「おはよう」
「.....ん」
彼女が声を漏らす。
それは細く息を吐いただけにも、そもそも彼女から発せられたものかも分からないくらい、小さな声。
「おや、起きたのかい?」
「.........」
ベッドの横の椅子に座ったまま声を掛けてみるが、反応はない。
どうやら勘違いだったらしい。
柔らかな日差しが背中を暖め、細く開いた窓から吹き込む風でカーテンが揺れる昼下がり。
けれど、彼女の顔には日差しは届かずに影が差していて暗い。
当初は普段と違う寝顔になかなか慣れないところもあったけれど、6年も経てば愛しくもなる。
それに最近はこの可愛い寝顔を見ているのも存外楽しい。
思わず、彼女の頬に手を添える。
髪を梳く。
ああ、可愛いなぁ。
触れてみても、彼女に起きる気配はない。
まったく、どれだけ熟睡しているのか。
「もう昼も過ぎたというのに、仕方ないやつだ」
そう言いながらも緩む頬は、抑えようがない。
このまま眺めていても仕方がないので、話し掛けてみようか。
そのうち目を覚ますかもしれない。
「この部屋に飾ってある花瓶だけどね、今日新しくしてみたんだ。もちろん、花も。そろそろ飽きてきたかなって思ってさ。後で感想をよろしく」
「そういえば、お義母さんが今日の夕方来るって言っていたっけ? それまでに起きないと困るのは君だからね。いやまぁ、僕にも非が無いわけではないんだけど」
「そうだ。君が好きだと言ってよく行っていたカフェ。新しいメニューが出るって噂があってね。今度一緒に行こうよ」
「.........」
いろいろと声を掛けて見るけれど、彼女は変わらず目を覚まさない。
こんなやりとりも毎度のことだ。
諦めて、短い息を吐く。
先程よりも強い風が吹き込み、僕と彼女の髪を揺らす。
その刹那、日が雲に覆われ、室内が薄暗くなる。
僅かに乱れた彼女の髪を整えながら、思う。
君の穏やかな寝顔。
本当に、ずっと見ていられる。
でもね。
本音を言うと、君の笑った顔も、怒った顔も、呆れた顔も、泣いた顔も、君のいろんな表情も見たいんだ。
だから、早く目を覚ましておくれ。
そして、声をきかせておくれ。
「おはよう」
そう言って微笑む君がいなければ、僕は朝を迎えられないんだ。
白いベッドで静かに眠る君の横、僅かなスペースに上半身だけを横たえて、君の横顔を眺める。
目を覚ました後の彼女との時間に思いを馳せながら、僕はまた、目を閉じる。