吹き荒れる嵐、後に残るは静寂 1
がたり、と低い位置で鳴る鈍い音に振り向けば、メイドさんが床に横たわっている。
食堂へと入り、支度された席へと向かう最中であった。
「大丈夫ですか⁉」
「も、申し訳ございません……っ」
慌てて駆け寄り上体を助け起こせば苦しそうに肩で息をしている。他の使用人さんたちと同様に体調が悪い様で顔色が真っ青だ。
「少し眩暈がしただけですので……」
「無理しないで休んで下さい!」
無理を押して立とうとするメイドさんを引き留め、他の使用人さんに手を借りようと見まわすも――何だろう、この違和感は。その答えを探す間にも、周囲の使用人さんたちは膝をついたり壁にもたれたりと、バタバタと倒れていく。
「そんな、急にどうして……つっ!」
ずきんという痛みが頭に響いたのと同時に、違和感の答え、そしてこの集団体調不良の原因に思いが至る。
(これは、魔力が暴走している⁉)
違和感とは先程まで見えていた体調不良の証でもある魔力の滞留が見えなくなっていることだ。だというのに皆の容態は悪化し、ついには私にもその兆候が出始めた。
(私の目に見えない強さの魔力が屋敷内に広がってるんだわ)
魔力とはエネルギーそのもので、そんなものに晒されれば当然その影響は体に及ぶ。魔力を持たない者は耐性も低く、それが体調不良と言う形で現れついには倒れるものまで出ている。
問題なのは、先程まで見えていたものが見えなくなったという事。それはつまり、現在進行形で魔力濃度が上がっているという事ではないのか。
(このままではまずいわ。何とかしないと――)
原因の検討はついている。昨日書庫で見つけたあの魔術書だろう。内容が分からなかったからとはいえ、安易に放置したのはあまりにも迂闊だった。それでも今は悔やんでいる暇はない。
「皆! 玄関ホールへ集まって!」
崩れ落ちた使用人さんたちに向け声を張り上げ、唇を噛みつつぐったりとしたメイドさんを抱えながら廊下へと這い出た。
「奥様! そちらのメイドは――」
「スヴェンさん、貴方は大丈夫⁉ メイドさんをお願いっ」
駆けつけた執事は先程まで纏っていた魔力の靄がすっかり見えなくなり、しかしはっきりと見える様になったその姿は力なくよろめいている。それでも歩けているのは彼の使命感と胆力の為せる業なのだろう。
「彼女と、他の使用人さんたちも玄関ホールへ集めて。多分あそこが一番マシだから」
メイドさんを託し指示を出すが、スヴェンさんは困惑顔のまま私を見据えている。
「どういうことですか? マシとは? この騒動の原因が分かっているのですか?」
矢継ぎ早に繰り出される質問が頭痛を刺激し、思わず顔を歪めて頭を押さえる。
「奥様っ」
「これはっ、魔力の暴走の影響よ……っ。玄関が一番、魔力濃度が薄いはずだから、そこへ避難して……!」
「魔力の暴走? なぜそのようなことが分かるのですか? 貴女が何か仕出かしたのですか⁉」
「今はそれどころじゃないわ! 元凶は恐らく書庫にあった魔術書よ、私はそこへ向かうわ」
がんがんと痛む頭に耳鳴りも加わり眩暈がしてくる。それでも行かなければと壁を支えに立ち上がる。
振り向けばスヴェンさんがメイドさんを抱えながら廊下へ座り込んだまま、私をじっと睨んでいる。どう行動すればいいのか迷いあぐねている様にも見える。
「貴女の言葉が信じられるとでも? この混乱に乗じて一体何を」
「いい加減になさい!」
一喝すればびくりと肩を揺らし言葉を呑み込む。
「恨み言なら後でいくらでも聞くわ。今は倒れた者を介抱するのが優先よ。スヴェン、皆に指示を出しなさい」
「…………っ、承知しました」
気がつけば後方には食堂から出て来た他の使用人さんたちが集まっている。彼らと共に私たちは一旦玄関ホールを目指した。
目的地に着けば締め付けられるような頭痛も多少は和らぎ、呼吸も幾分楽になる。思った通りここは魔力の流れから外れた死角になっている様で、他の人たちも安心したかのように床にへたり込む。
「気を抜いている暇はありません。動ける者は複数人で行動し、屋敷内の人間の探索に当たって下さい」
スヴェンさんが指示を出すと皆がぱっと動き出す。動けない人たちをソファへと寝かし、他の使用人たちへの周知と探索へと向かう。
(スヴェンさんがいてくれて助かったわ。私じゃこんなに効率よく動けないもの)
その頼もしさに感心しつつも、彼も日頃の疲労がたたり体力的にはぎりぎりだろうと眉を寄せる。早々に手を打たないと――そう考え、二階の書庫を目指すべく立ち上がり駆けだす。ホールを横切り階段の手すりに腕を伸ばしたその瞬間。バチッと破裂音が響き、弾かれるように後ろへ投げ出される。
「奥様⁉」
「いっ痛ぅ……」
慌てて駆け寄るスヴェンさんに助け起こされ、痺れの残る右腕を押さえる。
「馬鹿なことを! おい、傷薬を!」
頭痛と眩暈でぐらぐらと揺れる意識の中、何人かに囲まれ右手に包帯を巻かれながら「魔力って触れただけで切れるのね、鎌鼬の仲間なのかしら」などとぼんやり思考が浮遊する。
……いかんいかん、呆けてる場合じゃないわと顔を上げると、スヴェンさんのいつもの不機嫌顔が飛び込んでくる。
「無茶をなさるのはお止め下さい。書庫に元凶があるというのなら二階に上がるのは危険です。まずは避難することを考えましょう」
「……ごめんなさい」
冷静さを取り戻したスヴェンさんは何とも頼もしい。口だけ達者な私とは大違いだ。
無力さを噛みしめながらおとなしく後ろに下がれば、最近よく耳にする声が私に届いた。
「奥様! ご無事ですかの」
デデだ。普段屋敷の方にはあまり顔を出さない彼がそこにはいて、私を見ると慌てて駆け寄ってきた。
「私は問題ないわ。デデも平気かしら」
「腕を怪我されておるの」
うっすら血の滲む包帯を目にした彼の眉間に皺が走るも、これは自損事故のようなものなのでなんとも居たたまれなくなる。
「問題ないわ」
「……だの」
にこりと笑顔でもう一度繰り返せば、デデも渋々と頷く。怪我の状態は自分で確認してないがきっと大したことはないだろう。ほら指だってちゃんと動く。痛みをあまり感じないのはアドレナリンが過剰に出ているからだとか、そんなことはないと思いたい。
「デデ、外の様子はどうなっていますか? 他の庭師は?」
いつの間に側に来ていたスヴェンさんが私とデデの会話に割り込み、外の様子を確認する。
「外は嵐が吹き荒れてるようだで。これは、魔力かの? 他の庭師は本邸へ異変を報告に避難したでの」
「成程、外もひどい状況ですか。貴方はなぜ避難しなかったんですか?」
「奥様が心配だったでの」
スヴェンさんに問われたデデが私の方をちらりと見ながら眉尻を下げる。たった数日の付き合いであるのに危険を承知で来てくれた彼に胸の奥が温かくなる。同時に申し訳なさも感じ、うまく笑顔を作れないままにお礼を言う。
「ありがとうデデ。心配させてしまったわね、それに避難しそびれてしまってごめんなさい」
「ワシが好きで来ただけだの」
私たちの会話を黙って聞いていたスヴェンさんだが、すぐに状況の把握へと話を切り替える。
「状況は理解しました。外への避難は困難なようですので、本邸からの救援が来るまではこの場で待機するのが良さそうですが――」
「ここも魔力が溢れておるの。ずっと居るのは危険だの」
スヴェンさんの杞憂を的確に汲み取り、デデが警鐘を鳴らす。ここで先程から疑問に思っていたことをデデに尋ねてみる。
「デデは魔術が使えるの?」
「いんや、ワシは魔術は知らん。ドワーフはヒトより魔力に鋭敏での、肌にぴりぴりと感じるんだの」
「なるほど……」
確かにドワーフ族はヒトよりも魔力耐性が高いと文献にあった気がする。見たところ体調不良を訴える様子もない。ならばと提案してみるも。
「じゃあデデ、私を手伝ってもらえないかしら」
「ならんの」
「承認いたしかねます」
二人に秒で返される。呆れるデデと蔑むスヴェンさんの視線が痛い。
「奥様は先程軽率な行動で怪我をされたばかりでしょう。もうお忘れですか? いいからおとなしくしていて下さい」
「だの」
表情は違えど息の合った返答である。そして耳が痛い。だからと言ってこのまま引き下がるわけにはいかない。
「無茶はしないわ。デデが言ったようにここにも直に魔力が流れ込んでくるわ。だから今のうちに少しでも防げるように防波堤を作るのよ」
「……そんなことが可能なんですか?」
私の言葉に眉を寄せるスヴェンさんだが、一方的に拒絶することはなく考えてくれているのが分かる。
「私がここに来てすぐの頃、模様替えをしたでしょう? あの時に屋敷内に魔力の動線を作ったのよ。今ここが安全地帯になっているのもその時の影響ね。家具の配置をいじればもう少し流れ込む魔力を防げるはずよ」
私の説明を聞き、口元に手を当て考え込む。
「奥様は魔術が使えないと伺っておりますが」
「そうね、使えないわ。でも全く魔力がないわけじゃないから、小さな力を見ることは出来るのよ」
「見る、ですか。……思い返せば奥様の視線が不可解なことは確かにありましたね」
伏せていたスヴェンさんの瞳が私を真っ直ぐに見つめる。眉間に皺は残るもののいつもの鋭さはない。
「貴女は馬鹿正直な方ですから嘘を言う事はないでしょう。分かりました。ただし、無茶はしないとお約束下さい。――貴女のような方でも旦那様の奥方ですので。デデ、補佐をよろしく頼みます」
「引き受けたの」
「分かったわ!」
軽い侮辱が混じっていた気もするが聞き流しておこう。
ズキリと痛む腕を笑顔で抑え込み、デデを伴って歩き出した。




