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episode6 シャトー・ソルシエール

 星蘭が目を覚ますと、枕元にローベルがいた。ローベルは安堵した様子でこちらを見ている。

 星蘭はゆっくりと身体を起こした。魔物を倒した後の記憶がない。恐らくあの後、魔力を使い過ぎた疲労のせいで気を失ったのだろう。

 壁の一面がガラス張りになっていて、そこから差し込む日差しが温かい。建物の外には木が鬱蒼と茂っていて、鳥のさえずりが聞こえた。

 横腹の切り傷も背中の打撲も不思議ともう痛くなかった。



「ローベル。ここは?」



「ここは魔法少女管理省の施設、シャトー・ソルシエールだよ。回復専門の魔法少女が常駐していて、負傷した魔法少女を治療するのに使われてる。あと、ここにはカフェやレストランがあるから魔法少女同士の交流の場としても使われてるよ。

さっきステラも治療してもらったから、もう身体は大丈夫だと思うけど、痛いところはない?」



「うん。平気。」



「そうか。それならよかった。

ステラ、本当によく頑張ったね。」



「…うん。ありがとう。」



 魔物を倒せたことは心からよかったと思うけれど、とても手放しに喜べる気分ではなかった。先輩達の最期の姿がまだ目の奥に焼き付いて離れなかった。

 


「ステラーー!」



 誰かがこちらに駆け寄ってくる音がした。誰なのか確認する間もなくその人物は星蘭に飛びついてきた。ラパンだった。



「ステラーー!うわーん!良かった!

このまま起きないんじゃないかって思ったー!」



「ラパン、ステラは疲れてるんだ。」



 ローベルが星蘭から離れるように言うが、ラパンには聞こえていないようだ。



「そうだ!ステラ、見てこれ。」



 ラパンはそう言って可愛らしいキャラクターがプリントされた封筒を見せてきた。



「手紙?」



「そう。あの任務で行った場所の近くの家に住んでた子から。」



 星蘭はラパンから手紙を受け取る。その手紙には魔物から守ってくれたことへの感謝の言葉が拙い文字で書かれていた。



「……ミコトさんとクレアさんも少しは浮かばれるよね?」



「うん……」



 星蘭は頷いて、その手紙をぎゅっと握りしめた。

 魔法少女として戦うことは噂に聞いていた通り命懸けだった。次の任務で死ぬのは自分かもしれない。現に先輩達は星蘭の目の前で殺された。

 それでも魔物を打ち倒し、人々を守ることができた。重く暗い恐怖と共に、じんわりと胸に広がるような嬉しさがあった。



「あのね、ステラ。」



 ラパンはそこで言葉を切った。何か言いたそうな様子だが視線を泳がせるばかりでその先は言わなかった。



「どうしたの?言いにくいこと?」



 星蘭が尋ねても、ラパンは曖昧な言葉を発するだけではっきりと答えない。ラパンはしばらくそれを続け、やがて覚悟を決めたように、両目を瞑ったまま言った。



「わたしとチームになってくれないかな?」



「えっ?」



 突然のことで、思わず聞き返すとラパンはばつが悪そうに笑った。



「アハハ…いや、ごめん。普通に嫌だよね?わたしとなんか。

でもね…ステラとだったら頑張れそうって、今回の戦いで思ったの。」



 星蘭は瞬いた。他のどんな感情よりも先に驚きがあった。

 家族を亡くしたあの日から、もう二度と大切な人は作れない、現れることはないと固く信じていた。けれど現実は違う。どんな悲劇があっても生きている以上、星蘭を取り巻く時間は進んでいく。戦いの中でも新しい出会いがあって関係を作っていくことができる。



「ごめん、何でもない。聞かなかったことにして。

こんな雑魚が何様だよって思ってるよね。うん、本当ごめん。」



 星蘭か黙っていたから断られたと思ったのだろう。ラパンは肩を落としたまま、自分のベッドの方に帰ろうとしている。

 星蘭は慌ててラパンに声をかけた。



「いいよ!私でよければチームになろう!ラパン!」



 振り返ったラパンの表情がぱぁっと輝いた。



「ええっ!いいの?

わたしだよ?わたしの盾、カバーガラス並みに弱いけどいいの?」



 ラパンがあんまり嬉しそうなので、星蘭は思わず笑ってしまった。



「うん。もちろん。

それにね、ラパンの盾は弱くないよ。多分、ラパンの強さは…」



「サティナ!どうしよう!すごく嬉しい!」



 ラパンは聖霊への報告を始めていた。



「よかったわね。ラパン。」


 

 サティナはニコニコと微笑みながらラパンの話を聞いている。サティナはまるでラパンの保護者のようだ。

 ラパンとサティナが二人で話し始めたので、星蘭はローベルに話しかけることにした。星蘭にはどうしてもローベルに尋ねたいことがあった。



「ローベル。魔物が急に強くなったのって何だったの?ミコトさん達もこんなの初めてって言ってたし。」



 ローベルは難しい表情で答えた。



「詳しいことは分からないけれど、推測はできる。

恐らく邪霊があの魔物を強化した。目的はあの場にいた魔法少女の殺害。…恐らくステラを狙ったんだろう。」



「邪霊が私を…やっぱりローベルと契約したから。」



 ローベルと契約したことで邪霊に命を狙われる可能性があることは理解していた。しかし、いざ現実にそれが起きると怖気立つような不気味さがあった。



「力の強い魔法少女の存在は邪霊にとっては邪魔者でしかない。リアンのようになられたら困るから、ステラが魔法少女として成長する前に始末しようと思ったんだろうね。」



「サティナどうしよう。ステラが邪霊に狙われてるらしいよ。」



 あまり人の話を聞かないラパンだが、自分に都合が悪いことだけはきちんと聞こえるらしい。



「それなら尚更ラパンがチームに加わるべきでしょ?盾の魔法少女は貴重なんだから。」



 呆れたようにサティナが言う。



「もー!サティナも魔法使えるんだから、一緒に戦ってくれればいいのに!」



「それはできないって最初に説明したでしょ。」



「まぁ推測の域を出ないけどね。」



 そうローベルが付け加えた。



「ミリオンさん!いい加減にしてください!」



 星蘭達がいる部屋の外の廊下から、突然大きな声が聞こえてきた。



「少しは反省してください!貴方はまた必要以上に建物を壊して!怪我人が出る可能性もあったんですよ!」



「はぁ?魔物を倒したんだから文句ないでしょ?うっるさいわね!」



 かなり苛立った様子の少女の声が聞こえてきた。



「第一、壊れた建物とか怪我人とか、それらをどうにかするのがあんた達回復班の仕事でしょ!あたしの仕事は魔物をぶっ倒すことのはずよ!任務終わりでこっちは疲れてんの!あたしもう帰るから!」



「ちょっと!ミリオンさん!待ってください!」



 廊下と部屋を隔てる扉の小窓から、金髪の魔法少女が通りすぎるのが見えた。

 あの子知ってる、と小声でラパンが言った。



「あのミリオンって子、悪い噂で有名だよ。お金を稼ぐために魔法少女になったんだって。実力はあるから、管理省も余計扱いに困ってるみたい。」



 魔法少女は命がけの仕事なだけに、その見返りも大きい。基本給も高いが、それに加えて魔物や邪霊を討伐すれば報奨金も出る。

 お金のためとはいえ、魔法少女として実力を発揮し続けることは生半可な気持ちでできることではない。同じ魔法少女として素直に尊敬できると星蘭は思った。



「ラパンって魔法少女のこと詳しいんだね。」



「えっと、うん。知り合いに魔法少女がいるから。

あっ、そういえばステラ。ステラのことでネットは大盛り上がりだよ。」



「えっ?」



 ラパンはうさぎの耳がついたスマートフォンを取り出して、画面を星蘭に見せてきた。



「ほら。見て見て。」



 ラパンはつぶった〜のトレンドワードのランキングをスクロールしていく。



「うわっ。すごいね。ローベル、リアン復活、リアン、ステラ、レーヴ・ド・フルール…」



 魔法少女管理省はどの魔法少女が何体の魔物を倒したか、公表している。今回星蘭が魔物を討伐したことで、ローベルと契約した魔法少女が現れたことが世間に知れ渡ったわけだ。

 ローベルと契約した魔法少女が現れた。そのことにこれだけ多くの人が関心と期待を持っている。「ローベルと契約した魔法少女」とは紛れもなく自分のことなのに、星蘭は遠い国の山火事を見ているような気分になった。



「ステラならいつかレーヴ・ド・フルールになれるかもね。」



「レーヴ・ド・フルールって魔法少女の中でもトップの4人が得られる称号だよね?」



 星蘭でも流石にそれは知っていた。

 魔法少女はしばしば花に例えられる。僅かな時間だけ咲き誇り、そしてすぐに散っていく。その様が花に似ているからだ。

 そんな魔法少女たちが夢見る存在。だから花々の夢(レーヴ・ド・フルール)と名付けられたそうだ。



「うーん、私はあんまり興味ないかな。もちろん魔法少女として強くはなりたいとは思うけど。

他の人と比べてどのくらい強いかより、昨日の自分よりも強くなれてることの方が私の中では大事だから。」



 ラパンは深い溜め息をつく。



「昨日の自分より、か。

やっぱり、ステラはすごいね。」



「まぁローベルの受け売りだけど。」



「ええ!なにそれ⁉︎

サティナはわたしにそんなこと言ってくれなかったよ!」



 ラパンは非難を込めた目でサティナの方を見た。



「言ったわよ。魔法少女の基本だもの。

ついに契約しちゃった〜、どうしよう〜って騒いでてラパンが聞いてなかっただけよ。」



 あまりにもサティナのラパンのモノマネが似ていて、星蘭はつい吹き出してしまった。

 


「ひどい!星蘭なんで笑ってるの⁉︎」



「ごめん。サティナのモノマネが似ていておかしくって。」



 ラパンに謝りながら、星蘭はラパンがいてくれて本当に良かったと思った。一人だったら魔法少女として戦い続ける恐怖に押し潰されていたかもしれない。

 


「ラパン、大事なこと言ってなかった。」



「えっ?何のこと?」



 きょとんとした顔でラパンが聞き返してくる。星蘭は笑顔でラパンに向かって手を差し出した。



「これからチームのメンバーとして、よろしくね。」


次の話から新しい章に入ります。

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