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気付いてしまった真なる敵は

 魔術省管理局の入り口に立つのは間違いなくカレンディア王女殿下その人で、護衛の騎士を引き連れながらその足をこちらへと進め――目の前で止まる。


「ごきげんようキースベルト様。皆もどうぞ面を上げて」


 私の背後で伏すキース様に声をかけた後にそう言えば、周囲の者もゆっくりと伏せていた顔を上げる。


「これはカレンディア王女殿下、ごきげんよう。本日はいかがされました?」


 きらっきらに眩しく輝く笑顔でキース様がカレンディア殿下へと挨拶をする。

 あまりの眩しさに思わず顔をしかめてしまいすぐに取り繕うも、王女殿下に向いてるはずの顔はその一瞬を見逃すような真似はしない。ぴりりと背中に殺気を感じ、引きつったままの笑顔を私は浮かべ続ける。


「キースベルト様! あの私、キースベルト様が例の遺跡の解明に大きく貢献なされたと伺いまして、賛辞を贈りたく居ても立っても居られなくて……」


 先程の凛とした姿とは一転、もじもじと可愛らしく語る仕草はどう見ても恋する乙女である。頬は薄紅色に染まり瞳からはハートマークが溢れて見えるようだ。

 ……以前お会いした時になんとなく察してはいたけど、目の前でこれは正直きついです。


「そうでしたか、私の為に足を運んでくださり感謝いたします。ですが、そのお言葉を受け取るわけには参りません」


 そんな乙女光線を浴びつつもキース様がお断りの意を示せば、その表情はこの世の終わりかの如く絶望に染まる。王女殿下の威厳をここまで消し去るとは、恋の魔法はげに恐ろしい。


「そんな、ご迷惑でしたでしょうか?」

「いえそうではありません。スイール遺跡の発掘は確かに大きく前進しましたが、まだ最奥の部屋の謎も解明されておらず、不明な点も多く残されております。それに前回の探索での成果は私一人で成しえたものではありません。労いをいただけるのでしたら探索に関わった魔術師隊・発掘隊に等しく分け与えていただきたく存じます」

「そうでしたか、私としたことが気が急いてしまいましたわ。それにしても皆に等しくとは、やはりキースベルト様は清廉なお方です……!」


 私の耳に届いたキース様の言葉を乱暴に要約するならば「まだ途中である、他の関係者を蔑ろにしないで欲しい」なのだが、カレンディア殿下の受け取り方は違うようだ。その瞳はただただキース様だけを映している。その瞳に映る影はふわりと優しい笑みを湛え、あれ、おかしいのは私の方なのだろうかと錯覚を抱きそうになる。

 それにしてもこの話、前にキース様とセシルが出張した時の事だろうか。事故があったこととアキュベリー侯爵が逮捕されたことはスヴェンさんに聞いて知っているが、このまま聞いてても問題ない話なのだろうか? 私部外者ですけど?

 そんな疑問を視線に乗せばちんばちんと目くばせすれば、伝わるのだからやはりキース様は有能なのだろう。スマートに話題を切り返していく。


「カレンディア殿下、生憎この場は殿下をおもてなしするにはふさわしい場ではございません。宜しければ中庭をご案内いたします」

「いえ! キースベルト様のお仕事を邪魔つもりはございませんわ。見た所、部外の訪問者は他にもいらっしゃるようですし、私の事もどうかお気になさらないで下さいまし」


 視線を一ミリもこちらに向けることはないが、どうやら私の存在は認識しているようだ。

 それはそうか。ローブを纏う魔術師の中ただ一人ドレスを纏っているのだ、これが見えていなかったのなら比喩でなく恋に盲目と言える。

 それにしてもキース様からのお誘いを断ってまで退出を拒否するとは。言葉の端に見える棘と言い、カレンディア殿下は明らかに私を牽制している。


「しかし、見ての通り狭く乱雑な部屋でして、殿下のご気分を害されるのではないかと憂慮いたします」

「それ程までにお気遣いいただけるなんて、やはりお優しいです……。この管理部はキースベルト様が日々務めてらっしゃる崇高な場所でございます。気分を害すだなんてとんでもございません、むしろ晴れ晴れしいですわ」


 キース様としては私とカレンディア殿下を同じ空間に置きたくないのだろう、今一度退出の説得を試みるも、駄目だこれは。キース様の言葉を全肯定しプラス思考で受け止める彼女には話が通じる気がしない。

 周囲の人々はと言えば、我関せずと机に向かいひたすらに書類に集中するという非情な潔さを見せつけてくれている。まあ誰だって見えている地雷を踏みたくはない。


(これは素直に私が帰ればいいのだろうか? 確かに用件は済んだしそれもいいのだけれど――)


 なんとなく、納得がいかない。

 やり残しというか心残りがあるような、もやもやとしたものが胸を渦巻いている。


「晴れ晴れしいとは、そうですか……。エリカはどう思いますか?」

「はひっ⁉」


 突然の指名に変な声が出た。ちょっと待って、何でここでこっちに振るかな?

 ようやく私を視界に収める金色美少女だがその表情には明らかに不満が現れている。

 ついでに周囲の視線も私へと注がれ、おい魔術師諸君、見世物じゃあないぞ。仕事しろ仕事を!


(キース様は何考えてるのよ。一体私に何をさせたいの?)


 必死に頭を回転させつつその顔色を窺えば、その表情は自宅で見るようなすんとすました可愛げのないものである。


(そりゃあ私にはキラキラスマイルを向ける必要なんてないものね、なんか腹立つなあ!)


 突然置かれたこの環境に俄かに苛立ちが湧きたち、そうね、そういう態度で来るなら遠慮なく言わせてもらうわと腹をくくる。


「この部屋をどう思うか、でしたかしら? そうね、汚ったないですわ!」


 胸を張り、声も張って思ったことをはっきりと言ってやる。

 静まり返る部屋の中、硬直する者やあんぐりと口を開ける者また目を背ける者が見え、小さく揺れるあの背中は……セシルかしらね。


「……あ、貴女、失礼ですわ!」

「そうでしょうか? お言葉ですが王女殿下、この部屋は正真正銘見苦しく汚いところでございます。窓は塞がれ空気は淀み、ついでに魔力も淀んで疲弊する職員の体を蝕む始末。おまけに付け足すならば所々カビやほこりが確認でき、これで病気にならないことが不思議ですわ」


 大げさに肩を竦めて言えばカレンディア殿下は顔をしかめ、病気の文言の辺りでびくりと怯えた表情を見せる。周囲は最早こちらから視線を逸らすように机に突っ伏し、セシルの背中の揺れは激しさを増している。


「いかがでしょう、キース様?」


 これが望みの答えかと突き付ける様に返せば、


「恥ずかしい限りです」


 にこりと笑みを浮かべそう肯定を返す。うん、そんな返事で私が納得すると思ったら大間違いだ。


「あら、心にもない事を言うべきじゃありませんわ。本当に恥じているのならもう少し片付けますもの、これはただの怠慢ですわね!」


 私の追撃にぴくりと笑顔のキース様の眉間が動き、心の中でよっしゃと拳を握る。一矢報いたとやや苛立ちが納まるも、あれ? 私は何と戦っているんだ。


「口を慎みなさい! キースベルト様は国の為に寝る間も惜しみ身を粉にし職務に励まれていらっしゃるのです! それを怠慢と評するなど許されざる事ですわ!」


 飛んできた反撃は側面から、いやこちらが正面だったかしら。

 どっちでもいいわ、文句があるなら片っ端から相手してやるわよ!


「身を粉にして働いた結果、実際に粉微塵になったら笑えませんよ。片付けもままならないほどの過重労働だというのなら、それを美化することこそ許されませんわ。そもそも職場環境の管理改善を図るのも責任者の立派な職務であり、それが出来ていないのは明らかでございます」


 心は熱く、言葉は冷静に語りつくせば静寂が訪れる。皆口をつぐみ、目を伏せ言葉を探してはいるが出てこないといった様子だ。

 どうやら反論はないようだがなぜだろう、私の心の苛立ちは未だに収まらない。

 辺りにぐるりと視線を向けると、その理由にふと気付く。


(最初にこの魔術研究区画へ入った時に感じた親近感と居心地の良さ。でもこれは、違うわ)


 そう。


「……美しくないのよ」


 心の声がぽつりと漏れる。何事かと眉を顰める顔がいくつかこちらを向くもそんなこと今はどうでもいい。ようやく見えたのだ、私が戦うべき真の敵の姿が。


「配置がね、雑なのよ。何で申請書と他部署の資料、明らかに系統が違うものが同じ棚にしかも交互に入ってるの? 逆さまだったり本と紙と巻物が一緒くたになってたり、せめて分類……形状でも内容でもいいから、分けて!」


 心に溜め込まれていた不満が叫びとなって口から飛び出す。

 大体、本棚にサイズもまちまちな漫画と小説がバラバラに並んでたらイライラするし、天地逆さまに突っ込まれるのなんてもっての外だ。読みたい本をすぐに見つけられるように巻数順に並べるのは基本で、余裕があれば作家毎にも纏めたい。それが本棚と言うもののはずだ。

 つかつかと一つの本棚へと歩み寄り、側にいた職員に指示を出す。


「シュクルさん。この棚の中身を整理してください。上下を合わせて日付順に」

「え? 今、です?」

「早くして」


 座った目で睨み付ける様に短く言えば「はいぃ!」と返事を返しテキパキと動き出す。何よ、やればできるんじゃないの。


(そうね、だったら徹底的にやってしまいましょう!)


 ぱん! と手を打てば狭い室内全域に響き渡り、その場にいる全員が私へと注目する。


「そんな訳で、今から大掃除を致します! 棚の近くの人は棚の整理! 体力のある人は重い荷物を移動して動線を確保! それ以外はごみ集め!」

「えっ、今から掃除するんですか⁉ まだ業務が立て込んでて――」

「今日はとっくに作業が中断してますし、まあそれは主に私のせいですけど、こんな落ち着かない状態ではたいして捗りません! 潔く諦めて下さい!」


 異議を申し立てる声を問答無用に却下し、私は空き箱を片手に周辺を歩きだす。不満や困惑の声があちこちから漏れるがそんなもの知ったこっちゃないわ。今まで放置したツケよ。

 目につくのは空き瓶や書き損じの紙、使い古しのペンなどもあちこちに落ちている。それは床だったり棚だったりあるいは積まれた木箱の隙間だったり。明らかにゴミであろうそれらを拾っては箱に放り込んでいく。


「物が多いのは仕方ないけど、いらない物を溜め込むのはただの悪癖! ごみは捨てる! 使わない物も処分する! いつか使うは大体使わない!」


 棒立ちになる人を押しのけながらゴミを拾い集めればあっという間に木箱は溢れ、二つ目の空箱を手にする。大体何でこんなに空き箱が落ちてるのよ、そりゃあ片付かないわよ!


「お姉さま、手伝います!」

「ありがとうセシル。じゃあゴミ以外の物を整理して頂戴。筆記具と紙とか、用途が近い物を一箇所に纏めるといいわ。あとはそうね、よく使うものは目の高さに、あまり使わない物は上の方とか下の方に置くと使いたいとき便利ね」

「はぁー片付けにもそんな要領があるんですね……やってみます!」


 私の説明に納得するとセシルがぱたぱたと動き出す。それを見ていた他の職員が「セシルちゃん、手伝うわ」と駆けよれば、次第に見ているだけだった人たちものろのろとだが動き始める。


「奥様、これはどこに置いたらいいですかね?」

「用途不明の物ならどこか一箇所に纏めておいて追々整理するといいですわ。奥よりも目につく所がいいわね」

「奥様ー、この箱の中のは使わないし棚の下でいいですよね?」

「中身は何? 軽いわね、だったら上の方がいいのじゃなくて?」


 狭い通路を何人もがごった返し、てんやわんやに大掃除が進む。


(思った通り同類だわ。腰は重いが一度始めたらとことんやり尽くす……まさにオタク!)


 途中で本を読みふけり作業が中断するあたりまで異世界共通らしい。「はいはーい、没収でーす!」と取り上げれば周囲からどっと笑いが起こる。いい職場だここは。


「ほらキース様も何ぼーっとしてるんですか! きりきり働いて下さいまし!」

「あ、ああ。分かっている」

「素が出てますわ」

「……」


 未だに戸惑っている様子のキース様だがお構いなしに笑い飛ばして見せれば、また周囲から笑い声が降り注ぐのだった。


 ◇ ◇ ◇


 なぜこうなったのか。

 最初は戸惑いつつも、次第に大掛かりに動き出した大掃除を見て思わず視線が遠くを向く。

 いや発端は理解している。俺がエリカへと意見を求めたからだ。


(俺以外から頑なに目を逸らすカレンディア王女殿下に現実を見せつけて欲しかっただけなのだが、エリカの行動は本当に読めんな)


 眉間に皺が寄り溜息が出そうになるが、先程エリカに「素が出てますわ」と言われたばかりだ。そっと心の内に隠す。

 正直者のエリカは期待通りに現状をありのままに言葉にしてくれた。だがその矛先は後に俺へと向けられそのまま職場全体へと振るわれ始め……今では皆の心を一つに纏めている。


(本当に不可思議で……魅力的だ)


 職員たちの中心でくるくると忙しなく動く彼女に思わず目を細める。

 そんな俺の隣に小さな人影が近づく。

 無言のままにこの騒ぎの始終を見つめていたカレンディア殿下だ。


「私は……間違っていたのでしょうか?」


 問いかける声に力はなく、それでも膝を折ることなく真っ直ぐと立っている。その姿は健気ではあるが、儚い脆さを感じさせる。


「カレンディア王女殿下のお考えは理想であり立派なものでございます。ですが正解は一つとは限らないのが常でございます。これを機会に別の視点というのも考えられてみてはいかがでしょう」

「別の視点、ですか」

「まあ、彼女は少々突飛ですので、参考にされることはお勧めしませんが」


 カレンディア殿下の視線の先を察して苦笑を漏らす。流石にエリカを見習われるのは困るところだ。


「私では、駄目なのですね。キースベルト様のお心はすでに、あの方にあるのですね」

「ええ」


 自分に言い聞かせるように吐き出した言葉に相槌を返せば寂し気な笑顔をこちらに向ける。

 力なくよろめきそうな体を支えるとその華奢な手が俺のローブを握りしめ、顔を埋める様に俯く。

 その腰に軽く手を添えたまま、彼女の気が済むまで体を預けた。


 ◇ ◇ ◇


 ようやく気付いたのだ、私の苛立ちを引き起こす真の正体に。


(ラスボス、いいえ裏ボスかな?)


 寄り添う夫と王女殿下の姿を横目に眺め、チクリと痛む胸の内。

 そんなことをぼんやりと考えていた。


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