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ひと時の休息 2

 一見雑多なように見えるこの市だが出店エリアはある程度は区分けされている様で、飲食エリア、武器防具等装備品エリア、貴金属エリアに骨董エリアなどが並んでいる。

 目当ての物がない反面、何にでも興味を示す私を察してか一通りを見て回ろうと端から攻めていく。

 並ぶ品に目をやれば蚤の市を冠しつつも古物に限らず、ありとあらゆるものが取引されているようだ。中には異国の品と思われるものや、見たこともないような極彩色な意匠の生地や敷物などもあり、店先を通るだけで心が躍る。


(あのランプなんかアラビアンな風情を感じるわ、こっちの柄は北欧っぽさがあるわね。どれも素敵!)


 不思議なもので、世界が違えども多様な文化が存在すれば前世と似通った品もあるもので。初めて目にしながらもそれらには懐かしさを感じる。


「エリカはどういったものが好みなんだ?」

「そうですね、古いものとか好きですよ」


 これは前世からの趣味だ。骨董と呼べるほど大したものではないが、アンティークのアクセサリーやガラス製品などが好きでよく集めていたものだ。分厚く透明度の低いガラス瓶とか可愛さが半端ない。

 とはいえ今生、この国の文化は中近世の西洋に近しいもので、普段からありふれている物が既に私の好みの範疇なので古いものにこだわる必要はないのだが。

 キース様は余り古物には興味が無いようで首をかしげて私を見ているが、


「古いものって昔の文化も感じられるし、それだけ長い時を生き抜いてきた彼らには逞しさもあってそれが魅力的ですの」

「……なるほど、そう言うものか。物を『彼ら』と表現するのはエリカらしいな」


 そう説明すれば共感はなくとも理解はしていただけたようだ。表現に関しては――擬人化文化で育んだ妄想の産物なのでそっとしておいてほしい。


 疲れたら気になる屋台で食事をとり、またフラフラと歩いては通りすがりの店で謎の茶を振舞われたり――キース様がきっちり『鑑定』してから口にする当たり、やはりお貴族様だななんて思ったり。

 たまに気になる鉱石やガラス工芸に目が留まればいつの間にかキース様がお会計を済ましていたりと、そんなことを挟みながら散策を満喫していれば、そのうち前方に見知った顔が見えてくる。


「あらギリアムだわ! ヒース商会も出店してたのね」


 なじみの商人を見つけはしゃぐ声をあげれば反対に、キース様の表情が途端に曇る。


「素性が知れると面倒だ。回避する」

「えっ、ああ、そうですわね」


 覗いてみたい気持ちもあったがキース様の言葉も尤もだ。公爵夫妻が街歩き食べ歩き中だと知れたら大騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。

 ギリアムの方はその内に店舗に顔を出そうと、名残惜しくも横道に逸れようとしたその時。

 進行方向から勢いよく飛び出してきた商人にぶつかりそうになるも、すんでのところでキース様にぐいと引き寄せられ衝突は回避する。が、逆の手に持っていた買ってもらったばかりの鉱石がその勢いでするりと零れ落ちる。

 ころんころんと転がる石は目の前の露店の品台の上。見失わずに安心するも小さな溝に入り込んでしまっている。


「コイツはお嬢ちゃんのかい? 参ったな、隙間に入り込んじまって取れねえぞ」


 店主であろう一見荒くれのおっちゃんが、人のよさそうな声を上げつつ額に手を当てている。


「すまない、急に引いてしまって」

「ありがとうございます、おかげでぶつからずにすみましたわ。それにしても――」


 店主と私とキース様の三人で隙間を覗き込むが、手が入らない狭さで指では届かない深さの溝である。

 台ごとひっくり返すこともできずにどうしようかと頭を抱えそうになった時に、並ぶ品が目に入る。


「店主さん、こちらお借りしてもいいかしら」

「ペン軸かい? そりゃあ触るぐらい構わねぇが」


 木の枝を削って作られたような無骨なペン軸二本を手に取り、隙間へと差し込んでいく。片手で器用に操られた二本の棒は陰に隠れて見えない石をなんなくと挟み、そのまま掴み上げる。


「取れましたわ」

「はー、器用だな嬢ちゃん!」

「……大したものだ」


 驚嘆の声を上げられるが何のことはない、ジャパニーズ箸である。

 ペン軸を返し、今度はなくさないようにと石をポケットにしまい込むと、名残惜しむおっちゃんに別れを告げ散策を再開した。


「先程の技術はどういったものなんだ?」


 歩き出して間もなく、何やら考え込んでいたキース様が口を開く。どうやらずっとお箸の事を気にしていたようだ。

 しかし技術と言われてもどう説明しよう? 前世の事を言う訳にはいかないし、いや隠す必要はないのだろうけど頭がおかしい女だと思われるのも困りものだ。……それは既に手遅れかもしれないが。

 あまりに悩んでいても怪しさが増すだけで、とりあえず箸の説明だけしようと思うが「食事に使う」はなかなか受け入れがたいのではないだろうか。


「ギリアムが持ってきた鉱石や魔石を選別するのに覚えましたのよ」


 多分、間違ってはいない。実際にその用途でも使っていたのだから。

 簡易的なピンセットのようなものだと仕草で見せれば、その説明でキース様もとりあえず納得してくれたように見える。

 ふうと一息。

 気を取り直し再び歩き出すものの、頭の中では先程のやり取りが引っかかっている。

 私の前世の事はセシルにはそれとなく話してある。あくまで作り話、おとぎ話の体で。彼女はそれを不思議そうに楽しそうに聞いてくれていたが、転生者であると告白していたらどうだったのだろうか。

 手が届く範囲での文献は随分と漁ったが、異世界や転生・転移といった内容は何一つ見当たらなかった。この世界に於いてそのような概念は存在しないのだろうか。

 戻りたいとは流石に思わない。今の私はこの世界で生まれ育ったのだから。それでも追い出すことのできないその記憶をどう扱えばよいのだろう、それは重しとなってずっと私の心深くに沈み込んだままだ。


(今日は何も考えない、楽しむって決めたのよ)


 曇りそうになる顔に笑顔を張り付け、蚤の市の本日最後のエリアにして最大の活気を放つ中央広場へと足を向けた。



 日が傾き始めた夕暮れ時。オレンジ色から藍色へと空にグラデーションがかかり街の雰囲気も一変する。

 並ぶ露店の軒先にはランタンが吊り下げられ、道行く人々の頭上に淡い光を落としている。

 春を象徴するルカスの花模様の入った紙で覆われたランタンは、魔力灯ではなくオイルを灯すタイプのもので、控えめな灯りがゆらりゆらりと波を打つ。


(まるで提灯みたいね)


 ぽつりと漏れた印象が腑に落ち、ああそうか。この光景は趣は違えど、幼い頃に行った日本の縁日で見たそれと重なるのだと、記憶が鮮明に蘇る。

 そして私はどちらにも属しておらず、片足を突っ込んだだけの宙ぶらりんな状態で。あのランタンの様に提灯の様にグラグラと足元が揺れるのを感じる。


「エリカ?」

「ごめんなさい、色々思い出してしまって。……とても素敵な景色ですわ」


 私を呼ぶキース様の声は戸惑いを感じさせるもので、ああしまった、今私はとても情けない顔をしていたのだろうと察する。

 慌てて取り繕ってみてもキース様の困惑は消えるどころかますます深くなる。


「何か、憂うことでもあるのか?」

「そう言う事ではありませんわ」

「お前はたまに頑なに口を閉ざすことがある」


 そう言われてドキリと心臓が跳ねる。自覚はなかったが思い当たる節は当然ある。

 なるべく前世の言葉が出ないようにと気を付けてはいたが、スヴェンさんやハンナさんと話をしている時でも偶に不思議な顔をされることもあった。その度に適当に誤魔化してはいたが――そんなザル対応などキース様にはお見通しなのだろう。


「俺は夫としてエリカの心に寄り添いたいと願うし、そこに懸念があるのなら払拭のため力を尽くすと約束しよう」

「私の懸念は……セシルは助けていただきました。本当に、心から感謝しています」

「その件ではない」


 きっぱりと否定し、私の心を見透かす様に瞳を覗きこんでくる。その銀の瞳に映る私は酷く狼狽え、怯えるような色を浮かべている。


「俺では信用に値しないか?」

「ちがっ、そんな……っ」


 必死に訴えようと口を動かすも、喉から言葉は出てこない。何を言えばいいのか、自分が何を望んでいるのかも分からない。

 キース様がこんなにも歩み寄ってくれているというのに、私は――


「……いや、無理に聞き出そうとしてすまなかった。春とはいえ陽が落ちればまだ冷える。そろそろ屋敷へ戻ろう」


 息が詰まりそうな私の頬をそっと撫で、呼吸を思い出しゆっくり息を吐き出すとふわりと優しくほほ笑んでくれる。

 その顔はとても寂しそうで。

 キース様が私の肩を支える様に広場を抜ける道へ足を促すと、私は揺らめく世界に背を向けた。

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