-4 『妖怪旅館』
文量が少ないため、本日二度目の更新をいたします。
よくわからないまま、小さな仲居たちの研修に付き合うことになってしまった。
だがそれ以上に俺の理解が追いつかないのは、この旅館に住まう不可思議な生き物たちのことだった。
「この子たちは人間とは違う……そうですね、人間で言う妖怪と呼ばれる子たちなのです」
女将さんが俺に平然と言い放った言葉を、俺はまったく理解できずにいた。
――妖怪?
小さな頃から、教育絵本や学校の教科書、他にも漫画やアニメで妖怪はたくさん見かけたことがある。
だがそういったものはフィクションであり、絵物語の中での存在だ。現実に妖怪がいるだなんて話は聞いたことがない。
大学ではオカルトサークルに入っていながらも、そういったオカルトな存在はまったく信用していなかった。
ならば何故そこに入会したのかといえば、そこの会長である女性がとても美人で、サークル勧誘の時に見事に一本釣りされてしまったからだ。
それから彼女たちのサークルの付き合いで幽霊だったり妖怪だったりUMAだったりの本や映像を見させられたものの、どれも眉唾でいい加減なものばかりで、到底実在するものとは思っていなかったのだった。
『いないと思うからいないのだ。いると思えば、それはどこかにいるものさ』
俺がオカルトサークルに入ってすぐの頃、会長が言った言葉だ。
なんとも自己満足な言葉だと思ったが、その実は、自分の思ったことを信じ通すという自己啓発の意味合いが強いのだろう。
今ならばそんな彼女の言葉も納得できる。
自分の尺度だけで物事を考えていては理解しきれないことが世の中には山ほどあるのだと、この旅館にいる『彼女たち』に教えられたような気分だった。
女将さんからの頼み事を受け、彼女たちが退席してからしばらく。
俺は目の前に突きつけられた珍事に頭の中がショートしそうなほど混乱していた。空想上の存在だと思っていたものを突然受け入れろというのは難しい話だ。
俺は一度落ち着こうと、女将さんが用意してくれた浴衣に着替えて館内を歩いてみることにした。
すでに時計の針は十時を回っていて、廊下は足元の薄暗い間接照明の光と非常口の常夜灯だけが薄闇にほんのり浮かび上がっているようだった。
女将さんに妖怪のことを聞いたから、あるいはそういう存在がいると認知してしまったからだろうか。来館したばかりのときはただ寂れて静かだと思っていた館内が、今ではまるで印象を違わせている。
この旅館には女将さんと仲居の少女たちだけかと思っていた。
だが廊下の端に目を凝らせば、かさかさと蠢く小さな人影や人魂のような不審な光源を何度も見かける。
たとえば俺の膝下くらいの背しかない一つ目の小僧。
一つ目小僧といえば袈裟を羽織ったお寺の子というイメージだが、作務衣のようなラフな格好で箒を片手に掃除をしている。
続いて達磨のようにずんぐりむっくりとした体型の三つ目の入道。
二メートルはある巨体をのしのしと動かし、巨大な材木を軽々と持ち上げて旅館の外の庭を歩いている。
入道といえば巨人のように大きい大入道が有名だろう。
それと車輪に顔がくっついている輪入道も知られている。
入道とはそもそも仏門に入ったお坊さんのことを言ったりするのだが、妖怪の大入道もよくお坊さんの袈裟を纏った姿で描かれることが多いせいで、入道といえば妖怪というイメージが定着しているのだろう。
夢のキャンパスライフに憧れて一目惚れした女性のいるサークルに入ってみれば、その女性には振られ、得たものと言えばこんな妖怪に関してのなんの役に立つかもわからない知識がほんの少し。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
もし叶うものならば、入学当時の俺を恨みたい。
沈み込んだ気持ちに、背後にほんのり浮かぶ人魂のせいで俺自身もうなだれた幽霊になったような気分だ。
妖怪たちは俺を脅かせるわけでもなく、ただ自然体としてそこにいる。
廊下の壁に古そうな唐傘が立て掛けられていたかと思えば、突然一本足を生やして走り去っていってしまったり。
常軌を逸した光景にあてられて窓の外を見れば、来た時に見た玄関先の灯篭も提灯お化けのような目がついている。ふと目が合ってしまって寒気を覚えた。
女将さんたちが妖怪というのはどうやら本当らしい。そして、ここは妖怪ばかりが住む妖怪旅館なのだ。そんな実感が湧いてくる。
俺が気をやって幻覚でも見ていない限り、言い逃れしようもない怪奇が目の前に広がっていた。
果たしてこんな奇妙な場所に居続けてもいいのだろうか。
あまりの事の奇怪さに理解が追いつかず、ただただ目が回る思いだった。