自由王子と腹黒公爵
カツンカツンと金属製の杖と足音を不規則に響かせ、石造りの回廊を抜けるとやがて視界が開け中庭へとたどり着く。
城の西側・魔術研究区画と政務を司る中央区画を結ぶ通路の丁度間に位置し、この前を行く男のお気に入りの場所でもある。
唐突に現れたこのリィンカーティス殿下に付き従い目的地まで来ると、殿下は側にいた護衛の騎士たちに声をかける。
「君らはここで待機。私はキースベルトとそこで少しお茶をしていくから」
「「はっ」」
俺が一緒に茶をすることは決定事項のようだ。まぁ、断る理由もないが。
護衛である彼らがおとなしく対象から距離を取るのは、代わりに俺が殿下の傍に仕えるからだろう。魔術省長官補佐の技能は騎士団にもそれなりに評価をされている。
いつものように庭の中央の東屋で向かい合うように座ると、メイドが素早く茶を整え見えない位置まで下がる。念のため、とトンとテーブルを指で鳴らせば防音の結界が東屋内を包み、これで準備は完了だ。
「キリクの花がまた増えたんじゃないか?」
「そうかい? いちいち数えてないからなぁ」
「増やしすぎると庭師が嫌がるぞ」
「ははっ気を付けるよ。親友の助言はありがたく聞かないとね!」
砕けた口調で話しかければ彼も同じ調子で返してくる。気の置けない会話を交わす俺とリィンは身分の差はあれど、彼の言葉の通り親友といえる間柄だった。
王家と遠縁にあたる公爵家の子息、加えて彼と同年でもあることで幼い頃から付き従い、自由な性格の彼の希望を汲んで二人の時はこうして友人として相手をするようになっていた。
もちろん愛想笑いも必要なく、にこにこと笑顔を向けるリィンに冷たい視線を返す。
「よく言う」
そう呆れつつも、変わらぬ減らず口には安心する。
互いに多忙な身であり顔を合わせる機会はそう多くはない。久々に見る友は顔色もよく随分と調子が良さそうだ。
「で、何の用だ?」
「つれないなぁ。久々にゆっくり話ができるのにその言い草はないだろう」
大の男が口を尖らせつつしょんぼりと俯いても可愛げの欠片もない。そしてそれが演技であることも分かっている。
「何の用かなんて決まってるじゃないか。我が友に結婚の祝いと感謝の言葉を伝えたくてね!」
顔を上げると晴れやかな笑顔を浮かべながら大げさに手を振って見せる。先程までのしんみりさはどこへやら。飄々と話すこの男は普段から感情が読みにくいが、それでも嘘は言ってないようだ。
まあ、その件についてだとは思っていたが。そしてそれは俺も同じであり、感謝――を伝えたいと考えていた。
「俺もお前に苦情を伝えたかったところだ」
口から出たのは別の言葉で。まあそれも本音ではあるから問題ないだろう。しかし俺の言葉を聞いたリィンはなんとも気まずそうに目を泳がせ、パクパクと口を動かし言葉を探している。
「あー……うまくいってないのかい?」
頬杖を突きやや視線を逸らしながらちらちらと俺の様子を窺っている。自らが紹介した手前、多少なりとも思う所はあるようだ。
妻であるエリカと婚姻を結んでからおよそ四か月、この男に紹介されたのがさらにそのひと月ほど前のこと。結婚は考えていないと頑なな態度を見せる俺に、ならば保護という名目で妻として迎えて欲しいと頼まれたのがエリカだった。
娶ってからの数か月、色々とあったものの今はうまくやってる――はずだ――が、当初は彼女を取り巻く噂に翻弄され苦労をしたものだ。
「そういう意味ではない」
とりあえず否定を返せばより一層不可思議な表情を俺へと向ける。
そんなリィンにかねてからの疑問をぶつけてみる。
「お前は彼女の事をどこまで知っていたんだ?」
「調べて分かることは概ね」
「それで、俺と彼女がうまくいくと考えていたのか」
「もちろん」
こちらに向ける天真爛漫な笑みからは胡散臭さしか感じない。胡乱な視線を送ればさっと目を逸らし、そのまま俺の言葉を待つように黙り込む。
『調べて分かること』が一体どこまでを指すのかは疑問であるが、今更その点を追求しても意味のない事だろう。
「……まぁ、感謝している」
ほんの一言。表情には出さないが素直に礼を述べれば、信じがたいとでも言いたげな驚嘆の表情を浮かべる。おい、うまくいくと思ってたんじゃないのか。
半眼で睨み付ければ「まあまあ」ととりなす様にへらりと笑い、こちらは思わず溜息が漏れる。
「そっか、それは何よりだ。それでも君が、彼女の為にあそこまでするとは思いもよらなかったけどね」
「何の話だ?」
「禁術」
「ああ……」
言いたいことは理解したがそこまで把握済みとは。
「大切な友人の事だからね」
俺の内心を読んだかのようにリィンが言葉を繋ぐ。
「禁術、それも複数を使用申請したことには驚いたよ。あの高等術式を重ね掛けなんて芸当は確かに君にしかできない。しかし君は絶対やらないと思ってた」
ふうとひと呼吸いれる彼からは先程までの軽薄さは消え、儚げな表情を浮かべる。その瞳が追う記憶は俺と同じものなのだろう。目を閉じ黙ってその言葉を聞く。
「あれ以来、堅実さを重んじていた君がそんな無茶な手段を取るなんて。それ程までに重要なことだったんだね」
「……ああ、そうだ。彼女の妹を、彼女の心を救いたかった」
静かに頷き目を開けば、俺の瞳を真っ直ぐ見据える男の顔が映る。
「うん良かった」
生真面目な表情は一転して柔らかく解れる。いつものリィンの表情だ。
「結構心配してたんだ。これっきりにしてくれよ」
「二度とあのようなヘマはしない。信用しろ」
それでこの話題は終わり。
そう示すかのようにリィンがパン!と胸の前で手を叩き軽快な音を鳴らす。
「それで今はアツアツの新婚さんってわけだ! どうだいお嫁さんは? 最近は随分と帰宅が早いようだけど可愛くて仕方がない感じかい?」
うざい。こいつが王子でなければ一発入れておきたいくらいにはうざい。
ぶんぶんと尻尾を振る犬が如く、好奇心で瞳を輝かせながらテーブル越しに前のめりで詰め寄ってくる。
「何でそんなことまで知ってる! お前に逐一報告する義務はない!」
「えー、けちー。存分に惚気てくれて構わないんだよ?」
「断る」
腕を組みつつちっと舌を鳴らしあからさまに不快な態度を示す。それを見た瞬間リィンは「ん?」と首をかしげるも、すぐに何かを察したように薄ら笑いを浮かべる。……この男、無駄に勘がいい。
「あれれ? もしかしてキース、乙女心が理解できなくて空回ってる感じ?」
「いい加減黙れ。大体お前は随分と知った口をきくが、エリカとは面識があるのか?」
「うん? どうだろうねー」
そこははぐらかすのかよ。
再び軽く舌を打ち鳴らしリィンから視線を外すと、視界の端、回廊の辺りで待つ騎士たちがこちらに向かって合図を送ってくる。そろそろ時間か。
リィンも気付いたようで、やれやれと大げさに肩を落として見せる。
「折角盛り上がってきたところなのに残念、続きはまた今度かな。今度の夜会ではもちろん紹介してくれるんだろう?」
今度の夜会、それが何を指すのかは当然理解できる。今年の社交シーズンの開幕を飾る王家主催の舞踏会の事だろう。
それはエリカが公爵夫人として初めて公の場に出る機会となる。
「本人の意思を尊重するつもりだ」
「期待しとく」
可もなく不可もなくといった調子で返せばリィンもにこりと頷く。
社交の場ではとかく有名な彼女だ、予測される問題は数多くある。それでも俺は彼女が妻として並び立ってくれることを望む。まぁ、その話はこれからだ。
既に冷め切った茶を喉に流し込み、テーブル面をトンと叩くと辺りを覆っていた結界が立ち消える。
「それでは殿下、参りましょう」
外向きの笑顔を張り付けリィンの前に優雅に膝をつけば、彼は杖を手に取りゆっくりと立ち上がる。
不自由そうな左足をやや擦りながら歩く彼の後ろに付き従い中庭を後にする。
「楽しかったよキースベルト。ではまた」
騎士たちを引き連れながら回廊を戻るリィンを見送りその背が見えなくなった頃、俺は反対側の自分の職場へと歩き出した。




