-12『出し物』
「それではみなさん、ご注目くださーい」
演壇の上でライトを浴びながら、マイクを片手にしたサチが手を挙げた。上機嫌に騒いでいた客たちが一斉に彼女のほうを向く。
「これから、サチたち仲居見習い三人組、その名も『なかいーず』が芸を披露させてもらいまーす!」
はきはきした景気のいいサチの声とともに、ポップな音楽が背景に流れ始める。
なんだなんだ、と不思議がっていた客たちも、その陽気さに次第に調子付いて「いいぞー」とがやを入れ始めた。
ひとまず雰囲気は悪くない。
この宴会で仲居たちが芸をする。
それも俺が考えた作戦の一つだ。
あの『なかいーず』とかいうダサい名前を聞いた時は少し不安になったが、勝手にサチがつけたのだろうか。だがしかし、今のところは順調に進んでいる。
壇上には、舞台袖の幕からクウによって長方形の箱が運び込まれていた。
箱の前に立ったクウが大きく両手を開いて上に掲げる。
部屋中の衆目に曝され、クウの表情が少し恥ずかしそうに赤らんでいる。
「じゃあまずは手品をしまーす。サチの超能力パワーで、この箱の中に入ったクーちゃんを別人に変えちゃうよー」
わざとらしいサチの口上から、クウが空っぽの箱の中に入る。そしてサチは箱の扉を閉め、いち、に、さん、と唱えた。
ギャラリーが固唾を呑んで見守る。
「どぅるるるるるるるる…………はいっ!」
次の瞬間、箱の中から微かに煙が漏れたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
中から飛び出してきたのは、以前に俺の持っている画像を参考に変化をした女性の姿だった。
「おおおおおっ!」と宴会場がどよめく。
驚きに目を丸くしている人や、感心して拍手をする人もいる。
よくある手品なのだが、種も仕掛けも本当にない、化け狸のクウの力を使った無理やりのマジックだ。
妖怪の超常的な力のおかげで、サチたちのような拙い手品でも凄いクオリティに錯覚できてきる。
「おや。あれはまるで私にそっくりじゃないか」と会長が気づいた。
そう、まさしくその姿は会長自身なのだ。
壇上の変化したクウを目が合う。
すると途端にクウは豆鉄砲を食らったような顔をして慌てて演壇の脇の幕へと逃げていってしまった。
しまった。クウには本物がいることを伝えていなかった。
「まったく、化かした狸がビビッてどうするんじゃい」とどこかから声が聞こえた気がした。
「マジック大成功! じゃあ今度は、あっという間に姿を消しちゃう魔法だよー」
サチが言うと、今度はナユキが壇上に上がる。
部屋にいる全員の視線を集め、今にも溶けてしまいそうなほどに顔が真っ赤だ。もう少し耐えて、とつい俺も心の中で祈ってしまう。
クウと同じように箱に入り、またサチによって扉が閉められる。
「ここにいるユキちゃんが、あら不思議、あっという間にいなくなりまーす。どぅるるるるるる…………はいっ!」
サチが勢いよく箱を開けると、そこにいたはずのナユキの姿が綺麗に消え去っていた。
またしても客たちから熱烈な歓声が上がる。
変化を解いたクウが大急ぎで箱に駆け寄り、中で水になったナユキを雑巾とバケツで片付ける。
おそらく客たちは気づいていないが、箱の足元には水が溜まっていて、クウはちりとりを使って大慌てで回収していった。
こちらも酷く興奮したりすると水になって溶けてしまうナユキの性質を利用したマジックというわけだ。随分と扱いが雑なようにも思えるが。
「へえ、すごいじゃないか」
「ちょっと甘く見てたかも。女の子もみんな可愛らしいし、お金取れるんじゃないかしら」
「あれどういう仕掛けなんだ。全然わらからないな」
口々に上がる好評の声。
それもそうだろう。
人間である俺たちには到底想像つかない仕掛けなのだ。
マジック――文字通り魔法のようなものである。
お遊戯会のような余興は微笑ましく、それでいて和やかに進んだ。
わいのわいのと誰もが楽しそうに笑っている。
これこそが温泉旅館の本来の賑わいだな、と俺は心から思った。
強面たちの応対に追われて席を外している女将さんに見せてあげたいくらいだ。
練習の結果は上々。宴会の席ということもあって酒の入った客たちの盛り上がりは相当だ。
そろそろだろうか、とちょうど俺が考えていた頃だった。
「いったい何の騒ぎなんだこの野郎!」
マイクを通したサチの声にも負けない怒声が、襖を震わせて部屋の外から届いてくる。
「よし来た」
予想していたタイミングがばっちりである。
待ちに待ったその声に、俺は大急ぎで駆けつけていった。




