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黒の奇跡は美しく瞬く

 セシル・バートンは私の異母妹である。

 生まれながらに多量の魔力を持ち、器となる体が耐えきれなくなることで発症する『高魔力症』を長らく患っている。調子のいい時は家の中を歩くこともできたが多くの時間はベッドの上で過ごしている。

 そんな彼女を救うべく私は薬草や魔術の知識を漁るも成果を出せずに藻掻いていたのだが、今目の前に一筋の光明が見える。『出来るのは現状の改善だけ』そう公爵様は言うが、妹の苦しみを和らげてくれるのなら十分ありがたい事だ。

 元私の部屋から続く扉を開くとそこは妹の部屋に繋がる。奥に置かれたベッドの上に影が揺れるのが見えると反射的に駆け出していた。


「セシル! 無理に起きなくてもいいわ」

「お姉……さま……?」


 起した上体を私に預け力なくうなだれる。小さな体は熱く火照り呼吸が浅い。この家を出てひと月程経つがその間にも随分と弱っているように見える。真っ白な手を握ればわずかに握り返してくる力を感じ小さく安堵する。


「そのままセシル嬢を支えていてくれ。バートン卿は少し離れていて下さい」


 公爵様がベッドの前に立ち私たち親子に指示を出す。言われたままセシルを抱きしめれば腕の中の彼女は不安げに瞳を揺らす。


「大丈夫よセシル。あの方はすごい魔術師なんだから」


 私は公爵様の事はよく知らない。でも公爵様を良く知る人たちの事は知っている。皆心から尽くし尊敬し、信じているのだ。だから私も妹を救ってくれると言った彼を信じよう。麗しの天才魔術師、その噂が真実であると。

 前方を見れば銀色の瞳が輝き私たち姉妹を見つめている。ふわりとほほ笑むその表情には不自然さはなく、私たちの緊張を解きほぐしてくれる。

 先程サインした巻物を手に持ち、公爵様が何やら聞き取れない言葉を紡げば途端にそれは炎に包まれ消えていく。そのまま空になった手をこちらへ向けると今度はその周囲を黒い光の粒が渦巻き始める。次第に数を増し部屋中を埋め尽くすその光は意志を持って動く生き物の様で、その光景に思わず圧倒される。


「綺麗だわ」


 自然に零れた自分の言葉に既視感があり、そうか、魔力嵐(ストーム)の中で見たあの光景も公爵様の魔術だったのかと今更ながらに気付く。

 やがて黒い光は魔力が強くなったせいか見えなくなり、気付くと私とセシルを囲むように足元に魔法陣が出現する。ゆっくりと回転するように、読めない記号や文字で埋め尽くされていくその陣はそのものが発光している様で、私にもはっきりと捉えることが出来た。

 立ち昇る光の柱の中でセシルを支えながら、揺らめく光と手の平をこちらに向けたまま詠唱を続ける公爵様をぼんやりと眺める。まるで舞台の上にでもいるような不思議な感覚に陥り、あれ、舞台上にいるのは公爵様側かしら? ととりとめのない疑問が浮かんでくる。これが魔術というものなのか。初めて見るそれは神秘的で美しくなんだかとてもふわふわする。

 不意に握られた手に力がこもるのに気付き現実へ意識を戻すと、傍らのセシルが青ざめた表情で正面を凝視している。


「大丈夫」


 強張った体を摩り抱き寄せれば、私の胸に顔を埋めこくりと小さく頷く。

 多分これはとても危険な魔術なんだろう。国に禁術指定されているものだし使用許可証にも免責事項がやたらと書かれていた。ポンコツな私より魔力がずっと多いセシルには脅威に映るのかもしれない。それでも。


(問題ないって言ったもの)


 だから、大丈夫。

 私は公爵様の魔術を見届けようと顔を上げる。

 私とセシルを囲むようにくるくると舞っていた光がぱっと弾ける。部屋中を強く照らしつけた光は四散しやがて無数の矢のような形状に変わる。くるりと切っ先がこちらを向くと一斉に放たれ――

 セシルの体がびくりと跳ねたと同時にすべての光が消失する。足元の魔法陣も公爵様の周囲を漂っていた黒い粒ももう見えない。しんと静まり返る部屋にセシルの荒い吐息だけが響いている。


「セシル嬢、調子はどうだ?」


 公爵様のゆっくりとした問いかけに反応し、セシルが私の胸から顔を上げる。ぱちぱちと長いまつげを瞬かせ私を見上げるその顔は赤くも青くもなく、天使のような純朴さが露わとなっている。


「苦しく……ない、呼吸も体も、痛くないわ……」

「本当かセシル! もう大丈夫なのか!」

「わっ、ちょっと……っ!」


 ぽつりぽつりと確認するように呟くセシルにお父様が勢いよく突撃してくる。いつの間にか控えていたお義母様も駆け寄り、涙を流しながらセシルを抱きしめている。放り出された私はというと這うようにベッドから降りすごすごと退散する。


(良かった、セシル。本当に……!)


 涙ぐみながらも笑顔を見せるセシルの姿を見て一気に体中の力が抜けてしまった。そのまま床にへたり込んでいると目の前に手が差し出される。


「立てるか?」

「ええ、大丈夫です」


 覗き込む銀色の瞳に返事を返しその手を握れば、ぐいと引かれ公爵様の前に立つ。間近で見上げるその顔はすんと取り澄ましたいつもの表情で、それでいて労わるような柔らかな眼差しが私に向けられている。見たことのない表情に思わずどきりとするが、いやいや労わられるのは私じゃないだろう。


「公爵様は大丈夫でしょうか」

「何がだ?」

「先程の魔術、使用者も危険だったんですよね?」

「問題ないと言っただろう。あの程度の術をしくじるような真似はしない」


 しれっと尊大な口を叩くじゃないの。今までのしおらしさはどこへ行ってしまったのか。

 確かにそれは事実なのかもしれないがなんだか腑に落ちない。


「……俺は『黒』の魔力持ちだからな。この手の術とは相性がいいんだ」

「へぇ」

「理解してないだろう」


 納得のいかない様子の私に珍しく解説を付け加えてくれたが、分かってないこともお見通しのようだ。

 それにしても。


「公爵様はその話し方の方が合ってますね」


 余所行きの仮面を外し素の表情を見せる彼は不愛想だがとても人間味がある。にこりと微笑みその顔を覗き込むといつものように眉間に深い皺を寄せる。


「……放っておけ」


 どうやら自覚があるらしい。ばつが悪そうに吐き捨てる公爵様がなんだか可愛いらしく見えてくるから不思議なものだ。

 くすくすとひとしきり笑い、喜び合う父母と妹を眺めながら改めて公爵様に語り掛ける。


「ありがとうございます」

「礼には及ばない。これは俺からお前への詫びなのだからな」

「詫び、ですか?」


 いったい何のことだろう? 首を捻れば、そういえば私こそ公爵様に謝罪をしていないことを思い出す。

 いつ言うの、今でしょ! とばかりに口を開こうとした瞬間。


「マクスウェル公、この度は本当に……本当に娘を救っていただき感謝いたします」


 割って入ったお父様が公爵様の前で頭を下げる。


「礼には及びません。それよりも問題の根本は解決しておりませんのでそこはお忘れなきよう」

「ええ、ええ。分かっております。それでも長年の苦しみから解放された娘が見られたことが奇跡の様で……!」

「あなた、公爵様はお疲れでしょう。お休みいただいたら?」

「おお、そうであった! マクスウェル公、旅の疲れもおありでしょう。ゆっくりお寛ぎいただきたい」


 興奮冷めやらぬ様子のお父様を見かねてお義母様が口を挟むと、お父様も慌ててそれに同意する。呼びつけたメイドさん――幼い頃から面倒を見てもらっていたおばちゃんメイドさんのナタリアが公爵様と私を別室へと案内してくれる。


「奥様、お元気そうなご様子で嬉しゅうございます!」

「ナタリアも元気そうで安心したわ」


 変わらぬ屈託のない表情がいつも以上に砕けているのはセシルの元気になった様子を見たからだろう。いや、私の隣を歩く麗しの仮面をつけた公爵様を見たからかもしれない。伯爵家の人間の前では相変わらず外面を保ち、必要以上にきらきら煌めいて見える。非常に目に毒だわ。

 連れられた応接室のソファへと腰を下ろし、茶を淹れ終えたナタリアが部屋を後にするとようやく人心地付くことが出来た。


 応接室で腰を落ち着けナタリアが茶を運んできたころ、奥の部屋からベルの音が鳴る。

 恐らくお義母様が手を借りたくてナタリアを呼んでいるのだろう。


「ナタリア、公爵様のおもてなしは私がするわ。あなたはお義母様を手伝って差し上げて」

「よろしいのですか? ……それではお願いいたします!」


 私に促されればナタリアはどすどすと落ち着きのない足取りで屋敷の奥へ消えていく。

 本来ならば公爵様を放置するなんて真似は許されないことだろう。しかし伯爵家の事情をすべて知り、尚且つ私の無礼ムーブに免疫がある公爵様だ。できれば目くじら立てないでいただきたいのだが――

 恐る恐る顔を向けると笑顔はとっくに脱ぎ捨てられ、長い足を乱暴に組んでソファの背もたれに体を投げ出している。……どうやら杞憂だったようだ。


「随分とお疲れのようですね」

「お前は他人の体調不良が見て取れるのだったな。ならば隠しても仕方ないな」


 まだ熱い茶を口に運びながらそう話す公爵様は自然体で、何だかとても新鮮だ。思い返せばいつも喧嘩腰だったりと、まともに会話が成立したことがなかった。

 寛ぐ体を見ればあちこちに魔力の滞留が見え、公爵様の言う通り疲労の兆候がありありと視える。最近はまともに家に戻っていない公爵様だが使用人、主にスヴェンさんからの報告はいろいろと受けているようで、当然のように私が魔力が視えることも知っている。

 ……いや、たとえ魔力が視えなくとも最近の公爵様の働き具合や今の脱力した態度を見れば一目で察するのだが。


「ここしばらくは城中を駆け回っていたからな。さすがに骨が折れた」

「城中をですか? 公爵様のお仕事は魔術研究棟に引きこもる事だと伺っておりましたわ」

「……何やら語弊を感じるが、城中を駆け回っていたのは禁術の使用許可を取るためだ。承認印を持つ者があちこちに散っているうえ所在の定まらない者も多く面倒この上ない」


 要するに上長や外部部署の認可印を集めて回っていたという事か。組織というのは世界が違っても面倒な構造な事に変わりはないらしい。そしてそうまでして今日の事を準備をしていたのだと知り感謝の思いが胸の奥にこみ上げてくる。だというのに。


(私はまだ公爵様に謝罪もしてないわ。でもその前にこれだけは確認しておかないと)


 ずっと心に引っかかっていた事を口にする。


「公爵様、セシルの問題の根本は解決できていないというのはどういう意味なのでしょう」


 セシルを見る限り不調は消え表情も明るくなっていた。しかしそれは一時的なものだという。ならばまた対策を考えなくてはいけない。今度こそ、完治させる方法を。


「今回セシル嬢に施したのは体内の魔力を打ち消した後に封印するというものだ。しかしその封印は永続はしない。いずれ解けるその時までに器を強化しておく必要がある」

「つまり、今のうちに体を鍛えろと?」

「端的に言うのならそうなる。もっと言えば魔力の扱い方を身に付ける必要がある。その技術は生半可なものでは意味をなさん。彼女の魔力はそれだけ強大なものだ、死ぬ気で努力する必要があるだろう」


 そう説明してくれる公爵様の表情は険しい。高位の魔術師であるこの人がそこまで言うのだ、その修業は想像を絶するほどに厳しいものなのだろう。セシル自身が鍛えなくてはならないとなると私に出来ることは限りなく少ない。何か出来ることはないのか――


「まぁ、お前の妹ならばやり遂げるだろう。諦めの悪さはとうに思い知っている」


 いつの間にか足につきそうなほどに俯いていた私の後頭部をぐしゃりと乱暴にかき乱す。頭に乗った公爵様の手を持ち上げる様に顔を上げれば、目の前のその顔は優しく微笑み、まるで幼子をあやしているかのようだ。

 思わず涙腺が弛みそうになるがそう何度も泣いて堪るものか。ぐっと口を引き結び顔面に力を込めれば睨み付けるような表情になり、公爵様が困ったように眉を寄せる。


「セシルは強い娘だもの。できるわ」

「ああ」


 自分に言い聞かせるように出した言葉を公爵様が後押しするように肯定してくれる。

 ああもう何でこの人は、私の欲しい言葉を的確に寄越してくるのだ。

 もう前のような失態は見せないと、感情が決壊しないよう深呼吸し隣に座るその人を見る。


「私、公爵様に謝りたかったの」

「何の話だ」

「……その、この間の魔力嵐(ストーム)の時の事です!」


 意を決して発した言葉に何の心当たりもないとばかりにはてな顔を返され、思わず強めに叫んでしまう。

 いかんいかん、するのは謝罪であってツッコミではない。昂り易い己の感情を自省しつつ話を続ける。


「あの時助けてくれたのに、労わってくれたのに、お礼を言うどころか酷い物言いをしてしまって、……ごめんなさい。それなのに今度はセシルまで助けてもらって、どう恩を返したらいいのかも分からないわ」

「謝罪も返礼も必要ない。言ったろう、これは俺からの詫びだと」

「それってどういう意味でしょう?」


 そういえばさっきもそんなことを言っていた。よくよく思い出してみれば件の時も頭を下げられた気がする。その後の己の号泣ですっかり記憶から抜け落ちていた出来事だ。


「あの時助けられたというのなら、それは俺も同じことだ。だからお前には詫びと礼をしなくてはならない。あの時お前は言ったろう、言葉など欲しくないと。だったらとお前の望むものをと俺の出来る限りで考えたまでだ」


 つまりそれは、あの時の癇癪の言葉を真に受けて、私が喜ぶものを一生懸命考えたってこと?

 腕を組みながら真面目な顔で私を見据える公爵様はどことなくそわそわし私からの返答を不安げに待っているように見える。


「……公爵様って案外抜けてるというか不器用というか、ポンコツですよね」

「なっ、どういう意味だ⁉ これでは気に入らないか? 確かにセシル嬢を完治させることは難しいが……」


 私の率直で忌憚のない言葉を『不合格!』とでも受け取ったのか、目に見えて落ち込んでしまった。

 本当に、公爵様という人が良く分からない。尊大で言葉足らずで、空気も読めないワーカーホリックだし、そのくせ真面目で頑固で自分の意見を曲げない人。公爵邸の使用人さんたちが心を尽くし支えようとする気持ちが今ならよく分かる。強いのに放っておけない、そんな人だ。

 しょんぼりと小さくうなだれてしまった彼の正面に移動ししゃがみ込むと、握りしめられていたその手にそっと触れる。ピクリと肩が揺れた後ゆっくりと顔がこちらを向き、その視線を受け止めて私が言う。


「いいえ、感謝いたします。本当に、ありがとう……ございます…………!」


 耐えていたはずの熱い雫が頬を伝い、重ねた二人の手の上にぱたぱたと落ちる。


「そうか」


 公爵様から呟きが漏れたころ、屋敷の奥からナタリアの私を呼ぶ賑やかな声が響き、私と公爵様は思わず顔を見合わせ小さく笑い合った。

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