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はじめての舞踏会、めくるめく騒乱 3

 楽隊が奏でる厳かな旋律と共に王族方の姿が現れる。

 音が止むのを確認してから伏していた顔をあげると、玉座には国王陛下並びに王妃殿下が着席し、傍らには第一王女殿下と第二王子殿下が控えている。


(第一王子殿下がいらっしゃらないわね)


 噂ではあまり体が丈夫でないと聞く。そのためか、王太子を名乗るのは第二王子のアレクシス殿下となっている。実際例年の舞踏会でもその姿を見たことはなく、私にとっては謎に包まれた人物だ。


(キース様は国の要職を務めてますし、お会いしたことあるのかしら)


 そう思い隣に立つその人の顔を見ると、僅かに眉間に皺が寄っている。

 どうしたのだろうと見つめていれば私の視線に気付き、すぐに表情を改める。


「エリカに紹介したい友人がいたのだが、どうやら今日は欠席のようだ」

「そうなのですか」


 視線を向けていた先にその姿が見えなかったのだろう。友人とは近衛騎士かはたまた楽隊の方か、なんにせよ非常に残念だ。

 そのうちにデビュタントのご令嬢たちの国王夫妻への謁見が始まる。

 散々ごたごたに巻き込まれ前列へ出る事は叶わなかったが何とか人の合間を縫ってその様子を窺えば、ようやく目的の人物を視界に捉える。


「いましたわ、セシルです! ああ、後姿でも可憐……!」


 丁度玉座の前へ進み出た所だ。白いドレスにプラチナブロンドの波打つ髪が映え、後姿だけでももう可愛い。いや、今日から淑女の仲間入りなのだから美麗とでも表現しようか。とにかく可愛い。

 滞りなく謁見を済ませ、退くところでその視線がこちらに向く。小さく手を振ってみるが気付いたかな?

 なんにせよ妹の晴れ舞台を無事まぶたに焼き付けることが出来、私の本日の目的の9割が達成されたのだった。

 謁見が全て終わればいよいよ舞踏会の開始である。



「失礼いたしますマクスウェル公爵閣下、伝令でございます」


 キース様に声をかけて来たのは、身形からして護衛騎士の方だろうか。

 二、三言葉を耳打ちすると騎士は速やかに立ち去り、その言葉を聞いたキース様の表情は心なしか硬く見える。


「エリカ、すまないが急用が出来た。なるべく早く戻る。それまでセシル嬢らと歓談でも楽しんでいてくれるか」

「承知いたしました。どうぞお気をつけて」


 こんな時までお仕事かしら、お役人は大変だ。

 その背中を見送っていると入れ違うようにセシルが私の前へと表れる。キース様、気付いてらしたのね。


「ごきげんようお姉さま。今宵は一段と美しいですわ」


 白いドレスをふわりと持ち上げながらセシルが優雅に挨拶をくれる。その一歩後ろには見慣れない少年が立ち、一瞬こちらを見るもふいと視線を逸らされる。


「……ごきげんよう」


 セシルとは対照的な簡素な挨拶である。それでもその声を聞いたのは本当に久しぶりで、胸の奥がじんと熱くなる。


「ごきげんよう、セシル、フレデリック。二人も素敵だわ」


 セシルの纏うドレスは両親が用立ててくれたものだ。まさかデビュタントを迎えられるとは思ってもいなかった両親だが、キース様の助力もあり超特急で準備したらしい。幾重にも重なりふんわりと膨らむレースが可憐なセシルに良く似合い、両親の愛が感じられる。

 そして弟のフレデリック。やや華奢な体に黒の礼装を纏う彼はいつの間にか上背がセシルを追い越し、声に幼さは残る物の立派な紳士に成長しているようだ。姉としても鼻が高い。


「お義兄さまはどちらへ? 先程までいらしたのに」

「急用だそうよ。お仕事が忙しいのかしら」

「普段からそれなりに忙しいですが、急な用件て何かしら」


 そう言えばセシルはキース様の部下だったわね。思い当たることが無いようで首をかしげるがすぐに「私は新米なので無用なのですね」と肩を落とす。いやいや、魔術省に就職しただけでも大したものなのよ? もっと自分に自信をもって欲しい。


「それでは僕は失礼します」

「えっ」


 唐突に宣言するフレデリックの言葉に思わず声を上げる。その冷めきった瞳は義兄に挨拶が叶わないのならばもう用はないといったところか。


「一緒にいて騒動に巻き込まれるのは御免ですから」


 辛辣ぅ……しかし事実でもあり言い返す言葉もない。

 私からの反論がないと見るとあっさりと立ち去ってしまった。


「フレッドはお姉さまに素直になれないだけなんです」


 彼に悪意はないとセシルが擁護するが、全面的に私が悪いので責める気など毛頭ない。


「そうね、いつか認めてもらえるといいのだけど」


 一方的な我がままであることは承知だ。それでも弟なのだからセシル同様に愛を注げたらと思う。


「ねえお姉さま、あちらに軽食がありますの。華やかな甘味が並んで素敵でしたのよ、行ってみません?」


 気分を変える様にセシルが明るい調子で私の手を取る。

 妹よ、舞踏会に来て甘味に釣られるのはどうなの? とは思うものの私もキース様以外の方と踊る気もなく、その提案に乗ることにする。だって、おいしいじゃない甘い物。

 優雅な音楽が響きくるくると舞う紳士淑女を横に見ながら、私とセシルはビュッフェ会場へと移動を開始した。

 ……そこで待ち構えるのは新たな騒動だと知る由もなく。



 視界に飛び込んできたのは艶やかなシャンパン色のドレス。光沢のある生地にさらに宝石が縫い留められ周囲に光を振りまいている。大輪の花飾りが胸元を彩り、とにかく豪奢の一言に尽きる。

 そんなドレスの中の人は一体何者かと思えば、慌てて頭を伏す。

 派手な装いに負けることなく凛と立つその姿は間違いない、第一王女カレンディア殿下である。


「私は認められません」


 外見通りに洗練された、しかし確固たる意志を感じさせるその声がその口から放たれる。

 うん、何を? というか、これは誰に対しての言葉だろう?

 頭を下げたまま成り行きを窺っているとその内にまた声が響く。


「頭を上げなさい」


 その言葉に従いゆっくりと前を向けば、ばちりと視線がぶつかる。もちろん、カレンディア殿下と。

 金色の髪に金色の瞳が揺れるその姿は間違いなく美少女である。確か16歳、セシルと同じ年齢だったはずだ。

 その美少女が私を衆人環視の中で睨んでいる。状況次第では眼福とも思えるシチュエーションだが、それが今ではないのは明らかだ。


「エリカ・バートンですね」

「怖れながら、先日婚姻を結びましたためエリカ・マクスウェルと」

「キースベルト様との婚姻なんて認めないわ」


 私の言葉を遮る様にカレンディア殿下が語気を強める。先程の認められない発言はどうやら私の婚姻に対してのものらしい。

 今日の舞踏会である程度もめることは想定済みだ。実際何度も衆目に身を晒す羽目となり、もうお腹いっぱいとなったところで立ちはだかるのが王族(ラスボス)であるとか勘弁願いたい。

 そんな思いが届くはずもなく王女殿下による糾弾は続けられる。


「キースベルト様は優秀な魔術師であり、国に於いて貴重な人材です。そんな方が魔力を持たない女性を娶るなど、重大な損失に他なりません」


 胸の前で手を組みしおらしく語るその姿は神々しくもあり聖女を彷彿とさせる。周囲を取り巻く貴族、騎士たちもうっとりとその語りに耳を傾けている。

 カレンディア殿下の言いたいことは分かる。だがそれを私に言われても……というのが正直なところだ。


「それに、貴女には品行に問題があると伺ってます。キースベルト様は朗らかで慈愛に満ちた誰にでもお優しい方ですもの。弱者を騙り懇願すれば無下にすることはできないのでしょう」


 それはどこのキースベルト様の話だろう。少なくとも私の知っているキース様は確かに外面はいいが、その内は無愛想で冷徹な正論を振りかざす容赦ないお人だ。邪な思いで近付こうものならあっけなく吹き飛ばされそうなものである。もちろん物理で。

 しかしカレンディア殿下の考えは違うらしい。か弱いキースベルト様を憂う瞳が揺らめき、漂う哀愁を縁取っていく。それに当てられた周囲もそこはかとなく情感を昂らせ、私の精神は真逆に温度を下げていく。

 なんだこの空気は。アキュベリー劇場とはまた一味違う、壮大な舞台が始まってしまった。

 そして気付いてしまった。その舞台のヒロインはカレンディア殿下であり、何のかんの理由をつけているが結局のところキース様の事が好きなのだと。


(さて困った。どうしたものか)


 何やら歓迎できない流れを感じるが抗おうにもとっかかりが見当たらない。認めないと言われてもすでに婚姻は成立しているわけだし、え、それってつまり離婚しろってこと?


「恐れながら発言させていただきます」


 そう口にしたのはセシルだった。


「貴女は?」

「エリカ・()()()()()()の妹、セシル・バートンにございます」

「……何かしら」


 マクスウェルを強調するあたりあからさまに喧嘩腰である。カレンディア殿下もそれを察し、分かり易く顔を曇らせる。


「お姉さまとお義兄さまはすでに婚姻を結び、それはそれは仲睦まじく暮らしております。確かにお姉さまは魔術の才は寡少かもしれません。それでもお義兄さまを支えるという点においては右に出るものはいないでしょう。二人の仲を引き裂くなどそれこそ重大な損失にあたります!」


 カレンディア殿下に負けず劣らずの清涼な声で高らかに謳いあげる。華やかな舞踏会場での美少女二人の共演は大変見ごたえのあるものだが、渦中の私にとっては恥ずかしいったらありゃしない。

 そんなセシルの攻勢をカレンディア殿下は真っ向から受けて立つ。


「そんなつもりは……私はただキ-スベルト様の事を想って意見を述べただけのこと。貴族として自ら身を引くのが国の為になると――」

「ですから、それが引き裂く行為だと申し上げております」


 ちょっとセシルさん落ち着こうか? 相手は王女殿下ですわよ?

 いつの間にやらすっかり頼もしくなった妹にハラハラしつつ、カレンディア殿下は大層怒ってらっしゃるかと様子を窺えば――。いや怒っているのだろうけど、セシルとの間にばちばちと火花が散るのが見えるようで、まるで子猫同士の喧嘩である。いやいやほっこりしている場合ではない。

 膠着状態かに見えたその時、新たな役者が舞台へと表れる。


「おお、何事かと思いましたら! なんとマクスウェル夫人が王女殿下に無礼を働いているではないか!」


 大仰な仕草で割り込んできたのは、先程見事な遁走劇を見せたパワハラ上司ことアキュベリー侯爵だ。……また面倒なのが増えたわ。

 攻撃対象がセシルでなく私であることが救いか。いよいよ混迷を極めるこのシナリオにどう収拾をつけようか。


「まったく貴女という方は、散々舞踏会を荒らしておいてその上王女殿下まで侮辱するなど、どれほどマクスウェル公に泥を塗るおつもりか」


 びしぃっと私を指さし批難の声を上げる。しれっとカレンディア殿下の侮辱という事実無根の内容まで紛れ込ませている辺り質が悪い。

 先程まで美少女二人を照らしていたスポットライトが私とアキュベリー侯爵へと向けられる。


(舞踏会を荒らしている自覚はあるけどここで謝ったら侮辱も認めることになってしまうし、相手の思うつぼよね……)


 答えあぐねる私に業を煮やしてか、アキュベリー侯爵はさらに大きく腕を振るい、声を発し――

 

 ガシャン


 同時にガラスの砕ける音が鳴り響く。


「危ない!」


 咄嗟に右腕で降ってくるものを払いのけつつ二人の少女の前に身を翻す。

 ごつん、ぱりんとひとしきり鳴る音が止み顔を上げれば、周囲はワインとグラスとその破片が飛び散り惨憺たる有様だ。

 周囲には悲鳴や怒号が飛び交い、ひと際大きいアキュベリー侯爵の声が「そこの給仕! 何と言う事を!」と先程までワイングラスが並んでいたはずの空の盆を手にした給仕係を叱責しているが、それはあなたの三文芝居のせいで衝突したことが原因だろう。

 しかし今はそんなことはどうでもいい。私の目の前で身を小さくする二人の少女に目をやり、被害状況をつぶさに確認する。見た所ガラスは当たっていないし、ワインがかかった様子もない。


「殿下、ご無事でしょうか。セシル、怪我はない?」

「……」

「私は無事です、でもお姉さまが……っ」


 突然の出来事にショックで言葉を失うカレンディア殿下も、答えたセシル同様怪我はなさそうだ。

 しかしその目は驚愕に見開いたままこちらを向き、私も二人の視線の先である自分の姿を確認すれば。


「うわぁ……」


 真面に体で受けたらそうなるだろうと、赤ワイン白ワインガラス片で満遍なく飾り立てられた姿はなかなかに無残だ。この日の為にキース様が仕立てて下さったドレスが染みと傷だらけとなり切ない気持ちになるが、今はぐっと感情を堪える。


「お二人とも、周囲にガラス片が散ってますので気を付けて下さいまし。セシル、カレンディア殿下を安全な場所までお連れして」

「は、はい!」


 ゆっくりと、極力柔らかい声を意識して二人に微笑みかける。するとカレンディア殿下もようやく我に返ったようで、突然立ち上がったかと思うと私の腕をがしっと掴む。


「殿下⁉ 動き回っては危険――」

「大変、血が出てますわ! すぐに治療を!」


 強引に掴んだ私の右腕を引き寄せると、ガラスにより切れ込みの入った手袋がするりと外れる。

 そこに現れたのは小さな赤い切り傷と、手首から腕にかけ大きく走る傷跡だった。


「あっ……」


 見てはいけないものを見てしまったというような表情だ。確かに貴婦人にあるまじきものかもしれないがある物は仕方がない。


「こちらの傷はもう治っておりますので問題ありません。ガラス片の傷も小さいものなので大事無いですわ」


 気に留めないようさらりと言ってみるが、この好機を見逃すはずもなくアキュベリー侯爵が鬼の首を取ったかのように声を上げる。


「おお、何と嘆かわしい! 見るも無残な傷跡でございますなぁ! まさか公爵夫人の体にこのような忌まわしい跡が刻まれているとは! いやそれにしても醜い!」


 わざわざ私が視界に入らない貴族たちにも知らしめるように、おぞましいものを見るかの形相で騒ぎ立て、すかさずセシルがその言葉を遮る。


「アキュベリー様、今はそんな状況ではないでしょう! 大体貴方のせいで」

「おやおや! 伯爵令嬢如きが随分な口を利くではないか! やはり卑しい姉を持つ妹も卑しい性分をしていると見える!」


 ぱしゃん


 水音が鳴り、周囲が一瞬沈黙に包まれる。

 何が起きたか分からない、そう呆然とするアキュベリー侯爵の間抜け面に腕を突きつけて大きく息を吸い。


「うるさいわね! 傷があるから何だと言うのよ! いい加減黙りなさいこのスットコドッコイ!」


 顔面からワインを浴び、しな垂れた髪や髭たるやなんと間抜けな姿よ。

 空のグラスを右手に持ったまま掲げ、ああ、やってしまったと私は苦渋の色を浮かべた。

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