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21話


 驚くことに、巨躯を誇る魔物を前にしても、心は水面の様に穏やかに保たれていた。

 これまで多くの魔物と対峙してきたが、これほどまでに落ち着いていることは初めてだ。

 ロック・エレメンタルとの距離を詰めながら、深い呼吸をしてゆっくりと腰から剣を引き抜く。


 薄暗闇の中に金属の音色が響き渡り、ロック・エレメンタルが動きを止める。

 そして煌々と輝く赤い単眼が、一瞬にして俺を捉える。

 瞬時にロック・エレメンタルは体の向きを変えて、両手を高く振り上げた。

 その身に宿る怒りの矛先を、やっと見つけたかのように。 


 ◆


 振り下ろされる剛撃を躱し、素早くスキルを発動させる。

 大地が砕け、鋭利な石の破片が飛び散る中、ロック・エレメンタルの剛腕へと肉薄する。

 そして関節にあたる部位に、微かな燐光を纏った剣を叩きつける。


「ゼル・インパクト!」


 深淵の中で微かに光る剣が、破滅的な轟音を奏でる。

 大きくのけぞったロック・エレメンタルの腕は、一瞬にして吹き飛んだ。

 しかしあくまで腕一本。核が存在するであろう胴体は無傷だ。

 ロック・エレメンタルはと言えば、残った腕だけを再び振り上げる。


「効いてはいるが……とどかないか」


 小さく舌を鳴らし、再びロック・エレメンタルとの距離を開ける。

 相手の攻撃範囲は非常に広く、中途半端な距離感で戦っていては一方的に攻撃を受ける。

 かといって超近距離戦に持ち込めばあの巨体を破壊した際に生じる岩の雪崩に押しつぶされる。


 ただ悩む数秒で、破壊したはずの腕が再生してしまう。

 核を壊すか、一気に体の大半を破壊しなければ決着はつかないだろう。

 とは言えこれ以上、この場所に留まっていては危険すぎる。

 

 後方で薬を抱えて見守っていたファルズへと叫ぶ。


「今のうちに地上へ向かえ!」


「君はどうする!?」


「こいつを破壊して、すぐに向かう」


「本当に、できるのかい?」


「さぁな」


 苦笑いが浮かぶ程に、勝ち筋が見えていなかった。

 魔物と戦う時には、ある程度の戦い方や倒し方が頭に浮かぶ。

 有効な攻撃やアイテム、魔法やスキル。

 それらを使い、どう魔物を倒すかという順序が、経験と知識によって組み立てられる。


 しかし自分にはその全てが欠如していた。

 一撃必殺のスキルを当てる方法が思いつかない。

 どうにかして近づく方法を探し当てなければ、俺に勝利はない。


 だがなぜだろうか。

 不思議と、恐怖心はなかった。

 数秒の沈黙の後に、ファルズが駆けだす音が聞こえた。


「絶対に、助けを呼んでくる。どうかそれまで、耐えていて」


 そう言い残すと、ファルズは獣染みた速度で駆け抜ける。

 ロック・エレメンタルのそばを通るも、完全に俺に敵意を向けているせいか。

 ファルズの事は気にも留めず、そのまま通過させた。

 これで一つの懸念が減ったわけだが、目の前の脅威が変わったわけではない。


「さてと、ああは言ったがどうしたものか」


 ◆

 

 幾度目かの攻防の末に、再びロック・エレメンタルの腕の破壊に成功する。

 しかし攻めあぐねている間に、腕は周囲の岩を使って元の形に戻ってしまう。

 核を破壊しない限りは不滅というのは、想像を超えて厄介だった。

 

 そして状況は刻一刻と俺の不利な方向へと傾いていた。

 ロック・エレメンタルには心身の疲労などなく、常に最高の状況で戦い続けられる。

 一方で俺は攻撃する度、そして回避する度に体力が削られていく。

 なによりスキルも無限に使えるわけではない。 


「このまま戦い続けるのは、得策じゃないな」


 勝利を治めるには、一撃で葬り去る方法を探らなければならない。

 無理に懐に飛び込むのは、リスクが高すぎる。自殺行為と言ってもいいだろう。

 ならば両手を瞬時に破壊して、続けざまに核があるであろう胴体を破壊するか。

 しかし片腕を破壊するのでさえ手間取っている今の状況で、両手を破壊するのは困難を極める。

 

「よく考えろ。この状況で利用できる物を探せばいい」


 薄暗い中で、周囲に視線を走らせる。

 崩れかけた坑道に、ひび割れた大地。そして周囲に散らばる、ロック・エレメンタルの腕だった残骸。

 使えるものと言ったら、それぐらいか。


 そしてロック・エレメンタルを倒すには、胴体を破壊しなければならない。

 つまり攻撃をさせずに近づき、胴体を砕く必要がある。

 下手に距離を取られたり、守りに入られる事無く、だ。 


 その条件を満たすことができる作戦は――


「はは、だいぶ狂ってるな。だが、やる価値はある」


 手の内にある剣の柄の感覚を確かめなおし、握りなおす。

 意識を剣へと集中させて、俺の使える唯一のスキルを起動させる。

 身を低く構えて、そしてロック・エレメンタルの攻撃を誘う。


 完全に再生したロック・エレメンタルは再び腕を振りあげて、俺の真上へと寸分のためらいなく振り下ろす。

 その単調な攻撃を身を投げ出して回避し、地面に突き刺さった腕へと再び肉薄する。

 しかし狙いは腕ではない。足や胴体でもない。

 

 剣を振りかざした俺は――


「ゼル・インパクト!」


 そのままロック・エレメンタルが打ち砕いた地面へと剣を突き立てた。

 幾度となく剛腕が打ち抜いた地面には亀裂が走り瞬く間に広がっていく。

 そして一瞬の浮遊感が、訪れる。


 岩石の巨人と、いち冒険者。

 どちらが重いかなど考えるまでもない。

 ロック・エレメンタルの足元が音を立てて崩れ、岩石の巨人を深淵に引きずり込もうとする。


 しかしロック・エレメンタルはそれを、両手を使ってこらえていた。

 そう、下半身が亀裂に飲み込まれ、両手も体を支えるために使っている。

 俺の目の前には、ロック・エレメンタルの胴体が無防備にさらされていた。

 

「深淵に沈め、岩の人形が!」


 崩落していく足場からロック・エレメンタルの胴体へと飛び乗り、渾身の一撃を見舞う。

 手の感覚で剣の先端がロック・エレメンタルに突き刺さった瞬間、ちりりと首元を焼くような感覚に見舞われる。

 続けざまにある名前が頭に浮かびあがる。

 俺は本能的にその名前を叫んでいた。


「ゼル・バースト!」


 光の奔流が、剣からロック・エレメンタルの体へとなだれ込む。

 そして数舜後、岩石の巨人は跡形もなく消し飛んでいた。

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