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15話

「子牛のステーキとエールを頼む」


「じゃあ僕はベリーの果実酒でお願いするよ」


「は、はい! ただいま!」

 

 ただ注文をしただけなのだが、給仕係はまるで逃げるようにぱたぱたとテーブルから去っていった。

 そんな給仕係の後姿を見送り、改めて目の前に座る銀色の獣人――ファルズに視線を移す。

 別の感情を隠しているかのような、張り付いた笑みを浮かべたままの彼女から、思案を推し量るのは非常に難しい。

 獣のように感情をむき出しにしてくれればまだ良いのだが、先ほど笑顔のまま動けない冒険者に蹴りを入れているのを見ているため、まともな思考をしているとは思えない。


 包み隠さず表すならば、気が触れているように見える。

 

 正直に言って、彼女にはなにをしでかすかわからない不安と恐ろしさが混在していた。

 実際に周囲を見渡してみても俺達のテーブルに近づく者はいない。

 それどころかファルズの姿を見るや否や、わざわざ遠回りをして酒場を立ち去る冒険者さえ見受けられる。


「随分と嫌われてるんだな」


 自分が先ほどしたことを棚に上げて、ファルズに探りを入れる。

 彼女は気にした様子もなく肩をすくめて見せる。


「無理もないよ。僕のやってること思えば、嫌われて当然だからね」


「お前がなにをしたのか、なぜ周囲に恨まれているのかは、このさいそれはどうでもいい。俺が聞きたいのはひとつだ」


「イベルタ。彼女のことかな」


「そうだ。お前がイベルタを殺したと聞いたが、本当なのか?」


「おっと、君は随分と直球で攻めてくるね。でも残念なことに殺人を認めることはできないよ。それが冒険者ギルドの中にある酒場ともなれば、なおさらね」


 考えてみれば、当然のことだった。

 ここでファルズが殺人を認めれば、ベセルと同じ末路を辿ることになる。

 そして未だそうなっていないという事は、彼女がイベルタを殺したという明確な証拠が存在しないということだ。

 巧妙に隠しているのか、それとも彼女を問い詰める人物がいないのか、はたまたその両方か。

 表向きの事情を鑑みるに、質問の方向性を変える必要がある。


「ならせめて、そのイベルタがどんな人間だったのかを教えろ」


 先ほどの口論を聞いた限り、ファルズは偶然にもイベルタを殺したという訳ではなさそうだった。

 つまり相応の理由を持ってしてイベルタを殺したのだ。

 であればその理由やイベルタの性格、言動などを少なからず知ることができると考えたのだ。

 しかしファルズは顎に手を添えて、首を小さく傾けた。


「その前に質問させてほしい。君はいったい、イベルタとどんな関係なんだい? その答え次第では、話す内容を選ばないといけないんだ」


「復讐すべき相手だ。パーティメンバーが裏切り、俺をダンジョンの最深部で殺そうとしてな。イベルタはそれに関わってる可能性が高い。いや、高かった」


 イベルタが殺された今、事情を詳らかに知る事は難しくなった。

 しかし友人関係や住んでいた場所だけでも知れれば、連絡を取り合っていたロロやフォルテナの情報を得る事ができるかもしれない。 

 俺の事情を聞いたファルズは、納得した様子で小さく頷き返した。


「なるほど。それでさっきは、自分が殺すはずだった相手だ、なんて言ったわけだね」


「そうだ。ことと次第ではこの手で始末するはずだった。お前が殺してさえいなければ」


「うん、君の主張はわかったよ。どうやら君にもいろいろと知る権利がありそうだね」


 そう言うとファルズは非常に楽し気に、イベルタの事を話し始めた。

 それが自分の殺した相手だと、忘れてしまったかのように。


 ◆


「つまりイベルタはこの街の冒険者だったってことか。それも至って普通の」


 ファルズの話を総括すると、その点に集約された。

 このゴールズホローで活動するイベルタは、なんの変哲もないただの冒険者だった。

 少なくとも、表向きはという言葉が付くが。


「さっき僕とおしゃべりしていたレリアンが率いる、冒険者パーティの一員だったんだよ」


「どうりで、あれだけの恨みを買っていたわけだ」


「僕も少しは同情するよ。イベルタも仲間思いな冒険者を演じていたからね。でも本性は違う」 


「それは知ってる。パーティ内での殺しに関与するような奴だぞ。普通なわけがない」


 私怨や仕事敵として他者から恨まれることは、誰であっても避けられない。

 それも冒険者に限ったことではないだろう。

 隣人や友人にいつの間にか恨まれ、疎遠になったり嫌がらせを受けるというのは、よく聞く話だ。

 

 ただ顔も見た事のない、それも遠く離れた相手を殺すことに加担する。

 それも実行犯よりも上の立場から命令できるとなれば、話はまったく変わってくる。

 ベセルやロロやフォルテナが素直に言うことを聞くほど、上下関係が明確に構成されている。

 そこまで深く天の剣と関わっているのであれば、俺とも何らかの関りがある相手だと思っていた。


 だがファルズの話を聞けば聞くほど、その可能性は失われていった。


「この街で活動していたイベルタが、わざわざスレイバーグの冒険者パーティの分裂に加担すると思うかい?」


「それが俺の知りたいことの一つだ。何処で俺の仲間と知り合ったのかさえ不明だが」


「言うまでもないと思うけれど、このゴールズホローとスレイバーグは直線距離でも遠く離れてる。接触するだけでも膨大な時間が必要になるんだ」


「そんな離れたふたつの街の冒険者が結託して、俺なんかを殺す意味が分からないっていうんだろ」


 考えたくはないが、自分が死んで益を得るのは誰か。

 まず第一にパーティメンバーだったロロとベセル、そしてフォルテナの三人だ。

 三人から見れば臆病に見えた俺の活動方針を強引に変更させるために、リーダーの権限を奪おうとしたのだ。

 本人たちの口からも聞いているため、間違いなくこれが裏切った理由だと断言できる。


 そして第二に考えられるのが、イベルタという裏で関わっているであろう人物だ。

 ダンジョンの奥底でベセルは、俺の抹殺の計画をイベルタから聞いて来たと話していた。

 つまりメンバーが最初に立案したのではなく、メンバー達が俺に不満を抱いていると知ったイベルタが、三人をそそのかしたことになる。 


 ただ分からないのは、そんなことをしてイベルタという人物になんの益があるのかということだ。

 三人から金銭的な報酬が支払われるのか。それとも他に何らかの取引を行ったのか。

 だが素直にあの三人が応じるとは考えられない。

 間接的にとは言え、金銭的な理由でパーティメンバーを殺すという選択を安易に選べるのだ。

 深く事情を知っている相手を生かしておくとは考えにくい。


 だが話を聞いている限りは、イベルタという人物と三人は明確な上下関係があるように思えた。

 

 そもそも、パーティとしてのブランドを保ったまま、リーダー権限を奪う。

 それが三人の明確な方針だった。

 ならば俺を抹殺したという情報を、三人以外に教えるのはその目的に反するのではないか。

 その情報が漏洩すれば今回のように、冒険者としての資格をはく奪されるのだから。

 イベルタという人物に情報を伝えに向かうという行動自体が、俺にとっては理解しがたいものだった。


「そう言えば、大切な事を聞き忘れていたよ。君がパーティメンバーに殺されかけたのは、いつの話なのかな」


「たしか、二回前の満月が来た直後だったはずだが」


 ファルズの問い掛けに対して、古い記憶を頭の底から引っ張り出す。

 戦乙女の霊廟へ挑戦する前日。

 できるだけ良質な消耗品を調達するために街を歩き回った覚えがある。

 その時、やけに月の光が明るく、夜の街中でも歩きやすかったのだ。

 だがそれを聞いたファルズは、思案するように視線をテーブルの上に落とした。

 

「へぇ? なるほど、面白いね」


「なにが面白いんだ?」


 そんな俺の問いに対して、返ってきたのは沈黙だった。

 張り付いたような笑みを浮かべながら、ファルズは黙り込んでいる。 

 俺の言葉には何の反応も示さず、ただひとりの世界で思案を巡らせているのだろう。 


 とは言え、相手が脅しで口を割るような相手でないことは、短い付き合いでも理解していた。

 注文した料理が運ばれ、それを食べ終わる頃になってようやく、ファルズは口を開いた。


「やっぱり思い返してみても、辻褄があわないね」


「どういうことだ?」


「残念だけれど、君が探している人物とこの街にいたイベルタは別人だね」


 弾かれたように、正面に座るファルズへ視線を向ける。

 だがファルズは冗談を言っている様子には見えなかった。

 無意識のうちに怒りに似た感情が、こみ上げてくる。

 それを必死に押し殺し、再び問いかける。 


「そう言うには、証拠があるんだろうな」


「当然だよ。だってその時には、イベルタはもう……ふふ」


 答える代わりに、無邪気な少女のようにファルズは微笑んだのだった。

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