52話
目的地に向かう為には馬車を捨てて深い樹林を進む必要もあったが、それも俺達にとっては好都合だった。
激しい追撃もあったが、対人戦闘に長けたファルズがいる。
それも深い森の中での戦闘で、彼女が後れを取る訳がない。
気付けば追撃の手は止み、そして気付けば湖面の畔にそびえ立つそれを眺めていた。
「進入禁止区域。ギルドの地図には、そう記されているけれど」
「どう見ても誰かの手が入っているのは間違いない。あんなでかい建物が無傷のまま残ってるわけがないんだからな」
視線の先。そこには不思議な光沢をもった金属で建造された建物があった。
そして何より、それを取り囲む石造りの柱や石畳が劣化しているというのに、建物だけは美しいままだ。
まるで時の流れから、その建物だけが外れてしまったかの様に。
「ヴィオラ。イベルタは間違いなく、あの場所にいるんだよね?」
「能力が間違っていなければ、の話だけれど」
「今さら疑うわけないだろ。ヴィオラの能力には、実際に助けられてる」
現在、ヴィオラは大まかな位置しか特定できていない。
しかし周囲を見渡してもあの建物以外には、山林の他に何も見えない。
あの建物にいるのは間違いないと言えるだろう。
追跡者という能力によって、ついにイベルタを追い詰める事に成功したのだ。
彼女の功績は俺達の中でも最も高いと言っていいだろう。
惜しむらくは、誰にもそれを誇れないのだが。
それを本人も自覚しているのだろう。
自嘲気味にヴィオラは微笑を浮かべた。
「それもここまでね。イベルタを殺しても、色々と事を荒立て過ぎたわ」
「復讐の為に必要な代償だったからな。仕方がないとしか言えない。だが後悔をするなら、イベルタを始末した後にしろよ」
終わった後の事を後悔するのはまだ早い。
本当に全てを終わらせるのは、これからなのだから。
◆
見えていた建物の目の前。
近づくにつれて、人影が浮かび上がってきた。
その人物は門番の様に立ちふさがっていた。
銀色の美しい鎧。銀色の美しい髪。
そして凍てつくような銀色の瞳。
彼女の姿は見る物に冷たさと美しさと、そして神聖性を感じさせた。
抜き身の剣を支えに立ち尽くしていた女性は、俺達を前におもむろに口を開く。
「来てしまったんだね。とうとう、この場所まで」
「クレイス・アーデンガルド。お前もイベルタの口車に乗せられたのか」
プラチナ級冒険者筆頭、クレイス・アーデンガルド。
またの名を銀月の騎士。
冒険者の最高峰とまで呼ばれた人物である。
イベルタに強力を無理強いされているという可能性は絶無だろう。
彼女が大人しく従っているという事は、イベルタに賛同したか、騙されているかの二択に絞られる。
そして彼女は俺の疑念を小さな笑いと共に払しょくした。
「口車……か。それは随分と悪意のある言い方だね。物事を一方的にしか見れないのは、冒険者としても致命的な欠点だよ。私は彼女の命令でここを守っているけれど、それは私の意思でもある。彼女の考えていることは、私も理解しているからね」
「ほう、なら聞かせてくれ。いつまでも逃げ回り、隠れてるイベルタがなにを考えてるのか」
「世界平和、と言ったら君は笑うんだろうね」
本来ならば笑う所だったのか。
少なくない沈黙が俺達の間に流れた。
この状況は冗談を笑うには余りに剣呑で殺伐としていた。
そんな中で冗談を言えるクレイスもまた、正気ではない。
「こんな状況でも冗談を口にするお前の神経を疑うだけだ」
「冗談じゃないんだけどな。私達は本当に、大勢を救う為にイベルタの計画を実行してるだけだよ」
「それと同じことを口にした奴がどうなったか、知りたいか?」
「殺されたんだよね、君達に。ヴィルヘルムは慈悲深く、そして優秀な戦士だった。私の親友であり、戦友であり、イベルタを支えるもう一つの腕だった」
肩をすくめて見せるクレイスは、ふと空を見上げた。
そこに込められた感情を推し量ることは、俺にはできない。
悲しみか、怒りか。かつての記憶を思い返しているのか。
そんな人間らしい感情をまだ残しているというのであれば。
なぜそれを、イベルタに殺される人々へ向けられなかったのか。
苛立ちがこみ上げてくるが、それを押し殺すように俺も空を見上げる。
ここで冷静さを欠けば、戦いに敗れる。
相手は人間の中で最強と名高い、クレイス・アーデンガルドだ。
怒りを鎮め、思考を冷静な物に切り替える。
視界の先には、夜闇を支配する満月が浮かび、俺達を見下ろしている。
「あぁ、なら無駄な話で俺達をけむに巻こうとするのは止めた方がいい。はっきり言えば、今すぐにでもお前を殺して、イベルタを引きずりだす方が早いんじゃないかと考えてるところだ」
「そうやって私の仲間を殺してきた。自分の命を投げ出してまで影武者を演じた獣人族のイベルタ。臆病だが仲間達に慕われていたレリアン。忠実に使命を果たそうとしたローナ。それにアンセムの仲間達。なにより輝かしい未来が待っていたはずの、ジークさえも」
その名を呼ぶクレイスは酷く悲しげだ。
それが俺の意思に影響を与える事など皆無だが。
「今さら被害者面はよせ。お前達が世界平和とかいうふざけた大義名分で大勢を殺してきたのは知ってる。少なくとも俺達はな」
「事実では納得しないのだろうね。それらの意図や計画の全てを聞かない限りは。ならいいよ、全て話そうか。イベルタの計画を」
鈴の音の様な声音で、クレイスは語る。
俺達の求めた復讐の元凶を。
イベルタの思惑を。
「人類史の平和を数百年間も守り続けてきた、偉大なる計画を」




