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解錠、解除、からの拘束

 暗い冷たい石の通路を淡い魔力灯が照らしだす。

 弱々しいその光は二つ三つと重なろうともその長く続く先までは届かず、闇夜の中を手探りで歩くような感覚に陥る。


「明かりもなく空気も悪い。あるのは石の壁だけとはまったく酷いところだ」


 たまらず悪態が漏れ、壁をがんと殴るが冷たく重い感触が手に跳ね返るだけで、他には複数人の足音だけがその場に残される。

 己の前を行く男たちが怪訝な表情を見せるがそんなものは目に入らない。


(――忌々しい)


 アキュベリーは何度もそう毒づきながら、遺跡の地下通路を奥へと進んで行く。


(ようやく念願の魔術省上官の位を得たというのに実に目障りな男が目の前にいるではないか。彼奴を蹴落とし我が地位を確固たるものにすれば、行く行くは最上位の座も見えるというのに)


 目の上のたん瘤の様な男、マクスウェル公爵は魔術に長け周囲の信任も厚い。不埒な女を娶ったと聞き、事実とんでもない女であったがそれでもあの男の評判は揺るがない。なのに自分の評価だけは着実に下がっている。納得がいくはずもない。


(いや、あの男に構いすぎたのだ。あんなものは上手く利用してやればいい……私の手柄の為に)


 そうして赴いたこのみすぼらしい遺跡でその機会が舞い込んだ。

 調査報告を聞けばあと一つ扉を開けばこの遺跡の正体が明らかになるというではないか。


(魔術で鍵がかかっているようだが『解錠』の術程度なら私でも十分に扱える)


 アキュベリーは生粋の魔術師ではないが貴族として魔術の資質は十分に備わっている。

 備わっていることと使いこなすことは同義ではないが、経験の乏しいアキュベリーがその差に気付くことはない。

 かくして道案内に発掘隊の男三人を引き連れ遺跡へと潜り込み、不満を漏らしながらも進めば目的の物が見えてくる。


「アキュベリー様、ここです」


 道案内の男が手に持った魔力灯で扉を照らし示す。


「ほう、なるほど。流石最後の扉なだけあってなかなかの佇まいではないか」


 人の二倍ほどの高さがありそうな石の扉を見上げふんと感嘆を漏らす。見るからに重そうなその扉には確かに魔術がかけられているのを感じる。

 懐から新調したての魔術杖を取り出し、扉へ向かって掲げる。


「では貴殿らには証人になってもらおう、このアキュベリーが遺跡の真相をつまびらかにした立役者であるとな! ――開け、『解錠(アンロック)』!」


 高らかに宣言し、術式を展開した。


 ◇ ◇ ◇


「遺跡全体……明るくなぁれ!」


 魔術杖を振りかざすセシルの、なんとも気の抜ける詠唱と共に多量の光球が宙へと舞い、崖の上から見渡せる範囲……つまり遺跡全域が闇夜に輪郭を浮かび上がらせる。


「おおすごい、なんという明るさだ!」


 後ろで見ていたガイウスが感嘆の声を上げるのも無理はない。

 一般的に照明魔法の灯りは淡いものだがさすがにこれだけの数が集まれば昼の様に見渡せる。そしてこれだけの数を一度に出現させる魔術師にはなかなかお目にかかれるものではない。

 単純な術ほどセシルは上手く使いこなす。その要因の一つがあの気の抜けた詠唱であるが、そもそも詠唱とは術の結果を導くための補助であり決まった文言はない。彼女にとってはこれが正解なのだろう。

 崖の淵に立ち遺跡の入り口に滑り込む三人の影を見送ると、俺は右手を体の前にかざす。次は俺の番だ。


(時間がない。多少の荒さはやむを得ん、か)


 魔術杖の感覚がどうにも肌に合わない俺は、専ら指先を媒介に術を使う。詠唱を開始し術式を展開すれば目の前に出現した魔法陣が上空へと上り、広がり、まだ広がる。


「え、何この大きさ……」

「何と……!」


 絶句する二人をよそに詠唱を続け、遺跡全体を覆い隠さんとしたその時。


 ズッゥゥゥ……ン!


「きゃあ!」

「これはっ地震か⁉ こんな時に――」


 激しい地鳴りと衝撃が足元を突き上げ、体勢を崩したセシルとガイウスが地面へと転がる。

 その隙間を抜ける様に、ぱちり。

 乾いた音が轟音の中に散れば上空を閃光が包み、魔法陣から大量の槍状の光が地面へと降り注ぐ。地深く突き刺さる無数の光は大地を縫い留める檻となり――やがて揺れと共に消失する。


「消え……た? 揺れも収まっ」

「まだです」


 まだ足元が揺れる感覚が残るのかふらふらとよろめくセシルに俺が言葉をかぶせる。


「『解析』」


 再び訪れた静寂の中で指を鳴らせば、今度は地上から空へと昇るように光の筋があふれ出し、織り成すそれは遺跡の表面を包みこむように幾何学模様を浮き上がらせる。

 二重三重と層を形成していけば次第に一枚の巨大な地上絵の様相を呈し、その見事な景色には図らずも魅入りそうになる。


「これって……魔力回路?」

「予想通り、扉の罠はご丁寧に遺跡全域へと張り巡らされているようですね」


 それも幾層もとは、大層な労力である。しかし残念ながらご退場願わねばならない。


「『術式解除』」


 三度鳴らせば地上絵は端から解ける様に空に溶け、後に残った照明魔法だけが煌々と遺跡を照らしていた。


「ああ、何と勿体ない」


 ガイウスの気持ちは分かるがアレがあってはどのみち遺跡の奥には入れないのだ。

 地震でへたり込んだままだった二人を助け起こすとセシルが難しい顔をしながら俺に尋ねてくる。


「マクスウェル様、先程の魔法陣は何の術だったのでしょう? それに予想通りって」

「昼に扉の罠を見た時に回路が広域に伸びていることは分かりましたので。地震の術式と読んでの即席の杭でしたが、かなりぎりぎりでしたね」

 「つまり、先程の魔力の槍で大地を固定して地震を抑えたという事ですか? あの一瞬で? おかしくないですか、主に規模が!」

 

 俺の言葉を補足しながら言葉にするセシルは、次第に憤慨するように語気を強めていく。

 

「というか予想が外れていたらどうするつもりだったんです? そもそもマクスウェル様って黒の魔力持ちですよね、何で黄の魔力に属する地の魔術が使えるんですか⁉」


 止まらない言葉は既に怒号となり、今にも掴みかかる勢いだ。……なぜ怒られているのだろうか、理不尽さを感じずにはいられない。


「……相性が悪いというだけで扱えないわけではありませんよ、効率は非常に落ちますが」


 確かにセシルの言う通り、自然の力を操るなどの高位の魔術になるほどその魔力色と属性の相性が顕著に表れる。苦手属性の術を好んで使う魔術師はあまりいないが、出来ないわけではないのだ。加えて説明するなら。


「今まで解除してきた罠の傾向を考えれば地震が仕掛けられている可能性は高かった、万が一別の手で来たら――術式を書き換えて対応していたでしょう」

「そんな! 簡単に言いますけどっ!」


 すでに俺のローブを掴みぐいぐい引っ張っているセシルに説明するも納得がいかないようで、されるがままに揺れながらこの遠慮のなさは姉譲りだろうかと思考が逃避する。


「あっはっは! 国一番の魔術師殿も義妹君にはかたなしですな! いやしかし素晴らしい御業を見せていただいた!」


 俺とセシルのやり取りを見ていたガイウスがパンと手を叩きながら大きな笑い声を響かせる。

 ぶら下がる様にしがみついている彼女とは対照的に随分とご満悦である。

 両極端な二人に脱力しながら、静かに提案するだけで俺は精一杯だ。


「では、我々も遺跡の奥へと参りましょう」


 こくりと頷く彼らと共に遺跡へと向かったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 暗い石壁の続く通路を三つの人影が駆け抜ける。

 灯りの代わりに探査の魔術を周囲へと巡らせる彼らは、その暗闇をものともせずに迷わず突き進む。

 とその瞬間、大きな地鳴りと揺れに見舞われる――が、それらはすぐに立ち消え余韻だけが残る。


「焦った……滅茶苦茶揺れましたよ、一瞬でしたけど」


 しゃがみ込み両手を床につきながらシュクルが言えば、同様の二人も俯いていた顔を上げる。


「恐らくマクスウェル様の仕業だろうな」

「そんな元凶みたいな言い方~」


 場にそぐわない緊張感のない声が響き、気が緩みそうになるも再び三人は体を硬直させる。

 見えない力が頭上から降り注ぎ押しつぶされそうな感覚が全身を駆け抜ければ、次の瞬間には下方から上方へ駆け上る様に周囲の壁や床が一瞬にして幾何学模様で染め上げられ……消える。


「……そうね、あの人の仕業ね」


 何が起こったのかは理解できないが、規格外の事が為されたであろうことは察せられる。

 リンネルの呆れたようなため息交じりの声に、二人は無言のままこくりと頷くのだった。



 下層へと下り入り組んだ通路を進めば折れた通路の先に仄かな灯りが漏れ、言い争うような男たちの声が聞こえてくる。


「くそっ、なぜ開かん! このガラクタ扉めが!」

「おいやめろ! あんた遺跡を壊す気か⁉」

「何だと貴様、誰に向かってその口をきいている!」


 時折がんと鈍い音が響いた後、小さく呻く声が漏れる。様子から察するにアキュベリーが扉を叩きでもしてその痛みに自ら呻いているのだろう。

 遺跡を粗末に扱われることが許せない発掘隊の面々がその度に声を荒げ、それに対してまたアキュベリーが激昂してと……鼬ごっこである。


「何やってんですかね、あの人ら」

「どうします~?」

「まあとりあえず、声をかけるしかないだろ。気は進まないがなぁ」


 三人の中で最年長のオーエンが仕方なしにと先頭に立ち、重い足取りで通路の先へとその身を晒す。

 照明魔法を灯せば言い争っている者たちも接近者に気付き、がばりと一斉に振り向く。


「あ、あんたらは魔術師様か!」

「よかった、助かった!」

「っ、なぜ貴様らが⁉」


 思い思いに口にする彼らは見た所怪我もなく無事なようだ。魔術省の人間(アキュベリー)のせいで負傷者を出したとなればマクスウェルの機嫌は地の底にまで落ち、笑みを湛えながら凍えるような圧力を周りに振りまく事だろう。それが何より恐ろしいと知る三人は、思いをひとつに安堵する。


「おやアキュベリー殿と発掘隊の方々でしたか、奇遇でございますな。このような夜更けに如何されましたかな?」


 オーエンが身構える彼らに白々しく問いかける。

 自分たちの目的はあくまで彼らを連れ帰る事で対立を望んでいるわけではない。適当にはぐらかし、さて戻ろうと言い出すのであればそれで構わないし、こちらとしても助かる話なのだが。


「この人が無理やり扉を開けようとして、危ないって勧告が出てるってのに」

「さっきだって凄い揺れが起きて、生き埋めになるかと……」

「臆病者らめ、地震など偶然だ! 見よこの私を、危険など何一つないではないか!」


 あっさり白状する発掘隊となんとも危機感の薄い魔術師に頭痛を覚える。


「扉の解錠は明日一日かけて行うと周知していたはずですが」

「鈍間な貴様らに変わって私が労を尽くしてやろうと言うのだ。まったく水を差しおって……いや丁度いい、貴様らにも仕事をくれてやる。さっさとこの扉をこじ開けるのだ」


 どうやら悪びれることもなく居直るようだ。ついでにいつもの上から目線で己の部下である三人へと命令を下す。

 しかしそれを聞く道理は彼らにはない。

 

「それは出来ませんね。我々はあなた方を迎えに参ったのですから」

「貴様、上官の命が聞けんと言うのか?」


 オーエンの毅然とした態度に苛立ちを隠すこともなくアキュベリーが声を荒げる。

 それでもオーエンの態度は変わることなく、淡々と己の役目を告げる。


「アキュベリー殿並びに発掘隊三名、我々と外までご同行いただきましょう。これは我らの上官からの命令でございます」

「ふざけるなぁ! 貴様らの上官はこの私であろう! マクスウェルか、そのふざけた命を下したのは! 越権で処罰してくれるわ!」

「おとなしく従っていただけないのであれば――」


 荒ぶるアキュベリーを意に介すことなく、しかし気迫が増したオーエンの声が静かに響く。

 が、その言葉を引き継ぐのはアキュベリーで、その手に持った魔術杖を激しく振りかざす。


「ならば、私が貴様らを裁いてくれよう! 唸れ『火球』!」


 問答無用に放たれた炎はオーエンら三人に襲い掛かり、手前で弾け散る。


「なんだっ、何が起こった⁉」

「何ってそりゃあ、結界くらい張ってますよ」


 オーエンの背からひょこりと顔を出したシュクルが答える。当然の事だと言い放てばアキュベリーの形相が激しく歪み、結界があるであろうその空間を憎々し気に睨み付ける。


「罠の火球の方が威力きつかったですね。これなら俺の結界でも余裕です!」

「そんなこと言って油断するなよシュクル。んじゃリンネル頼むぜ」

「は~い。ではアキュベリー様、抵抗を確認したので拘束しま~す」


 攻撃を受けたというのに全く怯む様子のない三人は、いつもの調子で会話をしながらアキュベリーを見据える。


「くっ、一度防いだ程度でいい気になるな小僧! 大口が叩きたければこの術を防ぎきって見よ!」

「えっ」

「嘘」


 高らかに叫んだアキュベリーが鈍色のローブを勢いよく翻せば、その腕を覆う籠手が魔力灯の仄かな灯りに照らされ鈍い輝きを放つ。金属の装飾が施されたそれには色とりどりに輝く石がはめ込まれ、アキュベリーの詠唱に呼応するようにその輝きを増していく。


「魔石……! しかもその数、一体どれだけの魔力を……っ」

「え、ちょっと待って! オーエンさんこれ本気でまずくないです⁉」

「では耐えて見給え! 迸れ――」

「『拘束』っと」


 男たちの怒号が飛び交い加熱する争いのさ中を、リンネルののんびりとした詠唱が通過する。

 するりと展開する魔法陣はアキュベリーの足元に、くるりと広がればそこから一気に蔦が噴き出す。

 瞬時に伸びた鞭のようにしなる蔦がアキュベリーの手足を口をと絡めとり、ぐるぐると巻き付いて……簀巻きとなったアキュベリーが床にごろりと転がされ、戦闘終了と相成る。


「はい、完了~」

「まあ、使えなけりゃ無いも同じってこったな」

「焦った俺が馬鹿みたいじゃないですか……」

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