スイール遺跡調査隊
遺跡の神殿内、外と比べて崩落の少ない内部は石壁に囲まれ暗くひんやりとした空気が流れる。
魔術の灯りを浮かべながらガイウスの先導で未探索の区域まで進むと俺たちは足を止める。
「うわぁ、滅茶苦茶罠がありますね」
魔術師の一人が声を上げた通り、眼前にまっすぐのびる通路は一見には何の変哲もないが、所々に魔力が集中しているのを感じる。
「では予定通りお願いします」
俺が合図をすると魔術師隊が配置につき各々詠唱を始める。
先頭に立つのは部下の一人であるオーエン。ややぼさぼさの短い黒髪をぶっきらぼうに掻きむしる中年男でこの中では最年長者だ。詠唱が終わり術が展開されると調査隊の周囲を結界が覆う。
「私も準備できたわ。シュクル君、いつでもいいよ~」
結界が準備されたのを確認して声を上げたのはリンネル。俺よりもやや年上の女性だ。おっとりとした喋り方をするが魔術の練度は高く、信頼できる部下である。
そのリンネルに呼ばれたシュクルは三人の中では一番の若手で齢20になる青年だ。魔術省管理部への配属2年目の自称『期待の新人』である。能力があるのは認めるが少々調子に乗りやすくうっかりの見落としも少なくない。今後の成長に期待しよう。
一番の新入りであるセシル嬢は記録係としてペンを握り、俺は監督者としてそれらを見守る立場だ。今回派遣されたこの五人の魔術師隊で遺跡の魔術解析を行っていくことになる。
「では、魔力流します!」
シュクルが身長ほどの長さのある魔術状を床につくと小さな魔法陣が展開する。そこから一本の糸の様に魔力が伸び、周囲の床や壁をゆっくりと伝っていく。罠から伸びる術式を逆走するように進む光の道筋は右に折れ、まっすぐ進んで今度は左に折れ、時にくるりと転回し。それはさながら絵筆のようで、見事な幾何学模様を周囲に描いていく。
「何だこれ、滅茶苦茶入り組んでますよ」
「うっかり起動式に触れて罠を作動させるなよ」
「分かってますよ!」
魔力を流しながら呻くシュクルにオーエンが注意を促す。シュクルならやりかねないし、発動した罠を受け止めるのはオーエンの結界なので気持ちは分かる。
伸びる魔力の道が石造りの通路の壁や床に模様を描ききると、やがて先端が動きを止め一点を指し示す。
「ありました、起動術式です。リンネルさん解除お願いします!」
「はーい、行くわよ~! 『術式解除』!」
リンネルが準備していた術をシュクルに示された場所へと打ち込めば、たちまちに描かれていた幾何学模様と罠の痕跡が消失する。
これで罠の解除が一つ完了だ。
「おお、これで罠がなくなったんですな! いやはや凄いものを見せていただきました! この通路の入り口で隊員が何人負傷したことか」
罠解除の一部始終を見届けたガイウスが威勢のいい声を狭い通路に響かせる。
今解除された罠は火炎の術式のようだった。おそらく踏み入れば床から火柱が立ち昇り、対応策のない者が抜けるのは困難であろう。それにしても。
「目先の罠はなくなりましたがこの先、見える範囲全域に罠が敷き詰められているようですね。それらも解除が必要でしょう」
「なんと! それはつまり、この先に重要な何かが隠されているという事でしょうか。ううむ、期待が膨らみますな! 皆さま、この調子でよろしくお願いしますよ!」
ガイウスの言う通りこの先には何かがあるのだろう。嬉しそうに語ってくれるがこちらとしては危険度が増すことを意味するので気を抜くことはできない。
発掘隊の指揮を取りに軽い足取りで地上に戻るガイウスの背を見送り、再び魔術師隊へと向き直る。
「では再開しましょう。決して気を抜かないように」
緩んだ空気を引き締める為しかし笑顔のままにそう言えば、魔術師たちは恐怖におののくように表情を引き締めた。
作業は滞りなく順調に進む。
間に休憩を挟みつつ、ひたすら同じ工程を繰り返していく。
「いったい幾つ仕掛けてあるんですかねー。これ作った人絶対性格悪いですよ!」
途中シュクルの泣き言が挟まりもするがその度にオーエンとリンネルに諫められ、なんだかんだと統制の取れた三人である。
それにしてもシュクルの言い分も理解できる。
これまでに解除した罠はどれも初歩的な術であり発動したとしてもさして威力はないだろう。しかし問題なのはその術式の周囲に組まれている偽装用の魔術回路だ。複雑に入り組んだそれは本体の起動術式を巧みに隠し、それらをかいくぐらねばならない。大変に骨の折れる作業であり、それがシュクルの『作った人は性格悪い』発言に現れている。
「あ」
「「あ⁉」」
シュクルの発した気の抜けた声に先輩二人の切羽詰まった声が重なる。
途端、前方の床に魔法陣が出現し火球がこちらへと放たれる。
「この程度なら結界で防げる」
「シュクル君やらかしたー」
「リンネル、前を」
結界を張るオーエンの背に隠れながらのほほんとするリンネルに声をかけるが時すでに遅く。作動した罠から光が四方に走り高速で幾何学模様を描いていく。その光の目的地は当然次の罠の起動術式だ。
「え、待って連鎖するとか聞いてない!」
「同時に四つはきついっ、シュクルこっちに手を貸せ!」
慌てふためく三人の声の合間を縫って、ぱちりと乾いた音が通路に響く。
俺の鳴らした指先から放たれた黒い楔が壁や床へと突き刺さり、走る光を縫い留めその道を遮断する。
「術式解除」
そう口にし再び指を鳴らせば、術式で彩られていた周囲の景色は元の冷たい石へと戻る。
「……すいませんでした。失敗しました」
「もう、マクスウェル様一人で良くないです?」
「それでは皆の修行にならないでしょう」
「修行だったのかこれは……」
脱力し床にへたり込む三人が大きく息を吐いた。
いったん休憩を挟み、さて今日はこの辺で引き上げて成果を纏めるのがいいかと思案していると目の前では反省会が繰り広げられている。
「お前、順調だからって気ぃ抜いたろ」
「いやいや! オーエンさんも見たでしょあの複雑怪奇な術式! まるで迷路ですよ!」
「私も油断したわ~。想像以上に厄介よここ」
その傍らで必死にペンを走らせていたセシルだがふと顔を上げる。その表情に疲れは見えるが意思の宿る瞳に光を灯している。
「あの、私もやってみたいです!」
「ええ……被虐趣味?」
「リンネルさん言い方」
前のめりなセシル嬢に対して先輩二人がげんなりしている。やる気を出している後輩に悪い見本を見せるのはやめて欲しいものだ。
「隊長がいいってなら、俺は構わないが」
オーエンの言葉を受けて四人の視線が、壁に寄りかかりながら立つ俺へと注がれる。
(術式の暴露程度なら大した魔力は消費しない。複雑なだけで基礎の組み合わせだ、彼女の力量でも問題ない、か)
しばし考え結論を出す。
「セシル嬢、やってみますか?」
「は、はい!」
「マクスウェル様が言うなら構わないですよ。俺も補佐します」
「義理妹にはお優しいですね~。確かにマクスウェル様がついてれば安心か~」
「死にそうだと判断した時には手を貸します」
俺が爽やかな笑顔でそう言い放つと四人は凍り付き、必死さを滲ませながら作戦会議を始めた。
休憩を終え通路の奥を見据え態勢を整える。
会議の結果、セシルが術式の暴露を担当しリンネルは変わらず解除役で男二人が結界係のようだ。
「迷路のようなもの、なのよね……なら、うん。大丈夫!」
小声で独り言を噛みしめながら真新しい魔法杖――銀色に輝く金属の、装飾の施された腕程の長さの細身の杖――を胸元で握りしめ、集中力を高めていく。
「迷路と言ったらお姉さまに攻略法を聞いたことがあるもの。たしか……右手法!」
詠唱とは違う言葉を発し、一気に魔力を放出する。
「ちょっとっ、そんな勢いで流したら罠が――」
リンネルの叫ぶ声も空しく全方位へと走る魔力は周囲の壁床天井へ一瞬にして広がり、煌々と美しい柄を浮かび上がらせ――止まる。
「うわ、すげえ。全部寸止め」
「一、二……六つ起動式があるな。同時に発動してたら肝が冷える所だ。リンネル、ちゃっちゃと解除頼むわ」
「わ、分かったわよう!」
動揺を隠せない三人だがそれでも油断はしていないようだ。各々の役割を全うしながら解除を進めていく。
その様子を見ながら俺は内心で瞠目する。
(正直驚いたな)
魔術の資質があるのは分かっていたが、こうもあっさりやってのけるとは。
鍵となるのは直前に呟いていた言葉か……エリカがどうとか言っていたな。過去の経験が生かされたという事だろう。
魔術師とは理論派と感覚派に分かれるものだが彼女は後者で間違いないのだろう。想像力がそのまま彼女の力となる。霞がかっていた彼女の先行きに光が差し込むのを感じ、その隙間を作ったのがエリカであることにまた喜びを覚える。
(結局俺は心底彼女に惚れていて、何があろうともその気持ちが変わることはないのだろう)
最近心を乱していた事案にそう結論付ける。
気持ちがすっきりしたところで意識を現実に戻し、偉業を成した当の本人を見れば。
「……左手だったかしら?」
ぼんやりと自分の手を見つめ、謎の言葉を呟いていた。
「ていうか多いわね! セシルちゃん、解除も挑戦してみる?」
そんなセシルに、解除術式を連発し息切れをしているリンネルが声をかける。
「な、はい! 頑張ります!」
戸惑いながらも答えるセシル嬢を見て、俺は自らに張られた結界をそっと強化した。




