代理人、後悔する
もしもアルムガルトの弟の身に何かあったとしたら、その責任の一端は私にあるのだろうか?
……まぁあるわな。
私が深く考えもせずに魔法を使ったのが悪いわけだから。
そして名乗り出ずに黙っておいて、矛先がアルムガルトの弟に向いたのをラッキーだと思っていた。
使った魔法が治癒魔法で、悪いことではないものの、これではアルムガルトの弟に濡れ衣を着せたも同然である。
それでも私があの魔法を使ったのだとは言いたくないので、黙っていようとしている。
だからせめてアルムガルトの弟の身に何も起こらないように注視するくらいのことはしなければならないのだろう。
予定では先生が集めてきたというトート・ウィステリア・アンガーミュラーについての資料を読ませてもらうはずだったのだが、あの大輪の乙女の生まれ変わり関連の要望書を書いたやつらの目的が分かるまでは保留にすることにした。なぜなら先生がちょっと嫌な予感がする、と言い出したから。
それに一つのことに集中し過ぎると、危険を見逃すかもしれないから。
……とは言ったものの、あれから三日ほど経っているが、特に何も起きていない。
あの要望書を書いたやつらは、やっぱりただの愉快犯だったのかもしれないなぁ。
「あ、ロザリーだ。おはよう」
朝の登校中。己の教室までの道のりの途中で、ロザリーを発見した。
私に声をかけられたロザリーは、ゆっくりと振り返る。
「……私たち、友達ではないのですよね?」
「まぁそうだね」
友達になってって言われたの、断ったしな。
「友達ではない相手に、そんな風に軽い感じで声掛けます?」
「知人に挨拶をするのは礼儀でしょ」
「いや、まぁ……そうですけど」
一瞬不服そうな顔をしたロザリーだったが、小さな声で「おはようございます」と言ってから私の隣に並んで歩き出した。
「トリーナ様、今日のお昼休みに少し会えませんか?」
「いいよ。お昼ご飯一緒に食べる?」
「……トリーナ様がいいのなら」
「私は先生からの呼び出しがなければ大丈夫。じゃあまたお昼ね」
「はい。それじゃあ」
不服そうな顔が戻ってきていたロザリーと別れ、私は己の教室へと足を踏み入れる。
いつもと変わらない、ただの何気ない日常だ。
大輪の乙女の生まれ変わりの噂については、まだ消えていない。最初こそ七十五日で消えるのかどうか、とか考えていたけれど、今ではもう数えるのが面倒になってしまっていた。
他にもっと大きな話題があればある程度噂もかき消されるんだろうけど、最近は何もないからな。平和で何よりなんだけれども。
そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか授業が始まっていたしいつの間にか小テストが始まっていた。
ぼんやりしたまま小テストを受けても満点が取れてしまうのは、あの厳しすぎる王妃教育と先生のスパルタ勉強会の賜物だろうか。
そんなこんなでお昼休み。
話があるというロザリーと共にカフェの個室へとやってきた。
「トリーナ様、テレシア・グレーネ伯爵令嬢をご存知?」
「うーん……聞いたことあるようなないような」
私もロザリーも、野菜たっぷりのサンドイッチをかじりながら、個室だというのに少しだけ声を潜めながら会話を交わしている。
人に聞かれたくない話なのかな。
私は別に聞くだけだから分からないのだが、なんとなくロザリーに合わせて声を潜めているだけだ。
「真っ青な髪に真っ青な瞳の、青の申し子のようなご令嬢なのですが」
「あぁ」
名前はピンとこなかったけれど、その容姿には見覚えがある。
あの少女の人生映像の中にいたから。
その真っ青な子は、少女と常に行動を共にしていたよく目立つ取り巻きの中にはいなかった。
取り巻きの中にはいなかったけれど、少女を良く思っていなかったようだった。
いつも憎しみの籠ったような視線で睨みつけ、少女が断罪された時に笑っていたはずだ。
その様子があまりにも陰湿だったから、なんとなく覚えていた。
「トリーナ様、彼女とお知り合いですか?」
「全然。話したこともなければ目を合わせたことすらないね」
例の目立つ取り巻きたちは、今でも取り巻きになりたそうにこっちを見てくるが、真っ青な子は絶対に近寄ってこないから。
「そう……ですか」
ロザリーはそう零したまま、しばし黙り込む。何かを考えこむように。
「その子がどうかした?」
「いえ、その、昨日『あなたはトリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルの友人ですか?』って聞かれまして」
「うん」
「それで『もし友人なら彼女を呼び出してくれないかしら』って。話したいことがあるみたいなこと言ってたんですけど」
「ふーん」
「でも私、トリーナ様の友人じゃないですし」
ロザリーがほんの少しだけ頬を膨らませた。
「拗ねてる?」
「拗ねてません」
そのツラしてるのに?
「それで? どこに呼び出そうとしてたの?」
「言いません」
「やっぱり拗ねてる?」
「……言わないのは拗ねてるからじゃなくて、トリーナ様が行こうとするんじゃないかって思って」
でも拗ねてはいるよね? と追い打ちをかけたいところだが、それはやめておこう。
彼女はきっと、私が陰湿な女に絡まれそうになっているのを心配して言おうとしていないだけだから。
「そんな明らかに怪しげな誘いに乗るつもりはないけど」
「ですよね。怪しげですよね、やっぱり」
私はあの少女の人生映像で真っ青な子の陰湿なところを目撃しているから怪しいと決めつけたけれど、それを知らないロザリーから見ても怪しかったのか。やべぇな。
「私のことをフルネームで呼ぶ奴は怪しいって相場が決まってる」
なぜなら要望書として生徒会室に来た脅迫文には必ずと言っていいほどフルネームで書かれていたから。
……待てよ?
「ロザリー、やっぱりどこに呼び出されてるのか教えてくれない?」
「嫌ですけど?」
「即答。いや、本当に、マジで教えて」
「危険ですもの。嫌です」
「いやいや、嫌じゃなくて。脅迫文の犯人かもしれないから」
「脅迫文……?」
あの少女に対してあれだけ陰湿な感情を持っていたわけだから、現在そのポジションにいる私のことを憎んでいないわけがないのだ。
ほぼほぼ犯人で確定では? とも思うけれど、証拠が掴めるのであれば掴んでおきたい。
そんなわけで、ロザリーに生徒会室に届く脅迫文についてを掻い摘んで説明した。
「生徒会室ではそんなことが起きていたんですね」
「そう。迷惑してんのよねぇ」
脅迫文なんか痛くも痒くもないけれど、それを仕分けて捨てる作業はなかなかに骨が折れるもの。
「脅迫文が届くだなんて、お辛いですよね……」
「別に。ただ腹は立つ」
「……そうですか。でも場所を教えたとして、どうするおつもりですか?」
乗り込んでいって一発……ってわけにはいかないよなぁ。
「まぁ……」
「……絞めるおつもりで?」
「う……ん、いや、ライネリオ先生に相談でもしてみようかと」
ナチュラルに頷いちゃったじゃん。
「見逃しませんでしたよ、今しっかり頷いたの」
「見なかったことにして、とりあえず教えて」
「本当に先生に相談します? 絞めません?」
「相談する。絞めません」
私の言葉が尻すぼみになったのを聞き逃さなかったロザリーがしばし私を疑いの目で見ていたけれど、彼女はついに折れてくれた。
「防御魔法科、第三準備室に来てほしいそうです」
「……どこだそれ」
教えられても知りませんでした。
昼休みの終わり、ロザリーに散々「行かないでくださいね!」と釘を刺されながら己の教室へと戻ってきた。
とりあえず先生には相談するとして、王子殿下やノアには言うべきなのかな。迷うな。
先生はいいけど、王子殿下やノアに迷惑をかけるのは嫌なのだ。
それに、あの少女の人生映像で見た女子生徒が関わっているし、下手したら例の……この国の少し未来の話を二人に聞かせなければならなくなる可能性だってあるかもしれない。そうなったら迷惑がかかるだけでなく巻き込んでしまう。
どうしたもんかなぁ、と考えつつ、授業の前にお手洗いに行っておくのを忘れていたことに気が付いた私は今戻って来たばかりの教室を出た。
午後の授業目前だったので、廊下に出ている生徒はほぼいない。これは急いで行かないと間に合わないかもしれない。と、早歩きで移動していたら、一人で立ち尽くす見覚えのある男がいた。アルムガルトの弟だ。
奴はこちらに背を向けて立っていて、手には紙のようなものを持っている。背後から気配を消して近付いて、その紙を覗き込むと、なんとそこに書かれていたのは「今日の放課後、防御魔法科第三準備室に来てください」という一文だった。
「告白される感じのやつ?」
「ひえっ!!」
声をかけた瞬間、アルムガルトの弟は飛び上がるように驚いた。
そんなに驚かなくてもいいじゃん。まぁ気配消した状態で背後から声をかけた私が悪いけども。
「お、おま、おおおお前には関係ない」
「まぁ確かに関係はないけど。行くの?」
「行……いや、知らない!」
知らないってなんだよ! と、ツッコミを入れる間もなく、アルムガルトの弟は走り去った。
行かないほうがいいよって言いたかったんだけど、間に合わなかったか。
告白かどうかは置いておくとして、場所が悪いよ。私も同じところに呼び出されてるんだから鉢合わせしちゃうじゃん。っていうか防御魔法科第三準備室被りなんかすることある? 流行ってるの?
まぁ流行かどうかはどうでもいいとして、とにかくこの話は先生に相談することにしよう。
ちなみにお手洗いには行けなかった。アルムガルトの弟のせいで。
そして放課後、私は誰よりも早く教室を出てお手洗いに向かった。アルムガルトの弟のせいで午後の授業中大変だったのだ。
今日は午後の授業が一時間だけで本当に助かった。なんて思いながら何食わぬ顔でお手洗いに滑り込む。別に急いでなどいませんわ、という表情を保ったまま。
「はぁ……」
すっきりとした解放感に包まれながらお手洗いを出たところで、またしてもアルムガルトの弟を発見した。
お昼休みの終わりに持っていたあの紙を握りしめたまま、他の生徒たちとは別の方向へと歩いていこうとしている。
あいつまさか、防御魔法科第三準備室に行くつもりなんじゃないだろうな?
いかんせん防御魔法科第三準備室がどこにあるのかが分からないから、あっちの方向にそれがあるのかどうかは分からないんだけども。っていうか長いな、防御魔法科第三準備室って。
「ねぇ、あんたもしかして一人で行くつもり?」
アルムガルトの弟に近付いてそう声をかければ、またしても飛び上がって驚いている。ビビりだな、こいつ。
「い、いや、別に」
「アルムガルトには言ったの?」
「言ってない。わざわざこんなことまで話さない」
「でもこないだ誰かに見られてる気がする、みたいなこと言ってビクビクしてたでしょ。それなのに単独行動なんてして大丈夫なの?」
「ビクビクなんかしてない」
「してたしてた」
アルムガルトの弟がものすごく早歩きで進んでいくので、私も同じようなスピードで進んでしまう。
どんどん人の気配がなくなっていくので、防御魔法科第三準備室に向かっている可能性が高い。ヤバい。
「ついてくるな」
「そんなことより、アルムガルトに言えないならとりあえずライネリオ先生に相談しようよ」
「しない。なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
「相談したほうがいいって。嫌な予感がするんだって」
「嫌な予感?」
「そう。だって私も呼び出されてるんだよ、防御魔法科第三準備室」
「ここだ」
「え」
着いちゃってるんですけど。
「ちょ、ちょちょちょ、ヤバいでしょ」
「そんなに言うならついて来なければいい。というか、なんで来たんだよ」
「いやだから私も同じとこに呼び出されてるって言ったじゃん人の話聞けよ」
ドアを開けたアルムガルトの弟の服の裾を引っ張って止めようとしていたのに、私たちは中に入ってしまった。
背後から、何者かに背中を押されるようにして。
「しまった」
先生に場所だけでも言ってくるべきだった。
もっと必死で止めるべきだった。
背後と室内から感じる嫌な気配に、私はぐるぐるとどうしようもない後悔をし続ける。
しかし私も、おそらくアルムガルトの弟も魔法が使えるわけだし、何か起きてもなんとかなるだろう。多分。
……なんとかなればいいなぁ……と、振り返った先にいた、明らかに学園関係者ではないであろう怪しげな男を見ながら思うのだった。
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