下でもないのだ。
改めて思い出したその事実に落ち込んでいると、ギリアムは面倒そうな顔を見せながらも言葉を続けてくれる。
「関係ねーだろ。後から惚れる夫婦なんざいくらでもいるぜ」
「……他に、好きな人とかいたら……困る、じゃない……」
そう言いながら浮かぶのは、王女殿下と寄り添う夫の姿。チクリ、とまた胸の奥に痛みを感じる。王女殿下とそういう関係なのかは定かではないが、そういう相手がいても何らおかしくはない。いやキース様の立場を考えればいて当然ともいえる。
「こんなの、ギリアムにしか相談できないわ」
独り言のような弱々しい言葉がぽつりと落ちる。
とは言っても。何をどう解決すればいいのやら皆目見当もつかない。
「ねぇな」
「?」
「あの旦那が気を寄せる相手だなんざいねぇって言ってんのさ」
「なんでそんな事言い切れるのよ」
「商人の情報網舐めんなよ」
顔を上げればギリアムがギラリと瞳を光らせながら得意気に言ってのける。
「大体あの身分とツラで今まで結婚してなかったことが全てだろ。まあ、仕方ねえとも言えるがな」
「どういう意味?」
「本当に分かんねぇのか? 普段頭回るくせに急にポンコツになりやがって」
もうやめて、私のHPがゼロになってしまう。泣きべそをかく一歩手前で必死にこらえていればギリアムが仕方なしにと続ける。
「『黒』の魔力持ってりゃ、そうもなる」
言われてもぴんと来ない。いや待って、そういえばそんなくだりを前にも聞いたことがある。あれは――
「お前はそこんとこどうなんだよ」
「――旦那様にも聞かれたことあるわ。『俺が恐ろしくはないのか』って」
「で?」
「旦那様なら怖くないって答えたわ。というか、問題なのは相手に悪意があるかどうかで魔力の色は関係ないんじゃないの?」
あの時も言ったが相手に悪意があれば非術師からすれば何色だって脅威だろう。
そう思っているのは私だけのようで、ギリアムは片眉を上げ何やら思案する様子。
「お前、出身が未開の田舎かもしくは外国だったりするのか?」
「私がバートン領の出なのは知ってるでしょ」
突然の問いにドキリとするも、意図が分からずそれだけ答える。
「だったら黒の魔力が滅びの色ってこた知ってるはずなんだがなぁ」
「それって『魔王の滅びの唄』のこと? おとぎ話よね?」
『魔王の滅びの唄』、それはこの国に昔から伝わる有名なおとぎ話だ。黒の魔力を持つ魔王と呼ばれる男が世界中を破滅へと導き、最後には自分も死んでしまうというなんとも救いようのない話である。子供に語り聞かせる定番のおとぎ話であり、聞いた子供はもれなく号泣するという。
前世で言えば桃太郎や浦島太郎くらいには有名な話だが、なかなかに描写がえぐくて私は好きではない。いやほんと、何であれが子供向けなのかな? それでも前世の童話も元をたどれば本当は恐ろしい内容であるというのはよくあるし、お子様向けに改変されずにそのまま伝わっていると考えればそういうものなのかもしれない。
「ガキの頃にあれを読んだ上で黒を畏れねぇとは……。お前の胆力には呆れるな」
本気で呆れるような表情を見せないで欲しい。地味に傷つくわ。
でもまあ、それについては私にも言い分がある。何せ、私がこの話を初めて読み聞かせられたのは5歳の頃で、前世を足した精神年齢は単純計算で29歳だったのだ。
(確かに知識も耐性もない子供があれを聞かされたらトラウマ発症くらいするかもしれないわね。うん? だから私はキース様を怖がらないって事?)
なんとも釈然としない話ではないか。私を悩ませる前世の記憶がキース様の障壁を取り除くカギになっているとは。
「つまり、普通のヤツは黒ってだけでビビっちまうのさ。その上あの旦那は魔術師としての才を昔っから存分に見せつけてるからな。苦労も多かろうぜ」
ちょっと待って。まだ頭の中が整理できていないのに、次から次へと気になる事を言ってくれる。
「知りたきゃ当人から聞けよ。さっきも言った通りお前が気にするような相手はいねぇ。だから存分に言いたいこと言ってやりゃいい、ほら」
ギリアムが私から視線を外し入り口の方を向く。
「いらっしゃい旦那。今日は何をお求めで?」
入り口に向かって放たれた言葉で客が来た事に気付き、慌てて賄いを下げ接客しようと振り向けば。
「え、何で?」
「……それはこちらの台詞だ」
白いローブに身を包んだその人がそこに立っていた。




