新人さんいらっしゃい 2
「優秀な見習い殿のお陰で少し時間が余りましたね。折角ですから明日からの業務を少し見ていきますか」
「はい! マクスウェル様、よろしくお願いします!」
義妹の笑顔に悪意を感じるのは俺の了見が狭いからだろうか。
俺の提案に対し、先程までのいじらしい態度とは一変して軽やかな笑顔で返事をする。なんともやりにくい。しかし不快には思わないのだから不思議なものだ。それがエリカの影響であることは十分に自覚している。
「お姉さまの事考えてます?」
「……私語は慎むように。説明しますのでこちらへどうぞ」
こほんと一つ咳払いをして少し奥に置かれたテーブルへと移動する。
そこにあるのは雑多に積まれる一見ガラクタにも思える石片や彫像のような謎のオブジェ、それらを資料としてまとめた書類、その下に敷かれる羊皮紙を繋ぎ合わせた巨大な見取り図だ。
「これは……地図、とは違いますね。何でしょう?」
「調査中の遺跡の見取り図と、そこから持ち帰られた遺物ですね」
不思議そうに覗き込むセシルに説明する。
「半年ほど前になりますが王都の西に隣接する湖周辺で遺跡が発見されまして、こちらは調査の記録となります」
「魔術省が遺跡の調査を行うのですか?」
「そこに魔術が関わっていれば、そうなります」
説明を聞いてもあまりぴんと来ないようだ。きょとんと首を傾げたままテーブルの上の物に視線を巡らせている。
彼女は長らく病床に臥せまともに外出もしたことがないのだから、聞きなれない単語にこういった反応を示すのは無理もない。まあ慣れれば問題ないだろうとそのまま説明を続けていく。
「実質的な調査を行っているのは別の部署ですが、魔力の込められた遺物の管理はこちらで行ってます。目下の我々の仕事ですね」
これはこの半年、散々に俺を酷使している案件だった。
最初に発見したのは付近を彷徨っていた冒険者。偶然足を踏み入れたことにより魔術罠が起動し、遺跡があることが確認された。
その後は魔術省主導で調査隊を派遣し、罠の解析・解除を進めながら土に埋もれかけていた遺跡を掘り起こしていく。最近ようやく発掘作業を終え全貌が見える様になり、本格的な調査が始まるところだった。
「セシル嬢に手伝っていただくのは未分類の遺物の解析になります」
目の前に積まれた遺物と調査書を示しこれと同じものを作成していくのだと説明すれば、具体的な仕事内容をイメージできたようでようやくふんふんと頷く。
「……頑張ります!」
「期待しています」
そう柔和にほほ笑みかけた所で、背後から聴きたくなかった声が降りかかる。
「ほーう、品も知性も感じられない話し声がすると思えば、魔術師未満の無能なお嬢さんが紛れ込んでいるようですねえ! いやはや困りますなあ!」
声の正体は振り向かなくても分かる。
長い昼休憩から戻っていた事には気付いていたが面倒だからと見て見ぬふりをしていたのだが。わざわざ絡みに来るとはよほど暇なのか。
突然の事にセシルは戸惑いを隠せず俺とアキュベリーの顔を交互に見ているが、俺はセシルの方を向き表情を崩さぬまま彼女に言葉をかける。
「それではセシル嬢。試しにこちらの遺物を調べてみましょうか」
「え? は、はい!」
「……マクスウェル殿、その態度はいただけませんな。上官に対して無礼を働くおつもりか?」
先程の高笑いのような品も知性も感じられない声と打って変わり、怒りを孕んだ言葉の切っ先を俺へと向ける。
「これはアキュベリー殿、休憩から戻られていたのですね。ところで先程おっしゃっていた『魔術師未満のお嬢さん』とやらは私には与り知らないことですが、一体何のことでしょう?」
ゆっくりとアキュベリーへと体を向け、一層柔らかな声で語りかける。アキュベリーのこめかみに血管が浮くのが見え、どうやら煽っていることは伝わっているらしい。
なにか反論しようとヤツが息を吸った瞬間、俺が一息先に話し始める。
「おっと失礼いたしました。そう言えば彼女の紹介をしておりませんでしたね。こちらは本日より配属されましたセシル・バートン嬢、もちろん資格を有す歴とした魔術師ですよ」
吸った息を吐くタイミングを失い「むぐっ」と小さく呻いている。
「こちらの方はアキュベリー副長官殿です。セシル嬢、ご挨拶を」
「はいっ、本日より配属されました――」
「そんなものは必要ありませんね」
一層怒気を深めるアキュベリーの声にセシルの肩がびくりとはねる。
「その小娘が魔術師? 笑わせてくれますね。素性はええ、もちろん把握しておりますよ、マクスウェル殿の義理の妹君だそうですね。姉妹そろって貴重な白の魔力を腐らせている欠陥品ではないですか! 魔術省の品格を穢すような人間は要らないのですよ」
「アキュベリー殿の主張は理解しました。しかし彼女は正式な手順に則りここにいるのです。解雇したいとおっしゃるならば相応の手続きを経るようお願いいたします」
ひとり昂るアキュベリーに対し淡々と事実のみを告げる。こういう手合いは付き合うだけ無駄だと思い知っている。
それでも、面倒な男が異動してきたものだと内心では溜息をまき散らす。
「正式な手順であるかは疑わしい所です、貴殿が手引きしていたら証拠も残らんでしょうからな。公爵たる御方が悪辣姉妹にいいように手玉に取られるとは、ああなんと嘆かわしい!」
「私は不正も何も、法や倫理に反することなどしておりませんわ!」
答えたのはセシルだった。
俺の背に隠れていたその身を晒し、俺の横へと進み出る。多少体が震えてはいるものの背筋をぴんと張りその瞳はしっかりとアキュベリーを捉えている。
「もちろんそれは姉も同じです」
強い意志を宿す青い瞳が煌めく。
清廉潔白なその眼差しはアキュベリーには随分と眩しく映るようで目を細める様に睨み返す。が、それも束の間。
「……ではお前が魔術師であるという証明をしてもらおうではないか」
そう静かに言い放ち、素早くローブの内へ手を滑り込ませる。取り出したのは赤く輝く魔石が嵌めこまれ華美な装飾が施された金属製の魔術杖。
くるりと宙に輪を描けばその軌跡に魔力が高まっていく。
「え? あ……っ」
「さあ! 防いでみよ!」
突然の魔術攻撃に狼狽えるセシルに構うことなく、すらりと術式を組み上げたアキュベリーはそのまま力を解き放つ――と同時に。
ぱちん
小さく乾いた音が鳴り、圧縮されていた魔力が霧散する。
「馬鹿な……っ、何を!」
目前で掻き消えた己の魔術に理解が及ばず、今度はアキュベリーが狼狽える。
それでも、と再び魔術杖を掲げるこの執念深さは一体どこから来るのだろうか。術式を練ろうと魔力を込めた瞬間、今度はヤツの眼前からぴしりと音がする。
魔術杖に嵌め込まれた魔石にひびが入り、そのまま粉々に砕け散った。
「何だと⁉ 貴様っ、何をしたぁ!」
唯の金属の棒と化したものを俺の方へと突き付けながらアキュベリーが叫ぶ。どうやら俺の仕業だという事には気付いているらしい。しかしまだまだ理解は足りていない様なので優しく説明してやることにする。
「おや、本日より赴任されたアキュベリー殿はご存知ありませんでしたか? これは案内が漏れていたようで申し訳ありません。この管理部内は訓練用以上の等級の魔法杖は持ち込み禁止となっております。何分、未解析の魔術道具があちらこちらにありますゆえ暴走などが起これば一大事ですから。今後はご注意下さるようお願いいたします。セシル嬢も」
「は、はひっ?」
突然話を向けられたセシルが間の抜けた声を上げ俺を見上げる。にっこりと笑みを返しておく。
俺は再びぱちりと指を鳴らす。すると今度はアキュベリーの足元に散っていた魔石の欠片がくるくると渦を巻くように舞い上がり、そのままくず入れの中へと吸い込まれるように落ちていく。
ただでさえ散らかっているというのにこれ以上ゴミを増やすわけにはいかない。午前にアキュベリーに環境を改善すると宣言したばかりなのだから。
「……くっ! 貴様ら、ふざけおって――」
アキュベリーが紅潮させた顔を上げた瞬間、ぴたりとその動きが止まる。
何事かとセシルがおろおろしだす頃、入口扉付近から声が聞こえる。
「やあ。いつもは陰気臭くてたまらないというのに、今日は随分と賑やかだね」
場違いに軽い、若い男の声。
その声を聞いた瞬間、俺やアキュベリーを含めたその場にいた者すべてが一斉に膝をつく。状況を呑み込めないセシルも慌てて周囲に合わせるが、遅れてしまうのは無理もない。
その様子を気にすることもなく若い男はのんびりと歩を進め、やがて俺たちの前で立ち止まる。
「ああごめん、仕事の邪魔をしに来た訳じゃあないんだ。キースベルト、少し茶でもどうだい?」
「仰せのままに、リィンカーティス殿下」
空気を読まない声に従い、彼の後に続いて部屋を出た。
高貴そうな装束を身に纏い、護衛と思われる騎士を二人引き連れた若い男性。
片手に杖を持ち、ややぎごちない動作で歩を進めている。金色の長く真っ直ぐな髪がさらりと揺れ、同じく金色の瞳は曇りなく輝いている――美しい男性だ。
絵姿でしか見たことがなかったが、彼がこの国の第一王子である『リィンカーティス・リヴェルム殿下』であると、周囲の反応そしてマクスウェルの言葉を聞いてセシルは確信する。
上司である義兄は殿下と共に退室し、そのすぐ後には不機嫌な表情を隠さないアキュベリーという男も去っていった。
どうしたものかと近くの椅子に腰を掛け、セシルは己の手に目を向ける。
頭に浮かぶのは先程の光景。ぱちりと指が弾かれた瞬間生まれた見たこともない魔術式。
(あれが、『黒公爵』様――)
たかが数か月とはいえ魔術を学び、魔術師としての認定も得ることが出来た。それでも彼の業は間近で見たというのに何一つ理解できなかった。
(あの男の言う通り、まだまだ未熟者だわ)
いずれ訪れる自身の魔力が解放されるその時までに、もっともっと腕を磨かなくては。でないとまた最愛の姉の顔を曇らせることになる――そう思い巡らせ、己の不甲斐なさに唇を噛む。
ぱちり
指を鳴らす。当然、何も起こらない。落ち込み俯けば小さな体が更に小さく丸まる。
不意にその背に声がかけられる。
「ああ、あれは公爵様の特別だから。気にしない方がいいよ」
「そうそう、あの人の魔術は基本おかしいからね。理解しようとするだけ無駄」
セシルが顔を上げ振り向けば、そこにはいつの間にか集まっていた職員たちの顔が並ぶ。
「バートン嬢だったね、ようこそ中央管理部へ!」
「公爵様ってばこっちに全然紹介してくれないんだもの~」
「アキュベリー様を相手に啖呵切るとかすごいねぇ、やるねぇ!」
同じローブを身に纏った面々がそれぞれに言いたいことを言い放つ。普段家の人間や家庭教師としか話をする機会がないセシルにとって、大勢の他人に囲まれ話しかけられることには慣れておらず未知の体験だ。手の平に汗をかき全身が緊張に支配される。
それでも。疎外されてはいない、歓迎されていることは分かる。
「これから同僚としてよろしく、バートン嬢」
「よろしくお願いいたします!」
勢いよく立ち上がり頭を下げた。その勢いでテーブルに頭をぶつけたのはご愛敬。
陰気だった管理部内に明るい笑い声が響いていた。




