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11話

 

 葉巻と酒と焼けた肉の匂いが充満する室内に入り、ようやく自分の知る場所に来たという安堵感を得る。

 軽快な音楽に合わせているのだろうが、どこか外れた歌声。

 飛び交うのは笑い声と喧噪。

 そんな中を抜けて、目的の窓口へと向かう。

 すると窓口の向こう側では、満面の笑みを浮かべた受付嬢が出迎えてくれた。


「ようこそ! 冒険者ギルド、ゴールズホロー支部へ! 今日はどういったご用向きでしょうか?」


「ただの荷物を届けに来ただけだ。スレイバークにあるギルドの支部長からのな」 

 

 そう言って手紙と冒険者章を窓口越しに、活発そうな亜麻色の髪をした受付嬢へと渡す。

 彼女は手紙を受け取ると、大きく頷いて見せた。


「確かに、支部長の蝋印ですね。アクトさんの冒険者章の確認も完了しました。ただ、手紙の内容を精査するため、少々お時間をいただくことになりますが」


「なら酒場の方で待っていてもいいか?」


「もちろんです。内容の確認が終わり次第、係りの者を向かわせます」


「よろしく頼む」


 冒険者窓口から離れて、併設された酒場へと足を運ぶ。

 そこで目に留まるのが冒険者以外の人々だ。

 本来ならば冒険者で埋め尽くされているはずの酒場だが、見れば冒険者の身なりではない人々も多く見て取れた。

 彼等彼女等は冒険者と共に酒の席を共にして、まるで親密なパーティメンバーのように盛り上がっている。


 それはこの、体に纏わりつくような熱気と活気と欲望に溢れた、夢見の街だからこその光景なのだろう。


 この山脈間都市ゴールズホローは、金鉱脈が発見されたその瞬間から一獲千金を夢見た人々が大陸中から集まってきて形成されたという経緯がある。

 産出される黄金によって栄えたこの街では、大通りは見上げるほどの建物が立ち並び、足元は整った石畳で舗装されている。

 急こう配な山間に作られた都市でありながら、今では王都や大都市に遜色ない街並みがそこには広がっていた。


 ただ、その発展を支える採掘者はいつも命懸けで黄金を探し出す。

 ゴールドラッシュの初期に滅茶苦茶な採掘をしたせいで、破棄された坑道の一部がダンジョン化しているというのだ。

 戦う術を持たない採掘者が魔物と出くわせば命はない。

 しかし浅い場所での金鉱脈は掘りつくされいるため、危険な深部へ向かうほかない。

 その際に役立つのが、冒険者という訳である。

 共存共栄の関係にある採掘者と冒険者が仲間意識を持つのも、考えてみれば自然なことだ。


「流石に上手くできてるな」

 

 酒場のメニューを見ても、しみじみ思う。

 一般的な料理から、そのままの意味で桁が違う金額の料理まで取り揃えられている。

 命懸けで大金を稼ぎ、それを散財することで自身達の成功と格を示す。

 それがこのゴールズホローに住む人々の、採掘者達の考え方なのだろう。


 そして、その料理の数々は否が応でも、視線を引き付ける。

 というのもスレイバーグからの長旅でまともな食事をとれていない。

 旅の中で取れる食事など非常に限られており、そっけない携帯食料はすでに食べ飽きている。


 すぐにでも、鉄板の上で脂が跳ねる、香辛料を振った肉を食べたい。 

 多少は懐も温かいことだし、ここいらで久々に豪勢な料理を食べようかと考えた、その時。 


 背後から爆発音が突き抜けた。 


「な!?」


 思わず腰の剣に手を伸ばし、音の発生源へと視線を走らせる。

 するとそこには破壊されたギルドの扉と、ひとりの冒険者が地面に転がっていた。 

 察するに、外から凄まじい力で吹き飛ばされた冒険者が、扉を突き破って入ってきたのだろう。

 ただ問題はその部分ではない。

 注視すべきは、その冒険者を追うように姿を現したもう一人の冒険者だ。


 外の夜闇から姿を現したそれは、凍てつくような銀色をしていた。

 吹雪の様な長い銀の髪に、病的に白い肌。そして肌に残る大小様々な切り傷。

 深い緋色の瞳は、目の前に倒れる冒険者に対して、温度を感じさせない視線を向けている。

  

 ただ、その頭部から生える獣を彷彿とさせる耳が、彼女が獣人だと主張している。

 野性の荒々しさと何者も寄せ付けない孤高さが入り混じった彼女は、周囲の喧噪を物ともせずに倒れた冒険者の元へ向かう。

 

「まったく、なぜ凝りもせず僕に突っかかってくるのかなぁ。君達の実力じゃあ、到底かないっこないのに」


 そう言って獣人の冒険者は、抵抗もできない冒険者のわき腹にもう一度、容赦なく蹴りを加える。

 冒険者にとって喧嘩は日常茶飯事といえるため、それを表立って咎める者はほとんどいない。

 ただ耳を澄ませば、周囲から彼女がどう思われてるかはすぐに分かった。

 

「同族殺しの銀狼だ」


「またアイツかよ。とっととくたばっちまえばいいものを」


 次々と冒険者達が悪態を付く。

 獣人は聴力が発達している種族が多い。恐らくだが彼女も周囲の言葉は聞こえているはずだ。

 だがなぜか銀色の狼は楽し気に微笑を浮かべたままだった。

 そして忙し気な足音と共に、酒場に複数人の冒険者が駆け込んできた。

 彼等は床に転がった冒険者を見ると、武器に手をかけて獣人の少女を睨みつける。


「いい加減にしろ、ファルズ! また俺の仲間を殺すつもりか!」


「それは僕のセリフだよ、レリアン。なぜ君の仲間はいつも僕に突っかかってくるんだい?」


「本当に、理由が分からないのか?」


「いいや、大体の予想はついているよ。でも君の口から直接聞きたいんだ」


 追ってきた冒険者たちに相対するよう、銀色の冒険者も武器に手を伸ばす。

 双方がすでに武器に手を掛けた状態で睨みあっていた。


 ここで武器を使用すればギルドから重い処罰を受けるのはわかりきっている。

 それでも止まらない程、双方に深い確執があるのは明白だった。

 そして誘うような笑みを浮かべた獣人の少女に、男の冒険者が言い放つ。


「そんなの、イベルタを殺したからに決まってるだろ!」


 瞬間、気付けば椅子をなぎ倒し、ふたりの冒険者の前に立っていた。


「その話、詳しく聞かせてもらえるか? いや、そうじゃないな」


 困惑する男の冒険者――レリアンは俺の様子を窺っている。

 そして銀色の獣人――ファルズは、張り付いたような笑みを俺へ向けていた。

 ただふたりの言い争いが終わるのを待つ気はないし、ふたりに頼み込む気もない。


「話を聞かせろ。今すぐに」


 目の前に降って湧いた、復讐するための情報。

 それを逃す機など、俺の中にもさらさらなかった。

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