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異世界恋愛短編集

溺愛されてるらしいけど、取りあえず眠たいので寝させてもらいます

作者: 兎束作哉

   



――――眠い

 

 非常に由々しき自体である。


 ふわって襲う眠気。勝てるわけない。人間の三大欲求の一つである睡眠欲に勝てるものなど存在しないのだ。

 眠い、単純に眠い。

 思考がだんだんと遅く複雑になっていく。これは、危険信号だ。

 いつも持ち歩いている枕を片手に横になれそうな場所を探す。


「あった…」


 目の前に白いふかふかのベッドを見つけた。純白のシーツ、香るフローラルの匂い。

 枕をベッドに投げ捨ててそのまま自分も体を投げる。

 ベッドのシーツは波打ち、羽が宙に舞っているような気がした。フローラルの香りに包まれる。

 そして、数秒もしないうちに夢の扉が開かれる。



「……むにゃ、お休みなさい」





***



 水の国とも言われるエラリア王国のある侯爵の別荘で夜会が行われていた。エラリア王国の貴族はそこに集まりみな踊り歌い、また酒を飲み交わしていた。

 華やかな大広間には自信を着飾った若い男女でごった返していた。

 天上で輝くシャンデリア、優雅に流れるクラシックの音楽、食欲をそそる見た目も美しい料理。貴族らはその空間で優雅な時を過ごしていた。


 そんな華やかな場所から少し離れた所に彼女はいた。

 赤を基調に作られたAラインドレスをきた女性は、眠たげな目で会場を見ていた。



「あら、今日は参加していたのですね」



と、その女性の隣にシャンパングラスを片手に持ったプラチナブロンドの髪の女性が近づいてきた。

 眠たげな目で彼女を見る。



「あぁ~リュウールちゃん久しぶり。もう怪我の方は大丈夫なの?」

「ええ、心配してくれてありがとうございます。跡は残ったみたいですけどリハビリもして今ではこんなふうに自分の足で立つことができますし」



と、女性は笑った。


 白いハイ&ロードレスに身を包んだ彼女は、エラリア王国の元軍師リュウール・レーベンである。昨年の戦いで負傷し意識を失っていたが回復し、同盟を結んだ国、ウェルメシア聖王国が滅んでしまったため軍師を辞退したのである。

 眠たげな目で、リュウールを見ていた彼女にリュウールは質問をした。



「そういえば、ロードさんは何故今日の夜会に?」



 ロード・メテオ=フォンシュ令嬢。


 この別荘の持ち主のリシアン・メテオ=フォンシュ侯爵のご令嬢である彼女は、同い年の伯爵令嬢リュウールと仲が良い。また、彼女の唯一の友人である。

 ロードは、体を横にゆさりながら眠気を誘う甘い声で答えた。



「踊り疲れて寝るのって、本当に気持ちがいいの。だから、きたんだーお父さんには、縁談の話を持ちかけられてるけどー……」



と、ロードは言ってえへへと笑う。


 リュウールは、シャンパンを飲み干して笑った。

 ロードはいつもこんな感じである。

 貴族で在りながら怠惰という言葉がこれほどに合う人物はいないと言うほど怠けていて、またいつも眠たげなめをしており、彼女の頭の九割は睡眠のことで埋め尽くされているのだ。

 ロードが睡眠にこだわる理由は誰にも分からない。だが、彼女はエラリア王国で眠り姫の威名を持つ侯爵令嬢なのである。

 今宵の夜会は、ロードの父が開いたもので、ロードに見合う貴族を見つけるのが目的で開かれたものである。だが、ロードには全くその気がない。

 何度か見合いをしているが、見合い途中に寝てしまうほどで結局見合いは途中で中断されてしまい、一度も成功したことがない。

 何故そこまで寝れるのか不思議である。



「縁談ですか……私も、今お母様を説得しているところです。フェンディルは、もういませんし……」



と、リュウールは言葉を濁しながら言った。


 母に勧められて見合いをした相手フェンディルは自分が軍師を辞退し、跡が残る傷を負わされた相手である。

 公爵の息子だったのにもかかわらず女癖が悪く、また自意識過剰で自己主張が激しい男だった。

 ロードはそんなリュウールを見てにこりと笑った。



「私も、フェンディルと見合いしたことがあるよーあの人イイよーずっと話をしてくれるからすぐに眠くなっちゃって」


 そう嬉しそうに語るロードを見てリュウールはププッと笑った。



「それもそうですね。私も寝れば良かったのかも知れません」



 リュウールはそう言って会場を見た。

 男女が組に成り踊っている。自分はこう言った夜会は苦手で母のためとおもい無理に参加してきた。だが、其れではいけないと気づきリュウールは母に自分の思いを伝えるようになった。

 では、何故今日の夜会に出たかというと……



「リュウール」



 後ろから声をかけられた。

 さっきまで誰の気配も感じなかったのに。ロードは吃驚してひやぁあ。と悲鳴を上げる。リュウールは「あんまり脅かさないでください」と半分笑いながらその相手の方を振り返った。

 右目に黒い眼帯を付けた男。甘い栗色の髪、翠の瞳。



 リュウールはその男を見て微笑んだ。そして、悪戯っ子のような笑顔でわざとらしく彼に聞く。



「何処をつき歩いていたんですか?私を置いて。理由、説明してもらいますよ?グランツ」

「そう、怖い目で見るなって…あれだ、若い女性に捕まってた」



 グランツ・イェッツト。

 エラリア王国出身の凄腕暗殺者。今は休業中である。

 グランツは、リュウールと共に幾度も戦場に出て戦い彼女を最後まで守った男である。彼は、昨年の戦いで左手の神経をやられ、また右目を失った。


 支障はないとグランツは言うが、暗殺業は当分休業である。



「イイですよね。貴方はモテますし?私なんかよりももっといい人探せるんじゃないですか」

「……お前以外興味ねぇって」



 グランツは怒りながらいうリュウールをどうにかなだめようと言葉をかけていた。リュウールは其れを嬉しそうに受け止めていたが許す気は無いようだった。わざと、その言葉を聞くために。

 二人のやりとりを聞いていたロードはグランツとリュウールの顔を交互に見て何かを察したように、手を打った。



「二人は付合ってるの?」



と。グランツとリュウールは二人してロードの顔を見た。

 その顔は固まっており、数秒も経たないうちに顎の下から頭の先まで赤くなった。



「……つ、付合ってませんよ。そんな関係じゃないですし、別に!」



 リュウールはそう全力で否定していたが、燃えそうなほど顔が赤くなっておりロードは其れを見てまた楽しんでいた。

 グランツの方も挙動不審で、おどおどとしていた。



 魔力が暴走し、自我を失ったフェンディルとの戦いが終わった後、リュウールに思いを伝えるはずが、意識が戻ったのがほんの一ヶ月前で記憶も曖昧だったためそのことをすっかりと忘れていたグランツ。

 そのためまだ二人は互いの気持ちに気付いていないのだ。

 あの日、二人は死んだと思っていた。自分たちでも死を確信していた。


 だが、目が覚めたらレーベン邸のベッドの上で、傷も跡は残っているものの完治していたのだ。誰かが、自分たちを助けた。

 二人は、エラリア王国へ向かうゆるやかな山の上で倒れていたらしい。血を流して倒れていたというので二人はすぐにエラリア王国の病院へ連れて行かれた。

 リュウールはすぐに目を覚ましたがグランツの方は重傷で遅かった。

 しかし、どちらも命に別状なく奇跡とも言えるほど助かったのだ。



「別に俺は……」



 グランツはリュウールを横目で見ると、彼女から視線を逸らした。

 ロードは首を傾げ、また何かを思い出したかのように顔をパッと明るくしてかけだした。



「ロードさん何処に?」

「踊ってくるの。眠くなってきちゃったけど、まだこれじゃ熟睡できないの!」



と、ロードは振り返っていった。


 リュウールは彼女をとめることなく見守った。

 ロードは安眠のためなら何でもする。

 ロードは寝ることに関しての知識を沢山持っておりその知識は計り知れなかった。また、手段を選ばず自分が寝ることができるのなら馬小屋にだって入った。



 ロードは会場内で踊りの上手そうな人を探した。


 ロードは男嫌いではないのだが、極力人と接しないようにしている。理由は、人と接する時間があるのなら安眠のために費やしたいからだ。また、付合ったりでもしたら寝る時間が削られる。確かに、パッと暴れた後気を失うぐらい疲れて寝るのはいいかもしれない。だが、寝る時間は完全に削られてしまう。それだけは、回避したかったのだ。

 ロードは、紫色の長い髪を揺らしながら会場内を歩き回った。

 誰もロードに声をかける人はいなかった。


 可愛くない、という理由ではなく手を出すことが許されないようなオーラを纏っているからだ。そして、ロードは非常に面倒くさい性格で彼女と踊ったとしても彼女に利用されただけで終わってしまうから。

 エラリア王国はロードの性癖の事については誰でも知っている。

 ロードは自分から声をかけなかった。このみの人がいなかったという理由ではない。この次の次に流れる音楽が一番今日の中でテンポが速く疲れるからだ。



 其れまでは探す振りをしている。

 だが、その曲までに探さないといけないのでロードはずっと歩き回った。勿論これも体を疲れさせるためである。



「疲れた後、ドレスをバッと脱いで下着で私の部屋のベッドで寝るのは最高なの!」



と、一人ニヤニヤしながら歩いた。



 ロードの部屋は、寝るためだけに用意されたと言っても過言ではない。彼女の部屋にある大きなキングサイズのベッド。誰かと一緒に寝るわけでもないのにその大きさ。また、毎日シーツと枕は洗い全て洗濯済みの状態にしてある。部屋はエラリアで作れる最高の防音素材で作られており、鍵は二重になっている。何人たりとも自分の睡眠を邪魔させないのだ。

 ロードのお気に入りは、大きなディティベア。これは、自分が産まれたときにもらったもので在り、この年までずっと使い続けているものだ。にもかかわらず、毎日いい匂いがして、よだれ一つシミ一つついていない。


 そして、ロードの必需品。ロード愛用の枕は、自身で作り、また自身で洗濯をしているまさに完璧な眠りを得るために作られた武器なのである。



「……誰か、いませんかー私の安眠のためにー……」



 ロードはスキップをしながら会場を歩いた。その方が、体力を使い、自分の理想の眠りを実現できるからだ。

 ロードは、会場を見たが全く誰とも目が合わなかった。

 皆、ロードを見るとすぐに視線を逸らし平然を装い食事をした。誰もロードの安眠の糧になりたくなかったのだ。

 ロードは少し腹を立てながらテラスの方にでた。するとそこには一人全く場違いのような雰囲気を纏った男が立っていた。

 黒髪で長身、綺麗な碧い瞳。だが、その顔は険しく、目つきは狼のように鋭かった。もしかしたら噛みつかれてしまうかも知れない。と、ロードは思いながら声をかけた。



「あの……」

「あっちに行け」



と、男はロードの方を見ずにそう言った。


 気配を感じたのか。全く人を寄せ付けないオーラを纏った男はそう言ってため息をつく。美しい整った顔にさす影。なんだか、人生に疲れているという感じがした。

 ロードは、もう次が自分が望んでいる曲だというのでどうしてもこの男と踊ろうと決めたのだ。ロードは男の正面に来て顔をのぞき込む。


 男はロードと顔を合わせなかった。



「なんで!私と踊るのがそんなにいやなの!私がロード・メテオ=フォンシュだから?」



 ロードがそう自分の名前を言うと、男の眉がピクリと動いた。ほんの一瞬で、ほんの数ミリだったが。

 男はさっきの仏頂面とも言えない何とも険しい顔でロードを見てつぶやいた。



「ロード……リシアン侯爵のご令嬢か……噂には聞いていたが」



 吐息混じりなその声はとても美しく、どんな音楽よりも耳に残りまた心打たれるものだった。

 だが、ロードには全く関係ない。

 ロードはそうだけど。と答えて男の服を引っ張った。



 格好からして騎士……なのだろうけれど、とロードは思ったがまたこれも関係なかった。自分の安眠の糧となれと暗示をかける。


 男は、ロードの手を優しく払って彼女を見下ろした。

 身長差がありすぎて見下す形になるのは仕方がないことだった。ロードは、期待の眼差しを男に向けた。

 わくわくそんな効果音が聞えてくるほどだった。男は、頭を抱えため息をついた。



「お前は俺のこと知らないのか……」

「誰でもイイから!次の曲踊るの。踊るのー!」



 男の話を全く聞かないロードは、男の服を引っ張るばかりで安眠のこと以外頭に全くなかった。

 曲は終わりに近づき、指揮者が手を下ろす。

 もう時間がない。とロードは男に上目遣いをする。ここで逃げられたら安眠が遠ざかってしまうから。ロードは男の服を離さなかった。



「誰でもイイと、本当にそう思っているのか?」

「もう、始まっちゃうの。私、じゃないと今夜眠れない!」

「……はぁ」



 男はまたため息をついてロードを見た。

 ロードの目には涙がたまっており、今にも泣き出しそうだった。泣き落としではない。ロードは、自分のプランが、安眠への道が今阻まれようとしているためどうしても其れを回避したかったのだ。自分の安眠が邪魔される。



 ロードは、男にその潤んだ瞳を向けた。

 男は何も言わなかったが、ロードの手を引いて会場へと歩いて行った。

 ロードの顔がパッと明るくなった。

 これで、安眠への道は開かれた。

 男はロードの手を無理矢理引きながら人をかき分けて会場の真ん中へと彼女を連れてきた。丁度曲が始まったばかりで、男女の組になって貴族らはワルツを踊り始めている。



 ロードは、自分の狙ったテンポの速いワルツを自分のペースで踊り出した。

 ロードは夜会に出ることはあるのだが、踊りが上手いとはとても言えなかった。人の事なんて考えず、自由に踊る彼女に合わせられる人間はいなかった。

 ロードは男の手を引っ張りながら、彼の足をヒールのくつでふみ逆の方向へ回る。だが、男は顔を変えずロードに合わせていた。


 揺れる長い髪は、シャンデリアの光に照らされ星のように瞬き輝いた。ドレスの布は花のように開き、彼女がならす靴の音はある意味音楽を奏でていた。

 いつもより美しく踊るロードの姿に、皆が釘付けになる。


 何故、ロードがこれほど注目されているのか。ロードにとっては其れも関係ないことで在り、丁度疲れてきた頃だった。

 いつも自分が男を連れ回し踊るとき、限って曲の中盤ぐらいには相手は息を切らし途中で辞退してしまう。そのため、一度も最後まで踊りきったことはなかった。

 ロードは眠たげな目で男を見上げた。

 心なしか、上がっている口角。影をおとしたまつげ、全てが美しく恐ろしいほどに整った人であった。


 ロードは瞬きをする。



(どーこかで、あったこと…あるんだけどなぁ)



と、男の顔をのぞき込んでいるとロードはまた、そのくつで男の足をふんでしまった。男は顔をしかめることも、眉を動かすことも何もなく踊り続けている。ロードの無茶苦茶な踊りを誘導し、彼女が綺麗に踊れるように仕向けていたのは彼だった。


 ロードはそんなことを知らずにただただ思うままに踊っていた。

 曲は終わり、会場にいた皆から拍手が送られた。

 ロードは、固まりながら男の顔を見た。彼は、目を合わせることもなく何処か遠くを見ていた。横顔も絵にかいたように美しく、思わず目も心も奪われた。

 そして、ロードはふと我に返り自分が疲れ切っていることに気付くとやんわりと笑い男にお辞儀をしたあと、振り返りかけだした。



「おい」

「やったぁ~帰って寝るぞ」



と、ロードはさっきの男の顔なんかとっくに忘れて自宅へ帰るため裏口へと走って行く。男はロードの跡を追いかけていた。

 青薔薇の咲き乱れる別荘の裏庭で、ロードは髪も服も乱しながら裏口を目指して走っていた。走ればまたそこで体力を使い、熟睡できるから。安眠のためなら何処へでもロードはかけていくのだ。

 ロードは、薔薇をかき分けて、小さな木の扉を見つけ顔を明るくした。



「あった。ここから帰ったらー十二分かーまあまあだなぁ」



と、ロードは独り言をつぶやきながら、地面に手をつきながらその木の扉を開けた。

 別荘からロードの家までは、凡そ十二分で、馬車を使えば五分もかからない。だが夜会が終わるまでは馬車はでない決まりになっているためロードは徒歩で帰るほかなかったのだ。

 ロードは、その小さな頭で考えた。

 すると、後ろから腕を捕まれてた。後ろを警戒していなかったため、思わぬ辞退に思わず悲鳴を上げてしまう。



「うひゃぁッ……な、何するんです!」



 そこにいたのは、先ほどロードと踊っていた男だった。男は、今にも怒鳴りそうな、はち切れそうな怒った顔でロードを見ていた。

 ロードは男の顔を見て、誰だこいつと自分の中で問いかけていた。

 ロードがあまりにも黙っているので、男はため息をついて彼女に話しかけた。



「お前、礼の一つも言えないのか」

「えっと、ありがとうござまいます。眠いので帰らせてもらいます、では――って痛い、痛い。引っ張らないでぇ」



 ロードはぺこりと頭を下げ帰ろうとしたところ、また男に腕を捕まれ引き寄せられた。男の力は強く、腕がもげそうでロードは涙目で男の方を見た。

 礼は言ったし、何か気ににさわるようなこと言ったのだろうか。


と、ロードは考えたのだが何も思いつくことがなくもう一度男の顔を見た。

 鬼も泣くようなその恐ろしい顔を見て、ロードは涙した。



「私悪くないもん」

「……お前」



 男はうなるようにそうつぶやいて、ロードを睨み付けた。

 蛇に睨まれた蛙というのはこんな感じなのだろうか。ロードはすっかり小さくなってしまい、真っ赤な顔で俯いていた。

 元々は人見知りで、男の人と何て話したことがあまりなかったロードは何故自分が問い詰められているのか、また、こんな風に説教じみたことされているのか想像もつかなかった。



(早く帰りたい……私の部屋!)



 ロードは、ただそれだけを思い俯き、枕と睡眠のことを考えた。その内に、うとうとしていき、目も開けていられないほどになった。



「――大体お前は貴族で……っおい。寝てしまったのか……」



 ロードは、そのまま地面に伏せるような体勢で寝てしまった。

 さすがに体力の限界で、人の話なんて聞ける余裕もなく。ロードはそのまま眠りについてしまった。男は、どうしたものかと頭を抱え彼女を抱きかかえた。



「……むにゃぁ。安眠万歳」



と、寝言をつぶやくロードであった。





***



 翌朝。


 ロードは規則正しく、七時には起きた。

 ロードは目覚めが良い。そして、規則正しく時間切ったリに起きることができる。目が覚めると、そこは自分の部屋のあの大きなベッドの上だった。

 昨晩のことはあまり覚えていない。

 ロードは、部屋にある三面鏡の前に立って髪を整えていた。服は誰が着替えさせたのだろう。いつもは着ないピンクのワンピースパジャマ姿の自分がうつった鏡を見てロードは眉をひそめる。

 どおりで、いつもより一分早く起きてしまうわけだ。



「許さない……絶対許さない」



 ロードは、赤いフリルがあしらわれた服を着て部屋の鍵を二つ開け皆が待つリビングへと足を運ぶ。

 足はいつもより重く、そして歩くたびに痛む。昨晩、踊った記憶はあったし安眠のために歩き回った記憶は勿論あった。だが、それ以上のことは思い出せなかった。

 熟睡できたのは確かだったが、パジャマで寝るなんて…とロードは歯がみする。

 リビングの扉を乱暴に開け、ロードはソファーに座っていた父親を睨み付けた。



「お父さん!私なんでパジャマで寝てたの?」

「おはよう。ロード……昨晩のこと覚えていないのかい?」



 父は変わらぬ笑顔でロードを見てそう言った。

 向かいに座っていた母もクスクスと笑っている。ロードは何が可笑しいのかと腹を立てて、もう一度問い詰めた。



「鍵は自分でかけたような記憶、あるけどぉ。でも、誰がパジャマに!私は、下着で寝るのに」



と、ロードは主張した。


 母は「まあ」と声を漏らし、父の顔を見合わせた。

 ロードは可笑しいことを言っていないから、誰が部屋まで連れてきたのかと聞くが父も母ももったいぶって教えてくれなかった。



「もういいもん」



 ロードは、そう言って、ソファーにあったクッションを投げつけて部屋を出た。

 まだ眠く、部屋を出た後には怒っていたこと何てすぐに忘れてしまっていた。だが、パジャマで寝ていたことはどうも引っかかっているようで、そのことだけは忘れなかった。

 長い廊下を歩きながら、昨日のことを一生懸命思い出そうとロードは小さな頭をフル回転させる。眠さもあって、回らぬ頭を必死にまわしながら思い出す。



「何か、男の人に怒られた記憶あるんだよなぁ」



と、誰だが知らない黒髪の長身男の顔が浮かんだ。だが、其れが誰だったのか、またどうして人見知りの自分がその男と一緒にいたのか思い出せなかった。



 夜会に出たのは、安眠、安眠のためだった。

と、ロードは思いつつ家を出た。



「ロードさん!」



 家を出ると正門の方にリュウールとグランツを見つけた。

 白いミニドレスを着たリュウールがロードに手を振っていた。ロードは、先ほどのことはまず置いておいて、と駆け出しリュウールと合流する。



「おはよ。リュウールちゃん」



 ロードはリュウールに挨拶をして、グランツに頭を下げた。

 リュウールは、にこりと笑って挨拶を返すと、ロードにヒソヒソとこんなことを言った。



「ロードさん、昨日踊っていた相手のことなんですが……」

「……えーやっぱり踊ってたの?」



と、ロードは奇想天外な返答を返す。

 リュウールは呆れたようなかおをした後、深刻そうに話を続けた。



「エラリア王国で第一の権力を持つ貴族、アフターヌ公爵の息子さん…アルファ様じゃなかったですか」



 リュウールはそう言って、ロードの顔を見た。

 アフターヌ公爵は、エラリア王国で第一の権力を持ち、エラリアの貴族をまとめる長的な存在。父は、エラリア王国の騎士団の団長で、母はエラリア王国貴族会の会長。その息子である、アルファ・ニティア・エーディギルとロードは昨日踊っていたというのだ。

 何故、そのアルファがロードたちが開いた夜会に参加していたかは不明で、またアルファはエラリア王国では名の知れた剣士。そして、一匹狼で人嫌いなのである。

「えー誰それ」と、ロードは話に興味のない素振りを見せて歩き出した。リュウールとグランツはその後をついて行く。


 ロードの隣でリュウールはまだ話を続けた。



「ですから、貴方が昨日相手した人は公爵の……」

「別に関係ないもん。私はー安眠のためだったら何でもするよ」



 ロードはそう言って笑った。 

 リュウールは、あっけにとられて何も言えなかった。

 最高貴族である、エーディギル家の長男と何のためらいもなく恥じらいもなく踊っていたロードをリュウールは心配していたのだ。


 また、あの一匹狼であるアルファが自分よりも格下の貴族であるそれもロードと踊る事なんてあり得るのだろうかと思ったからだ。アルファとは何度か顔を合わせているが、彼と目が合ったことも、口をきいたことも一度もなかった。人嫌いで、また極度の女嫌いでもあるあのアルファが何故。

 リュウールは、グランツに話を振った。



「グランツは知ってますよね。アルファ様のこと…綺麗な方なんですけどね」

「……ロードと何で相手したかって?知らねぇよ」



 グランツはそうぶっきらぼうに返した。リュウールはつれないですね。と言った後、ロードを見た。眠そうで、今にも寝てしまいそうな彼女を見てリュウールはため息をついた。



「でも、私。その人のおかげで安眠できたよー」



と、ロードはリュウールに向かっていった。

 パジャマだったのは最低の中の最低だった。と付け加えて。

 すると、リュウールは何か思い出したかのように、あ。と声を上げてロードの肩をつかんだ。ロードの肩がはねて、彼女の目は泳ぐ。また、何かしたのか。と挙動不審に成り、ロードはリュウールを見た。



「ロードさん貴方、アルファ様に運ばれていた気がします」

「んー……ああ!ハンモックみたいにゆらゆら揺れててーあの人のリズムは子守歌みたいだった」



と、ロードは嬉しそうな顔でリュウールを見た。

 ロードは、家にどうやって帰ったかは覚えていなかったが、誰かに抱きかかえられて揺られながら帰ったのは覚えていた。

 それが、ハンモックが揺れるように、またその歩くリズムが子守歌を奏でるような感じでと、ロードは昨日のことを思い出しつつあった。熟睡できたのはそのためだったか。と、感心したようにロードはうんうん。と頷いた。


 リュウールは、そんなこと……とロードを見た。



「だってあのアルファ様が」

「しんないもん……私」



 リュウールはロードの肩をつかんでゆさりながら「あぁあ」と悲鳴じみた何かを叫んでいた。グランツは、白い目でリュウールの姿を見ながら、ロードと目が合った。

 ロードは、リュウールを落ち着かせた後、彼女の肩をぽんと叩く。



「あのね、リュウールちゃん。彼がいる前で他の男の話はしちゃダメだと思うよ」

「え、あ、えぇ」



 リュウールは言葉を詰まらせながら真っ赤な顔でグランツを見た。グランツは平然を装っているようだったが、口の中で飴をかみ砕き、貧乏揺すりをしていた。

 リュウールはやってしまったと、一歩下がり、グランツの方へと寄った。

 ロードは、その様子を見てまた笑う。



「じゃあ、私そのアルファ?って人にお礼言わなきゃだね!」

「え、ですが」



と、リュウールはとめようとして、ロードの後ろを横切る長身の男を見つけた。それは、あのアルファだった。

 リュウールは思わず、あ。と指をさし、「そこにいます」とロードに言う。グランツは、呆れながら「指さして言うことか」と笑い、リュウールの頭を撫でた。


 ロードは振り返り、その男の顔をじっと見た。

 仏頂面…険しく常に怒っているようなその何とも恐ろしい顔は視たことがあった。昨日、踊った相手。

 ロードはかけだして、その男の方へ走っていく。リュウールたちは、其れを見守りながらあれ、こけそうじゃね?と心配しいた。





***



「ふへぇ。やっと追いついた」



 ロードは息を切らしていた。

 目の前には、ロードに気がつかず歩いて行く男がいる。ロードは、こちらに気付いていないことを悟ってアルファの服を引っ張った。力強く引っ張った。服の装飾はちぎれそうで、いつもならしないような音を鳴らしていた。

 男は、振り返りロード見下ろした。その目は、狼のように鋭く殺されそうな、殺気立っていた。

 ロードは、震えながらもいつもの脳天気な口調で話しかけた。



「昨日ありがとう!貴方のおかげで熟睡できたわ。ハンモックみたいに揺られて、子守歌みたいなリズムで歩いた貴方、本当に素敵!」

「…お前は確か昨日の」



と、アルファもロードのことを思い出したかのように、彼女を見た。

 ロードは、自分も彼のこと思い出し、そういえばこんな顔でこんな声だったなとアルファの顔を見上げた。低音ボイス。それでも、冷たくまた心に刺さり響くようなその美声を聞いて、ロードはこの人が子守歌歌ったら、絶対に寝れないなぁ。と苦笑いした。

 そんなロードを見て、何だこいつ。とでもいうような顔をしてアルファはロードの手を払った。



「リュウールちゃんから聞いたんだけど、貴方公爵の息子さんのアルファって言うのね。通りで踊りが上手いわけね」

「……お前が下手なだけだろう」



と、アルファは冷たく吐き捨てた後ため息をつく。

 ロードはまたアルファの手を握って彼を見上げる。上目遣いになるのは、身長の差があるからだ。狙ってなどいない。



「えーでも、私昨日のダンスは上手かったって言われたの。てか、私は上手いけど他の人が下手なだけで……」



と、何を言っているのか、ロードは自分は下手ではないと主張を始める。 

 そんなことを言っているうちにまたロードはうとうととし始めて、アルファにもたれかかった。



「おい……昨日もそうやって寝ただろう」

「睡眠欲には勝てないのさ……」



 ロードはアルファにもたれかかりながらそう甘ったるい声で言った。眠さで呂律も回らなくなり、力も入らなくなっていた。

 先ほど起きたばかりだが、ロードは何かで体力を使うとすぐに眠くなってしまう。

 そして、ロードはどこからともなく枕を取り出した。白い、鳥の羽で作られた枕である。アルファは目を丸くした。



「何故、お前は枕を持っている?」



と、アルファはロードに訪ねた。

 ロードは「ロード・メテオ=フォンシュ…お前って嫌だな」とつぶやいた後、アルファの目の前にその枕をつきだした。ふかふかさをアピールするために、両手で枕の強度を主張する。その枕は、とても軽く、また花の香りがし、シミ一つない純白の枕だった。そして、その柔らかさは雲とたとえるほかないほどふかふかで、自分の頭の重みもしっかり吸収してくれる優れものだった。


 ロードは自慢げに胸をはって言う。



「枕は必需品よ!」


と。

 そんな、どや顔で言われてもどうにもならないとアルファは心底呆れた顔でロードを見ていたが、そんな彼女からどうしても目が離せなかった。

 ロードは、一人ごとのように枕と睡眠の話を始めた。その話をしている彼女はとても生き生きとしており、愛くるしかった。

 アルファは、その話を受け流しながらロードの枕に触れた。



「……柔らかいな」

「でしょ!これ、自信作なの」



 ロードは枕を褒められたことで有頂天になって、アルファに詰め寄って目を輝かせた。ロードの枕は、手作りで自分に合う高さ、強度、匂いに設定してあり世界に立った一つしかないロード専用の枕なのである。

 鼻腔をくすぐるその香りは、ロードが絶妙にしみこませたオイルから発せられるもので在り、これもまたロードが調合したものである。女性は勿論、男性でも嫌にならないほどよい匂いなのである。

 ラベンダーを基調としているが、熟睡するために他の花や果実の匂いも取り入れている。毎日、洗い流し、使えなくなった羽は捨て入れ替えをしている。



「アルファも一緒に寝ようよ。いいところ知ってるの」

「俺はいい……」

「いやだ、一緒に寝るのー」



 ロードは、アルファの手を引っ張って走り出した。眠いのではないのか。とアルファは、驚いた顔で彼女を見ていた。

 小さな体で、小さな手でロードはアルファを引っ張っていく。



 寝るためなら何処へでも――

 それは、ロードが常に心の中で思っていることである。



 一、寝る。

 二、寝る。

 三、寝る。



といった所だ。

 ロードは、安眠のために、熟睡のために色々な技を極めてきた。そして、安全な場所なら何処でも寝られるという技術を身につけたのだ。

 ロードは一番お気に入りの場所へアルファを連れて行こうとしていた。丁度、昨日のお礼がてら最高の眠りを届けてあげようと思っているのだ。



「何処へ連れて行くつもりだ」

「ちょっとそこまで」






***



「上手くいきますかねー」

「ロードのことか?」



 エラリア王国の穴場スポット、ある喫茶店でリュウールとグランツはお茶をしていた。ハーブティーを頼んでいたリュウールは、それに合う茶菓子を選び皿にのせ帰ってきたところだった。

 椅子に腰をかけ待っていたグランツは、皿に盛られたスコーンとクッキーの量に驚いて思わず「太るぞ」と問題発言をしてしまった。リュウールは、持っていたティースプーンでグランツの花を一発叩いてハンカチで拭き「女性に何を言ってるんですか」と少し頬を膨らまして返した。

 グランツはそんな彼女も愛おしくつい頬を緩ましてしまった。


 心の中では「女じゃねぇよ、やっぱり……」とつぶやいて。

 ハーブティーが届き、リュウールはカップの縁に口を付けながらグランツの方を見た。

 友であるロードのことはとても心配だった。

 天然で、脳天気で、また積極的で世間知らずな彼女があのアルファとやっていけるのだろうか。泣かされたりしていないだろうかと。



「こう見えても結構心配しているんですよ。あの子、目を離すと危ないことしますから」

「貴族様々だな」



と、グランツは他人事のようにいって、リュウールがとってきたクッキーを口に運んだ。

 リュウールは「別にそういうわけじゃ」と言葉を濁し、スコーンに手を付ける。



「私は軍師として、アフターヌ公爵の騎士団の人とアルファ様と……顔を合わせていますが、アルファ様本当に人の話は聞かないし、人を寄せ付けないんですよね」

「ん?なら、ロードに一目惚れしてんのか?あいつ……」

「それはどうでしょう。彼に限ってそういうことってあり得るのでしょうか」



と、二人は会話を交しながらお茶を楽しんでいた。

 あの悲劇以来の至福のひとときであった。





***



 小さな公園。本当に小さな公園だった。

 小川が流れ、鳥が歌を歌い、草花が生き生きと咲き乱れている。

 エラリア王国にこんな美しく小さい公園があったなんて知らなかった。と、ロードに連れてこられたアルファは思考が止まっていた。

 ロードは、大きな楠の下で手を振っていた。



「こっち!」



 アルファはふと我に戻ってロードのいる方へ歩いて行く。

 自分のまわりを青い鳥が飛び回り、まるで歓迎しているようだった。アルファは、ロードの隣で腰を下ろした。

 ロードは、そんなアルファを横目に芝生の上で寝転んでうーんと、両手両足を伸ばしてもう一度アルファを見た。



「ここで、こうやって伸びて寝るの」



と、アルファは、言ってロードから視線を逸らした。「もったいないなー今日は昼寝日和だよ」とロードは言って目を閉じた。



「こうやってね、寝ると……自然と一体化する感じで――むにゃ……眠い」



 言葉をつむぎながらロードの目はだんだんと閉じていく。

 アルファはそんなロードを見ながら目を閉じた。木に背を任せて。するとロードはいきなり目を覚まし、「ダメ」と大きな声で叫んだ。

 鼓膜が破れると、アルファは不機嫌で、また怒った顔をロードに向けた。しかし、ロードはひるまず、自身の枕を取り出してアルファに差し出した。



「それじゃ寝られないの。これつかって」

「だから、俺は寝ない「やだ、アルファと寝るの」……仕方ない」



 戸惑いながらアルファはそのロードの枕を受け取り、ロードの顔を見た。彼女の目は輝いているが、コテンと意識を失って夢の中へ落ちた。

 アルファはため息をつきながらその枕を頭の下に引いて目を閉じた。枕からかすかに香る花の香り。それは、ロードと同じ香りだった。彼女の香りが枕にも染みついており、その香りは眠気を誘う。



「……こいつと同じ匂い」



 眠気を誘うのはそれだけじゃない。

 丁度いい気温、耳を通り抜ける小川の音。たまにははねる魚たちが。鳥の声、羽音も全てが眠気を誘う。また、ロードの言ったとおり、こう地面に背を付けていると自然の中に溶け込むような不思議な感覚におそわれるのだ。

 アルファは、小さく欠伸をした後ロードを見た。霞ゆく視界。瞼がいつも以上に重くそのまま彼も夢の中へ落ちるのだ。





***



 目が覚めたのは、夕日が沈み始めた頃だった。

 一体、何時間寝ていたのだろうか。



「……んーおはよ。アルファ」



 先に目が覚めていたアルファに目を擦りながらロードはそう言った。アルファはツンとしながら「いつまで寝ている気だ」と言い沈む夕日を眺めていた。

 碧い瞳にできる影、そこにうつる形を喪った夕日。ロードはアルファの横顔を見て、彼が先ほどより機嫌がいいのではないかと顔を明るくした。これで、恩返しができたのだろうか。ロードの視線に気付いたアルファは、彼女を睨み付けて「何だ」と聞く。正しく言うと睨み付けたわけではない。彼の目が鋭すぎて横から見ると睨まれているように思えるのだ。


 ロードは、アルファに嬉しそうに聞いた。



「熟睡できた。できたね。できたよね」



 期待の眼差し。ロードからあふれ出てくるキラキラとしたオーラ。アルファは、頭を抱えて、思いため息をついた後ロードを見た。

 碧い瞳はロードを捉えた。



「久しぶりにな」



と。そうアルファは答えた。

 ロードは、その言葉が聞けただけで嬉しくてアルファの膝の上に頭をのせた。



「何をするんだ」

「膝枕~えへへ」



 子供のような無邪気な愛らしい笑顔を向けられてアルファの思考は止まる。

 ロードは、嬉しそうにアルファの膝の上で頭を転がす。安定感のあるアルファの膝の上で、また眠気に襲われロードはまた眠りにつく。



「おい、まだ寝るつもりか……」

「アルファがいるから~……安心して~寝れるーのー……」



と、ロードは言い残し眠りについた。

 アルファはまたため息をついて、ロードの透き通る紫色の髪に指を通した。さらさらと流れるその髪からも花の匂いが香る。

 ロードは本当に幸せそうに眠っており、アルファはほんの少し頬を緩ました。

 だが、この状態をどうにかしなければならなかった。

 ロードには門限というものがあるだろうし、自分の家に連れ込むわけにも行かなかった。誰かに引き取ってもらうほかなかったが、アルファのネットワークの中に頼れる人物も友人の一人すらもいなかった。

 アルファは、仕方なくロードを抱きかかえて彼女の家に向かうことにした。日は闇に飲まれ、辺りはすっかりと暗くなっていた。街の街灯がぽつぽつとつき始め道を照らしている。

 その道をアルファは通り、彼女の家の近くまで来た。


 しかし、この状況もこの状況で可笑しかったためアルファは歯をきしませながら裏口の方で突っ立っていた。

 もし、使用人が出てきたりしたら何と説明すればいいのか。

 そもそも、人と喋ることなど考えてすらいなかった。



「全く、何故俺がこんな目に……」



 街を出歩けば、昨日のことすら覚えていない奴に遭遇し、一日の半分を昼寝にとられそして、寝てしまった彼女を送り届ける役まで。アルファは全ての計画がずれたと、苛立っていた。

 すると、裏口が開き誰かが出てきた。

 服装からするに、この家の使用人と思われる。使用人の女性は、アルファに気付くと目を丸くして、瞬きをした。黒いツインテールが揺れ、そして、小刻みに震えている。



「え……アルファ様?」



 使用人がそう言って自分の方へ近づいてくるので、アルファは一歩下がりながら重たい口を開きロードを差し出した。

 使用人は頭を下げてロードに肩を貸し受け取ると、アルファを見た。アルファは何処か遠くを見ているようで、使用人と目を合わせようとしなかった。



「このことはくれぐれも秘密にしてくれ」



 使用人は言葉もでずにコクリと頷いて、アルファを見た。

 そう言葉を吐き捨てた後、アルファは夜の闇の中に消えていった。

 





***



 目覚めは悪くなかった。

 ロードは、自室で目覚めた後、しっかりと下着の状態で寝ていたことを確認しガッツポーズを決めた。あの使用人に部屋まで連れて行ってもらった記憶も在り、その後着替えてベッドにダイブしたことも覚えている。

 ロードは早速その使用人を自室に呼び出し、ベッドの上で大きなディティベアを抱きかかえながら待った。しばらくしてあの使用人がロードの部屋に来ると、彼女はすぐに部屋の扉を閉めてロードの方へそそくさと寄ってきて問い詰めた。



「ろ、ロード様。何故、アルファ様と一緒にぃ!」



 使用人は昨日のことを話していた。気が動転しているようで何を言っているのかさっぱりロードには分からなかったが、アルファ。という単語が聞え、ロードはきだるそうに「ああ」と声を漏らして、ディティベアに顔を埋まらせた。



「アルファと一緒に昨日寝たんだーアルファ全然寝ていないようだったし」

「寝た?」

「うん。木陰で」



と、ロードは使用人と目を合わせてそう言った。

 使用人の目は点になっており何度手で仰いでもこちらの世界に戻っては来なかった。

 ロードはまあいいかというように、ベッドの上を整えて部屋から出ようとした。



「ロード様。そのことは、お父様にはどう説明を?」

「うーん……しなくていいや。じゃあ、行ってくるね」



 使用人がロードを引き止めたが、彼女は鼠のように素早く其れを交し部屋から出て行ってしまった。

 使用人は、ロードとアルファがどんな関係なのか分からなかったが、あの一匹狼で最高貴族のアルファが何故ロードと一緒にいたのかそれが不思議でたまらなかった。こうしてはいられないと、使用人はロードの後を追った。



 玄関口で沢山の使用人(女性)が群れていた。

 ロードは長い廊下を通った後、外出のために玄関まできていたのだがいつもは見られない光景に首を傾げた。

 使用人たちがキャッキャ、キャッキャと騒いでいて、何事かとロードは飛び跳ねながら彼女らの視線を追った。視線の先にいたのは、アルファだった。ラベンダーの花束を抱えて身だしなみを整えてでも、仏頂面で立っていた。


 ロードは、このためか。と、半笑いして裏口へとそろそろと足を進ませた。何故朝から彼が自分の家を訪れているのかは分からなかった。それに、ロードにはアルファに捕まったらどうなるか分からないという、なんとも言えない気持ちがあったからだ。

 しかし、逃走経路はすぐに駆けつけたさっきの使用人に阻まれた。



「ロード」



と、後ろから自分の名前を呼ばれた気がしてロードは恐る恐る振向いた。

 碧い瞳と完全に目が合い、ロードは眉をひそめた。

 彼と目が合ったしまい、逃げようにも逃げられない状態になってしまったからだ。使用人たちは、ロードとアルファを囲うように隅へよけると二人をじっと見ていた。

 ロードは、小刻みに体を震わせながらアルファを見上げた。


 鬼のような世にも恐ろしい顔。

 ロードは自分の目に涙がたまっていることに気がつき、顔を赤くした。今にもこぼれてきそうだったから、ロードは必死で顔を引っ張った。



「何のよう……なのですか。私は忙しいのですけど……」

「お前に会いに来た。昨日の礼だ」



と、大量のラベンダーの花束を差し出されロードはまたぶるっと体を震わせる。

 何を考えているのかわからいこの男のことを心底恐れていたからだ。

 アルファは顔色を変えることなくロードを見下ろしていた。彼は通常の顔をしているのだろうが、元から怖く、また美しい顔のためロードは身をがたがたと震わせながらラベンダーを受け取って、即座に方向転換した。



「……いやぁああッ!」



 ラベンダーの花束を抱えながら奇声を発しロードは廊下を全速力で駆け出した。

 アルファは「待て」と行って、追いかけ始めたのだがすぐにロードは角を曲がり見失ってしまった。



「いやぁああ、いやぁああ!安眠、安眠。私の部屋―!」



 ロードはそう叫び散らしながら自分の部屋へと向かった。

 彼に捕まれば何かされることは約束されている。

 眠気も覚めるような怖い体験をしたロードは、まず寝て気持ちを整えようとしているのだ。いや、そのまま永遠に寝てしまってもかまわないと本気で思った。



 目的ははっきりとしないが、よからぬ予感がする。

 自分の眠りを妨げる障害は徹底的に排除、駆除しなければならない。

 ロードの思考は加速し、安眠のためにぐるぐると回っていく。そして、曲がり角が見えてロードは心の底からラッキーと叫んだ。

 この角を曲がればすぐ自分の部屋にたどり着くからだ。



「ッ!」



 だが、曲がり角をまがった瞬間地獄に落ちた。

 ラベンダーの花束は宙に舞い、そして花弁をまき散らしながら床へと落ちる。

 ロードの笑顔はかたまり、体中から血の気が引いていった。

 彼がいた。



「何故逃げる」

「ぎゃぁあああッ!」



 アルファはいつより不機嫌そうな顔でそう言って、ロードを壁際まで追い詰めた。壁に背を持っていかれ逃げ場をなくしたロードは目をつむり、さっきよりも激しく体を震わした。

 何かしたのか。

 自分は何かしたのか……と、震えが止まらなかった。


 ロードはアルファを見上げて、許しを請うように何度も「ごめんなさい」とつぶやいて胸の前で手をギュッと合わせた。

 リュウールから聞いていた人物と全く違う。目の前にいる男は誰なんだ。

 女嫌いで、一匹狼じゃないのか。

 ロードは、記憶の限りアルファの情報をめぐらせる。確かに、彼は自分の安眠のために手伝ってくれてはいたが、寝る以外のことでの関係は一切いらないのだ。

 そういう関係にはなりたくないし、時間の無駄なのだ。



「……」

「私…ええと、ごめんなさい。許してぇ」

「……いや、謝られることは何も」



と、アルファは冷静にそう対応したのだが、ロードは全く聞いていないようでただただ震えているだけだった。

 アルファは困ったという顔をして、ロードを見ていると丁度角からロードの母親が顔を出した。二人に気付くと、衝撃的なものを視たような顔に成り小走りでこちらに向かってきた。



「あら、アルファ様。どうしてここにいらしたのでしょうか」



 ロードの母はそう言うと、何やら震えているロードを見て世にも不思議なかおをしてアルファを見た。



「実は……」



 アルファは変わらぬ表情で事情を説明していたのだが、その隙を突いてロードは、裏口から出て行ってしまった。いつの間にかいなくなっていたロードに気付くとアルファは舌打ちをして、きびすを返し蛙とだけ伝えて姿をくらました。

 ロードの母は、何が起っているのかまだ分かりそうになかったが、帰ったらすぐにロードの事情を聞かなければならないと思った。





***



 アルファから逃げ出したロードは、レーベン邸にお邪魔していた。リュウールの母から出されたハーブティーを飲みながらリュウールにこれまでのことを全て説明していた。

 リュウールは関心を持ったようにその話を聞いていたのだが、隣にいたグランツはなにやらニヤニヤとした顔でロードを見ては笑っていた。



「……それで、逃げてきたと」

「だって、怖いんだもん」



と、ロードは事の全てをはなしたあとそう付け加えて涙目でリュウールを見た。

 リュウールはため息をつきながら、ティーカップの縁に口を付けてちらりとロードを見た。何も分かっていないというか、人と関わらないロードは極度の人見知りと言うことを再確認したからだ。

 リュウールは、ティーカップを置くとロードを真っ直ぐとみてもう一度ため息をついた。



「あのアルファ様が何故ロードさんにそこまでこだわるのかは定かではないですが……ですが、一匹狼で貴方と似たような極度の女嫌いのあのアルファ様が自らロードさんに会いに来るところを見ると」



と、リュウールは眠たげなめをしているロードにそう言うと少し頬を緩ましてこう続けた。



「……ロードさん、貴方愛されてますね」

「えぇ」



 リュウールの最後の言葉を聞く前に、遮るようにロードはそううなり叫んだ。

 冗談じゃない。

と、リュウールの言葉を信じないと彼女の顔を見て首を横に振る。その隣でグランツは「羊に恋した狼ねー」とつぶやいてロードを見てクスクスと笑っていた。



「笑い事じゃないもん……ああどうしよう。帰れないよー」



 ロードはあたふたとしながら震える手でティーカップをつかんだ。陶器がぶつかり合いカタカタと音を鳴らす。

 リュウールはそんなに悩むことなのか。と聞いたが、ロードは必死にそうだ。悩むことなんだ。と訴えた。

 眠りを妨げるものは許さない。

 それにあんな怖い人に追いかけ回されるなんて……

と、ロードは頭が痛くなった。



「リュウールちゃん、どうにかしてよ」



 ロードはリュウールの両手をつかんで潤んだ瞳を向けた。

 リュウールは「え」と言葉を漏らして視線をグランツに向けた。グランツは、何かを感じ取ったのか「無理だな」とでも言うような顔をして視線をまた逸らす。

 すると、レーベン邸のチャイムが大きくなった。

 ひぃ。と悲鳴を上げてロードは小さくなる。

 奴がきた。

と、机の下に隠れてよりいっそ小さくなった。

 リュウールはグランツに「アルファ様が着たとでも言うのですか?」と聞いて、玄関の方へ向かって歩き出した。ロードは必死にリュウールを引き止めようとしたが、グランツも続いて部屋を出て行ってしまったため、もう逃げ場はないと真っ青になった。


 本当に、奴がきたなら……


 ロードは一刻の猶予もないと窓から裏庭まで走って行った。





「どうぞ」



 玄関のドアを、リュウールは開けてドアの前に立っていた人を確認するとクスリと笑った。玄関の前には息を切らした服の乱れたアルファがいた。きっと必死に追いかけてきたんだろうと察したリュウールはまた其れが可笑しくて笑ってしまう。

 本当に、何故そこまでロードにこだわるのかは分からないがアルファが興味を持った相手なのだからきっと、何かあるのだろうと思う。

 アルファは、息を切らしながら怖い顔で「ロードはきていないか」と聞いた。

 リュウールの後をついてきたグランツは、彼を見てロードの居場所を吐いた。



「ロードなら客室に……」



と、言葉の途中なのにもかかわらずアルファは「お邪魔する」と行ってずけずけとレーベン邸に入り込み客室を目指して歩いて行った。

 ダメだこりゃ。

とでも言うような顔でグランツは首を振る。相当惚れ込んでいるのだと、また其れが笑えてリュウールと顔を合わせて笑った。

 




***



レーベン邸の裏に庭には紫色のライラックが咲き乱れており、何処を見てもその花で埋め尽くされていた。

そんな庭の片隅でロードは一人ぶつぶつ言いながら縮こまっていた。



「さ、さすがにここなら追ってきませんよね……」



 ロードは、ここでアルファが帰るのを待ってもう一度リュウールに話を聞いてもらおうと考えていたのだ。

 やはり、自分には合わない。

 そう決めつけてロードは眠ることだけを考えていた。帰ったら、ベッドに飛び込んで朝まで寝てしまおうか。今日は、気温が高いため外で寝るのはおすすめできない。ハーブティーを飲んだから落ち着くまでは寝ないようにしなければ。と、色々なことを考えていた。

 自分の作った庭にうえた植物の手入れをしなければならないことも、まだ寝るまでには時間がかかりそうだとロードはため息をつく。



「も、もう帰りましたよね……な、なぁあッ!」



 ライラックの花の隙間から顔を出したロードの目の前に、またあの彼がいた。額に汗が浮かんでおり、不機嫌なのはいつもで、碧い瞳でロードを見ている。

 もう逃がさないとでも言うように威圧をかける。

 ロードは尻餅をついて、わなわなと左右を見る。

 隠れるためにここにいたせいで逃げ場なんて一つもなかった。



「おい」

「はいッ!」



 そう怒鳴られて、ロードは声を上げた。

 やっぱり怒っているのだろうか。勝手に逃げた自分に説教師にきたのだろうか。と、何を考えてもいいことではない。とロードは考えアルファを見た。だがアルファは、怒ったようなかおをしていたが、心なしか笑っているようにも見えて、ロードは目を見開いた。



(あれ……怖くないぞ)



と、差し伸べられている手を取ってロードは立ち上がった。



「えっと、あの……」


 ロードは、服についた砂埃を払いながら目線をあげてアルファを見た。



 やはり機嫌は悪いみたいだ。

 アルファは、ため息を何度もつきながらロードを見ていた。ロードは、早く言いたいことを言えとせかすように両手をぶんぶんと胸の前で振った。



「あの「悪かったな」へぇ」



 ロードは何を言われたのかさっぱり分からず、口をパクパクと動かしながらアルファを見た。何を言われたのか。本当に、唐突で何を言っているんだ。と、アルファを見る。

 アルファは髪をむしりながら、照れくさそうにロードを見る。ロードは不安な目でアルファを見つめながらまたどこからともなくあの白い枕を取り出してそれで顔を隠した。何を言われても、動じてはいけないような気がする。



「だから、お前をつき回して悪かったと言っている……嫌がっていたのは知っていたが、それでもお前が愛らしいから」

「……眠」



 ロードは、アルファのいつもは言わないような言葉を聞いているうちに眠たくなってきて、うとうととし始めた。

 何か自分にとって大切なことを言われているのだろうけど、ロードの耳には其れが流れていくばかりで聞き取ることもできなかった。うとうとしているロードに気付きアルファは、何とも言えない顔でロードを抱きしめた。

 彼女は今にも眠ってしまいそうで、目は閉じたり開いたりを繰り返している。



「ベッド……枕…安眠を……」

「また寝るのか?」



 アルファの腕の中でロードはコクリと頷く。

 もう、意識はもうろうとしておりすぐにでも夢の世界へ落ちていきそうなほどだった。手に持っていた枕は地面に落ちた。



「……アルファも寝る?」



 ロードは、寝言のようにそう聞いて枕に手を伸ばした。

 アルファは、その枕を拾い上げロードに手渡し、彼女の頭を優しく撫でた。そのリズムも暖かさもまた、ロードの眠気を誘うものだった。こく、こくとロードは必死に寝ないようにしているようだったが、もう限界が近いようだった。

 アルファは庭にあった木製のベンチに彼女を運びそこでロードを寝かせた。



「……アルファ……気持ちいよ…だから、一緒に……ね……よ」

「ああ、そうさせてもらう」



 ロードは、眠たくなると非常に大人しくなる。

 そして、可愛さは増して、彼女の寝る姿は小動物のように愛らしい。小さく丸まって寝る姿は、皆の心をわしづかみにする。

 ロードは小さな寝息を立てて夢の中へと落ちていった。

 そんなロードの姿を見ながら、アルファは微笑んで彼も彼女の隣で一眠りすることにした。彼女といると、心が落ち着き、また彼女から発せられる甘い香りは眠気を誘う。

 アルファも数分もしないうちに寝てしまっていた。


 結局、眠気には勝てないと言うことである――――





***



 あの日以来、ロードは少し素直になった。人見知りな、その性格も、安眠を求める性癖も変わることはないが、一つ変わったことがあるとするなら一人で寝ることが少なくなったと言うことだ。

 あの日、家に帰った後母と父に質問攻めにされアルファのことについて答えたがロードは全く何を騒いでいるのか。といった様子で何も答えなかった。アルファの方も何も言わなかった。

 ロードは安眠を求めるためにさらに色々なことに手を回していた。

 ロードのその天然な行動はリュウールもグランツも手を焼くほどだ。二人との関係も続いているし、またリュウールに相談に乗ってもらうこともしばしば。リュウールも同じような思いを抱えているためロードの話は積極的に聞いている。



 ただ、本当に何があの一匹狼のアルファの心をつかんだのかは分からない。

 もしかすると一目惚れだったりするのかも知れないし、其れすら分からないわけで。

 ロードは今日も安眠を求め、エラリア王国をさまよい続けている。彼女は非常に面倒くさい性格で、彼女のまわりにはあまり人はいない。だが、そんな彼女の隣にはいつもアルファがいるようになった。

 彼は、面倒くさいロードの隣を歩き彼女と友に行動している。


 まだ、何も分かっていないロードにとっては友達、其れ未満の存在なのかも知れない。

 ただ、ロードも彼といて悪い気はしないし彼と寝れるとても熟睡できるというのだ。



「そういえば、リュウールちゃんの庭に咲いていた花。なんであんなに?」

「ああ、父が取り寄せたものなんです。で、増えていって……あそこで寝たんですね……」



 リュウールにそう聞いたロードはあの庭に咲いていた花のことを思い出した。

 綺麗な紫色のライラック。

 リュウールもかつてあそこでグランツと約束を交し今の関係になっている。リュウールは、ロードに向かって聞いた。



「それで、ロードさんはアルファ様のことどう思ってるんですか?」

「えぇ、普通だよ。でも、アルファといると眠たいのに寝たくないって思うんだ……どうしてだろうね」



と、ロードは言ってリュウールの庭からとってきた花を片手に彼女を見た。



「……寝る時間が惜しいって言うのかな?うーん……でも、眠いしなぁ」



 その話を聞いてリュウールはクスリと笑った。

 まだ気付いていないだけ。ということ。

 ロードは何故リュウールが笑っているのかわらかなくて、その理由を尋ねたが彼女ははぐらかして答えてくれなかった。

 そして、レーベン邸のチャイムがなる。

 きましたね。とリュウールが言うと、ロードは玄関の方へと走っていった。自分が待ち合わせをしていた人物が到着したのである。


 玄関の扉を開けると、そこには怒ったような顔のアルファが立っていた。

 いつも、こんな感じで…ロードは少し震えながらでも笑顔でアルファに飛びついた。



「アルファ!」



 アルファは飛び込んでくる彼女を受け止めると、少し口角を上げた。

 そんな様子を後ろからリュウールと、いつの間にかきていたグランツはほほえましそうに見ていた。二人の左手の薬指には銀色の指輪が光っていた。同じ色の蒼翠の宝石が輝く。

 ロードは、どこからともなく枕を出してアルファに向かって笑顔を作った。



「早く寝ようよ。アルファ」



 アルファはそんな嬉しそうなかおをしたロードに意地悪そうに言う。



「寝る時間が惜しいぐらいだ……お前といると離れたくなくなる」




 紫色のライラックの花言葉は「恋の芽生え」――――

 けれど、二人の恋が実るのは先のお話……

 眠たいけれど、まだ寝たくない……君と一緒にいる時間が少なくなってしまうから。

  


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