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episode1 全てを失った夜



 今思えばあの夢が全ての始まりだった。



 黒い薔薇の花が一面に咲く中、一人の少年が立っていた。

 風は吹いていないのに、狂ったように薔薇の花びらが宙を舞っていた。


 少年はゆっくりと振り返って、驚いたような顔をした。



「ゆら?」



 黒髪の少年だった。咲き乱れる花と同じ、暗い色の目をしていた。

 美しい顔立ちをしていたけれど、まるで人形のようでどこか不気味だった。



「そうか、君が…」



 少年はそう呟くと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 少年に踏まれた薔薇の花びらがまた宙に浮かび上がっていく。



 この少年から逃げなければいけない。理由はわからないけれど本能的にそう思った。

 けれど、肝心の身体の方は少年の暗い瞳を捉えたまま、全く動いてはくれない。


 結局逃げ出すことができないまま、少年は目の前まで歩み寄ってきた。



「君の、名前は?」



 頬に少年の手が触れた。少年は柔らかい声で尋ねる。

 生命の気配が感じられない、氷のように冷たい手で触れられて、ますます身体が冷えていくのを感じた。



「せ、い、ら」



 唇が勝手に動いて言葉を紡いだ。


 身体が自分の意思で動かせない。そのくせ震えが止まらなかった。この少年が怖くて仕方がなかった。



───やっと、見つけた。



 少年は微笑んだ。心から愛しいものを見つめるかのように。




✴︎✴︎✴︎✴︎




「…さん!(かなどめ)さん!」



 星蘭が顔を上げると、苦笑いを浮かべた先生と目があった。


 クラスの皆の視線が星蘭に注がれていて、教室のあちらこちらからくすくす笑いが聞こえる。



 星蘭(せいら)は数回瞬きをした後、状況を理解した。授業中、夢を見るほど熟睡していたのだ。

 耳まで熱が上ってくるのを感じた。



「ごっ、ごめんなさい!」



午後の傾いた日差しが降り注ぐ教室。程なくしてチャイムが授業の終わりを告げた。



✴︎✴︎✴︎✴︎



「 珍しいね。星蘭が居眠りするなんて。」



 ホームルームが終わった後、すぐに梨穂(りほ)が星蘭の席にやってきた。

 星蘭は乾いた笑い声を立てる。



「実は今日ちょっと寝不足でさ。昨日隣町、音花町(おとはちょう)で魔物が出たでしょ?そのことを遅くまで調べてて。」



「ああ。あのニュースね。音花町がつぶった〜のトレンドに上がっててびっくりしたよ。

近くで魔物が出たなんて初めて聞いたし、怖いよね。」



「アズールが来てくれたみたいだね。怪我をした人はいたけど、被害は少なくて済んだって。」



 そう言いながら、(あや)もスマートフォンを片手にやってくる。



「魔物は怖いけど、アズールは見たかったな。」



 梨穂が胸の前で手を組んで、うっとりとした様子で言う。



「生で見たらすっごいかっこいいんだろうね!群青の魔法少女、アズール!

あのクールな感じがいいよね。仕事バリバリできますって感じ。同じ女として憧れるわ〜。

星蘭も推し魔法少女作ったらいいのに。楽しいよ。」



 そう言いながら彩は待ち受け画面のアズールを見せてくる。凛とした表情を浮かべる彼女は、男女問わず多くの人を虜にしている。



「私はあんまり興味ないかな。」



 星蘭の気のない返事に、彩が口を尖らせる。



「星蘭、いっつもそれ言うよね。」



「昔は憧れてたんだけどね。」



 人々を守るため、命懸けで邪霊や魔物と戦う魔法少女。小さい頃は純粋にかっこいいと思ったし、目指したいとも思っていた。けれど、星蘭の家では、星蘭が魔法少女の話をすると、父親も母親も決まって、不安そうな、困ったような表情を浮かべた。幼心に星蘭はそれに気がついて、魔法少女の話は極力しないようにしていた。


 高校生になった今思い返してみると、星蘭の両親は、魔法少女という危険な道に歩んで欲しくなかったから、あんな風に戸惑った様子を見せたのだろう。




✴︎✴︎✴︎✴︎



 新体操部の練習を終えた後、梨穂と彩と話し込んでいたため、いつもよりも帰りが遅くなっていた。日が沈んだ後なのにまだ蝉の声が聞こえる。蒸し暑い夜の空気の中、星蘭は足を速める。


 見慣れた青い屋根の家。星蘭の家の前に差し掛かった時だった。 

 悲鳴が聞こえると同時に黒くて大きなものが目の前を通り過ぎた。


 熊かと思ったが、違う。二本足で立っていて、背中には大きな蝙蝠のような羽が生えている。街灯の下、黒々とした肌が鈍く光っていた。

 それが魔物だと理解した途端、星蘭の全身に鳥肌が立った。


 魔物は片手に槍を持っていて、その先に何かが刺さっている。


 赤く染まった銀色の髪、青白くなった頬。


 その穂先を見て、星蘭は目を見開いたまま動けなくなった。



「お、母さん?」



 魔物の持つ槍が星蘭の母親、真里(まり)の胸に深々と突き刺さっていたのだ。



「あ、あ、あ…」



 身体が震えて、それ以外の声が出せなかった。



 星蘭の声に気がついたのだろう。

 魔物はぐるりと首を回してこちらを見た。その顔には張り付いたような笑顔が浮かんでいる。


 魔物はケタケタと笑いながら、武器を持っている方とは反対の腕で、星蘭の方に向かって、何か球状のものを放り投げた。



「………!」



 星蘭は言葉を無くした。それは星蘭の父親の頭だった。


 星蘭はもう立っている気力もなくなって、地面に座り込んだまま、呆然と変わり果てた姿の父親を見つめていた。


 今朝までは確かに生きていたはずだった。いつも通りの笑顔でおはようと言ってくれた。

 これからもずっと一緒に生きていけると信じて疑っていなかった。だから、目の前の光景が信じられなかった。



 魔物は相変わらず甲高い笑い声を立てながら、槍を真里から引き抜いた。そして、今度はお前の番だとばかりに、血に濡れた槍の刃先を星蘭に向けた。


 それに気がついた星蘭は地面にへたり込んだまま、後退る。もはや今の星蘭を動かしているのは生存本能だけだった。


 死にたくない、という思考に支配されるばかりで、そのための手段が何も浮かなばなかった。迫り来る死の気配に震えながら、頭を振ることが星蘭にできる精一杯だった。



 魔物が体勢を低くした。殺される!と思った瞬間、魔物の周りが炎で包まれた。

  

 それと同時に星蘭の前に一人の少女が降り立つ。赤い髪を一つに束ねて、薄い桃色のワンピースのような服を着た少女。

 長い杖を持った魔法少女だった。大きな花の形をした髪飾りが目を引いた。



 少女は星蘭を一瞥して、もう大丈夫よ、というように微笑んだ。


 可愛らしさの中に確かな自信と強さを感じさせるその笑顔に、星蘭は一瞬見惚れてしまった。



「ギィィィィヤァァーーーーー」



 耳障りな奇声で、すぐに意識が魔物の方へと戻される。魔物は炎に焼かれて、しばらく地面をのたうち回っていたが、空中に舞い上がると、魔法少女目掛けて突進してきた。



 魔法少女は目にも止まらぬスピードでその場を離れ、魔物の背後に跳び上がり、杖から火の球を飛ばして魔物を攻撃する。



 魔物は背中の羽で飛び上がり、翻弄するように上下左右に動きながら魔法少女に向かっていくが、少女の狙いは的確で確実に魔物へと命中させていた。


 やがて魔物はバランスを崩し、地面へと落ちた。それを見た魔法少女は自分が持っていた杖を魔物目掛けて投げつけた。杖は魔物に向かって真っ直ぐに飛んでいき、魔物の背中に突き刺さった。それと同時に魔物の方から、パリンとガラスが割れるような音がして、それから魔物は動かなくなった。


 星蘭は灰のように消えていく魔物の身体をを唖然と見つめていた。


 そんな星蘭と魔物の残骸の間に、花の髪飾りの魔法少女はふわりと着地する。



「あなた、怪我はない?」



「………はい」



「私は魔法少女ダリア。

怖かったわね。もう、大丈夫よ。」



「はい… 」



 助かったのだ、と理解するのに随分時間がかかった。

 


「お母さん…お父さん…ひどい……」



 うまく思考をまとめることができなかったけれど、ただただ悲しくて、悔しくて、涙が溢れてきた。一度涙が流れ始めると、堰を切ったように次から次へと溢れてきた。星蘭はそれから幼い子どもに戻ったかのように声を上げて泣いた。

 ダリアと名乗った魔法少女は何も言わずに、星蘭を抱きしめてくれた。


 ひとしきり泣いた後、星蘭はダリアに尋ねた。



「魔法少女になったら、私も魔物を倒せますか?」



 ダリアは星蘭を抱きしめるのをやめ、星蘭から体を離すと、悲しげな表情で答えた。



「……不可能ではないわ。」



 それなら、と星蘭が話を続けようとすると、ダリアは頭を振って、星蘭の話を遮るように言った。



「不可能ではないけれど、厳しい道よ。

魔法少女の7割は一年も経たないうちに、魔物との交戦の最中で死んでいく。

あなたの気持ちはよくわかる。けれど、復讐のためにあなたが命を落とすことをあなたの家族が望んでいるとは思えないわ。」



「それでも、仇を討ちたいです。魔物を許せない!家族とこんなお別れをして、普通になんて生きていけません!

たとえ相討ちになっても、いいんです!一体でもいいから魔物を倒したい!」



 次第に言葉に熱がこもっていく星蘭とは反対に、ダリアの反応は冷静なものだった。



「現実には魔物を一体も倒せずに命を落とす子もいるの。亡くなった家族の分も、長く幸せに生きることも選択肢の一つだと思うわ。」



 両親のことを言われるとひどく胸が痛んだ。星蘭の父親も母親も本当に星蘭を大切にしてくれていた。きっと星蘭が魔法少女になるといったら、星蘭の身を案じて全力で反対しただろう。

 けれど優しかった二人はもういない。今日、星蘭の目の前で、理不尽に命を奪われたのだから。



「……それでも、可能性があるならやりたいです。私、魔法少女になります!」



「…そう。わかったわ。そこまで言うならもう止めはしない。

けれど今のあなたは冷静じゃない。人生を左右する決断よ。時間をかけてよく考えて。

1ヶ月後、あなたの決意が変わらなかったなら、魔法少女管理省へ連絡するといいわ。魔法少女になるための手続きを教えてくれるから。」



「はい、ありがとうございます。」



 魔法少女になって魔物と戦う。星蘭は固く決意した。


ずっと書いてみたかった魔法少女ものに挑戦することにしました。魔法少女ものといってもかなりダークな作品にする予定です。

気に入ってくださる方がいれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダークな作品大好きです! 最近、私もチャレンジしていまして、、、 応援しています!
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