その先に待つものは
「で、これからどうします? コレ外まで担いで行くんですか?」
「その必要はありませんよ」
「マクスウェル様!」
遺跡の最奥、扉の前でたむろする彼らにそう声をかけると、しゃがみ込んでいた者も皆立ち上がり一斉に振り向く。
どうやら怪我人はおらず皆無事のようだ。先程シュクルにコレ呼ばわりされたモノが床に転がっているがまあ問題ないだろう。
「ガイウスさん! すみません、俺ら……っ」
「おお、お前ら無事だったか! いや良かった。魔術師殿らに感謝だな!」
「あの、アキュベリー様が居ません!」
そんな中、きょろきょろと周りを見渡したセシルが青ざめた顔で声を上げる。が、三人の魔術師が無言で指さす床の上のモノをみてしばし考え……! 気付いたようだ。
「リンネル、解除していただいて構いません」
「え、いいんですか? じゃあ解きます~」
その術をかけたであろうリンネルに促せば彼女の魔術杖がくるりと空を切る。
床のモノ、植物のようなものがぐるぐると巻き付いた巨大な糸巻きのような繭のようなそれから魔力が立ち消え、やがて中の人が露わとなる。
「ぐっ、げほっ、貴様ら……何をしたのか分かっているのだろうな……!」
随分ときつく巻かれていたのか、よれよれになった体を必死に起こしながらアキュベリーが憤怒の顔を上げる。
「アキュベリー卿、ごきげんよう。気分はいかがでしょう?」
「ふざ……っ、マクスウェル! 私にっ上官に対してのこの暴挙、許されると思うな……!」
「その前に。一つ書状を預かっております故ご確認いただけますか?」
未だ這いつくばるアキュベリーの前に一通の封書を差し出す。
それは今日の夕刻に王都から届いたばかりの書類であり、かなぐるように手に取りその内容へと目を通すアキュベリーは、熱を放出するかのようにその顔色を赤から青へと変えていく。
すっかり冷え切ったところでがくりと項垂れ、その手からぱさりと書類が床に落ちる。
「ばかな……そんな……」
虚ろなままに呟く男をそのままに俺は書類を拾い上げると、既に確認はしていたが改めてその内容に目を通す。
「――『辞令、本日正午を以ってマクシミリアン・アキュベリー侯爵より魔術省副長官の任を解く』」
「ええっ⁉ それってつまり、免職ってことですか⁉」
「じゃあじゃあ、私たちもお咎めなしって事よね~?」
「まあ俺らはマクスウェル様の命令に従っただけだしなぁ」
読み上げた俺の声にびくりと周囲が反応し、その中には能天気な会話も混じる。ぶれないな彼らは。
「しかしまた随分と急な話ですな。省の第二席の異動などそうそうある事ではありませんが」
「そうだ! 私が免職にされる謂れなどない!」
冷静なガイウスの言葉に意気を取り戻したアキュベリーが同調するが、その根拠たるや自信はどこから湧き出るのか往々にして謎である。
仕方なしに俺はもう一通の封書を懐から取り出す。今度は何だと警戒するアキュベリーだがその反応は正解だ。ふむ、せっかくだからこちらも読み上げようか。
「『被疑者、マクシミリアン・アキュベリー。罪名、横領及び贈収賄。本日付でその職を解き謹慎処分を科す。担当監察官による召喚に備えよ』」
今度は皆、無言のままに驚嘆の表情を俺へと向け、そしてアキュベリーへと視線を移す。
そのアキュベリーといえば微動だにせず押し黙り、ただただ俺の顔を睨みつけている。
「自領で産出した魔石を随分とあちらこちらにばら撒いていたようですね。魔石は国の資源であり、許諾申請のない取引は重罪です……勿論ご存じでしょう」
「魔石って、じゃああの籠手も?」
「どおりで性能がおかしいと思ったんだよなぁ」
魔術師たちの言葉にアキュベリーの籠手とやらを見れば成程、市場に出回らない様な高品質な魔石がいくつも組み込まれているのが見える。恐らく魔力増幅といった効果をもたらすのだろうがこの男には過ぎた装備だったようだ。
籠手の巻かれた手を固く握り込み地に沈む男は最早何の反論もない。
「明日には身柄を引き取りに担当の者が参るでしょう、それまでは私の方で監視をさせていただきます」
書類を懐へとしまい、指を弾くとアキュベリーのその手元に魔法陣が現れ、魔力の枷がかけられる。これでもう勝手な真似は出来ないだろう。
(これでアキュベリーの方はようやく片が付いたな)
エリカを悩ませる肩の荷が一つ減り、内心で安堵を漏らした。
◇ ◇ ◇
「マクスウェル殿、それで今は扉の方はどうなってるんでしょう?」
アキュベリーの件が片付いたのを見計らってガイウスが尋ねてくる。
言われてそちらを見れば変わらず閉ざされたままであるが存在感を放ち、開放される時を待ちわびているようにも思えてくる。不思議な雰囲気を纏った扉だ。
「傷の類は見受けられませんね。扉、というか遺跡内に残っていた罠はすべて解除が済んでいますので、残されたいくつかの魔法錠を外せば開きますよ」
それはさほど難しい作業ではないと付け加える。
「罠って滅茶苦茶厳重に、大量にかかってたやつですよね?」
「あの人のする事を考えるだけ無駄よ」
何やら聞こえる声の主の方を向けば、その一人とばちりと視線がぶつかる。
「そうですか、シュクルが解錠作業をしたいと」
「言ってないですよ! 一言も!」
勤勉な部下をもったと誇らしげな笑みを向ければ観念したように深いため息を漏らす。
「分かりました、やりますよ!」
「きゃーシュクル君流石!」
「勉強させていただきます!」
約一名はからかいだが、女性二人の声を受けて満更でもない表情を浮かべる。とても扱いやすい男である。
「失敗したら後が怖いぞ」
年長者からの鋭い指摘の声にギクリと肩を揺らしながらも、気を取り直し魔術杖を握りしめ解錠の術を解き放てば、扉に込められた魔力がすっと消える。
促されたガイウスが扉の中央に手をかけ力を込めれば、両開きのそれがゆっくりと内側へ動き出した。
随分と分厚く重さもある扉だが、それは音もなく滑るように開いていく。
魔力灯を提げた発掘隊が周囲を警戒しながらゆっくりと進み、俺たち魔術師はその様子を通路で窺いながら待機する。
ここから先は発掘隊の本分だ、我々が出しゃばる場面ではない。
警戒はしつつも床に座り込んで雑談に興じ、少し距離を置いた壁には手錠のかかったアキュベリーが黙って壁にもたれている。今更口を開く気力はないようだ。
お気楽な面々はといえば、そのアキュベリーから没収した魔術杖と籠手を弄り倒している。
「さすがアキュベリー領の魔石、その辺に転がってるのとは純度が桁違いだな」
「国内最大級の魔石鉱床があるんでしたっけ?」
「そうそう、産出量も質も国内随一。領の財政も相当潤ってるだろうになんでまた横領なんて」
雑談をしながら壁の方へと視線を向けるが返事が来る様子はない。
「でも魔石の管理ってかなり厳重ですよね~、それを搔い潜って行っていたものをマクスウェル様は良く気付きましたね」
リンネルが、アキュベリーには答えを期待できないと踏み俺へと話題の矛先を向ける。
余程退屈を持て余しているのか他の面々もわくわくといった期待の表情を浮かべ、なんならアキュベリーまでもがその淀んだ眼差しを密かにこちらへ向けている。
……あまり気乗りはしないが発掘隊の調査もまだまだ時間がかかりそうで、多少の雑談くらいなら付き合ってもいいだろう。
「気付いたのはエリカの何気ない一言がきっかけです」
「へぇ!」
「奥様の? 是非詳しくお伺いしたいですね~」
「……そんな大した話ではありません」
余計なことを言ったと後悔しても遅かった。より瞳を輝かせる野次馬共から目を逸らしつつも思い出す。
――あれは晩餐会の数日後、まだ体を休めていたエリカが自分の行いの収拾に頭を悩ませていた時の会話だ。
「アキュベリー様ってやはり凄い魔術師なんでしょうね、私では力不足でお役に立てそうにないですわ」
「? なぜそう思う」
暗い表情で溜息を吐く彼女の言葉に首をかしげる。確かにアキュベリーが魔術省の副長官であることは伝えてあるが、彼女の言葉はそれだけを指しているようには見えなかった。
「アキュベリー領といえば国一番の魔石産出地じゃないですか。そんな領を治めているわけですし、やっぱりすごいのかなぁと」
俺の疑問に対し彼女が答える。貴族領に詳しく魔草や魔石の情報を追い求めていた彼女だ、当然アキュベリー領についても知識があるようだ。だがここで当然の疑問が湧く。
「領地と魔術の腕に関係があるのか?」
「ないんですの? すごい魔術師お墨付きの魔石の方がご利益ありそうじゃないですか」
『ごりやく』が何なのかは分からないが、信頼度が違うという事だろうか。
「あまり関係ないと思うが」
「キース様は凄い魔術師様ですから物の良し悪しをご自分で判断できるのでしょうが、私くらい素人だとやはり責任者の質がそのまま製品の質に直結すると考えてしまいますわ」
なるほど。そういう考え方もあるのかと思いつつも現実は領主と魔石の質に関係性はなく、随分な皮肉だと感じてしまう。
……いや、だからこそあの男は今の地位を欲したのだろうか?
今まで魔術省に所属していたわけでもなく魔術に明るいという噂も聞いたことがない。そんな男が急に、空いた席とはいえ滑り込んできたのは確かに謎ではあったが――。
「私もクズ石でいいから手に入らないかとギリアムにお願いしたことがあるのですけど、アキュベリー領は管理がやたらと厳重でよそ者が出入りなんてとてもできないと言われたことがありますわ。やり手のギリアムにそこまで言わせるなんて、管理運営が随分しっかりしているのね。舞踏会で会った時は残念な感じでしたけど意外だわ」
俺が思考を続ける間にも彼女の話は続く。その言葉の欠片がかちりと嵌まるたびそれは大きな疑念となり、俺の中で確信を帯びてくる。……探ってみる価値はある。
意外な所から糸口が見えたと苦笑するも、彼女は口をとがらせ顔を曇らせたままだ。
「問題ない、任せておけ」
エリカにそんな表情は似合わない。すぐにいつもの笑顔を取り戻すと心に誓い、彼女にそれだけ告げた――
「――『やたらと厳重な管理』と言う言葉に疑問を持った、それだけです」
しばしの回想の後、それだけ告げる。
閉じていた瞼を開けば俺に集まっていた視線はサッと散り、四人はこそこそと囁き顔を突き合わせる。
「絶対それだけじゃなかった」
「うんうん、マクスウェル様の奥様を想うときの表情は危険だわ~」
「……胸やけがするな」
「お姉さまはお義理兄さまに愛されてますから!」
丸聞こえである。そんなおかしな表情をした覚えはないが思わず自分の顔を撫で、眉間に寄った皺をぐいと伸ばす。
ともあれ、それがきっかけで調査をし結果アキュベリーの横領と贈賄の証拠をつかむことが出来たのだった。
その内に、扉の内部から人が現れ、暇を持て余す俺たちを手招きする。
「どうやら中に危険はないようです。皆さまもご覧になりますかな」
ガイウスに呼ばれ、皆がわっと立ち上がる。
アキュベリーの見張りを発掘隊に任せ、俺たちは内部へと足を踏み入れた。
「どうやらここは個人の私室のようですね。気になる物もいくつかありますが、詳しい調査はこれから時間をかけてとなりますな」
案内するガイウスが見解を示し、見える景色に俺たちは頷きを返す。
(なるほど、確かに私室としか思えない造りだ)
一見してそんな感想を抱く。
扉を抜け中へと足を踏み入れれば、高い天井に対して随分とこじんまりとした空間がそこにはあった。
テーブルやソファといった生活家具が備えられ、壁沿いに並ぶ本棚には隙間はありながらもそれなりに本が収められている。机には使い古しのペンや紙、あるいはコーヒーカップが置かれ、使用者の生活感があちらこちらに残されている。
しかしその中にも見慣れない物も混じる。それは文字であったり不思議な質感の容器のようなものであったり。魔力もなく危険を感じる事はないが、ガイウスの言う気になる物とはこれらの事だろうか。
「……案外普通の部屋? えらく厳重な扉があった割には何だか肩透かしですねー」
「お宝とか期待してた~?」
「宝と言うか、未知の魔法陣とか魔術道具の一つや二つくらいはまぁ、期待しますでしょそりゃあ!」
「でも本があるなら十分貴重な資料だろ。この遺跡の住人あるいは設計者の手がかりくらいは見つかるんじゃないか?」
労力に見合わないと嘆くシュクルの気持ちも分からなくはないが、この部屋が単なる私室なのかあるいは重要な情報が隠されているのかはガイウスらの今後の詳しい調査を待つ他ない。であるなら。
「我々の出番はここまでですね。報告書をまとめ次第、撤収と致しましょう」
「やった! 予定より一日早く帰れる!」
「アキュベリー様に感謝する~?」
「いやぁ、それはちょっと……」
俺の言葉に盛り上がる彼らの隅、一人ぽつんと佇む姿が映る。
その手元を見れば、机の上に置かれていた紙片を持ち角度を変えながら不思議そうに観察している。
赤く染められたその紙は手の平に収まる程度の大きさに複雑に折りたたまれ、何かの形を模しているかのようにも見える。だがそれが何を意味するのかは見た所想像がつかない。
「セシル嬢、その紙片がどうかしましたか?」
「これ……お姉さまに聞いたことのある『オリガミ』に似ているわ」
俺の声が届いているのかどうかは分からない彼女がぽつりと零す。
その言葉を聞いた俺の心がどくりと脈打ち、思考がその言葉の意味を追い始める。
そう、疑問の糸口とは意外な所から見つかる物である。




