厄介は遅れて来たる
ここ数日は同じ工程を繰り返しながら遺跡内の魔術罠の解除を進めている。
最奥まで進んだ通路は下層へと続き、入り組んだ通路に上層と同じく魔術罠が張り巡らされている。迷宮と見紛う造りだが、敵対生物がいないことが救いか。
下層でもやることは変わらず、一つ一つの罠を解除して先へと進む。
変わったことと言えば役割分担を四人で交代しながら進むようになったことだろうか。
初日に見せたセシルの魔術の可能性と未熟度。罠の解除に盛大に失敗し結界のありがたさを知ったことから、それぞれが己の弱みを埋めるためにと教え合いつつ研鑽を積んでいく。前向きに高め合う部下を見るのは実に清々しい。
そしてそんな隊の指揮を執る俺はと言えば。空いた記録係が回ってくることとなり、ひたすらペンを走らせる毎日だ。
そうして詰みあがった情報を見返せば色々な事が分かってくる。
それは術者の癖や傾向であったり、罠の配置の変化であったり。
遺跡の奥に進むにつれ減る罠の数。逆に仕掛けられた術の威力と複雑さは跳ね上がっており、当然解除の難易度も増していく。
そして、術式には決まって同じ文字列が含まれること。耳慣れない単語だがこれは人の名前だろうか?
この通路を使用していた人間に罠が作動しないよう組み込まれていると予測できる。侵入者は全力で排除しつつ住人は頻回に利用していたという事なのか。
他に気になるのは下層の壁に書かれた見慣れぬ文字だ。薄暗くて分かりにくいが壁の所々にメモのような走り書きが見つけられた。
ガイウスの話によるとこの遺跡はおよそ400年ほど前に作られたのではないかとのことだが、当時この辺りで使われていた古代言語とも違うようだ。
(一体誰が何のために作った建造物なのか見当もつかないな。……それを調べるのは俺の役目ではないが)
思い更けっていた視線を前へと向ければ、消耗した魔術師たちと堅く閉ざされた大扉が映る。
「いやいや、どんだけ魔術錠がかかってるんですかこの扉。ここが最奥ってことでいいんですかね?」
「厳重さを考えたら恐らくな。ここまでの罠の威力を考えたら、しくじれば生き埋めになりかねんな」
「ご丁寧に罠も複数の層になってかかってます!」
「もう疲れた~甘いものが欲しい~」
魔力を使い果たし床に座り込みながら扉を解析している。彼らの言う通り、これを開くには随分と骨が折れそうだ。
「そうですね。今日はここで引き上げて、明日一日かけて解錠を試みましょう。ここが最終地点ならば我々の役目もそれで終了です」
俺がそう言うと四人は重そうだった身体を勢いよく起し、「やった、帰れる!」「馬鹿、まだよ」だのと浮かれながら拠点へと戻るのだった。
まだ日の高い時間、拠点へと戻ると何やら発掘隊の面々がざわついているようだ。
奥に豪奢な馬車が止まっていることに気付き、騒ぎの理由を察した俺たち調査隊の顔は一様に曇る。
「あ、魔術師殿! 良かった、お客人が……」
「客だと⁉ 貴様、誰に向かって物を言っている!」
「ひっ、すいません!」
発掘隊の人間を怒鳴りつけ、『客』と言われた男がずかずかとこちらへ歩み寄ってくる。
「諸君、職務はどうしたのかね? まだ昼過ぎだというのに怠慢は感心しませんぞ」
眉間に皺を寄せつつ顎髭を撫でながら言うのはアキュベリーである。
そう言えば調査隊に組まれていたはずだったが今まで姿を見なかったな。おかげで作業が捗ったものだ。
「アキュベリー殿、ご足労おかけいたしました。ええ、調査も順調に進み予定通り明日には終えられそうですよ」
にこやかに返せば相変わらず面白くないといった顔を見せる。遅れてきたことに対し触れなかったことがさぞ不満なようだ。
舞踏会以降、俺の根回しもあってか貴族の間で持て余され、俺の事も露骨に避けていたのだが。ここへきて姿を現すとは何用だろうか。
「まあいいでしょう。私の率いる魔術師隊が遺跡の謎を解明したとなれば大きな功績となるでしょう! 最後まで気を引き締めてくれ給えよ」
つまりは手柄の確認という訳か。確かに真っ当に職務をこなしていないアキュベリーは魔術省内でも浮いた存在であり、いつ降格させられてもおかしくない。
今の立場も元をたどれば俺が作った隙――禁術の許可の代償に身分を差し出した結果――に強引にねじ込まれたものだ。アキュベリーを推した人物もさぞかし呆れているだろう。
(加えての貴族としての立場の悪さだ。ここらで挽回を目論んでいるといったところか)
俺としてはこのまま舞台から消えて欲しいところだがさて。
立ち話を続けていると、騒ぎを聞き付けたガイウスが遺跡から慌ただしく戻ってくる。
「マクスウェル殿! なにやら客人が見えていると――」
「何だこのむさくるしく薄汚れた男は! ここには無礼な輩しかおらんのか?」
「し、失礼いたしました……!」
突然の罵倒に訳も分からないだろうにガイウスが謝罪を口にする。彼にはこの一週間弱、随分と世話になっている。非常に申し訳ない気分だ。
「紹介いたします、こちらは発掘隊の指揮を執る王立歴史研究所の所長、ガイウス・ライアン殿でございます。こちらは魔術省副長官のマーキス・アキュベリー殿。只今お見えになった所の様です」
「おお、これは副長官殿でありましたか。大変なご無礼を」
俺が双方を紹介すればガイウスが改めて挨拶をする。流石は大人の対応であると内心感心する。
比べてアキュベリーは、この屈強な丈夫が『王立歴史研究所の所長』であると聞き、分かり易く目を丸くしている。そこは多くの貴族が師事を仰ぐ学者が所属する組織だ。ガイウス自身は貴族ではないがその顔が利く範囲は広いだろう。権威に弱い彼らしく「しまった」という思いが表情に現れているが、まあ手遅れである。
ただ発掘最中であったろうガイウスがむさくるしく薄汚れていることは事実なので、アキュベリーの気持ちは分からなくもないのだが。
「……ふん、ならば調査状況の報告をしていただきましょうか」
暫く黙り込んでいたが、それでも自分の立場の方が上であると判断したようだ。
尊大な態度を崩すことはなくガイウスに言うと、素直に従う彼を引き連れ拠点内へと去っていった。
「それでは我々も休憩にしましょう」
くるりと振り向き声をかける。
口を引き結んだまま成り行きを見守っていた部下たちが一斉に息を吐き、俺たちも拠点へと戻った。
◇ ◇ ◇
事が起こったのはその日の夜だった。
拠点内にあてがわれている個室にて、王都から届いた物資と送る書類を纏めていると簡素な木製の扉が荒々しく叩かれる。
「マクスウェル様! よろしいでしょうか!」
発掘隊の一人であろう。扉を開けばその男は息を切らし、必死の形相で訴える。
「落ち着いて、どうしました?」
「……それがっ、昼間来られた魔術師の方が突然今から遺跡に潜ると言って、発掘隊の何人かを引き連れて行ってしまって、そんな話聞いてないしどうしたらいいか――」
「……分かりました。ガイウス殿にも連絡を」
「はっ、はい!」
盛大に溜息を吐きたいところだが何とか堪え、男に指示を出す。
そうか、そうきたか。ヤツの行動力と己の油断に頭が痛むがそれどころではない。指をぱちりと鳴らし、魔術師たちへ招集をかけると俺も外へと飛び出した。
拠点の中央に位置するちょっとした広場には既に何人かが集まり困惑の声を上げている。
「まだ危険な罠が残ってるんだよな、行った奴ら大丈夫なのか?」
「いやお偉い魔術師様もいるんだろう?」
「それにしたってなんでこんな時間に……」
そんな面々が俺の姿を確認するとはっと口を噤み姿勢を正す。
その表情には不安と疑念が浮かび、訴えるような視線を俺へ送る。アキュベリーが連れて行ったのは彼らの仲間なのだ、無理もない。
「詳しく聞かせていただけますか」
そう言うと彼らは事のあらましを話してくれた。
その内にガイウスと魔術師隊も集まり、対応を協議する。
「彼も魔術師のはしくれです、あの扉を目にすれば危険なことくらい理解できそうなものですが」
「マクスウェル様、本当にそう思ってます?」
俺の言葉に辛辣な意見を返すのはセシルだ。そして的を射ている。
「……私を出し抜くためにわざわざこの時を選んだ訳ですから、何もせず戻ることはないでしょうね」
前言はただの希望的観測だ。本音を口にすれば上っ面の表情が剥がれ思わずため息が漏れ、その言葉を聞いた魔術師たちは頭を抱えている。
「すぐに追わないとまずくないですか?」
「今行って崩落でもしたら巻き込まれるだけだろう」
「でも何もしないわけにはいかないわ」
「マクスウェル殿、アキュベリー殿はどういった方なのでしょう?」
アキュベリーと同じ魔術師である俺たちの困惑を見てガイウスが遠慮がちに尋ねてくる。
「見たままの男だと思っていただいて結構です。魔術師としては技量も経験も浅い。……ガイウス殿にも迷惑をおかけします」
申し訳ないと頭を下げれば「いえいえそんな!」と恐縮しながら俺に前を向かせる。
「そうでしたか。いえ、仕事柄色々な貴族の方とお会いしますしああいった方もおられましょう。むしろマクスウェル殿らの様に我々にも等しく接して下さる方の方が珍しいですよ!」
沈んだ空気を吹き飛ばすように豪快な調子で笑い飛ばす。そんな砕けた人柄がありがたく、慕う者が多い事にも納得がいく。そんな彼の部下を巻き込んでいるのだ、なにか手を打たねばならない。
時間に猶予はなく、急ぎ遺跡へ向かいながら思考を続ける。
(昼に見た扉、あれには多重の罠がかかっていたな。すべてを解析したわけではないがあれは恐らく――)
遺跡の全貌を望む崖の上、そこで立ち止まり見渡すが変わった様子はなく静寂と闇夜に包まれている。
まだ問題は起きていない、ならばと俺は決断し部下へと指示を出す。
「オーエン、リンネル、シュクル。三人は遺跡内へ入りアキュベリーと発掘隊の人間を連れ戻して下さい。従わなければ拘束も構いません、私が許可します」
俺の発した『拘束』と言う言葉に三人がびくりと肩を震わせる。そこまでの強硬策を取るとは考えていなかったのだろう。
「無理だと思ったら迷わず引くこと、緊急時には合図を」
「はい!」
「承知しました」
「お任せ下さい」
危険が伴うことを承知の上で頷く三人は頼もしい限りだ。王都へ戻ったら彼らに酒でも振舞おうか。
「しかしマクスウェル殿、罠が作動しては崩壊の恐れがあるのでは? そのような中に彼らを送るのは――」
「私が対処いたします故、何ら問題ありません」
ガイウスの懸念を一言で片づけ、一人不安な顔を見せる少女にも声をかける。
「セシル嬢はここで私の補佐をお願いします。頼みますよ」
「……はいっ頑張ります!」
セシルの気合の入った返事を合図に、皆が行動に移る。
遺跡に向かい走りだした三人からは軽口が聞こえ、気負いすぎていないその様子にほっとしつつも苦笑が漏れる。
「はー、『何ら問題ありません』だって。俺もあんな台詞言ってみたいよな」
「そのためには実力をつけないとね」
「まずは目先の任務だ。頼りにしてるぞ『期待の新人』君」




