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土の中で芽吹く思い 2

 温室の扉を抜け中へ足を踏み入れると、もわっと熱い空気が肌に纏わりついてくる。

 高い温度と湿度を維持した空間は、ガラスの壁一枚を隔てただけなのに外界から切り離された異空間のようである。

 周囲に茂る巨大な葉をかき分けるように進めばやがて水辺が現れ、そこでは目的の人物がしゃがみ込み丹念に土の状態を確認している。

 

「お待たせしました! ええと……」


 ずんぐりと丸まった背中に声をかけるも、そういえば庭師さんの名前を聞いていなかったわ。


「わしゃ庭師のデデというでの」

「私はエリカ・バートン……じゃなかった、エリカ・マクスウェルよ。改めてよろしくね」


 自己紹介を返しながらふわりとお辞儀をし頭を上げると、振り向いたデデが固まっている。


「どうしたの?」

「……その恰好はどうなすったんかの」

「これなら汚れても問題ないわ!」


 着替えて来たそれは平民仕様のワンピースだ。ドレスより少し短めのスカートにエプロンを巻き、髪をアップにまとめれば庶民スタイルの完成である。丈夫で動きやすく、汚れや洗濯にも強い。お忍びで街を出歩く際に重宝する一着だ。

 ぬかるんだ地面に躊躇なく足を踏み入れデデの隣にしゃがみ込む。デデはといえば、貴族女性の平民スタイルがあまりに衝撃だったのかしばらく固まっていたが、手足を構うことなく土で汚す私を見て気にするのをやめたようだ。やがてこの区画について説明をしだす。


「ソコに生えとるのがタムの草だで、似とるこの種もこの辺りで試してみようかの」


 羽根のような葉を茂らせたひざ丈ほどのタムという草の周辺、湿った土を手でかき分けると黒く柔らかい土が露わになる。と同時に、ふわりと漂う赤い魔力が見える。養分を多分に溜め込んだ土は魔力も含んでいるようだ。

 デデが預けていた封筒を取り出すと、その種からもうっすら魔力が零れる。


(種の魔力は……黄色ね。だったら――)


 周囲の地面を軽く掘り起こし目的の色を探せば、思いのほかあっさりと見つかる。


「ねぇデデ、こっちにも植えてみたいのだけど」


 私が示した場所は水場から少し離れた、少し乾いた土だった。


「ソコは乾きすぎてるでの」

「お願い、ここにも試させて」


 難色を示すデデに負けじと食い下がる。プロの意見を聞くべきなのは承知の上で、それでもと懇願すればやれやれと溜息混じりに折れてくれる。一見頑固で気難しそうな庭師だが、案外押しには弱く面倒見がいい。

 やれ深く埋めすぎだの土を固めすぎだの容赦ない指導をされつつ、種まきを終えることができた。


(結局自分でやらせてもらって、余計な手間も時間もかけさせてしまったわ。でも、楽しかった……!)


「デデ、手伝ってくれてありがとう! この先も手がかかるでしょうけどよろしくお願いするわ!」


 感謝を込めて、すっかり土で染まった両手でデデの手を握りぶんぶんと振ると、驚いたデデが慌てて振りほどいてくる。

 一仕事終えたことですっかり調子に乗ってしまった私はまたやらかしてしまったようだ。


「ご、ごめんなさい! 手を洗ってからにすればよかったわね」

「いんや。失礼したでの。……奥様はワシに、ドワーフに触れるのが嫌ではないのかの?」

「それは、どうして?」


 デデが遠慮がちに尋ねてくるが、その質問の意図はよく分からない。

 とりあえず汚い手で触れてしまったことを咎められることはなかったが、より神妙な顔を向けられ今度はこちらが困惑をする。


「お貴族様はドワーフを嫌がるでの」


 そうなのか、それは初耳だ。

 デデの短い言葉の中には僅かに怒りや口惜しさが滲み、過去に色々あったのだろうことを窺わせる。


「デデは優しくて世話好きでとてもいい人よ。嫌う理由がないわ」


 今日会ったばかりのこんな面倒な女にまでなんだかんだと親切にしてくれるのだ。悪人のはずがない。


「奥様は変わり者だでの、普通の貴族はそうはならんでの」


 まあ、そうなのだろう。

 デデの言葉に「ちょっと分かる気もするわ」と返せば、その顔が少し険しくなる。


「人は皆、知らないものが怖いものよ。貴族以外の人と会うことの多い私だってドワーフ族と会うのは初めてだもの、普通の貴族ならなおさらね。デデだってどんな味がするかもわからない木の実を食べようとは思わないでしょう?」


 それが万が一毒でも含んでいようものなら命にだって関わる。

 守るものの多い貴族にとって警戒心が強くなるのは自己防衛の為でもあり、ある程度は仕方がない事だと続ければデデは顔を俯かせる。


「だからといって相手を知ろうともしないで傷つけるのはよくないわね。デデは貴族に対して嫌な思いをたくさんしたのね。ごめんなさい、いち貴族として謝罪するわ」


 下を向く彼の視界に入るよう腰を低く落とし謝罪の礼をとる。ちらりと視線を向けたデデは目の前の光景に慌てて顔を上げ、私よりさらに頭を低くするよう姿勢を取る。手や膝を地面につき、もはや土下座のポーズに近い。


「や、止めてくれんかの奥様! ワシは……旦那様によくしていただいてるでの、貴族の全てが悪いとは思っとらんでの!」


 元々口数が少ない彼が必死に懇願するので、逆に申し訳なくなり頭を戻す。それを見たデデも安心したようで、ふぃーと息を吐き出す。慌てたり脱力したりと忙しい様子がなんだかおかしくなって、くすりと笑いが漏れるとたちまち厳しい目を向けられる。


「やれやれ、だの」


 なにやら呆れられてしまったようだ。

 未だ膝をつく彼に手を差し出せば、少し迷った後にその手を取り立ち上がる。


「これからもよろしくね」

「……だの」


 元通りのぶっきらぼうな返事だが、下がった眉尻を見ると少し照れ臭そうだ。ともあれ、私に優秀な庭師の友人ができたのはなんとも心強い。


「そういえば、公爵様が貴方を雇っているのよね」


 先程のデデの言葉を思い出し、疑問が口をつく。公爵様は言うまでもなくお貴族様である。


「旦那様は路頭に迷ったワシを救っただけでなく、庭師という立場まで下すった」


 周囲の植物の手入れをしながらも大恩があると語るが、私にはあの男が優しく手を差し伸べるようなマネが想像できず、いまいちピンとこない。


「ふぅん、あの冷徹粗暴男がねぇ……」

「ワシのまえで旦那様を貶すのは許さんでの」


 素直な感想が漏れればたちまちギロリと睨まれる。

 それでも私は昨日の出来事を受け流すことが出来ず、デデの目を見据えながら静かに言う。


「気を悪くしたならごめんなさい。公爵様はデデにとって、ううん、ここの使用人さんたち皆にとって、とても大切な方なのね。……それでも、私はあの人が嫌いよ。貴方たちの気持ちを否定するつもりはない。だから私の気持ちも受け入れてくれなくていいから否定はしないで欲しいの」


 確かに公爵様の言い分は正しいのかもしれないが好き嫌いとは別問題だ。……こうして考えてみると私は駄々をこねる子供そのもので、公爵様が苦言を呈するのも理解できる。理解できるからこそ、受け入れられない。

 頑なな負の感情が螺旋状にぐるぐると降下していき私の肩もどんどんしょげ落ちてくる。

 しばらくは黙ったまま私を見ていたデデだが、やがて背を向け黙々と作業を再開する。


「奥様は言ったでの」

「?」

「知らんから恐ろしいんじゃと。旦那様をきちんと知って欲しいの」

「そう……」


 丸まった背中からかけられた言葉に棘はなく、堅い殻に覆われた私の心に染み入ってくる。

 確かに私は公爵様の事を何一つ知らない。顔を合わせる隙がないから知る由がなかったのも事実だが、それは言い訳だ。今すぐは無理でも、そのうちちゃんと向き合わねばならない。

 いつの間にかその場を離れていたデデが重そうな水の汲まれた桶を持って戻り、私の前へと置いていく。


「種の世話はしておくでの。いつでも好きなときに様子を見に来るとええの」

「……ありがと」


 差し出された水桶で手を濯ぐと澄んでいた水があっという間に泥で濁っていく。不透明度を増した水面から覗く自分の顔は同じく泥に汚れ、なんとも醜くく映っていた。

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