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第二次夫婦喧嘩、勃発 1

 ギリアムの訪問から幾日かたったある日。

 離れのサロンで私に向かい合うように座るのは、嫁入り初日以来に顔を見る公爵様だ。相変わらずの仏頂面で、目を合わせることもなく腕を組みながら座っている。

 私と言えば別にやましいこともないのだが、公爵様が何用なのかも分からずに無用な緊張を強いられ黙って座っている。足の上に置いた握りこぶしに自然と力が入り、じっとりと汗をかいているのが分かる。


(ていうか、いい加減何か言って下さらない?)


 イライラする気持ちを静めつつ、押し黙る。今日は届いた手紙の整理をした後、まだあまり探索できていないこの離れの二階を見て回ろうと思っていたのに予定が台無しだ。

 日は大分高くなり、昼前だというのに随分と暑い。庭に面したサロンには食堂同様に大きく窓が切り取られ、眩しい光を室内に大量に注ぎ込んでいる。

 窓を開け少し換気でもしようかと考えた時、ようやく目の前の男の口が開く。


「随分と空気が良くなったものだ」


 まだ換気してないのだけど? 何のことか分からず黙っていると、話しかけているのか独り言なのかも分からない言葉を続ける。


「模様替えをしたと聞いていたが、それでこんなに変わるものなのだな」


 ああその事か、と合点する。模様替えもといキリクの花乱れ咲き事件により、確かにこの屋敷内の空気は良くなった。公爵様は高名な魔術師らしいので、ちょっとした魔力の流れの変化も当然分かるのだろう。

 私と言えば、使用人さんたちに悪いことをしたと詫びを入れたいところなのに、心証を悪化しすぎたようで誰もまともに相手にしてくれず、暗礁に乗り上げた状態なのを思い出し少し肩を落とす。


「…………」

「…………」


 私の返事など特に期待していなかったのか、無言のままいれば再び沈黙の時間が流れる。本当に何しに来たのか、訝しむようにその顔をちらりと見やる。

 明るい所で久々に見るその姿は相変わらず整っていてきらきらと眩い。


(これは、魔力ではないわね)


 公爵様のきらきらはその銀色の髪や纏う服から発せられるもののようだ。魔力持ちの人間からは僅かに漏れ出る魔力が視えるものだが、それが見えないというのは自身の魔力を完璧にコントロールしているという事なのだろう。魔術師としての技量の高さが窺える。

 だがそれとは別に気になるものも見える。両肩付近にかかる青いモヤは魔力のそれで、公爵様から出ているのではなく恐らく周囲に漂うものが吹き溜まっているのだろう。怪我人や病人に良くみられるその現象は体調不良のサインのようなもので、涼しい顔をしている公爵様だが実は随分とお疲れのようだ。山の如く堆積したそれは背後霊の様にも見え、ちょっとしたホラーを演出している。


(こんな症状に、あのお茶が有効なのよね)


 ぞっとする様な目の前の現象にぶるりと背を震わせながら、顔見知りの商人が置いていった新商品を思い出す。

 丁度そこへメイドさんが給仕にやってきたので声をかけてみる。


「お願いがあるのだけれど、私の部屋にあるお茶を淹れてもらえないかしら」


 私の言葉に「えっ……」と小さく声を上げ、ティーポットを手に持ったまま固まる。……せっかくお茶を用意してきたところなのに大変申し訳ない。

 メイドさんは困った顔で私と公爵様の顔を交互に見ながら狼狽えていたが、公爵様がこくりと頷くとティーポットをワゴンへと戻し一礼。


「それでは只今ご用意いたします」


 そう言い残し、私の部屋へ茶葉を取りに慌ただしくサロンを後にする。

 再び静寂を取り戻したサロンで待つことしばし、すぐにメイドさんが茶葉缶を持って戻ってきた。


「いくつか種類がございますが、どちらをお淹れいたしましょう」

「そうね……」


 息を切らせたメイドさんが、ワゴンに載せた茶葉缶を私の目の前に運びおずおずと尋ねてくる。並ぶ缶をじっと眺め少し考えこむ。


(公爵様は黒の魔力持ちだったはず、ならば相性がいいのは同じ黒の魔力を含んだグラリスの茶葉よね)


 しかし、とちらりと正面を見上げると、その肩の上には青い背後霊が相変わらず重くのしかかっている。あれをぱぱっと成仏させたいならば――


「コラン、トウクサ、ルバルのお茶を同量ずつ混ぜて淹れて下さる?」

 

 私が示したのはそれぞれ黄・緑・赤の魔力を含むお茶で、それらと背後霊の青が混ざり黒となれば公爵様の魔力とうまく馴染むのではないかと言う目論見だ。

 メイドさんに手際よく淹れられた茶は芳しい香りを立てカップへと注がれる。目の前へと置かれたそれを覗き込めば紅茶と緑茶の間のような枯葉色の液体が波紋を描き、同色の魔力がゆらゆらと水面を揺蕩っている。

 ……正直あまりおいしそうには見えない。

 しかし意外にも、公爵様はやや興味深そうに自分の前にも置かれたカップを観察している。私が出した茶など飲めないと突っぱねられるとも覚悟していたがそれは杞憂に終わり、目の前のそれをためらいなく口に運ぶ。

 ドキドキしながらその様子を見つめていると、黄・緑・赤の魔力が解けるように背後霊を包み込むと次第に煤色へと変わり、そのまま公爵様の体に吸い込まれるように消えていった。

 水彩絵の具が溶けて消えるような一連の流れに思わず見惚れていると、二口三口とその茶を味わっていた公爵様が静かにカップをソーサーへ戻す。


「最近街の商会で売り出された魔草茶か。口にするのは初めてだが……ふむ。味は悪いが確かに疲労回復の効果はあるようだな」


 すっかり背後霊が成仏したその肩は心なしかすっきりとして見える。効果は抜群のようだ。

 それにしても売り出したばかりであるはずなのに公爵様が既知であるとは驚きだ。ギリアムのやり手っぷりに思わず感心をする。味が悪いのは恐らく私が適当にブレンドしたからで、ヒース商会の信用を下げてしまうのは宜しくないとフォローを入れておく。


「このお茶は試飲用に頂いたものですの。本来は適当に混ぜて飲むものではありませんから、お口に合わなかったのでしたら申し訳ありませんでしたわ。公爵様は確か黒の魔力をお持ちでしたわね。でしたらグラリスのお茶と相性がいいでしょうから今度そちらもお試し下さいまし」


 うむ、完璧なセールストークだわ! 公爵様のようなお偉いさんが購入して下さればいい宣伝になるだろう。ギリアムの悪人顔が厭らしく笑みを浮かべるのを想像し思わず吹き出しそうになる。

 その公爵様といえば、茶葉缶の一つを手に取り眺めながらぽつりと一言零す。


「試飲用に貰った、か」


 私の言葉になにやら引っかかりがある様で、その目が今日初めて私を捉える。


「ヒース商会のギリアムといったか。随分と懇意にしているようだが」


 変わらぬ表情のままぴりりと棘を感じる物言いは、質問と言うより尋問のようだ。

 一瞬のうちに張りつめた空気の中、ひと呼吸置き言葉を返す。


「ええ、そうですわ。日頃からお世話になっておりますの」


 別にやましいことなどない。事実をありのままに肯定すれば、ふんと軽く鼻であしらわれる。


「世話と言うのは宝飾品やらを貢がれる事か? 見たところお前は身の丈に合わない宝飾を随分と所持しているようだが」


 不機嫌度マックスで嫌味めいた言葉を吐きながら、鋭く向けられた銀色の視線を追えば、その中に私の耳に光る同じく銀色の耳飾りが揺れる。

 早速身に着けているこの耳飾りは、確かにギリアムが持ってきたもので身の丈に合ったものではないが、それにしたって言い方があるだろう。加えて言うなら私が持つ高級品はこれ一つのみで、あれこれ持っているような含みのある言い方はやめて欲しい。

 せっかくお茶で和んだ気がする空気が台無しになり、私の緊張も不満へとクラスチェンジしている。

 ああどうしてこの人と話をする時はこうなるのかしら、と心の中で嘆いてみるが、裏腹に口からは語気の強い言葉が溢れてくる。


「確かにこの耳飾りはギリアムが持ってきた物ですが、貢がれたのではなく購入したものですわ。……婚姻の祝いとの事で割引はしていただきましたけれど。私が彼に融通していただいた高価な品はこれ一つですし、それ以外は正規に取引をしておりますわ」

「安くとて、お前に支払える額ではあるまい。それにその魔石の髪飾りはどう説明するつもりだ。別の男に貢がせたとでもいうのか?」


 すぐさま返された言葉は前半は尤もな指摘ではあったが、後半部分について、ん? と首を傾ける。


「魔石の髪飾りってこれのことですの? これはただのガラスですわ」


 いつものお気に入り装備である髪を留めたリボンにあしらわれているカットガラスに手をやればそれは軽やかに揺れる。自分では見えないが公爵様からは菫色から薄水色に美しく煌めいて見えていることだろう。


「ガラス? ……馬鹿な、それがか?」


 口に手を置き目を細めながら私の耳の上をじっと見つめる。……鑑定の魔術でも使っているのだろうか? あまりの圧にガラスが砕けてしまいそうだ。

 ちょっと逃げ腰になりつつ、なぜ公爵様がそんな勘違いをしたのかと考えてみれば、


「そういえば、ギリアムが魔石の削りかすを混ぜて作ったと言ってたような……」

 

 と以前の会話を思い出す。

 前世の記憶を朧気に思い出しながらギリアムに話したのだ。ガラスに金属を混ぜると色が変わるらしい、ならば魔力を含んだ金属を混ぜたらどうなるのかしら? と。

 その結論がこの魔力を帯びた独特の煌めきを放つカットガラスであり、安価に生産できる宝石の代用品として売り出すと言っていたのだが、そういえば流行っているような話は聞いたことがない。あまり人気がないのだろうか、せっかく綺麗なのに残念だわ。


「……確かに、ただ魔力を内包しただけのガラスのようだな。何かに役立つわけでもなくただ色を変えるためだけに魔力を混ぜるとは、随分と冒涜的な製法だ」


 眉間に皺を寄せたまま呟くその様子では納得したのかしてないのか分からないが、この商品が売れない理由は理解した気がする。まっとうな魔術師様には魔力を無為に扱う事は許せない行為のようだ。後学のためにも覚えておこう。


「そのガラスの製法は、お前の発案か?」


 ……せっかく肝に銘じたところなのに、即行蒸し返してくるとはなんたることか。確かにギリアムが作ったことはぽろっと漏らしてしまったが、その後の回想までは口に出ていないはずだ。

 なんとかしらばっくれられないかと思案し黙っていればさらに疑惑の目を向けられる。


「あの商会と取引をしていると言っていたが、金のないお前が支払う物とはつまりそう言う事なのだろう」


 そう言う事ですね、とさすがに返事は出来ない。この世界に特許と言うものがあるのかは分からないが、協力者である立場上ギリアムに不利益になりそうなことは出来れば避けたいのだ。

 まるっとお見通しといった瞳で穿たれた私は正にヘビに睨まれたカエル、あるいはマングースに睨まれたコブラの様に体が強張る。いや知らんけど。割とパニくってきた頭の中で、カエルがぴょこぴょこと跳ねている。

 挙動不審が極まったころに全身にかかる圧がふっと緩み、はぁぁと長いため息が聞こえてくる。

 目の前に視線を向ければ、組んだ腕をトントンと指で叩く公爵様と目が合う。その表情は怒りや苛立ちではなく呆れに見える。


「ヒース商会ともギリアムという男とも今後は取引する事は許さん」

「……それは何故ですの?」


 突然告げられた言葉に納得できるはずもない。

 急激に冷静さを取り戻した頭に血が上るのを感じながら、今度は私が公爵様をきつく睨み付けた。

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