10話
昇格試験を終えて、俺はサリアと共にギルドの窓口へと戻ってきていた。
本当に短い時間での試験だったのだが、それでも俺はギルドのお眼鏡に適ったらしい。
「おめでとうございます! これでアクトさんはゴールド級冒険者として、ギルドから様々な支援や依頼を受けられることになりました!」
「あぁ、ありがとう」
飛び跳ねるように喜ぶサリアを見て、遅まきながら実感が込み上げてくる。
天の剣ではあれほどシルバー級であがいていたというのに、単独でゴールド級に昇格することになるとは。
ただ当然と言えば当然だが、階級が上がればそれだけ責任も仕事も増える事になる。
ならば早く自分の能力の全容を知り、なにができるのかを把握するべきだろう。
「このスキル……『破壊者』は俺以外に確認されてないっていうのは、確かな情報なのか?」
「この支部にある情報ではそうなっています。ですが情報の更新は一年前なので、絶対にとは断言できません」
「なら一度、王都にある王立図書館とギルド本部へ向かうのが確実か」
「私も同じことを言おうかと思っていました。過去と最新の情報を探すのであれば、王都へ行くのが確実だと思います」
様々な文献や歴史書が収められている王立図書館であれば、このスキルに関する情報が見つかるかもしれない。
スキルを管理しているギルドでさえ情報を掴めないのであれば望み薄かもしれないが、可能性があるなら行動に移すべきだろう。
頭の中では自分のすべきことは、十分に理解できている。
だが、しかし。
理論ではなく感情による優先して行わなければならないことが、残っている。
「ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょうか」
「逃げた残りの二人の所在を調べることは、可能か?」
今まで笑顔を浮かべていたサリアの表情が、曇る。
「すでに憲兵団への報告は済ませて、指名手配をおこないました。残念ですがアクトさんが個人的に追跡することは、余りお勧めできません」
「そうじゃない。できるかどうかを聞いてるんだ」
びくりとサリアが肩を震わせる。
自分でも驚くほど冷たい声が出ていたのだから無理もないか。
申し訳ないとは思うが、この意思を曲げるつもりはない。
サリアは俺の様子を窺うように、慎重に言葉を選んでいた。
「可能か不可能かでいえば、可能です。ですがアクトさんがその手で捕まえるのは難しいでしょうね。各街から情報が届く頃には、現地の憲兵団が対処していると思います」
つまり、この手で決着をつけるには、憲兵団よりも早く二人を探しだす必要がある。
だが人海戦術を使える憲兵団に比べて、俺はひとりでの捜索だ。
どちらが最初にあの裏切者達を見つけられるかと言えば、比べるまでもなく憲兵団に軍配が上がる。
そもそもふたりの行動を制限するためとは言え、憲兵団へ通報したのは間違いだったか。
しかし俺だけでの捜索となればふたりを追跡するにも限界がある。
理想は憲兵団と情報共有だが、そんなうまい話があるはずもない。
ならばどうするか。どうすれば俺が最初にふたりを捕まえられるか。
頭を悩ませていると、背後から声が飛んだ。
「お困りかな? 期待の新人くん」
弾かれるように振り返れば、そこには初老の男が立っていた。
ギルド職員の制服に身を包み、胸にはギルドのエンブレムが縫い付けられている。
初めて見る男の姿に反応を返しかねていると、サリア驚いた様子で頭を下げた。
「ディノス支部長!」
「少し彼を借りるけど、問題ないね? サリア受付嬢」
支部長と呼ばれた男は、俺には視線を合わせずに、微笑むのだった。
◆
コトリとカップが目の前に置かれ、ふわりと紅茶の匂いが室内に広がる。
上品な調度品に囲まれた一室に通された俺は、どうやら丁寧にももてなしを受けているのだと気付く。
向かいに座るディノスと呼ばれた支部長は。ギルドの職員が入れた紅茶を口にして、微笑を浮かべていた。
俺も礼儀としてひとくちだけ口にして、そのままカップをソーサーへと戻す。
「この茶葉は帝国の名家、リーフレット家が生産している最高級品なんだ。今年は特に香りが良くてね」
「そんな会話をするために冒険者を呼んだわけではないですよね」
過去に貴族や豪商の依頼を受けた際の印象では、こう言った上流階級の人間の話は非常に回りくどい。
冒険者としては依頼内容と報酬の話さえしてくれればいいのだが、紅茶の香り云々という全く関係のない話が延々と続くため、早々に本題に切り込むのが癖となっていた。
ただ向こうもさすがは冒険者ギルドの支部長というだけあり、気を悪くした様子もなく話を続けた。
「ご明察。単独でゴールド級冒険者へと昇格した期待の新人を呼びつけたのには理由がある」
「なら本題へ入ってもらっていいですか?」
「言わずともわかると思うが、僕は君を非常に高く評価しているんだ。なんせ何日もかかる手続きを一足飛びで済ませて、ダンジョンから戻った翌日に昇格試験を受けさせる程度にはね」
それは、薄々感じていたことでもある。
とんとん拍子で話が進み過ぎているとは思っていた。
特にギルドが俺のスキルの調査を請け負うと判断したのは、俺がダンジョンから帰還してすぐのことだ。
それを決定したのは間違いなくこの男なのだろう。
支部長はカップの淵をなぞりながら、俺へと視線を向ける。
「だから君に犯罪者になってほしくないんだ。お仲間のベセル君と一緒に、大広場で首を並べて飾られるのは嫌だろう? 僕だって貴重な人材の首を並べて喜ぶ趣味はない」
「それは……。」
復讐を完遂した暁には、俺も犯罪者として指名手配されることになるだろう。
いくら相手が罪人とは言え、なんの権限もない俺がこの手で殺せば、罪に問われることは間違いない。
つまり支部長は俺が復讐に向かう事を懸念しているのだ。
だがここで答える必要など皆無だ。仲間だった連中を殺しに向かいます、などと馬鹿正直に答える必要はない。
その場を乗り切るための適当な返事を返す前に、支部長が口を開いた。
「そこで取引といこう。僕のお願いを聞いてくれれば、君の復讐のお手伝いをするよ」
「復讐の? それは、本気ですか?」
思わず問い返す。
支部長は思い返すように、つらつらと言葉を並び立てた。
「特例条項12条。憲兵団との連携任務の発令を考えているんだ。この意味が分かるかい?」
「いえ」
「この任務では特例として、冒険者が犯罪者の追跡に携わる。つまり、君は憲兵団や冒険者ギルドの支援を受けながら、合法的に犯罪者を追跡、捕縛できる。その過程で反撃されたり、または抵抗された場合は武力を行使することも認められている。うっかり手が滑って、不幸な事故が起こった場合でも咎められない」
「殺しても構わないと?」
相手が俺の目的を知っているのであれば、今さら取り繕う必要などない。
直球な問い掛けに対して、支部長は苦笑を浮かべた。
「あくまでも不幸な事故が起こった場合にね。本来の目的は犯罪者の捕縛だということを、忘れないでくれよ」
ギルドと憲兵団の支援を受けられるのであれば、ふたりの目撃情報や足取りを掴める可能性が飛躍的の向上する。
俺がひとりで捜索するよりもはるかに効率的だ。
そして事と次第では、俺がこの手で決着を付けられることになる。
申し出は、これ以上ないほどに理想的な条件だった。
もはや断る理由など、何処にもない。
「僕のお願いを聞いてくれるかい? まぁ、君には選択肢など元より存在しないのだろうけれどね」
「俺はなにをすれば?」
銀色の月が描かれたカップを持ち上げたディノスは、初めて俺を見て微笑を浮かべた。
「簡単なことさ。ゴールズホローという街へ行き、ギルドの支部長へ手紙を渡してほしい。そうすればおのずと、君の求めるものが手に入るはずだよ」