新人さんいらっしゃい 1
正午を回った魔術研究区画は多くの職員が昼食休憩の為に出払いやや閑散としている。
その中央に位置する管理部内で響くのは落ち着きのある若い男性職員の声で、それは俺に向けてのものだった。
「こちらが登録証になります。他、規約書に支給備品一式……」
「ありがとう、助かります。休憩時間であるのにすみませんね」
「とんでもございません! お役に立つことができて恐縮です! それにそもそも今回の事はマクスウェル様のせいではありませんので」
「そう言っていただけると助かります。残り時間が短くなってしまいましたがどうぞ休憩なさって下さい」
「はっ! それでは失礼いたします!」
立ち去る職員を見送り自分以外の人間が皆昼休憩で出払った事を確認すると、張り付けていた愛想笑いを引っ込め体の力を抜いた。
昨日まで座っていた椅子とは違う木を彫り出した素朴な作りのこの椅子は、多少固さは感じるも存外座り心地は悪くない。長年放置されていたとは思えないと感心をする。背もたれに体を預けたまま机の上に視線を向ける。
(やれやれ、間に合って良かった)
入り口に程近く設けられた『長官補佐』の仮机の上に並ぶ書類や備品を確認し安堵する。
それらは新規に配属される職員に必要なもので、元々準備していたものは午前中にやって来た予定外の新副長官殿に回さざるを得なくなり、急遽もう一式準備してもらったものだった。
今日は午後から一人、見習い扱いの新人が配属されることになっていた。彼女は魔術師としては未熟で経験も浅いが熱意だけは十分に備わっている。そんな新人の第一歩を俺が邪魔をするわけにはいかない。
携行食で軽く腹を満たしながら午後の業務の再確認を進める。
(それにしても驚いた)
ふと目に留まったのは彼女の経歴書。もう何度も確認しているものだが、改めてその内容に目を走らせる。
16歳、女性、魔力色――『白』。
魔術を学び始めておよそ二か月、そして魔術師として名乗れる認定を取得したのがほんの数週間前のこと。あれほど衰弱していた状態からこの短期間でこれほどの成果を見せるとは恐れ入る。
セシル・バートン、伯爵家次女。
それが今日から俺の部下として配属される新人の名であり、妻エリカの妹だった。
休憩時間が終わり職員たちも各々の業務を再開しだす。最奥の席の男がまだ戻っていないようだが俺が気にすることではないだろう。
時計に目をやりそろそろかと思った時、目の前にある管理部の扉がゆっくりと開く。守衛に促され入ってきたのは、真新しい魔術省職員用のローブを纏った小柄な女性。プラチナブロンドの髪に大きな青い瞳が印象的で繊細ながらも華やかさを感じさせる。以前とは見違えるほどに顔色も良くなり、知っていたとはいえ実際にこの目で確認し安堵する――エリカも喜ぶことだろう。
「し、失礼いたします、本日から配属されますセシル・バートンと申します」
職員たちの視線が集まるなか緊張を孕んだ様子で挨拶をする。実に初々しい様は心も体も擦り切れた職員たちには過分な清涼だったようで、皆一様に眩しそうに彼女を見ている。その反応に彼女は一層体と表情を強張らせ、それを目にした職員たちが更に……やめろ、きりがない。
俺は立ち上がり、職員たちからの視線を遮る様に彼女の前に立つとにこりと笑顔を浮かべる。
「ようこそ魔術省中央管理部へ。歓迎します、セシル嬢。時間通りですね」
「遅くなりまして申し訳ございません!」
物腰柔らかく、丁寧に迎え入れようと挨拶したのだが返ってきたのは相反する言葉で。内心は疑問符しかないがそれを見せるほど間抜けではない。表情を崩さず「どういう意味でしょう?」と尋ねれば、俺を見上げる青い瞳がきらりと輝く。
「しゃかいじんたるもの五分前行動が鉄則、ですのでその五分前の十分前に到着するのがオトナだと聞いておりましたので、初日だというのにお恥ずかしい限りです!」
外見とは相反した強い口調で睨む様に語るが、その言葉の意味はあまり理解できるものではない。謝っている、と認識していたが怒っているようにも見えるその姿には既視感がある。
「どなたから伺ったのでしょう?」
「お姉さまです!」
「……なるほど」
外見に似ている部分を探すのが難しい姉妹だが、どうやら中身はそっくりなようだ。いや、以前少し話をした時に薄々気付いていた事だったな。
色々と腑に落ちた所で改めて彼女を席へと案内した。
「しばらくはこちらの机を使って下さい。今は人の入れ替わりが激しく落ち着かない所なので、少々慌ただしいのは容赦願います」
俺の席から通路を挟んだ向かいに位置する席。そこへと案内し必要な説明と備品の支給を一通り済ます。
「ひとまずはここまで、質問はありますか?」
「はい、あの! ……お義兄さまが直々にご指導下さるのですか?」
俺からの質問に必死にメモを取っていた手を止め、おずおずと尋ねてくる。まあ当然の疑問だ。役職持ちである俺が新人のしかも見習いの手解きを行うなど通常ならばありえないことだ。
だが彼女には色々と問題がある。その最たるものを俺は一日も早く解消したい。そのためならばと根回しをして彼女の指導役を自ら買って出たのだ。
「まず一つ、ここでは私を義兄ではなく上司として扱う事。ですが、義兄として貴女の魔術を磨く助力ができればと思い私がここに立つのも事実です。ご迷惑でしたか?」
「いいえ! 『黒公爵』様直々にご指導いただけること幸甚でございます! マクスウェル様、よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
納得した様子の彼女の真摯な眼差しにこちらも礼を返し、説明を再開する。
日々の業務内容の説明、身分証への魔力の登録、最後に基礎魔術の技能確認を終え今日やるべきことは滞りなく終了した。
それにしても、だ。
「……随分と努力なさいましたね」
「お姉さまに比べたらまだまだです」
素直な感想を述べればセシルはにこりと笑いながらも謙遜の表情を見せる。
彼女の魔術師としての技能はぎりぎり及第点といった所だった。しかし開始地点を知っている俺からすればそれは驚嘆に値する。なにせ彼女はその身に宿す魔力のほとんどが封印状態にあるのだから。
彼女が秘めた大きな問題、それは三か月ほど前に俺が禁術を以って彼女に施したもの。生まれ持つ魔力が大きすぎることで『高魔力症』を患い床に臥せっていた彼女を救うため、エリカの望みを叶えるために取った苦肉の策。
魔力を封じることで生命の危機を免れることは出来た。しかし引き換えに負ったのは微力な魔力しか持たない身体と、封印が壊れるその時までに魔術の技量を最大限に引き上げねばならない修行の日々だ。
助力は惜しまないと魔術の家庭教師を伯爵家へ紹介はしたが、まさかこの短期間で魔術師の認定を得るまでに至るとは。
さらに魔術の見識を深めるべく魔術省への仕官を希望し、白という希少な魔力色を持つこともあり無事見習いとしてではあるが採用が決まったのだった。
持って生まれた才もあるのだろうが、並大抵の努力では成し得ないことだ。
「頭の下がる姉妹だ」
思わず漏れた本音をセシルが耳ざとく拾いあげる。
正面へと回り込み、低い位置から俺の顔をしげしげと見上げながら一言。
「お姉さまを口説くときはそういうお表情をなさるのですね」
「っ……!」
思わず動揺する俺を見逃すはずもなく。
くすくすと悪戯っぽく笑う彼女に油断できないと気を引き締めた。




