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土の中で芽吹く思い 1

 コンコン、コンコン。


 今日何度目かのノックの音を、同じようにベッドの中で布団をかぶったままにやり過ごす。

 そうしているとしばらくしんと静寂が落ち、後に足音がぱたぱたと遠のいていく。


(………………)


 昨日サロンにて公爵様よりいただいたありがたーいお言葉は随分と私にダメージを残したようで、部屋に戻って以降の丸一日、こうして布団の中で蹲っている。


(分かってる分かってる分かってる。そんなことは自分が一番分かってる)


 無駄な足掻き? 私にはどうせ何もできやしない?

 刃物の様に研ぎ澄まされた公爵様の言葉は何度振り払おうとしても私の心にざくざくと突き立てられ、いつまでも身動きが取れない。


『妹とてそれを望んでいない。だからこそ家を出る際に二度と顔を見せるなと吐き捨てられたのだろう――』


 ひと際大きな刃が振り下ろされ、思わず呼吸が止まる。ふぅふぅと小さく呼吸をし酸素を何とか取り込むとようやく思考が回りだす。

 なぜ公爵様がそんなことまで知っているのか。そう疑問を浮かべれば伯爵家のおばちゃんメイドの悪気のない笑顔が浮かび、途端に腑に落ちる。そしてすぐにその顔は物憂げな表情に変わり――それが私が見た彼女の最後の記憶となる。


 それは嫁入りの前日。

 伯爵家の自室にて荷造りを終え、妹の部屋を訪れた時の事だった。

 あまりに急な結婚話に気持ちがついて行けず、堪らず愚痴っていた私に妹がかけた言葉は、欲しかった同情や慰めとは正反対のものだった。


「公爵様がお相手だなんて素敵な事じゃない。それに文句を言うなんて我が侭も大概にして欲しいわ」


 可愛い妹に突然冷や水を浴びせられた私は言葉も継げず、ただただ目を白黒させていた。


「いい加減私に構うのもやめて下さる? はっきり言って迷惑なのよ。お姉さまがこの家を出ていくのなら清々するわ」


 なぜ急にそんなことを言うのか。今まで優しく笑ってくれていたのは何だったのか。私はずっと妹にとって邪魔者だったというのか。


「もうお姉さまの顔は見たくないの。二度と帰ってこないで下さいまし」


 遠い耳鳴りの様に木霊するその声は夢か幻か、気付けば朝になり見送りのメイドさんが私の荷物を迎えの馬車に積み込んでいる。

 なんだかもう何もかもがどうでも良くなって、ふらふらと馬車のステップに足をかけたところにメイドさんの声が耳に届く。


「お嬢様、昨日の事は気に病んだらいけませんよ! あれは姉を心配する妹の愛情の裏返しなんですから! どうか公爵様の元でお幸せにと、伯爵家の皆がそう願っております!」


 いつも屈託のない笑みを浮かべるその顔は曇りながらも無理やりに口角を上げ、そうやって私を送り出してくれた。


(そうだ、落ち込んでる場合じゃない)


 現実に意識を戻し布団をぐっと握りしめる。

 私が嫌われる事はどうだっていい。私が側にいないことがあの子のためになるなら喜んで受け入れようじゃないか。

 ただ妹に笑って欲しい、私の幸せとはその一点だ。


(自己満? 上等じゃない、こちとら性悪令嬢よ!)


 ここで諦めたらあの腹黒公爵の言い分を認めることになる。そんなものはお断りだ。

 

(愚かで結構、見苦しかろうが止まる気はないわ)


 勢いよく布団を翻せば部屋へと差し込む日が私を暖かく包む。一時停止していた私の時間が再び動き出し、腹の音もせかせかと働きだす。


(まずは何度も呼びに来てくれてたメイドさんに謝らないと。食事は残ってるのかしら? その後は――)


 頭を回しつつテキパキと身支度を整え、机の上に積んであった封書を一通ドレスのポケットにねじ込む。

 扉の前で一つ大きく呼吸をすると「……よし!」と決意を新たにし、食堂へと足を向けた。


 ◇ ◇ ◇


 生い茂る草木の間を抜け小径を進めば、そこにはガラスのドーム天井が特徴的な建物が見えてくる。公爵邸の庭の西側に建てられた温室だ。

 メイドさんに謝罪を済まし――受け入れられたかは微妙だったけど――パンとスープで軽く腹を満たすと、今日の目的の地へとやってきたのだ。

 さて、勝手に立ち入っていいものかと扉の前で立ち止まる。いつもは私を見張っている不機嫌な執事さんは、今日に限って出払っているらしくついてきていない。

 誰かいないかとガラスの壁に張り付き中を覗き込んでみると、見たことのない植物がわさわさと生い茂り小さなジャングルを形成している。一見雑多に植えられているように見えるもそれらは通路できちんと区分けされ、奥には色とりどりの花をつける鉢が並ぶのも見える。表の庭と同じく手入れがよく行き届いた、庭師さんの丁寧な仕事が窺える。


「あんた、何をなさっとる」


 ふいに背後からかけられた言葉にびくりと全身が跳ね、声も出せずに振り向く。

 そこにいたのは私より頭一つ程低いずんぐりとした体に立派な髭を蓄えた、壮年……中年? 年齢不詳の男性だった。服装を見たところ庭師さんのようだが、太い手足に尖った耳、その無骨な様は……おそらくドワーフ族だ。

 亜人と呼ばれる人間と似た別の種族であり、人間とは中立的な関係を保っていると本で読んだことはあるが、実際に会ったのは初めてだった。


「何じゃ、言いたいことがあるならはっきりせぇ」


 思わずじっと見つめてしまったことが気を悪くさせてしまったようで、不機嫌さを増した鋭い眼光を下から突き上げてくる。


「ごめんなさい! 私、ドワーフ族の方々は皆鍛冶師や細工職人を生業にしてると思っていたから驚いてしまって。でもよくよく考えてみれば庭師も職人だもの、何も不思議はないわよね」


 貴族の館らしからぬ彼のぶっきらぼうな態度に、私の口調も自然に砕けたものとなる。

 素直に詫びをし改めて目を合わせると、今度はまじまじと品定めでもするように観察される。


「……あんた、新しく来た奥様か。キリクを大量に持ってったっちゅう」


 そういえばそんな事もあったな。あの時はスヴェンさんに指示を任せていたから庭師さんに直接許可を取っていなかった事を思い出し、慌てて謝罪をする。

 

「ごめんなさい、遠慮もなく貰ってしまって」

「構わんの。アレは増えすぎて困っとったモンじゃて。アレを欲しがるとは、変わっておるの」

「よく言われるわ」


 いつも通りの評価ににこりと笑顔を返すと、不愛想な顔に刻まれた眉間の皺がわずかに緩んだように見える。

 友好的とは言えずとも敵認定は回避できたようだ。私に対して無関心ながら警戒する様子はなく、己の仕事を黙々と再開する。


「貴方がここの管理をしている庭師さんかしら」

「だの。奥様がこんなところに何用かの」


 作業をする背中に声をかけると振り向くことなく返事が来る。

 この屋敷の人たちは皆丁寧だがあまり私の言葉に応えてくれることがなく、この気難しそうな職人のそっけない返事に思わず顔が綻ぶ。


「私ね、育てたい種があるのだけど、温室の中にちょこっと場所を貸してもらえない?」

「種、ぞな?」


 私には関心がない庭師さんだが『種』と言う言葉が興味を引いたらしく、動かしていた手を止めこちらに顔を向ける。

 ドレスのポケットから取り出した封筒を彼に差し出すと、その中身を手の平に広げしげしげと観察する。

 太くごつごつした指でつままれた小さく丸い粒は、とある植物の種だった。この国では生育していない南方の植物で、魔草の一種である。魔草であることは確からしいのだがその用途ははっきりせず、文献を探しても詳しい事はどこにも書かれていない。ならば自分で確かめようと、ヒース商会の伝手で知り合った旅人に何とか入手できないかと頼んでいたのだが、つい先日ギリアム経由で届いたのだった。


「珍しい種を持っておるの。形からしてタムの仲間じゃな。だとしたら撒くのは水辺がいいかの」

「種を見ただけでそこまで分かるのね、すごいわ! 私、栽培については詳しくないの。もし良かったらお世話の仕方を指導して欲しいのだけど」


 種を映していた瞳がこちらを向き、驚いたように丸く見開いている。髪と揃いの栗色をした大きな、ぐりぐりとした愛嬌のある瞳だ。


「奥様が世話をするんでの?」

「うん? もちろん自分でするわ」


 正直なところ土いじりと言えば前世の幼少期に芋掘りをした経験くらいしかないのだが、プロの指導があればなんとかなるだろう。


「シロウトが簡単に育てられる種ではないの。腐らすのがオチだの」


 ……だめらしい。あっさりと不可を言い渡される。

 さて困った、どうしたものかと腕を組みうーんと唸っていると思いがけない提案が耳に飛び込んでくる。

 

「ワシが引き受けるでの」

「えっいいの⁉ そりゃあそうしてもらえるならありがたいことだけど、私何のお礼も出来ないわ」


 ぱっと顔を上げ庭師さん視線の高さに合わせて腰をかがめて詰め寄ると、「ム」と驚いたように少し後ずさられる。しまった、ドン引きさせてどうする。

 それにしてもこの広大な庭のどれほどを彼が受け持っているのかは分からないが、決して暇はしてないだろう。つい先日に周囲への迷惑を省みろと叱られたばかりでもあり、せっかくの好意であるが少し気が引ける。

 

「おかしなことばかり言うの。奥様の依頼ならワシにとっては仕事じゃて、礼など必要ないモンだの。それに、初めて見る種を育てるのはワクワクするでの」


 私から距離を取りつつも改めて引き受けてくれるという。半分は好奇心らしく、そのいかめしい顔にちょっぴり無邪気さが滲みギャップが可愛いらしい。急な仕事にも気分を害した様子はないようでほっと安心する。


「そう。それじゃあお願いしてもいいかしら。あと私もお手伝いしたいのだけど、決して邪魔はしないから……駄目?」

「……構わんがの」


 こちらのお願いは渋々の了承といったところか。あくまで関心があるのは私ではなく種の方なのだ。

 ともあれ許可は貰った。せっかく珍しい種を植えるのだから、その成長を特等席で見守りたい。

 心の中でガッツポーズを決め立ち上がると早速温室へと向かう彼を追うが、その背がふと立ち止まりこちらに向き直る。

 再びまじまじと観察され、視線が頭からつま先まで行ったり来たりしている。

 その視線につられ自分の姿を見れば、飾り気が少ないとはいえドレスに革靴と言った出で立ちである。明らかに土いじりをするような恰好ではない。抜かったわ、もっとしっかり準備をしてくるんだった。


「急いで着替えてくるわ!」


 庭師さんが何か言葉を挟む隙もなく、くるりと転身し離れへと走りだした。

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