38話
「流石に暗いな。燐光石をもっと持ってくるべきだったか」
何度も反響する足音が、警戒心を逆なでする。
まともに視界を確保できない薄暗闇の中で、思わず小さく舌を鳴らした。
どこから何が飛び出してくるかもわからない暗闇は、どうも苦手だ。
レンダール商会の倉庫は、事務所からさほど離れることなく発見できた。
ただ入るために扉を破壊したため、内部に誰かが潜んでいれば確実に俺達を警戒しているはずだ。
深淵では魔物に気を付ければよかったが、この暗闇の中では悪意を持った人間に警戒しなければならない。
それが一層に俺の気を重くさせていた。
俺のぼやきを聞いたファルズが、暗闇の中で光る赤い目をこちらに向ける。
「そうかい? 僕は平気だけれど」
「それは獣人だからよね。こっちは人間なんだから、少しは考えて発言しなさいよ」
すかさずファルズへ噛みつくヴィオラ。
しかしヴィオラは燐光石を持っていないらしく、ぴったりと俺の横について歩いていた。
暗闇が恐ろしいのか、それとも周囲を警戒しての事か。
そんな二人のやり取りの中で、聞き覚えのある小さな声を拾い上げる。
「静かにしろ。なにか聞こえた」
自分の忠告が、嫌に大きく聞こえる。
一瞬にして空気が張り詰め、各自が武器に手を伸ばす。
しかし、次の瞬間。
「ろ、ローナ!」
暗闇の中で反響する程の大声で、ディオラがその名前を呼んだ。
見れば、床に倒れたローナの姿が朧げに見て取れた。
一見してローナに外傷はなく、周囲に人影もない。
ただディオラはそんな確認をすることもなく、ローナの元へと向かおうとする。
しかし、とっさにディオラの肩を掴んでそれを制止した。
「待て、ディオラ。様子がおかしい」
「おかしいって、そこにローナが倒れてるんだ! 早く助けに行かないと!」
「だから、あのローナを地面に転がした奴が近くにいるはずなんだ」
ローナが失踪して三日ほどが経っている。
しかし誘拐した相手は、ローナをこの街から連れ出すことも、取引に使おうともしない。
それどころか生かしたまま――実際に確かめるまでは、確証もないが――この場所に監禁している理由が何かあるはずだ。
そして監禁しているのであれば、彼女を見張る役の人間がこの倉庫の中にいてもおかしくはない。
感覚を研ぎ澄ませて、燐光石を使って周囲を照らし出す。
周囲には誰もいない様に見えるし、なにも見当たらない。
一見、問題ない様に思えた。
しかし。
「もう一度だけ確認するが、ここはレンダール商会の倉庫だったな」
「そんな事を聞いてる暇があるなら、ローナを助けに行かせてくれよ!」
「いいから、答えろ。本当にこの場所はレンダール商会の倉庫なんだな?」
俺の怒気を含んだ問い掛けに、ディオラは小さく頷いた。
「そ、そうだよ。間違いない」
その返答を聞いた瞬間、腰の剣を引き抜いた。
鞘と擦れた刀身が火花を散らし、鋭い金属音が反響する。
俺の行動を見てファルズとヴィオラもそれぞれの武器を取り出した。
ただ一人、ディオラだけは状況が理解できていないのか。
武器を取り出した俺達を見て、困惑の表情を浮かべていた。
「ヴィオラ。レンダール商会は、冒険者向けの商品を大量に仕入れる事のできる商会だったな」
「えぇ、そうよ。アクト、貴方ってなかなか頭が回るタイプね。私好みだわ」
「アクトは機転が利くんだ。こんな状況じゃあ、頼もしい限りだよ」
ローナを助けない俺達に痺れを切らしたのか。
ディオラが思わず声を上げた。
「いい加減にしてくれよ! ヴィオラまでどうしたんだ! そこにローナが――」
「大商会お抱えの倉庫に、一切品物がないなんて事があり得るのか?」
まるで、誰かがローナを追ってこの場所に来ることを想定していたかのように、倉庫の中になにも無さすぎるのだ。
レンダール商会は冒険者向けの商品を大量に捌く大商会。ともなれば在庫は少なからず確保しておくはずだ。
それもこの倉庫は、商会が土地も建物も所有する物だ。
木箱のひとつどころか、商品のひとつも存在しない倉庫など、果たしてあり得るのだろうか。
少なくとも俺には、この場所が俺達を確実に仕留めるための巨大な罠に見えた。
「おおかた、迎撃用の魔法があちこちに仕掛けられてるんじゃないのか?」
周囲四方の壁を視線を向けるが、明かりが乏しくはっきりとは判断できない。
そもそも俺達に見えないように細工している可能性もある。
いや、待ち伏せているなら、その可能性の方が高いか。
このままローナの元まで向かえば待ち伏せによる打撃を受ける事になる。
ならば思い切って壁の一つでも破壊しようかとした、その時。
「いつもいつも、そうやって私達の計画を壊していくのよね、貴方は」
それは、記憶に残っている声音だった。
倉庫のさらに奥。
燐光石の光が届かない闇の中から、彼女は姿を現した。
その焦がれる程に願った再会に、小さく手が震える。
「あぁ、これは感動の再会だな、フォルテナ」
◆
ローナの元まで歩いてきたフォルテナは、俺達を見据えてほくそ笑んだ。
元々パーティを組んでいた身として、この状況が俺達に不利なことはすぐに理解できた。
フォルテナは貪欲な女だが、身の保身に対しては非常に敏感だ。
そんな彼女がすぐ目の前、俺の間合いになんの対策もなく入ってくることは無いだろう。
少なくとも完全に有利な状況だと理解しているからこそ、俺の間合いに入ってこれるのだ。
ただ、目の前に待ち望んだ相手がいる状況に、抑制が効かない。
じりじりとその距離を詰めていると、フォルテナが小さく笑った。
「あまり動き回るのはお勧めしないわね。この倉庫全体に私の魔法を仕掛けてあるの。下手に動いたらどうなるか、仲間だった貴方ならわかるわよね?」
「一瞬あればお前を殺せるぞ? お前が大魔法を起動する際に足を止めるのは知ってる。誰がダンジョンの中でその時間を作っていたと思ってるんだ」
この瞬間、襲い掛かればフォルテナの命は確実に奪える。
しかしどれだけの魔法をこの倉庫に仕掛けているのかがわからない以上、フォルテナを殺した後の事を考えなければならない。
もし倉庫ごと破壊するような魔法ならばディオラやローナ、ヴィオラにファルズを巻き込んでしまう。
それを考えると、実際の行動を起こすのはまだ早い。
まるで俺の考えが読めているのかのように、フォルテナは余裕なままだ。
「あら怖い。流石はゴールド級冒険者ね。ゴールズホローでも大活躍だったと聞いたわ」
「ならお前達のお友達だったレリアンがどうなったかも知ってるだろ。すぐにでも会わせてやるよ」
「相変わらず頑固なのね。もう少し理性的に話し合えると思っていたのだけれど……仕方ないわ」
こうなる事が分かっていたかのように、フォルテナは片手を上げた。
その瞬間、倉庫の暗闇を閃光の様な赤い光によって切り裂かれる。
見れば、フォルテナの腕の先には、巨大な火球が生み出されていた。
それは数ある魔法の中でも、フォルテナが最も得意とする魔法だ。
魔物さえ一撃で屠るその魔法をどこへ放つのか。
その答えは、フォルテナの向ける視線の先にあった。
「頼む、やめてくれ! 彼女はなんの関係もないはずだろ!」
懇願するように、ディオラが地面に膝をつく。
今にも魔法を放ちそうなフォルテナは、そんなディオラの姿を気に入ったのか。
今まで以上に饒舌に話し始めた。
「いいえ、そこにいるアクトと関わってしまったの。そして結果的にイベルタの元へ辿り着く可能性が生まれてしまった。関係ないとは言えないのよ、残念なことにね」
「そんなこと知らない! お前達の争いに、俺とローナを巻き込まないでくれ!」
「彼女の事が本当に大切なのね。じゃあ取引しましょうか。アクトと獣人、そして追跡者を殺したら、彼女も貴方も解放してあげるわ」
弾かれたように、ディオラが顔を上げる。
そしてフォルテナと俺、ファルズの順番に顔を見回す。
だがディオラの視線は、ヴィオラで止まった。
「な、なぜ妹まで!? ヴィオラはなにもしてないじゃないか!」
「彼女の能力は厄介なのよ。これまでは私達の為に使えると思っていたけれど、こうなってしまっては協力は望めないでしょうからね」
ファルズいわく、ディオラにとってヴィオラとは命よりも大切な家族だ。
そんな妹をその手で殺させようとする時点で、フォルテナの性根が見て取れる。
生粋のクズであり、死ぬべき存在だ。
だがここで俺が抵抗すれば、フォルテナはなんの躊躇もなくローナを殺すだろう。
そうなればフォルテナを殺したところで、ヴィオラの協力は得られなくなる。
間接的に大切な兄の婚約者を殺したことになるのだから当然だ。
それに俺が下手に動けば、フォルテナが倉庫に仕掛けた魔法を起動させるだろう。
どの程度の魔法を仕掛けてあるのかは不明だが、少なくとも俺達を殺すつもりで仕掛けているはずだ。
魔法を起動させられれば俺だけではなく、ヴィオラやディオラ、ファルズの命も危うい。
どのみち、今の俺に選択肢は残されていない。
ただフォルテナの提案をディオラが受けるかを、見守るしかない。
究極の選択を迫られ、決めかねるディオラ。
じっとヴィオラの顔を見て、そして横たわるローナを見つめる。
その短い間にも、フォルテナは再び急かすように問いかけた。
「私の慈悲を受けるか、それとも無駄死にするか。好きな方を選ばせてあげるわ」




