9話
心の奥底から、煮えたぎるかのような怒りが噴き出てくる。
ベセルは冒険者となった当初から、英雄願望が強かった。
いつかは英雄と呼ばれるような冒険者を目指して、高見を目指していたのだ。
しかしそれは、冒険者ギルドからの永久追放という形で打ち砕かれた。
そして今や罪人として憲兵団の元で刑の執行を待つ身となっている。
しかしベゼルの絶望した顔だけでは、俺の怒りは収まらない。
あと二人残っている。
俺を裏切り、死の淵へと追いやった裏切者は、ベセルだけではない。
ロロと、フォルテナ。
ふたりへの復讐心は、刻一刻と膨れ上がるばかりだ。
そんな今にも爆発しそうな怒りを込めて、腰の剣を抜き放つ。
剣が甲高い金属音をかき鳴らし、空気を震わせる。
そして、ドサリと音が響いた。
見れば向かい側に立っていた、相手が倒れている。
彼――昇格試験の試験官はなぜか、口から泡を吹いて白目を向いていた。
俺は思わず周囲で見守っていたギルドの職員へと、困惑の視線を向ける。
「この場合、試験ってどうなるんだ?」
◆
昇格試験の手続きは、つつがなく行われた。
それだけ冒険者ギルドが俺のスキルに関心を持っている証左だ。
ただ問題があったとすれば、俺が自分のスキルに関しての能力を把握していなかった、と言うことだろうか。
「す、すみません! 先ほどの試験官は、どうやらアクトさんのスキルの影響で気絶してしまった様子で……。」
「それは、悪いことをしたな」
「ですが、今度は絶対に大丈夫です! なんたって、ゴールド級冒険者を呼びましたので!」
ふと視線を向ければ、訓練場の中央には一人の冒険者が立ち尽くしていた。
先ほどの試験官とは明らかに異なる空気を纏い、俺の視線を受けてもうっすらと笑みを浮かべる。
「へぇ、アンタが新しいレアスキルを手に入れたっていう冒険者かい? 思っていたより、ずいぶんと若いな」
サリアは冒険者の隣まで向かうと、俺に紹介を始める。
「彼女はゴールド級の冒険者、サディアスさんです。偶然にも先ほどの試験を見ていて、アクトさんの相手を買って出てくれたんです」
「興味があったんだ。怒りの意識を向けるだけで熟練の戦士が卒倒する程の威圧。それを生み出すスキルにね」
身の丈ほどもある刀剣を背負った冒険者は、自然体で俺に右手を差し出した。
それに俺もこたえるが、冒険者の名前を聞いてひそかに驚いていた。
ゴールド級ともなれば、広く名の知れた冒険者が数多くいる。
その中でもサディアスは名高い剣士でもあった。
凄まじい一撃でどんな相手でも粉砕する彼女につけられた名前は、重撃。
だがこんな華奢な女性だとは思ってもいなかったのだ。
「俺はアクトだ、よろしく頼む。 重撃のサディアスと剣を交えられるとは、光栄だ」
「へぇ、私を知ってるのに余裕だね。それに怯えてもいない。死線をくぐったばかりで、心が麻痺しているのかもね」
サディアスは背負った剣の柄を指で弾く。
確かに、戦乙女の霊廟で味わった恐怖と絶望に比べたら、彼女の威圧はそよ風の様な物だ。
あの状況の後では模擬戦で緊張することなど考えられなかった。
「なにはともあれ、ルールは簡単です。どちらかが戦闘不能になる、もしくは降参すると、決着です」
単純明快なルールにサディアスが笑う。
これが俺の昇格試験であっても、彼女が手加減をする気配が無いのは明白だ。
そして相手は名の通ったゴールド級冒険者である。
今まで通りの戦い方では昇格することは難しいだろう。
俺はこの戦いの中で、ゴールド級に相応しい実力があると証明しなければならないのだ。
そう認められるには、あの破壊者のスキルを使いこなす必要がある。
俺が剣を引き抜き盾を構えると、サディアスも答えるように大剣を構えた。
自分の中にあるスキルへ集中して、そして身構える。
「悪いけど、手加減は苦手なんだよね」
「問題ない。試験だからな」
「それならよかった。じゃあ、遠慮なく――」
彼女の言葉は、そこで途絶える。
そして同時に、彼女の姿も掻き消える。
瞬きを、たった一つ。
重撃と呼ばれる剣士は、俺の目の前に現れていた。
「いかせてもらうよ」
◆
風を巻き込みながら、大剣が唸りを上げる。
反射的に左手で構えた盾で受けようとして、咄嗟に身を投げ出した。
重撃の名を持つ彼女の一撃を、盾で受けるのは愚策だろう。
事実、模擬戦用の武器にも関わらず、彼女の一撃はいとも容易く大地を打ち砕いた。
盾で受けたらどうなるか、これ以上ないほど分かりやすい答え合わせだ。
「初手は正解。 じゃあ、次はどうかな?」
続く二撃。凄まじい速度の踏み込みからの、切り上げ。
しかし先ほどの一撃よりも、速度を優先したのか。
破壊力は控え目だ。
とはいえ正面から受け止めることはしない。
深く角度を付けて、盾の表面で受け流す。
それでも、左手を貫く程の衝撃が襲った。
「へぇ、私の一撃を受け流すんだ。やるね」
「それは、どうも」
軽口を叩いたサディアスは、大剣を構え直す。
ただその構えは、独特な物だ。
腰だめに、切っ先を背中へ向けている。
違和感と同時に、本能が警鐘を鳴らした。
今までとは比べ物にならないほどの威圧を感じるのだ。
これは強力な魔物と対峙した時と同じ感覚。
間違いなく、スキルを使った攻撃の前兆だった。
「動きは中々に洗練されているけれど、流石にこれは受けきれないでしょ? 早く新しいスキルを使わないと、ぺしゃんこになっちゃうよ?」
「なら、遠慮なくいかせてもらう」
自分の中に意識を向けて、スキルを選ぶ。
とはいっても、まだ破壊者の中でも使えるスキルはたったひとつ。
あの戦乙女の亡霊にも使った、攻撃系のスキルを発動させる。
スキルが立ち上がり、剣に力が集まっていく感覚が伝わってくる。
しかしそれより先に、目の前の剣士が動いた。
「メテオ・パニッシュ!」
凄まじい踏み込みで、地面が砕ける。
魔物顔負けの身体能力で大地を蹴った彼女は、風の如き速度で肉薄。
気付けば、と言う速度で目の前に現れた。
さすがはゴールド級の冒険者と言ったところだろう。
だが不思議とその速度にも慣れてきていた。
本来、俺は騎士のスキルを持っていたため、自分から攻撃を仕掛けるのは得意ではない。
どちらかと言えば相手の動きを見て反撃をする方が性に合っていた。
白い剣閃を残して振るわれるサディアスの大剣。
それに合わせるように、俺も右手に握った剣を振るう。
「ゼル・インパクト!」
俺の持つ剣の刀身が僅かな光彩に包まれる。
大地を打ち砕く大剣と、剣が交差する。
その瞬間。
金属の悲鳴が鳴り響き、破片が周囲に飛散した。
耳をつんざく程の轟音と共に砕けたのは、サディアスの大剣だった。
重撃。
そう呼ばれる凄腕の冒険者の一撃を、俺の一振りが粉砕していた。
サディアスもなにが起こったのか理解できない様子だ。
だが自分の砕けた大剣と俺の剣を見比べて苦笑いを浮かべた。
「これなら確かに、シルバー級の能力じゃないね」
そういって彼女は、大剣の柄を放り捨てる。
もう一度だけ甲高い金属音が鳴り響き、それが試験終了の合図となった。