表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巴御前  作者: 脇役C
1/3

第一話「大蔵合戦」

時代小説始めました。

 平安時代末期、久寿二年(西暦1158年)。

 八月十六日のとり三つ時(十八時半)を数えるとき。

 とある神社の奥まった場所にある、宮司ぐうじが済むやかたに、五歳を迎えたともえはいた。


 夕食の片付けも終わり、ぼんやりと高貴そうな親子が鞠遊びをたわむれになるのを眺めている。

 その親子とは、のちに圧倒的な知略をもとに隆盛りゅうせいを極めた平氏を追い込み、大将軍に任命され朝日将軍と呼ばれた、幼名、駒王丸こまおうまる、のちの木曽義仲きそよしなかとその母である。

 ともえは部屋の隅でひざを抱えて座りながら、ただずっと見つめている。


「お父上が、死んだ」

 ふいに、若干二歳の駒王丸こまおうまるが動きをとめ、つぶやいた。

 駒王丸こまおうまるは、誰から聞いたわけでもなく、ましてや目撃したわけでもない。

 そのお父上がいる大蔵館おおくらのやかたからは、1里(3~4km)弱ほど離れている。

 ただ急に、今まであんなに興じていたはずのまり遊びをやめて、そんなことを言うのだ。


「そのような不吉なことを申すものではありません」

 母である小枝さえ御前は、そう駒王丸こまおうまるを強くたしなめた。

 駒王丸こまおうまるは母の言葉に視線を落とし、困った顔を見せた。

 子どもはまだ善悪を知らない。

 ただ感じたことを、夢か現実うつつかも分からないことを、身近な大人に伝えたがる。


 小枝さえ御前も、普段ならそう解釈し、落ち着いた対応ができるはずだが、少し、声が感情的になっている。

 それも無理からぬ話だ。

 駒王丸こまおうまるの言葉を、幼子の言葉遊びと考えるには、あまりにも状況が揃いすぎている。

 だからこそ、駒王丸こまおうまるへの言葉も、小枝さえ自身が思っている以上に強くなってしまっている。


 駒王丸こまおうまるの父、つまり小枝さえの夫、源義賢みなもとのよしかたから、自分の身が危ないかもしれないからと、住まいの大蔵館から、息子の駒王丸こまおうまると一緒に、この鎌形八幡宮かまがたはちまんぐうという神社に居候いそうろうするように言われたのは、もう一月ひとつきも前。

 居候とは言え、この神社は義賢よしかたが建てたものだが。


 そう切迫したものではなく、このご時世だから用心もかねて、別荘で子守に専念して欲しい。

 七五三を迎えるまでは、子に魔が尽きやすいものだからと。


 すぐに帰れると言っていたはずが、音沙汰がない。

 たまりかねて小枝さえ義賢よしかたのもとを訪ねると、追い返された。

 そこで何か尋常じゃないものを感じたが、女、子どもにできることはない。

 小枝さえは泣く泣く鎌形かまがたに戻り、ひたすらに夫の身を案じていた。


(まさか、今夜)

 そんな考えが、小枝さえの頭によぎってしまう。

 だが、すぐにかき消す。

 私たちを逃がすほどに警戒していたなら、それ相応の準備をしているはず。


 どこのぞくだか知らないが、夫は、近衛このえ天皇の警護帯刀けいごたちはきおさを務め、父は武蔵国むさしのくにの最大勢力である秩父ちちぶ氏を束ねる。

 その二人がそう簡単に討ち取られるわけがない。

 小枝さえはそう自分に言い聞かせる。


「もう寝ましょう」

 小枝さえがそう言い、侍女が寝る準備を進めようとした。

 

「来る」

 先まで駒王丸こまおうまるの鞠を、部屋の隅で目を追っていたともえが、小枝さえの前に立ち、口に人差し指を当てた。

 ともえは、身長3尺(90cm)もない、小柄な少女だ。

 しびらという、女性使用人の簡略的な礼装を着ていて、髪は肩までに切りそろえている。


「明かりを消して」

 そうともえが言葉を足した瞬間、玄関を荒々しく開け放つ音が聞こえた。

 明らかに宮司ぐうじが帰ってきた音ではない。


 小枝さえ達は今は知ることができないことだが、5人いた護衛の兵は、実はもう死んでしまっていた。

 その者達に殺された。

 いや、5人だけじゃない。

 大蔵館では、義賢よしかたどころか、全滅している。


ともえ、貴女……」

「消して」

 ともえ小枝さえに呼ばれた少女は、小枝さえの言葉を遮って、再度伝えた。

 侍女は、悲鳴が漏れそうになる口を手で押さえながら、ろうそくの炎を消した。


「私が守る」

 ともえは明かりが消えたのを確認し、ふすまに向かった。

ともえ、やめなさい。子どもがどうこうできることじゃない!」

 玄関に近い部屋から順に、襖が開かれていく音がする。

 もう数分すうぶいや1(3分)も経たないうちに、この部屋は開かれる。


「私が守る。小枝さえ御前様。今まで私を育ててくれて、ありがとうございます」

 ともえ小枝さえの言葉に、そう返した。

「そんなことさせるために、貴女を育ててきたんじゃない!」


 ともえはじっと、襖の前で身をかがめ、身を潜めた。

 両手には、母の形見である匕首あいくち(短刀)が握りしめられている。

 だがともえは、母にも神にも祈らない。


 ついに襖は開けられた。

 襖を開けた男の、足の甲に向けて匕首あいくちを振り下ろした。

 その主は当然、相手の攻撃を想定しながら、反撃の準備はしていた。

 それも居合いの達人である。

 間合いに入ったものをことごとく斬ってきた。

 今日はもうすでに、義賢よしかたも合わせて、十数人切り捨てている。


 しかし、視界に入らなければ対応はできない。


 匕首あいくちが男の足の甲に突き刺さる。

「ぐっ」

 男はうめいた。

 ともえ匕首あいくちをすぐ抜き取り、後ろへ下がるのではなく、男の股をすり抜け、前に出た。

 その場所に、すぐ男の刀が降りてきて、床を差し込んだ。

 男の攻撃が突きでなければ、ともえは斬り殺されていただろう。

 横には襖、上には長押(柱を水平方向につなぐ部材)があり、刀をぐことも振り下ろすこともできなかったのだ。

 室内という状況を生かし、相手から自分がどう見え、刀がどういう軌道を描くか分かっていなければ、避けられなかった。


 このともえの考察力。

 そして、刃物を迷いなく振り下ろすことができる度胸。

 刃物を向けられてもひるまない胆力。

 すべて5歳の少女のそれではない。


松明たいまつを下げて、足下を照らせ! 獣がいるぞ!」

 もう一人の武士が、そう叫ぶ。

 その武士には、人影に隠れて松明に照らされないほどの大きさで、人を攻撃するものなど、獣以外に思いつかなかった。

 しかし、ともえに斬られた男は、足の痛みから、獣の牙ではないと感じた。


 ともかく、ともえは警戒された。

 命を狙われる。

 さっきのような奇襲は成功しないだろう。


 しかしともえは動きを止めない。

 松明の影と影とを移動する。


「いたぞ! 右だ!」

 闇と闇の間にあったともえの影を見つけて、武士の一人が叫び、その影に軌道に向けて刀を振り抜こうとした。

 しかし、かべ邪魔じゃまで振りかぶれない。

 しかたなく、突きに切り替える。


「くそっ!」

 当たらない。

 ともえは、手を足のように使い、壁を駆け上がり、窓の枠や長押などにつかまり、縦横無尽に移動し、翻弄ほんろうする。

 もはや、突きの軌道ではともえを捉えることなどできない。


 駒王丸こまおうまるは、ともえの動きに見とれた。


 しかし、所詮は子どもの動き。

 男は刀に注意を向けさせ、ともえの動きを読み、蹴り上げた。

「ぐっ」

 甲冑かっちゅうを着込んだ大人の蹴りである。

 ともえは大きく吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。


童女わらべだと……?」

 松明に照らされたのは、壁に体を預けて倒れ込むともえだった。

 男はそこでようやく、自分の足を串刺した正体を知った。


重能しげよし従兄にい様!?」

 思わず、小枝さえがそう叫んだ。

 小枝さえは、声から自分を襲う賊の正体を知った。


 そう。

 夫を殺し、小枝さえ達を殺そうとしているのは、賊でも北の勢力でも平氏でもなく。

 夫・義賢よしかたの実の兄である源義朝みなもとのよしともであり、その息子の悪源太義平あくげんた よしひらであり、そこに仕える従兄弟いとこ畠山重能はたけやま しげよしである。


小枝さえ久方ひさかたぶりだ」

 これは家族の壮絶な殺し合いだった。


「なぜ、なぜこんなことをするのです!」

「女、子どもに言ったところで分かりはしない。ともかく駒王丸こまおうまるさえ差し出せば、この戦いは終わる。分かってくれ」

 言葉を少なくしゃべるが、随所に感情が乗る。

 今回の戦いに、重能しげよしが知る限り義賢よしかたに罪はない。


 でも源氏は大きくなりすぎてしまった。

 罪があるとすればそこだ。


 重能しげよしは、それもまた仕方ないと思っていた。

 自然淘汰、弱肉強食は世の常。

 人間もまた、そのことわりからは逃れようもない。

 そもそも武士とは、土地の奪い合いの果てに生まれた存在だ。


 だが、小枝さえは、助けられる命だ。


叔父上おじうえ、母上とともえは助かりますか?」

 駒王丸こまおうまる重能しげよしの前に歩み寄った。

 怖くはないのか。

 まっすぐに見据えている。


「約束しよう」

 この年で家族を守るか。

 家族を殺している我々とは対照的だなと重能しげよしは思った。


「やめなさい!」

 小枝さえが慌てて、駒王丸こまおうまるを引き戻し、抱きしめた。 

「この子は命に代えても守ってみせます」

 小枝さえはそう言い切った。

 そこには、重能しげよしに、抱っこをせがんだ幼い頃の小枝さえの姿はなかった。

 美しく立派に育ったものだと重能しげよしは思った。

 

重能しげよしにいさま、どうか私の命と引き替えに、この子の命を見逃してはくれませんか」


 重能しげよしは眉をしかめた。

 見逃すという選択肢はない。

 小枝さえの首を持って行ったところで、主君の命に背いたいことに変わりはない。

 重能しげよしの近くには、3人ほどの同士が、2人のやり取りを見守っている。


「その駒王丸こまおうまるを生かせば、義賢よしかたの仇を討とうとするだろう。禍根かこんを残すことになる。そうすれば、また争いを生む。それはできない」

 重能しげよしは、従姉妹の小枝さえと、自分の武士と、どちらにも偏らない言葉で説得をする。


 このままでは、小枝さえもろとも斬らなければならない。

「この子には、仇討ちなどさせません」

「そんなこと、どうして確約できる」


 そんな時だった。

 後ろの武士が悲鳴を上げた。

 

「どうした!」

 小枝さえに刃をむけつつ、重能しげよしはそう言った。

 まだ護衛の兵が残っていたか?


「足の腱を……、斬られました」

 片足をついている。

「なんだと? 相手は誰だ!」

 そう叫ぶと、今まで雲に隠れていた月が顔を出して、月光がさした。


 武士達はぞっとした。


 ともえだった。


 匕首あいくちを口にくわえ、返り血に染まり、日本人形のような真っ黒い横髪が頬に張り付き、四つ足でこちらを見ている。

 もうすでに居合いの間合いから離れたところにいる。

 次の好機を狙っているようだった。


(神の子か、それとも物の怪(もののけ)か)

 月の青白い光が、ともえの白い肌にしみ込み、まっすぐな黒い瞳がぎらぎらと月光を反射していた。


「動ける者は、そいつを殺せ」

 重能しげよしがそう命令を下す。

 何かに怯えるように。


 が、つかまらない。

 ともえは壁を駆け上がる。

 天井も幅も狭い通路を、ともえは知り尽くしている。

 まるで水の中にいるように、重能しげよしは感じた。

 身動きが取れない中を、ともえは自由自在に姿を変える。

 重能しげよしには、自分を狙わず他の者を狙ったこともともえの計算のうちに思えた。


 なぜあんな動きができる?

 そもそも、あの蹴りなら、内臓破裂していてもおかしくはない。

 重能しげよしが混乱した。

 俺が相手しているのは、本当にこの世に存在している者なのか?


「どけ! 俺がやる! 他のやつは駒王丸こまおうまるが逃げないように見張れ!」

 そう言って、ともえを見ると、気づいた。

 木製の匕首のあいくちに、黄金色に反射するものが埋め込まれていることに。


菊花紋章きくかもんしょう!」

 重能しげよしは思わず叫んだ。

 皇族にしかつけることが許されない紋章が、なぜか童女が持つ匕首あいくちに埋め込まれていた。


菊紋きくもんだと!?」

 他の武士にも動揺が走る。

 それはそうだ。

 皇族に刃をむけるということは、朝敵になるということなのだから。


 こいつは何者だ……?

 獣でも、鬼でもなく、本当に神の子とでも言うのか?


 重能しげよしの剣は、迷いで動かない。

 この時代にとって、天皇は、神武じんむ天皇から続く、神の化身けしんである。

 ともえの動きは、神の化身とも言うべき姿に、重能しげよしは感じた。

 じゃあ、こいつが護る駒王丸こまおうまるは何者なんだ……?


 動きを止めた武士たちに、ともえは動きを止めなかった。

 ともえは武士の一人の太ももを切りつけた。

 鎧で守られていない、大動脈が走る太ももを。

 

「不覚……!」

 斬られた男は、片足をついた。

 みるみる血だまりが溜まっていく。

 もう助からないと重能しげよしは思った。


「もはや、これまで!」

 武士の一人が叫んだ。

駒王丸こまおうまるを逃しましょう!」


「何を!」

 もう一人の武士が叫ぶ。

「主君、義朝殿を裏切る気か!」

「ご免!」

 駒王丸こまおうまるを逃がすと言った武士が、それを止めようとした武士を切り捨てた。

 同士が裏切り者を切り捨てたのではなく、裏切り者が同士を切り捨てたのだ。


「齋藤! 正気か!」

 重能しげよしは叫んだ。

 なんということだ。

 たった一人の少女に惑わされ、仲間討ちが発生した。

 そう思った。


「ともえ! やめよ!」

 童の声がした。

 駒王丸こまおうまるだ。

「敵はいない」

 二歳児とは思えない、しっかりした声。

「ごくろうだった」


 ともえは壁から床に着地し、四つ足をやめ立ち上がって、匕首あいくちさやに納めた。

 さっきまでの獣のように振る舞っていたともえが、ウソのように駒王丸こまおうまるの言葉に従っている。

 張り詰めた獣のような殺気が、まるでなくなっていた。


「おいで」

 駒王丸こまおうまるがそう言うと、ともえ駒王丸こまおうまるのもとに膝まづいた。

 ともえこうべを垂れると、駒王丸こまおうまるはその頭を撫で始めた。

 ともえは気持ち良さそうに目を細めて、やがて駒王丸こまおうまるの手を捕まえて、自分からほほにすり寄せ始めた。

 いくら小柄とはいえ、五歳児の巴のほうが二歳児の駒王丸より大きい。

 犬が幼児にじゃれているように見える。


(この状況でもう終わったと思っているのか!)

 現に重能しげよしは刃をともえに向けたままだ。

 今なら、簡単にともえを討てる。

 しかし、そういう思いとは別に、重能しげよしの刀は動かなかった。


重能しげよし殿。もうやめにしましょう」

 齋藤と呼ばれた男は、重能しげよしにそう言う。

「何をだ」

 重能しげよしは齋藤をにらみ、そう答える。

「もうここには、本心を偽る必要のある人間はおりません。一人は失血死でまもなく死亡し、もう一人は、それがしが切り捨てました。本心では小枝さえ御前と駒王丸こまおうまる様を助けたいのでしょう」


 重能しげよしは黙った。

 心を許すところを間違えると、すぐ死につながる。

 武士としての警戒心が、すぐに齋藤の言葉を飲ませない。


「齋藤が、仲間討ちをしてまで、どうしてこの者達を助ける。貴様には縁もゆかりもないはずだが」

「ありまする。私は義賢よしかた様と親交がありました。主君が違う某にも、大変良くしてくださった……。このような敵味方になってしまったが、旧恩を忘れてはおりませぬ。義賢よしかた様に果たせなかった御恩、義賢よしかた様を討つことになってしまった贖罪しょくざいを、忘形見の駒王丸こまおうまる様の命を守ることで果たさせていただきたい!」


 重能しげよしも、義賢よしかたと過ごした時間を思い返した。

 知的で穏やかで、剣の腕も立ち、目鼻立ちも整った素晴らしい御仁だった。

 人が良すぎるところがあるが、その分、多くの者に慕われていた。

 齋藤もその一人なのだろう。


 だが、それだけで、とも思った。

 昨日まで仲の良かったものを、今日討たねばならないことなど、よくあることだ。

 それが戦乱の世のつねだ。

 それなのに齋藤は、主君の命に背き、そして同士を討った。

 そんな大罪を。

 これが義朝の耳に入れば、一族の存亡も危うい。


 齋藤は続ける。


駒王丸こまおうまるのお顔を拝しましたが、この方はこの国を救う御方です。そう感じました。この戦いで駒王丸こまおうまる様を討つことになったときは、これも運命かと思い受け入れておりましたが、こうなってくれば話は別です。この御方は、龍神の化身に護られている」

 ともえに視線を向けた。

 ともえは、齋藤にとっては龍神の化身らしい。


「世迷い言を」

 重能しげよしは、齋藤の話を受け入れられなかった。

 この時代では、神や仏が生活に根付いているので、齋藤のような話は珍しくない。

 重能しげよしも神仏を信じていないわけではないが、駒王丸こまおうまるが国を救うとか、龍神の化身とか、そういう部分は妄想に思えた。

 しかし同時に、ともえの動きを目の当たりにして、それ以外に説明がつかないような気もした。


「どちらにせよ、俺に選択肢はない。同士を殺され、裏切られた。齋藤の指示に従うしかない」

「そういうことにしておきましょう。もし何かあれば、すべては某の責任です」


 自分はずるい人間だと、重能しげよしは思った。

 齋藤にすべてをなすりつけ、従姉妹いとこを守った。

 しかし、齋藤のようにはなりたくないと思った。

 自分の思いで刀を走らせる者は、やがて身を滅ぼす。


「しかし、どうする気だ。この二人をどこにかくまう」

 そう尋ねる。

 見つかれば、もう二人は助からない。


「心当たりがあります」

 そう齋藤は答えた。

「分かった。任せる。主君には、うまく言っておく」

 どこだ、と尋ねる資格が自分にはないと重能しげよしは思った。


 さすがに手ぶらでは帰れない。

 駒王丸こまおうまるの身代わりを探さなくては。

 齋藤を含め、すべての同士が戦闘不能になった理由も。

 それくらいの役目は自分が果たそうと重能しげよしは思った。


「さて、小枝さえ御前、駒王丸こまおうまる様、準備なされ。夜が深いうちに、人の目から離れたいのでね」

 齋藤は二人に視線を移す。

 人の生き死にに慣れていない小枝さえは、くちびるを震わせ動けないでいる。


ともえは行かないのか」

 駒王丸こまおうまるは齋藤にそう尋ねた。


「ふむ……」

 齋藤はともえを見る。

 齋藤の見る限り、なんにもないよう振る舞ってはいるが、ともえは手負いだ。

 蹴りを食らう瞬間、体をよじるなりして上手く急所をずらしたのだろうが、肋骨の数本は折れているだろう。


 箱入りで育った女ひとり、よわいわずかな子どもをひとり。

 そこに手負いの女児が一人増えて、木曽までのみちを自分一人で守り切れるのかと齋藤は考えた。

 木曽路はすべて山の中である。

 敵は人ではなく、獣と大自然である。


駒王丸こまおうまる様。ともえは貴方を守るという役目を終えました。休ませてあげましょう。ここから貴方を守るのは、某の役目になりますゆえ」

 齋藤の言葉に、駒王丸こまおうまるは頷く。


「わたしも行く」

 ともえがそう口を開く。

「わたしが駒王丸こまおうまる様を守る」


「子どもが無茶を言うものではない。呼吸をするだけで痛いはずだ。山道は無理だ。心配せんでも某がお前の役目を」

「行く」

 齋藤の言葉を遮り、ともえがそう繰り返す。

「なにゆえ、童女のお前がそこまでの使命感をもつ」

 そう尋ねる齋藤に、ともえは黒々しい瞳を向け、こう言った。


「この身、駒王丸こまおうまる様に捧げたがゆえに」

 見た目にも若干5歳ほどの少女である。

 斎藤は、何がそこまでともえに覚悟をさせているのか、巴の瞳からは何もうかがえなかった。


 しかし、斎藤はのちに知ることになる。

 巴が負った使命を。

 そこにある運命を。

 それは、実に10年ものちのことだ。

お読みいただきありがとうございます!

23時に第二話、0時に第三話を投稿予定です!

評価、感想いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ