かさぶた
俺の初めての一目惚れを語ろう。
断っておくが、恋をしたことがないわけではない。大学生にもなって初めてなんて言われたら眉根を潜めるのは何もあなたばかりではない。
恋をしたことがないわけではない。
と思う。
付き合ったことは普通にあるし好いていると自認したこともある。通常人の程度を逸脱しない。ただ、一目惚れをしたことはなかった。
この一点が気がかりであった頃がある。
言ってみれば、創作の中にしかないと思っていた感情なのだ。
俺の世界には未だ成立せざる感情だった。
その方の和服は、とてもよく似合っていた。それ以外考えられないくらい、第一印象はそれだけだった。
だからこれは第二印象。
日本美人な卵型の顔。丸い輪郭のショートカット。艶やかな唇。切れ長の細い目、高い鼻。透き通るような白い肌。寒さに赤い耳。深い笑みをたたえたえくぼと目尻のシワ。
そして、
首元につっと走ったまだ瘡蓋にもなってない、生傷。
全ては完成を待つ絵画のような有様であった。完璧だと思った。この時、恋に落ちていた。
4/4彼女は、ペデストリアンデッキを駅に向かわんとする人の流れに懸命に新歓のビラを配る、いや配ってない?
確かに手元にはビラを持っている。渡す。渡せなかった。渡せてない。落とされた。渡せた。
ふふっと、つい笑っってしまった。成功するごとに新鮮に喜んでるのがあんまり無邪気で純粋に可愛らしいと感じた。
つまり彼女は、強引さが目立つ新歓の中にあってあまりに気弱で虚弱なビラ配りさんの姿である。
まず平然と俺は受けとった。
少し行き過ぎ……戻って興味がある旨を伝える。そう、懐に飛び込んだ!
まずはサークルの後輩になってゆくゆくは。
甘い。
翌日、サークル室にて出迎えたるは君も知っての通り「恋愛禁止」の札でござい。あ、恋愛禁止知りませんですか。じゃあ今言いました。
俺もそんな感じで伝えられたんだ。
ガッカリしたさ。拘束力はないよ。少なくとも法的には。
でもサークルをやってこうってんなら従うべきジンクスが存在する。その一種のワンパターンだ。
先に述べて置くとこれに落胆した人間は俺一人ではなかったことを意地汚くも紹介しておこう。意地悪くも、とも。
じゃあ意味がないからやめたかといえばそうではない。人はパンのみに生くるにあらずー、なんてね。
4/5、傷には、絆創膏が貼ってあった。
4/8、彼女の絆創膏は紫だった。
6/1、彼女は男子を鬱陶しそうにする女子の中で一人愉快そうだった。
6/18、彼女の絆創膏は取れた。
絆創膏がなくていいくらい傷は癒えていた。
真っ暗な9時20分過ぎの部室棟前。4階直結の橋の上から、あの日の俺は聞いている。
叱咤と激励と嗚咽と弱音を、二人の世界を、聞き続けた。
星空を見上げて息を吐いても、白くならない。
会室で待っていると1時間して、4年の先輩が戻ってきた。
何にも知らない先輩だった。
なんにも。
同期が好きだった時の話を聞かせてくれた。
1年が好きになっちゃった話を聞かされた。
ただし彼は、彼女の想いを知らない。俺の失恋を知らない。何も知らない。
こうして俺の大学生最初の恋は終わったのだった。