代理人、アルムガルトで遊ぶ
「な、なぁトリーナ、さっきのやつはどこにやった?」
王子殿下の手伝いを始めた私の側をうろうろしながら、そう問いかけてきたのはアルムガルトだった。
「さっきのって何?」
「さっきの、その、お慕いしておりますってやつだよ」
あぁ、あのゴミか。
「え、その辺に落ちてるんじゃない?」
だって捨てたもん。と極々小さな声で零しながら床を見る。
するとアルムガルトはその辺を探し始めた。ファンレター貰ったのがそんなに嬉しかったのだろうか?
廊下を塞ぐほどの女子が群がってきてるくらいなのにファンレターごときで喜ぶのか? 不思議な奴だな。
「あの、あれ……は、書いてなかったか?」
「なんて?」
あまりにも小さな声だったので半分くらいしか聞き取れなかった。
「な、名前は、書いてなかったか?」
「は? そこまで見てないけど」
基本的に匿名みたいだから書いてなかったと思うけど。思うけど? 思うけどぉ??
「なに? アルムガルト、好きな子でもいるの?」
そんなに気になるってことは、そういうことなんじゃないの? と、そんな気がしたのだが……なんて言葉にするまでもなく、もうすでに真っ赤になってるから図星みたいだな。
「い、いや、その、違」
真っ赤なまま否定しようとしてやがる。
ニヤニヤしながらどう遊んでやろうかと考えていると、アルムガルトはふらふらと箱に近寄って、紙をごそっと手に取った。
そしてぶつぶつと何かを呟きながら少し離れたところにある椅子に腰を下ろしていた。
「あんまりアルムガルトで遊ばないように」
王子殿下に笑われた。
「あれは遊びたくなるでしょ」
「分かるけど。ふふ」
王子殿下だって楽しそうじゃん。
まぁあんなに分かりやすいんだもん、おもちゃにしたくもなるよね。なんて笑いながら、私は手元の紙に視線を落とす。
ざっと見た感じファンレター、ファンレター、そしてファンレター。稀に要望っぽいものも紛れている。くらいの割合のようだ。めんどくせえ。
「学園内のカフェテリアにレカルカのケーキを置いてほしい……レカルカ?」
そういやさっきアルムガルトを囲んでいた女子の群れの中の一人がなんか言ってたな。
「レカルカってあれだろう? 王都の片隅にある新しいカフェ」
未だになんとなく赤い顔をしたアルムガルトが遠くから話しかけてきた。
王子殿下のほうを見ると、箱と箱の隙間から首を傾げながらこちらを見ているので知らないらしい。
アルムガルトをカフェに誘う強者はいたけど、さすがに王子殿下をカフェに誘う猛者はまだ出現していないんだろうな。
「そういやあんた、さっき招待券がどうのこうのみたいなこと言われてたっけ」
「あぁ。招待制の怪しいカフェらしい。噂では二人の魔女が経営しているって話だ。レカーナとルカティエ……だったか?」
怪しいカフェのケーキなんて学園内に置くべきではないだろう。
「そのカフェがどんな店であれ、そういう要望には基本的に答えられない。却下の箱に入れてくれ」
「はーい」
この学園には王族貴族が通っているので、飲食物の取り扱いにはめちゃくちゃ厳しいらしい。詳しいことまでは知らないけれど。
だから怪しいカフェだろうが別に怪しくない普通の食堂だろうがそう簡単に学園に引き入れるわけにはいかないのだろう。
私はそんなことをぼんやりと考えながら、その紙を却下の箱に入れるついでに箱の中を覗き込む。他にはどんな要望が却下されているのかな、という好奇心で。
しかし一番上にあった紙に書かれていたのは『高位貴族の皆様とダンスの練習をする機会がほしい』だったし、その後ろに見えているのは『高位貴族の皆様とのお茶会を開いてほしい』だったので一瞬にして好奇心も萎えた。ついでにやる気も萎えた。もうやだ。ゴミばっかり。
もういっそのこと教室のゴミ箱に『生徒会へのファンレターはこちら』って張り紙貼っておけばいいじゃん。ゴミ直行で。
「これは……」
アルムガルトが小さな声でそう呟いて、静かに立ち上がる。
そして、王子殿下のほうへと歩みを進めていた。
なんか面白そうな要望でもあったのかな? と、私も静かに立ち上がり、アルムガルトの背後に立った。
「どうした?」
そんな王子殿下の問いかけに、アルムガルトは「これを」と言葉を濁しながら王子殿下に紙を渡す。
そこにあった文章を、私は遠慮なく読み上げた。
「『トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルを消してほしい』ね、なるほど」
「うわ!?」
真後ろに私がいると気付いていなかったのだろう。アルムガルトが飛び上がるほどの勢いで驚いている。
「ほらね、アルムガルトが私のことを悪者に仕立て上げたりするからこうなるんだよ。私が消されたらお前のせいだからな」
アルムガルトの背中をぱしぱしと二度ほど叩いて、なーんて、私はそう簡単に消されてなんかやらないけどな! と笑おうとしたのだが、見上げた先にあったアルムガルトの顔に焦りの色が滲んでいたので、笑うに笑えなかった。
いやいやいや焦るってことは私を悪者に仕立て上げた後のことを全くなんにも想像してなかったってことか?
あと普通に考えて高位貴族との接点を求めてるやつらにとって一番邪魔で妬ましい存在なのが私であることなんて火を見るよりも明らかなんだから驚くことも焦ることもないだろう。
アルムガルトはもっと頭を使って生きたほうがいいと思う。
「いや、トリーナ……お前、これは」
「社交的ではない私が王子様の婚約者且つ皆大好き高位貴族に囲まれてるんだから妬み嫉みを一身に受ける、まぁ当たり前のことよね。特にアルムガルトのことを狙ってる子たちにとっては意地の悪い生意気な女に見えてるだろうし、消してほしいくらい言ってもおかしくないでしょ」
死ねとか殺すじゃないだけマシなほうだ。
殺すだったらもう殺害予告みたいなもんだもの。まぁ貴族の女に殺されるほど腑抜けてはいないので返り討ちにするだけだけれども。
「当り前とか、おかしくないとか、そう……かもしれないが、傷つかないのか?」
アルムガルトは怪訝そうな顔でそう言った。
「傷つくも何も、普段から『あの女消えてくれないかな』みたいな視線を浴び続けてるから、もう今更よ」
「そうなのか!?」
目ん玉をひん剥いて、ものすごく驚いたような顔をしてるってことは、本当に今の今まで気が付いてなかったんだな!?
今日だってお前を助けた後聞こえるように陰口叩かれてたけど!?
大事に大事に育てられてきた貴族の長男坊の頭の中は自分中心でとんでもなく能天気だな。もう少し他人のことにも気を配れないと将来痛い目見るぞ。
「そんなに驚くなら明日から私の周囲でも観察してみたら? すぐ分かると思うけど」
めんどくさくなってきたから座って仕分けの続きをやろう。
そう思った私は小さなため息を零しながら自分が使っていた椅子へと戻る。そうしてまたファンレター、ファンレター、ファンレター……全てをゴミ箱に突っ込む作業が始まるのだ。
「怖くはないのか?」
「んー? 何が?」
まだ話しかけてきやがるのか、と顔も上げずに適当に返事をする。
「消えてほしいと思われていると分かっているのに、怖いとは思わないのか?」
「別に」
「暗殺者を雇われて消されるかもしれないとか、思わないのか?」
「あんた、想像力豊かだな」
暗殺者に狙われることまでは考えていなかったなぁ。貴族の女なら最悪バレないように拳でワンパンも可能だけど、暗殺者となると話は別だなぁ。
この世界の暗殺者って魔法を使うのだろうか? その場合こちらも魔法が使えなければならない……。やはり攻撃魔法を身につける必要があるのでは?
「トリーナ、今変なこと考えてる?」
作業の手を止めて考え込んでいたからか、王子殿下からツッコミが入った。
「暗殺者対策に攻撃魔法を会得しといたほうがいいかなって」
「どうしてそうなった」
「攻撃は最大の防御って言うじゃん」
「言わない」
言わないかぁ。
ははは、と渇いた笑いを零しながら、作業に戻る。それは私だけでなく、王子殿下もアルムガルトもしばらく黙って作業を進めていた。
それから数十分ほど経ったときのこと。久々に口を開いたのはアルムガルトだった。
「さっきから数枚出てきてるんだが、この大輪の乙女ってなんだ?」
そんなアルムガルトの疑問に、王子殿下も私も言葉を詰まらせた。
そして王子殿下からの「自分だって言うなよ」という視線をいただいたので、私は口すら開かない。うっかり口を滑らせるわけにはいかないから。
「……そういえば最近ちょくちょく聞くな」
王子殿下も私も返事をしなかったからかアルムガルトが独り言のように呟く。
「トリーナは知ってるか? 大輪の乙女って確か、なんか、童話みたいなのがあっただろう?」
「知らない」
「えぇ……」
私の食い気味の即答にアルムガルトがドン引きしている。
「まぁいいか。で、この『大輪の乙女の生まれ変わりを探してほしい』というのは採用……したとしてもどうやって探せばいいんだ?」
「却下でいい」
王子殿下が答える。
「『大輪の乙女の生まれ変わりにお礼が言いたい』というのも却下で」
「却下で」
王子殿下も食い気味だ。その話を今すぐにでも終わらせてほしいという気持ちが滲み出ている。
しかし残念ながらその気持ちがアルムガルトに伝わることはない。
「そもそも大輪の乙女の生まれ変わりってどういうことなんだ?」
と、アルムガルトの頭上には沢山のクエスチョンマークが飛び交っている。
「ただの噂でしょ。深く考えないほうがいいよ」
私は王子殿下の視線が怖いからその話今すぐ終わらせてもらえる? という気持ちを滲ませながらそう言ったのだけど、やっぱりその気持ちがアルムガルトに伝わることはない。
なぜならアルムガルトはこの話の一連の流れを一つも知らないから。
「噂ってことは、その出どころがあるはずだろう? 何があったのかは知らないが、礼が言いたいのであれば生徒会が何か力になったほうがいいのではないのか?」
アルムガルトの大正論が王子殿下と私を射貫く。
この男、話を終わらせないどころか正論を振り回して私たちの心を追い詰めてきやがる。こいつアホだけどクソ真面目なんだよな。
「……これだけ噂になっているのに名乗り出ないってことはその『大輪の乙女の生まれ変わり』とやらが探してほしくないと思っている可能性もある」
王子殿下が言葉を選びながらそう言った。
「しかし礼がしたいと言われているんだから悪いことをしたわけではないんだろうし……」
「アルムガルトには分からないと思うけど、目立ちたくない子だって存在するんだよ。私みたいにね」
私が少し嫌味を交えてそう言うと、アルムガルトはちょっとムッとする。
「お前、目立ちたくないと思ってたのか?」
「消えてほしいと思われるくらいなら目立たないほうがいいと思ってるよ」
「……そ、そうか」
やっと黙ってくれそうなので、とりあえず追い打ちをかけておこう。
「ほらアルムガルト、また『お慕いしています』って来てるよ。名前も書いてあるけど」
「なんだと!?」
よし、この流れであいつの頭の中から大輪の乙女についての話題を弾き出そう。
「アルムガルトの好きな子の名前って何?」
「ロザリー・ミロー……ネ、い、いや! そ、あの」
今普通に言ったな、コイツ。
「フルネーム言っちゃったんだからもう隠す必要ないし焦ることもないでしょ」
私の呆れた視線に観念したのか、ぽつりぽつりと話し始める。
「先日の茶会で初めて会ったんだ。所作の美しい人だった」
「ふーん」
大輪の乙女から話題を逸らしたかっただけで、奴の恋の話に興味はない。なので適当に相槌を打つ。
「学年はお前と同じだったはずだ。お前、知り合いだったりしないのか?」
「しない」
「即答かよ。もしかしたら友達だったかもしれない、くらい考えないのか普通」
「だから私に友達はいないっつってんだろ」
「な、なんかごめん」
私のその言葉に、アルムガルトは目を見開いて驚いて、王子殿下はこっそりと笑っていた。
私に友達がいないって話、さっきもしてたからな。
そんなこんなでアルムガルトの頭から大輪の乙女という単語は消えてくれたらしいのだが、バレたからと開き直ったせいでしばらくその子の話を続けていた。
王子殿下も私も猛烈に適当な相槌を打っていたのだが、それに気付いていないのはアルムガルトだけだった。能天気な奴。
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