職場訪問、参る!
差し入れ用の荷物は持った。
鞄に詰められたのはハンナさん秘伝のレシピをキース様の好みに合わせて改良した蜂蜜ナッツ入りの焼き菓子である。
意外にも甘いものが好きだというキース様。
使用人さんたちとのお茶会の際に振舞ったこの菓子を、無表情のままに随分と頬張っていたから「甘いものが好きなんですね」と尋ねれば、「そうだったのか……」と本人と周囲までもが驚いていたのが印象的だ。
元々食に対する興味が薄く、何でも無表情のまま平らげてしまう上にコーヒーはブラックを好むものだから今まで誰も気づかなかったという謎エピソードである。より深く探ってみれば、甘いものを食べながら飲む苦いコーヒーが一番のお気に入りらしい。
そんな旦那様の好物を抱え、私を見送るハンナさんへとくるりと体を向ける。
「変じゃないかしら? 顔とか服とか表情とか仕草とか顔とか……」
「とても素敵でございます!」
外出用のドレスに身を包み、あたふたと確認するがハンナさんはそんな私を見て微笑むばかりだ。
「随分と緊張されてらっしゃいますね」
馬車へと一緒に乗り込むスヴェンさんにそう問いかけられ、無言で頷きを返す。
「夜会以外で城に行くことなんてありませんし、キース様の職場の方にも初めてご挨拶しますもの。失礼がないか不安だわ」
それに加えて元々の用件が謝罪である。考えるだけで胃がキリキリと痛みだす。
「城へ着けばバートン様が案内して下さるのでしょう? 奥様は無理をせずにいつも通り振舞われればよろしいかと」
「スヴェンさんも一緒にいかがかしら?」
「私の身分で立ち入りが許される場ではございませんので」
縋るような視線を向けるもあっさり断られてしまった。仕方ない、覚悟を決めよう。
数日前にセシルに提案された『差し入れ作戦』であったがあっさりと承認・進行し、あれよと言う間に決行の日を迎えていた。
ちなみに家令のマルセルさんの許可は得ているがキース様には伝えていないらしい。……それって大丈夫なのかしら? 一層の不安をあおられ、馬車に身を委ねていればあっという間に目的地へと到着していた。
訪問者用の入り口で止められ、守衛さんが顔を出すが公爵家の家紋入りの馬車を見た途端に恐縮の態度をとる。舞踏会の時も感じたけれど公爵家の威光の凄さを改めて思い知り、自然に背筋がぴんと伸びる。
入城許可証をスヴェンさんが受け取り馬車のまま奥へと進めば遂に到着のようだ。
扉が開きスヴェンさんの手を借りながら馬車を降りるとそこには既にセシルが待ち構え、ふわりと微笑みで迎えてくれた。
「ごきげんようお姉さま、時間通りですわ!」
「ごきげんようセシル、出迎えありがとう。お仕事中なのにごめんなさい」
「言い出したのは私だもの、今日はしっかりご案内いたします!」
仕事用の魔術師ローブを翻して彼女が笑う。頼もしい限りだ。微妙に授業参観のような気分にもなり不思議な感覚に陥るも、そこは考えないようにしようそうしよう。
「それでは奥様、我々はこちらで待機しております。気を付けて行ってらっしゃいませ」
「はい、行って参ります!」
スヴェンさんと御者さんと馬に見送られ、セシルに手を引かれながら初めて立ち入るその場所へぎこちない足を踏みだした。
「ここから先が『魔術研究区画』です。この先は魔術師以外は立ち入り禁止なんですよ」
「それって私が入ったらダメなんじゃないの?」
「そんな時の為にこれ、『一時立ち入り許可証』です! これと魔術師の付き添いがあることで非術師でも立ち入りが認められます!」
西側区画の入り口で説明をしてくれるセシルが「ばぁーん」と効果音がつきそうな勢いで許可証を高々と掲げる。とはいっても小柄なセシル、私の視線の少し上でその許可証とやらがぴょこぴょこと動いている。
受け取った許可証は木札であり、うっすら漏れる魔力が視えるのは何やら魔術がかかっているのだろう。なくさないようにポケットへとしまい込むと再びセシルに案内され魔術師以外立ち入り禁止と言う区域へと歩を進める。
そこは今まで通ってきた通路とは、何と言うか空気が違った。
(流石、魔力があちらこちらに視えるわね。それよりも気になるのは――)
扉を抜け、薄暗い狭い通路を通り右へ折れるとさらに狭い通路が続いている。窓はあるはずなのに差し込む光はなく、薄暗い中に等間隔に設置された魔力灯が煌々と光を纏っている。今昼よね?
(一人じゃ絶対に迷子になるわこれ。ていうかね、狭いのよ。城なのに? なぜかってそりゃあ……この物の多さ!)
頭の中で一人乗りツッコミもしたくなる。空気の悪さの原因はあれだ、カビとか埃とか。光もなく通気性もなくじゃそりゃあこうなるのも無理はない。
(ある程度の覚悟はしていたわ。魔術師と言う人種は研究職、つまり変態オタクの集まりだと。偏見かとも思ったけれどこれで確信に変わったわ)
そして認めたくないのは、覚える親近感である。前世ではそこそこにオタクだった私は収集癖も発揮し中々に見事な『城』を作り上げていた。部屋を囲んだ本棚には漫画やゲーム、フィギュアを並べ、入りきらない物はダンボールに入れられて積みあがり当然のように窓の前を塞ぐ。推しやお宝に囲まれPCを触りつつだらだらと漫画を読む休日のなんと至福なことか。
(……うん、まごう事なく同じ環境だわここと。滅茶苦茶落ち着くのが何よりの証拠ね)
そうこう考えている間に少し立派な扉の前に辿り着く。
「着きました、こちらが私やお義兄さま……じゃなかった、マクスウェル様が所属する管理部になります! では入り――」
「待ってセシル! あの、今日って私が来ることキース様は知らないのよね? 大丈夫……なのかしら?」
「今更怖気づいても遅いですわお姉さま」
我が妹ながらなかなかに非情である。キッと厳しい目を向けられごくりと息を呑み込むも、すぐにそれは笑みに変わりころころと笑い声をあげる。
「冗談ですわ! マクスウェル様と他の先輩方には今日はお客様をご案内するとお伝えしてありますの。だから安心して下さい、ちょっと驚かすだけですわ」
それは安心していいやつなのかな? とはいえここまで来てしまった。後に引く気はさらさらない。
ひとつ深呼吸をして改めて前を向く。
「じゃあ、お願いセシル」
「はい、行きます!」
私の言葉を受け、セシルが目の前の扉をゆっくりと開いた。
「セシル・バートン、只今戻りました! お客様をお連れしました!」
セシルが元気よく言えば、机に向かっていた面々が気怠そうに顔をこちらに向ける。その緩慢な動きはどう見ても不健康であり、ゾンビ映画を見ている気分にさせてくれる。
「おかえりセシルさん。で、お客さん? 魔術師には見えないけど……ご用件はなんでしょう?」
気怠そうに立ち上がりこちらへ近づいてきたのは若い男性職員だ。歳は二十歳そこそこくらいで、セシルと同じローブを纏いぼさついた金髪が歩く度に揺れている。魔術師は髪を跳ねさせる決まりでもあるのだろうか。目の下には隈が目立ち、それも相まって随分と目つきが険しく見える。いやこれは単純に私が歓迎されていないという事か。
「困るんですよね、非術師が興味本位で見学に来るのって。ただでさえこっちは忙しいってのに……」
「シュクルさん、あの……っ」
シュクルと言うらしい男性に必死に説明を試みるセシルだがその声は「はぁ~」という長い溜息でかき消される。
さてどう対応しようかと周囲に視線を向けると何人かの職員さんがこちらを窺っているが、その表情はみな青ざめて……何かに怯えている?
その時、私の視界が影に覆われると同時に背後から聞き慣れたある声が降ってくる。
「何をしているのですか?」
「あ、マクスウェル様。何だかお客人らしいんですけど今立て込んでるし断ろうかと――」
シュクルさんとやらが何やら喋っているが恐らく立場は彼の方が下だろう。彼にくるりと背を向け手に持っていた荷物を床へ置くと、背後の声の主に挨拶をする。
「突然の訪問失礼いたします、キース様。お忙しいとは存じておりましたが、皆様の疲労を癒やす手助けになるかと思い差し入れをお持ち致しましたの」
そう言って顔を上げるとそこには銀色の髪を跳ねさせ、しかしシュクルさんほどひどい顔はしていないキース様が、表向きの笑顔も忘れ無表情のままに驚いた顔をしていた。
(これは、怒っている? それとも呆れている? ……全く読めないわ)
キース様の変わりに取り繕った笑顔を浮かべじっと返事を待つことしばし。固まっていた空気が流れだす。
「……疲れで見ている幻覚ではないようですね、エリカ。ええと……セシル嬢の企てということですか」
こめかみを手でぐりぐりと押さえながら何とか声を絞り出している。それにしても幻覚を見てもおかしくないほどに疲れているとは、これは由々しき事態である。
「キース様。お忙しいのは理解できますが適度に休まなければ仕事の能率が落ちるだけでございます。休憩を取られることを進言いたしますわ」
そう言いながら床に置いた鞄を手に持つと、ふわりと甘い匂いが漏れだす。
キース様もその匂いと正体に気付いたようで、私の顔を見ていた目線は鞄の方へと釘付けになっている。
「いかがでしょう? 勿論皆さまの分も用意してございますわ」
「………………分かりました。皆、少し休憩にしましょう」
キース様がそう言うと、奥で息を呑みながら様子を見守っていた面々がどっと息を吐く。
キース様に促され応接用のソファへと連れられると、後に残されたシュクルさんが呆然としながらつぶやくのが耳に届く。
「え? あれ……俺、やらかした?」
「そりゃあもう、盛大に」
「シュクル君、一週間は居残り決定か~」
私はブラック勤務の後押しをしに来たわけではない。
それは勘弁して差し上げて欲しいと心の中で祈っておいた。




