再会の夜 2
セシルの発言により粟立った、皆それぞれの情緒が落ち着きを取り戻す頃。なぜ制服姿のセシルがここにいるかの説明をキース様から簡潔に受ける。
キース様も無事硬直から復帰した様で、いつものすんとすました表情でさらりと語りだす。
「魔術省に就職……それって物凄く凄い事なのでは?」
あ、駄目だ。まだ語彙力が回復してない。
「ああ、大したものだ」
私のおかしくなったままの言葉を気に留めることもなくキース様が頷く。
魔術省ってことは、要は国家公務員よね? 当然ながらこの世界においてもその職は名誉なことで、採用は狭き門だと聞いたことがある。
「臥せっていた時からお姉さまに魔術の基礎は聞いてましたもの。あとは魔力の扱い方を教えて下さった先生とお義兄さまのご助力のお陰ですわ」
謙遜するセシルが可愛い。それにしてもこの短期間で良くも成し遂げたものだ。明るく笑うその内には並々ならぬ努力が隠されているのだろう。
一方私といえば、セシルに役立つ情報を集めるという体をとりながらも、実際には自宅に引きこもりながら庭いじりに読書にと過ごす毎日だ。
辛い日々が続く彼女をよそに気が抜けて堕落していた自分が恥ずかしい。そう顧みて自然に俯く私の手を、小さな白い手が優しくそっと包む。
「こんなにも自由に動けるんですもの。私、毎日が楽しくて仕方がないのです」
気を使わせてしまった。ずっと小さな少女だと思っていたセシルはいつの間にか私の前を歩くくらい頼もしく成長していた。私が望んでいた彼女の姿だ。
「そう、私も嬉しいわ」
顔を上げそう笑いかけながらセシルの手を握り返した。
「ふふ、私も今とても嬉しいのですよ! お姉さまったら少し見ない間にこんなに綺麗になられたんだもの」
先程までのしんみりした空気を吹き飛ばす様にセシルは悪戯っぽく笑い、ぴょんぴょんと跳ねながら握った私の手をぶんぶんと振る。そういえば前回セシルと会った時は伯爵家時代のドレス姿だったわね。
「ええ、キース様からいただいたドレスが本当素敵で――」
「ドレスではなくてお姉さまの事です! 私のお姉さまが可愛いですわ!」
さっきまでの私の奇行を真似る様にセシルがぎゅうと抱き着く。
「え、ええ、そう……?」
自分が言うには問題ないが、言われる側になるとめっぽう恥ずかしいぞこれは。急に羞恥心に襲われ顔に熱が集まるのを感じながらセシルの腕の中で小さく狼狽える。
「そうですわよ! お義兄さまもそう思うでしょう?」
「っああ、そうだな」
急に話を振られたキース様が戸惑いながらも同意を返す。その言葉につられキース様に目を向ければ視線がかち合い、その顔が私の熱が伝播するように仄かに朱を帯びていく。いや何で? 逸らされ伏せた瞳には長いまつげがかかり戸惑いの色を隠さないそれは初めて見る表情で、妙に色っぽくて。そう思考が行き着くとさらに私の顔が茹っていく。
「……いつまでも立ち話を続けるのもいかがかと思いますので、晩餐を楽しまれてはいかがでしょう」
ナイス執事!
見かねたらしいスヴェンさんが言葉を挟んだことでようやく平静を取り繕い、抱き着いたままのセシルを引き摺りながら彼女の就職を祝う晩餐の場へと向かった。
晩餐の折。
料理に舌鼓を打ちながら和やかに談笑をしているとあるひとつの話題に行き着き、私のフォークを持つ手が止まる。
「王家主催の舞踏会」
私の間の抜けたオウム返しにキース様が頷く。そうか、もうそんな季節なのか。
この世界、この国では春にあたるこの季節から貴族の社交シーズンが始まる。日頃は各々の領地で運営に勤しんでいる貴族たちが王都へと集まり、シーズンの終わる夏ごろまで滞在しながら社交という名の腹の探り合い、化かし合いを繰り広げる。あながち偏見ではないと思う。
キース様はといえば、王城勤めという事もあり社交シーズン以外でも王都住まいのようだ。マクスウェル公爵領はバートン伯爵領よりも王都から遠く、年に数回戻るだけらしい。それで領地運営がうまく回っているのだからキース様の手腕と仕える人たちの有能さは計り知れない。
私も去年までは社交シーズンになると王都にある伯爵家のタウンハウスへ滞在し、あちこちの夜会に顔を出していたものだ。しかし今年からはちょっと、どころではなく大分に立場が変わる。
「公爵夫人としての参加という事になるのですよね」
「ああ、エリカが良しとしてくれるのならば」
「もちろん、お供させていただきますわ」
キース様の口が重いのは私が過去に色々やらかしているからで、さらに『公爵夫人』の立場を得た私が他の貴族たちからのやっかみの的になることを危惧しての事だろう。
そんな分かりきった地雷原に足を踏み入れたくないという思いも正直あるのだが、そうもいかないのが貴族というやつで。
毎年の社交シーズンの口火を切って開かれるのが王家主催の舞踏会である。
国内のほとんどの貴族が参加をする大舞台であり、その招待を蹴るなど出来るはずもなく。
「私の日頃の行いが悪いせいで、キース様にも恐らくご面倒をおかけすることになりますわ」
「承知の上だ、問題ない」
ため息交じりで頭を下げれば、いつも通り淡々と返される。……そう言ってもらえると少し肩の荷が下りる。いやほんと自業自得なのだしキース様には頭が上がらない。
会ったばかりの頃は腹立たしくも感じていたこのすまし顔も、今では頼もしいと思えるのだから不思議なものだ。
「お義兄さまは普段は……こういった方なのですか?」
私とキース様の会話を静かに聞いていたセシルだったが不意に言葉を挟む。
言葉を選んだ結果の曖昧な言い回しだが言わんとすることは伝わる。職場で顔を合わせていたセシルとは恐らく外向きの態度で接していたのだろう、不愛想でぶっきら棒なキース様を初めて見て面食らっているといったところか。私とは逆の順路を辿っているがその戸惑う気持ちは十分に理解できる。
「そうね、外では猫っかぶりだけれど家では頼もしい方なのよ」
「っ」
セシルにそう返すとキース様が水を口にした直後だったらしく軽く咽ている。
……『猫かぶり』はまずかったかしら? 窺うようにスヴェンさんを見ればその眉間には皺が寄っている。判定はアウトなようだ。
「そうなのですね。お姉さまとお義兄さまの関係を理解できた気がしますわ」
そうなのか。何やら納得したようにセシルが微笑む。まあ口から出てしまったものはもう戻せないし、小言を挟まれないよう私も笑顔を浮かべておこう。
「……話を戻すが今回の舞踏会はセシル嬢も招待を受けている」
口元をナプキンで拭いながらキース様がそう言うとセシルもこくりと頷く。
それってつまり。
「デビュタント?」
私が短く発するとまたもやセシルはこくりと頷く。その表情は先程とは違いやや硬く強張っている。
デビュタント、つまりは社交界デビューである。わが国では15の歳を迎えると王家主催の舞踏会の招待状が届く。白いドレスを纏い、そこで王族へのお目通りを済ませれば晴れて成人の仲間入りだ。
セシルは今年で16歳。ずっと患っていたせいでデビュタントどころかお茶会の類すらも参加できていなかった。それが一年遅れとはいえ社交界に赴けるようになるとは。
緊張を出すまいと背筋を伸ばし強がるその姿に感慨を寄せれば、胸の奥が熱くなる。
「エスコートは弟が務めるそうだな」
「はい」
おお、弟よ。いつの間にそれほどの大役を任されるほどに……!
キース様の言葉に再び身を震わせ、久しく会っていない弟の顔を思い浮かべるが、あれ? 今いくつだっけ? ……確か14歳。しかし私の記憶にあるのは小学生の様に幼い姿。
それもそのはずで私は弟にそれはもう、ひたすらに嫌われているのだ。伯爵家にいたころからまともに顔も合わせてくれず、そのまま家を出ることになって。無能で役立たずどころか伯爵家に泥を塗るような姉だ。嫡男である弟に疎まれるのは無理もない。
苦い表情を浮かべ押し黙った私に気付きキース様がこちらを向く。
「エリカ、何か問題があるのか?」
「いえ、そういうわけではないですけど。……私、恥ずかしながら弟とは疎遠でして」
「そうだったな」
隠してもしょうがないと正直に言えばすんなりと頷く。そう言えばキース様って私の身辺を色々調査してたのよね。当然、弟との関係も把握済みなのだろう。
「フレッドは真面目で実直な質ですもの。お姉さまが立派に公爵夫人を務められているところを見ればきっと態度を改めますわ」
フレッドことフレデリックはセシルの言う通り誠実な少年だ。だからこそ嫌われているし、無理やりに関係を修復しようとは思わないが、悪化するのもそれは問題で。
「だといいのだけど。さっきキース様にも言った通り、私は社交界ではお騒がせな令嬢ですの。セシルにもフレデリックにも迷惑をかけるかもしれないわ。その時は遠慮なく私の事を――」
「私はお姉さまが大好きですから、遠慮なく胸を張りますわ!」
罵って構わないと続けたかったのだが、そう言われては口を噤むほかない。
「私は令嬢として、お姉さまは夫人としてデビューの場ですもの。お義兄さまもおりますし存分に楽しみましょう!」
いつの間にセシルはこれほど逞しくなったのか。先程までの緊張を吹き飛ばし見せる笑顔は彼女の本音で、そう言われてしまっては私は眉間に皺を寄せ眉尻を下げながらも微笑む他ない。
「ああ、セシル嬢の言う通りだ。何も心配することはない」
そう続けるキース様は穏やかに、なだめる様な柔らかな表情を私に向ける。
(本当、ずるいわこの二人。これじゃあ私がただの意気地なしじゃないの)
くよくよ悩んだって何も変わらない。だったらがむしゃらにでも前に進まないと。それだけが無能な私にできる唯一の手段なのだから。
「そうね! 楽しまなくては損だもの、張り切って行くわ!」
下がった眉をくいと持ち上げ高らかに宣言すれば、セシルの歓声とキース様の笑顔と、スヴェンさんら使用人さんたちの「程々に……」といった心配げなリアクションが返ってくる。
嵐の予感を胸に、行こうじゃないの舞踏会!




