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二度目ましての来訪者

 箱やら棚やらがひしめき合う影をよく見るとそこには応接スペースがあり、ソファやテーブルが揃えてあるも、その上にはやはり本やらガラクタ的な物やらが散らばっている。


「ええと、申し訳ありません、すぐに片しますので」

「お手伝いしてもよろしいでしょうか?」

「……助かります」


 キース様の貴重な狼狽姿をもう少し眺めていたい気もするが、あまり長居することもできない。

 優先順位を定めまずは目の前の片付けをパパっと済ますことにする。幸いにも空き箱やらはその辺に大量にある。書類、小物、あるいは見える魔力の色毎に分類しながら脇に積み上げればとりあえずお茶をするスペースが確保された。

 そうこうしている内にセシルと先程まで死相を見せていたシュクルさんがお茶を淹れてくれたようで、私とキース様の元へと運んでくる。


「先程は大変失礼を致しました!」


 テーブルに茶を置くと同時に勢いよく頭を下げられる。


「私からも、部下が失礼を働いたようで申し訳ございません」


 テーブルを挟んで向かいに腰掛けるキース様も同様に頭を下げてくる。


「滅相もございませんわ。こちらこそ急な訪問で驚かせてしまい申し訳ありません」


 私がそう言うとキース様は苦笑いを返し、横に立つシュクルさんは慌てて私の言葉を打ち消す様にさらに頭を下げてくる。


「いや、でもマクスウェル様の奥様とは露知らずに無礼な事を……」

「事実ですもの、問題ありませんわ。私は魔術師ではございませんし妻だからといって優遇する必要もありません。無理に気を使われるよりはっきり邪魔だと言っていただけた方が私も助かりますし――」

「……エリカ、その辺りで」


 私の言葉を遮ったのはキース様だ。見ればシュクルさんは体を精一杯縮こまらせ涙目になっている。

 どうやら私の正直すぎる物言いが逆にシュクルさんの首を絞めていたようだ。おかしいな、「気にしないで」と伝えたかっただけなのに。

 横でくすくすと笑うセシルだけが妙にご機嫌である。


「それでエリカ、差し入れを持ってきてくれたと伺いましたが」


 謝罪合戦はこれで終わり、とキース様が話題を変える。そうだ、今日のメイン――表向きの用件――は差し入れである。言われて早速鞄を開ければ甘く香ばしい香りが辺りに広がり、「おお」と言う声と共に周囲の視線が集まるのを感じる。


「キース様の好物の焼き菓子をお持ちしましたの。頭を使うお仕事には甘いものがよろしいかと思いまして」

「え、マクスウェル様って甘いものがお好きなんですか?」

「そのようですね」


 どうやら職場でも知られていなかった事実らしい。先程まで死に体だったシュクルさんだが曖昧な返事にきょとんと首を傾げ、その様子にこの人のメンタルの強さを垣間見た気がする。

 あらかじめ小分けにし紙で包装された菓子を簡易的な木皿にのせキース様へと差し出すと、今度はそちらに注意が向いたようで。


「変わった包みですね。公爵家で流行ってるんですか?」


 遠慮なく疑問をぶつけてくる。


「お仕事の合間に口にできる様に、食べやすく片付けやすい形状を考えましたの」

「成程、確かにこれなら手も汚さないし片手でも食べられる。良く考えられていますね」

「へぇ……奥様ってすごい方なんですね……」


 しげしげと見つめられるがそんなに大したものではない。イメージとしては職場に配る菓子折りだ。


「他の皆さま方にお配りしても?」

「ええ、お願いします」

「手伝いますわ、お姉さま!」


 キース様とセシルの返事を受け同じように皿にのせた菓子を職員さんたちに手渡せば、皆笑顔で受け取ってくれる。和気あいあいとしたいい職場ではないか。


「とてもおいしいです!」

「いい香りですね、何が入っているのかしら?」

「サキアの蜂蜜とフルールのナッツですね。ナッツをしっかりローストするのがコツだと伺ってますわ」

「奥様は菓子にお詳しいのですね」


 そんな中、一人困ったように眉を寄せる男性がいる。キース様より年上、見た所この中で最年長の方だろうか。


「オーエンさん、これうまいですよ! 甘いものが頭にいいって奥様が言ってましたけど、ほんとそんな感じです!」


 シュクルさんが菓子をほおばりながらオーエンと言う男性にぐいぐいと迫っている。その言動はそこはかとなく頭が悪そうなのが心配だ。


「いやあ俺は」

「ひょっとして甘い物が苦手でしょうか?」


 言い淀むオーエンさんに私が尋ねると、「ええ、まあ」と遠慮がちに答える。シュクルさんと違い分別のある方のようだ。


「でしたらこちらはいかがでしょう? タワ芋の細切りをソテーし塩で味付けしたものですの」


 差し出したのはいわゆるハッシュドポテトのようなものだ。甘いものが苦手な人も当然いるだろうと思って用意しておいたのだ。芋なら同じ糖分だしきっと疲れにもいい……はず。


「ほう……では一ついただきます」


 オーエンさんへ差し出すと、菓子と同じく一口大に包まれたそれを不思議そうに手に取り、口に運ぶ。


「これは! ……酒が欲しくなりますね」

「勤務中はお控え下さい」

「はっは! そうですね、では酒の為にも早く仕事を済ませてしまわないと!」


 どうやらお気に召されたようで、先程までの困り顔から一変して明るい笑顔を見せてくれる。


「え、オーエンさんだけずるい! 俺もそれ欲しいです!」

「なになに? 独り占めは駄目よシュクル君!」


 菓子を食べてた人たちもわらわらと群がり、持ってきた差し入れはあっという間に捌けてしまった。


「皆さん、休憩は構いませんが程々に、仕事が終わらねば帰れませんからね」

「……はい」


 キース様の不自然に明るい声が皆の雑談に冷や水を浴びせ、場の空気が一気に鎮火する。……うん、まあね。お仕事の為の差し入れだから、気分転換が済んだら頑張っていただきたい。

 空の鞄を持って応接スペースへと戻るとキース様がお茶を差し出してくれる。随分と放置していた割りにホカホカの湯気が立っているのはキース様の魔術だろうか。小さな心遣いに思わず口元が弛む。


「本日はありがとうございます。皆にとってもいい休息となったでしょう」

「そうだと私も嬉しいですわ」


 温かい茶を口に含みそう答えると、キース様は真っ直ぐに私を見据え静かに言う。


「それではご用件をお伺いしても?」


 差し入れが建前であることは当然お見通しのようだ。微笑む口元とは裏腹に真剣な眼差しが圧を発し、思わず手に力が入るが――大丈夫。私は逃げないって決めたのだから。


「私、キース様にお話ししたいことがありますの。今日はそれをお伝えしたくて参りました」


 その瞳をしっかりと受け止めれば何の話かすぐに察してくれたようで、その表情は困惑へと変わる。


「それは……無理に話す必要はありません。この間の事は申し訳なかったと――」

「無理ではありませんわ、私が聞いていただきたいの。キース様が嫌とおっしゃるならば仕方ありませんが」


 その言葉を遮って私が話を続ける。周囲の耳がこちらに全集中している気がするが、それに構うほどの余裕はない。


「言いませんよ。是非、聞かせて下さい」


 その表情は困惑のまま、だけどほんのり微笑んでいて。


(まずは一歩前進、かな)


 そう思い表情が緩みかけた時――。

 しん、と辺りが静まり返っていることに気付く。

 キース様の視線は一点を向き、その先を手繰るように振り向けば、見えるのは入り口の扉だ。

 閉まっていたはずのそれはいつの間に開け放たれたのか、奥からゆっくりと訪問者の姿が現れる。


「失礼いたしますわ」


 金のドレスに身を包み金髪を揺らす様、それはいつか見た時と変わらぬ凛とした姿で、涼やかな声で軽やかに発する。

 途端にこの場にいる全員が立ち上がり膝をつき、私も同じくその動きに合わせる。


(まさかこんなところで遭遇するなんて)


 思っても仕方のない事だ。

 私ができるのはその予想外の来訪者、カレンディア王女殿下へと頭を伏す事のみだった。

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