代理人、生徒会役員に任命される
「生徒会ぃ?」
放課後、王子殿下に言われるがまま教室に残っていると、最終的にいつものやつらが集結した。
同じクラスの王子殿下、ノア。隣のクラスの銀髪兄とベルク。そのさらに隣のクラスのコピペたち。そして上学年のアルムガルト。
あの遊び部屋のメンツだ。銀髪弟やアルムガルトのとこの一番下の弟はまだ学園に入学していないからいないだけだろう。
王子殿下に集められたイツメンは教室では話しづらいという理由で、カフェ棟三階にある個室に連れて来られていた。
そこで王子殿下が言ったのだ。ここにいる皆を生徒会役員に任命する、と。
そして冒頭の私の言葉に戻るわけだが、私が全力拒否をしようとした瞬間、カフェの給仕がアフタヌーンティーセットを持ってやってきた。
めっちゃくちゃ豪華で美味しそうなアフタヌーンティーセットを。
放課後でお腹が空いていたということで、私は遠慮なくサンドイッチから手を付ける。めっちゃくちゃ美味しい。
「ほんで? 生徒会?」
給仕がいなくなったことを確認し、サンドイッチを頬張りながら王子殿下に声をかければ、王子殿下も同じようにサンドイッチを頬張りながら一つ頷く。
「俺、強制的に生徒会長になるらしい」
そんな王子殿下の言葉を引き継ぐように、今度はアルムガルトが口を開く。
「生徒会役員は毎年選挙で決まるが、王族が入学すると選挙なしでその王族が生徒会長を務めることになる」
「社会勉強だって。人の上に立つ練習とかなんとか」
そう言った王子殿下の表情は少し面倒臭そうだった。
まあ確かに王子殿下は将来的には国王になるわけだから人の上に立つ練習も必要だろう。それは分かる。
しかし強制されるのは面倒臭いのだろう。それも分かる。
ただなぜ私まで任命されようとしているのか。それが分からない。
「だからお前たちを生徒会役員に任命しようと思ってるんだ。やってくれるだろう? トリーナ」
「嫌よ面倒臭い」
食い気味でお断りさせていただいた。すると王子殿下は絵に描いたようにしょんぼりとしてしまう。
なんだ、そんなに巻き添えにしたかったのか。いやでも面倒臭いし、私は明らかに生徒会向きではない。
「俺は生徒会長。アルムガルトが副会長。ベルクが副会長補佐。ドナートが書記。ノアは風紀で、フェルステルとフェルスターは二人で会計。トリーナは会長秘書」
もうガッツリ決めちゃってんのな。
「会長秘書って何するの?」
「生徒会長の雑用兼用心棒」
いや用心棒て何。それはどちらかというとノアのほうが向いている気がするのだけれども。
私は普通にやりたくないわけだが、他の奴らはどうなんだろう? 勝手に決められてるんだから誰か一人くらい気に入らないって言い出すやつがいてもおかしくないのでは?
銀髪兄なんて未だに私を心の底から嫌ってそうだから文句を言い出しそうなものだけど。
なんて思いながら銀髪兄のほうをちらりと見ると、まんざらでもなさそうな顔で「書記か」と呟いていた。ダメだあいつ、私の存在なんか完全に忘れて与えられた肩書に酔ってやがる。
「アルムガルトはいいの? 唐突に副会長だけど?」
「ああ、会長の任命だからな。しっかりと務めを果たすつもりだ」
そういやこいつは頼まれたら断れないタイプの人間だった。
「ノアは!? いいの!?」
一人ぐらい不服そうな顔をしてくれよ!
「俺はトリーナがいるならいいよ」
もう! なんかかわいいから許すけど! もう!
もしかしたら隠密のプロであるベルクあたりが嫌がってくれてるかもしれない! と期待を込めたまなざしをベルクに送ってみたものの、彼は「兄さんの補佐なら出来る」とアルムガルトに向けて言っていたので邪魔はしないでおいてやろう。
コピペたちは……会計か。
「おいおいなんだその目は」
「なんだなんだ?」
「……いや、会計とか、出来るのかなって」
疑念の籠った視線を送ってしまったのがバレたようで、コピペたちに文句を言われた。
でも普段ちゃらんぽらんだから計算とか出来そうに見えないんだもん。
「俺たちを馬鹿にするなよ」
「俺たち計算だけは出来るんだからな!」
計算だけって自分たちで言っちゃってんじゃん。
しかし誰も文句を言わないこの状況で嫌だ嫌だと言い続けるのも大人げないかなぁ。と、何もかもを諦めた私はアフタヌーンティーセット中段のスコーンに手を付ける。
スコーンに添えられていたのは私の大好きな生クリームだった。とても美味しい。
「生徒会にはさ、生徒会室が与えられるんだ」
私が咀嚼を始めた瞬間を見計らったように、王子殿下が話し始めた。
今口の中にスコーンが入ってるから何を言われても反論ができない。
「生徒会室は基本的に一般の生徒の出入りは禁止。だからあの部屋みたいに、生徒会室内では全員の身分を対等にして、また同じことが出来る」
なるほどね。
なんだかんだで王子殿下はあの遊び部屋がお気に入りだったのだろう。
学業で忙しくなるからあの遊び部屋は封印せざるを得ない、ってなった時に、一番寂しそうにしていたのは王子殿下だったからな。
「んぐ……。まぁ、言いたいことは分かるけど、でもアイツが女連れ込みそうじゃない?」
スコーンを飲み下し、銀髪兄に向けて小さく顎を向けると、王子殿下はくすりと笑う。そして顎を向けられた銀髪兄は面白いくらいに顔を歪めた。
「なんだと!? 俺はそんなことはしない! お前はいつもいつも俺に文句を言いやがって、今日という今日は一発ぶん殴ってやる!」
「上等だよ殴られる前にこっちから一発ぶち込んでやるわ」
「トリーナ!」
売り言葉に買い言葉、となりかけたところでノアに止められた。
ノアに止められたんなら仕方ない。大人しくもう一個スコーンを食べよう。銀髪兄め、命拾いしたな。ノアに感謝しろよ。
「まぁそんな感じで、仲が悪いやつらもいるから組織としても成り立つんじゃないかなと思ったりもしたんだ」
と、王子殿下が笑う。
クソー、そんなことなら銀髪兄弟をもっと屈させておけばよかった。出会った当初の段階で一発ぶち込んでおけば黙らせることも出来たろうに。
「でもトリーナにだって悪いことばっかりじゃない」
「なに?」
「生徒会の顧問はライネリオ先生といって、特殊魔法の研究をしている先生なんだ」
「え、特殊魔法?」
特殊魔法の研究ということは、歌に魔力を乗せる魔法も知っているかもしれないし治癒魔法についても詳しいかもしれない! 萎れた花を元気にする魔法が治癒魔法かどうかも分かるかもしれない!
「悪くないだろ?」
「ぐぬぬ」
その特殊魔法の研究をしているという先生が生徒会顧問として生徒会室に来るのなら、授業時間外にわざわざ職員室を尋ねて特殊魔法を教えてもらえるように頼む必要はなくなるのか。
図書室に行って片っ端から特殊魔法の本を読み漁らなくても教えてもらえるかもしれないのか。
そう考えれば、悪くないどころかありがたいくらいだ。どうしたものか……。と思い悩んでいると、アルムガルトが「ふん」と鼻で笑う。
「どちらにせよ反対しているのはお前だけだトリーナ。諦めて会長秘書になるしかないだろう」
「……まぁ、そう……だね」
会長秘書って響きだけはいいよね。でもやることは雑用と用心棒らしいけど。
「あと生徒会室にはピアノもある」
「分かった。やる」
結局物に釣られる形で会長秘書を引き受けることになりましたとさ。
● ● ● ● ●
そんなわけで、王子殿下に呼び出された数日後にはもう生徒会役員の名前が掲示板に張り出されていて後には引けなくなっていた。
「あれ、トリーナ、今日も図書室?」
「あぁノア。うん、特殊魔法の本をね」
「顧問の先生が来たら教えてくれるでしょ?」
そう、顧問の先生は特殊魔法の研究をしている人らしいので、来てくれれば聞きたいとは思っている。
ただ、まだ顧問の先生は生徒会室に顔すら出してくれていない。
だからその間はまだこうして図書室に通うのだ。まぁタダで色んな本が読めるわけだし、特殊魔法関係なしにしてもいいところよね、図書室って。
「ん? あれ、ノアはもう帰るの?」
「うん。明日騎士の昇格試験があるから」
「そうなんだ。頑張ってね」
「ありがとう。昇格出来たら……また祖母の楽譜の束の中からどれか歌ってくれないかな」
「いいよ」
そう言って笑えば、ノアはルンルンで帰っていった。
言動は昔となんら変わりはないのに、大きくなってしまったなあ。足が長い。
なんて、ノアの成長を改めて感じていた私の背後からひそひそ話が聞こえてくる。
「王子殿下という婚約者がいらっしゃるのに別の殿方とあんなにも親しげに」
とか。
「先日はアルムガルト様とも親しくしていらっしゃいましたわ」
「まあはしたない」
とか。
「でも王子殿下と一緒にいらっしゃるところは見たことがないわ」
「王子殿下に相手にしていただけていないのかしら?」
とか、それはもう好き勝手言ってクスクスと笑っている。
どいつもこいつも見ず知らずの女の子たちだ。姿を確認せずとも分かる。なぜなら私には、女の子の友達がいないから。今のところは。
クラスにはじりじりと近づいて来そうな気配を醸し出してる女の子もいるけど、なかなか声を掛けてくる猛者はいない。
「あ、いたいたトリーナ!」
「ア……王子殿下」
普通にアシェル、と名を呼びかけたが、今は近くにひそひそクスクスしてる子たちがいるんだった。
「どこに行こうとしてるんだ?」
「見ての通り」
「図書室だな」
王子殿下の視線が、私から私の進行方向へと移る。
この廊下の先には図書室しかないのでバレバレだったようだ。
「放課後はとりあえず生徒会室に来るように、って昨日言っただろ」
「そう……でしたっけ?」
普通に聞いてなかったな。やる気がなさすぎて。
いや、でもノアはもう帰るって言ってたけどな。
「ちなみにノアはちゃんと生徒会室に寄ってから帰った」
「そう……なんですね」
ノアも行ってないじゃん! は通用しないようだ。
読みたい本があったんだけどなぁ、と往生際の悪い私はじわじわと足を図書室のほうへと向ける。
しかしそれに気が付いた王子殿下は私の腰にそっと手を添えて、私の進行方向を変えようとしてきた。
そんな王子殿下と私を見たひそひそクスクスしていた女の子たちがこっそりとざわつき始めた。
婚約者と仲良さげな王子殿下を見てテンション爆上げしてるんだろうけど、じっくり見てみてほしい。王子殿下が私の腰に添えた手には猛烈な力が入っている。
絶対に生徒会室に連れて行くという強い意志を感じる。強すぎてちょっと痛いもの。
「今日は来たほうがいいよ」
「今日は?」
「急遽ライネリオ先生が来られるようになったんだって」
「よし、行きましょう王子殿下」
それを早く言えよ! というわけで、私は急いで生徒会室へと向かうことにした。
背後にいたひそひそクスクス女子たちは、いつしかざわざわ女子へと変貌していたけれど、知り合いはいないので知らん顔させていただこう。王子殿下も気付いていないみたいだし。
「ところでライネリオ先生ってそんなに忙しいかたなんですか?」
「学会がどうとか論文がどうとか本の執筆がどうとかって、とにかくいろんなことに追われてる人みたいだった」
めちゃくちゃ忙しそうだなぁ。
ブクマ、評価等ありがとうございます。とても励みになります。
そして、読んでくださって本当にありがとうございます。




