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出張、独り、お留守番

「それでは行ってくる。エリカ、くれぐれも無茶はしないように」

「はいキース様、お気を付けて行ってらっしゃいませ。セシルの事もよろしくお願い致します」

「ああ」


 早朝、離れの玄関ホールにて旅支度のキース様と向かい合う。

 簡易な挨拶を交わせばくるりと背を向け、振り向くことなくその姿は馬車の中へと消えていった。

 今日からおよそ一週間、キース様はお仕事で出張である。

 そのメンバーにはセシルも含まれ、ついでにアキュベリー侯爵もいると聞き不安を覚えるも私に出来ることはない。

 どうぞご無事に――そう心の中で祈りつつ、馬車の音が聞こえなくなるまでその場で見送ったのだった。


「しばらくはお寂しいですね」


 部屋へ戻る私にスヴェンさんが声をかけてくる。


「そう、ね」


 もちろん寂しい。しかしそれと同時にほっとする自分がいることも否定できずに、曖昧な返事となって口から出る。

 それを聞いたスヴェンさんは、やれやれと大げさに肩を竦めて見せる。久々に見るジェスチャーだ。


「大蚤の市から帰られてからというもの、ずっとその調子でございますね。喧嘩でもされましたか」

「そういうわけじゃないけど……」

「けど、何でしょう?」


 小さくなる声で言い訳すれば被せる様に畳みかけてくる。答えられないのが分かって言っているのだから質が悪い。


「喧嘩じゃないわ、私が一方的にキース様を踏みにじっただけ」

「それを悪いとお感じならば、謝罪をお勧めいたします」

「そんな簡単な話じゃないわ」

「そうでしょうね」


 私が強く言い返せばスヴェンさんはあっさりと肯定する。その冷めた態度で私が一方的に憤っていたことに気付き、はっと我に返る。


「……ごめんなさい」

「いえ、悩んでおられるのは旦那様も同じの様ですので。我々がご相談に乗れることがありましたらいつでもお声がけ下さい」

「ありがとう。しばらくはキース様も留守ですし、じっくり考えてみるわ」


 そう言い残すと扉を閉め、部屋で一人机に伏し額をこすりつけた。


 ◇ ◇ ◇


 馬車で王都を出発しおよそ半日。

 街の西側に位置する湖へとぐるりと回り込むようにやってくれば、森を抜けた先に簡易的な小屋が立ち並んでいる。

 およそ20名の遺跡発掘隊が滞在する拠点であり、今回の目的地である。


「今日から一週間、こちらに滞在するのですね!」


 馬車から降りた小柄な体が跳ねる様に声を上げる。


「セシル嬢、今からそんなにはしゃいでいては体力が持ちませんよ」

「はい、気を付けますマクスウェル様!」


 元気よく返事を返す部下を見て、俺の外向きの笑顔も苦笑へと変わる。


「若いっていいわね~、私も見習いたいわ~」

「先輩も十分若いですよ」

「おぅい、暇ならこっちの荷物降ろすの手伝ってくれぃ」


 後続の馬車が到着し他の職員も次々と降りてくる。

 荷下ろしを手伝っているとやがて小屋の一つから一人の壮年の男性が姿を現し、俺はそちらへと向き直る。


「魔術省内スイール遺跡調査隊、隊長を努めますマクスウェルです」

「マクスウェル殿、ようこそお越し下さいました! こちらの拠点管理を任されとりますガイウスと申します」


 朗らかに挨拶し手を差し出せば、屈強な腕がその手をがっちりと握ってくる。

 高身長と言える俺よりもやや高く、それ以上に分厚い身体をしたガイウスと名乗る男。確か遺跡発掘隊の指揮も担う歴史学者である。深緑の髪を短く刈り込み日に焼けた肌に屈託のない笑顔がよく似合い、学者と言うよりは戦士や冒険者に見える風貌だ。


「肉体労働はお手の物なんですがね、魔術関連になるとお手上げなモンで。魔術師殿に来ていただけて助かりましたよ」

「ガイウス殿の報告書は拝見しました。魔術の痕跡が新たに見つかったそうですね。そちらは我々の方で解析させていただきましょう」

「ええ、お願いいたします」


 歴史学が専門であるガイウスは魔術に関しては門外漢だ。今回、遺跡内に大規模な魔術の構築跡が見つかったことにより魔術師隊の現地調査を行う事と相成ったのだっだ。


「それでは魔術師方に拠点のご案内をしますよ。王都に比べちゃ不便でしょうが必要なもんは大体揃ってるんで、まあ多少の不自由はご勘弁いただきたい!」


 やや砕けた口調とがははと豪快に笑う声がさして広くない拠点内に木魂し、ここで過ごすしばらくは過酷ではあるが賑やかなものになるだろうと思いがよぎる。


(一週間。エリカの事も気がかりだが、今は職務に集中しよう)



 その日は荷ほどきと発掘隊との顔合わせ、最新の調査報告を聞くことに終始する。本格的な調査に取りかかるのは明日からだ。

 入念に準備を整えていれば同じく荷物の確認を不慣れな様子で行うセシルが目に入り声をかける。


「大丈夫ですか? こういった環境は不慣れでしょう」


 魔術師のほとんどは貴族出身の者だが、戦闘に駆り出される魔術師隊や視察調査を主だって行う部署に所属する者は、野営のような環境にも慣れている者が多い。

 しかし彼女はまだ新入りであり病み上がりでもある。野趣あふれる掘立小屋での生活は大層厳しいものになるのではないかと危惧をする。


(エリカならば楽しそうだと進んで野営をしたがりそうだがな)


 ついそんな考えが頭をよぎるが、今はそれどころではないとすぐに打ち消す。


「皆さんとても慣れてますのね……驚きました。私は自宅以外で休むのも初めてなので。でも、なんだかガッシュクみたいで楽しいですわ!」


 セシルは戸惑いながらも楽しそうに笑う。その言葉には聞きなれない単語が混じる。


「ガッシュク? 何だいそりゃあ?」


 尋ねたのは同じ魔術師隊の男だ。


「えーと、皆で集まってわいわいするお泊り会……だったかしら?」

「何ソレ~おもしろいわね」

「他にも焚火を囲んで歌って踊ったり、皆で料理を作ったりするらしいです!」

「それは魔術的にはどういった意味があるのだろう……?」


 次々と魔術師たちが加わり謎の儀式について盛り上がっている。その議論が明後日な方を向いていると感じるのは俺の気のせいではないだろう。それよりも。


「……それはエリカから聞いたのですか?」

「はい!」


 セシルに尋ねればあっさり肯定する。


(妹には話しているのに、俺では駄目なのか)


 その事実に軽く打ちのめされる思いだ。

 心の中で嘆息するも、その機微を彼女が見逃すはずもなく。


「お姉さまとまだ仲直りされてないのですか?」

「えっマクスウェル様、奥様と喧嘩中なんですか?」

「出張とかしてる場合じゃないですよ!」


 セシルの爆弾発言に周囲が次々と声を上げる。

 彼らはやたらとエリカに関心があるようで普段から暇さえあれば詮索してくるのだが、こんな時にまで勘弁願いたい。


「……喧嘩はしていません」

「じゃあ愛想つかされたんですか?」

「…………」


 どいつもこいつも遠慮と言うものを知らない。

 口を噤み目を閉じていると後方から盛大な笑い声が上がる。


「あっはっは! マクスウェル殿と言えば王国一の魔術師と聞きますが、奥方には頭が上がらないようですな! 夫婦円満のコツはね、嫁に逆らわない事、そして毎日愛を伝えることですよ!」

「……ご高説痛み入ります」


 ガイウスの言葉で魔術師隊はさらに調子に乗り、そこに発掘隊も加わるとその夜は俺一人が憂き目にあう形で賑やかに更けていった。



 翌日からは早速調査に取り掛かる。

 拠点から徒歩で湖沿いを進むと突如現れる断崖、雑に掘られたまばらな段差の急階段を降りた先にその遺跡はあった。


「うわぁ……想像よりずっと広いです。この窪地すべてが遺跡なんですか?」


 降り立つセシルが感嘆の声を上げる。

 そこには城がすっぽり収まりそうなほどの広大な空間が広がっている。

 掘り返された地面からは石畳や建造物の基礎のようなものが覗き、あちこちに点在しているのが分かる。草木の類は生えておらず、あちらこちらに突き立てられた調査用の杭だけが視界を遮り殺風景さを感じさせている。


「ええ、全体がスイール遺跡ですよ。この辺りにはどうやら小規模な集落があったようですね。生活の痕跡が見られます。そして奥に建つ神殿のような建物が現在の調査の主体となりますな」


 向かう先に見える瓦礫の山を指さしながらガイウスが説明をし、セシルが再び感嘆を漏らす。


「神殿のよう、と言いますが神殿ではないんですよね?」

「恐らく集会所、あるいは庁舎のようなものでしょうな。集落に対して随分と規模がでかいのが気になるところですが」

「そして魔術罠が多い、と」


 歩きながら問答が交わされ、そのうち目的地へとたどり着く。

 崖を背負うように立つ石造りの建物は所々が崩れ瓦礫の山を築き、奥へ進むと巨大な柱が立ち並ぶ開けた空間へと出る。ガイウスの言う通り神殿を思わせる造りには威圧感があり、招かれざる者を拒んでいるようにも感じる。


「さあこの先が本番です。魔術師殿、お願いしますよ!」


 ガイウスの声を受け魔術師の面々が魔術杖を手に取り、注意深く足を踏み出した。

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