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 -3 『突然の告白』


 女将さんを前に三人の女の子が正座させられているという、非常に気まずい雰囲気の中に俺はいた。


 端から騒ぎ立てていた黒髪の子と茶髪の子、そして先ほど逃げていった白髪の子が、しな垂れた花弁のように頭を伏せている。


 三人を見下ろして立つ女将さんは表情こそ笑って見えるが、それが心を伴ったものとはよほど思えないほどに張り詰めた空気だった。


 俺はそんな冷え切ったような光景を眺めながら、温かいおにぎりを細々と頬張っていた。


 女将さんが用意してくれたものだ。

 夕飯時はとっくに過ぎていたにも関わらず、急ごしらえで用意してくれた。


「すみません。このようなものしか用意できなくて」


 女将さんはそう謝っていたが、何かを食べさせてもらえるだけでも十分だ。

 ありがたく頂戴してみると、ただの塩握りだったが、空腹のせいもあって落涙しそうなほど美味しかった。


 そんな些細な感動を余所に、目の前では修羅場の緊張が走っている。


「お客様にご迷惑をおかけしてはダメと言ったでしょう。いいですか」


 言葉こそ丁寧だが女将さんの語気は荒い。

 優しく温厚そうな顔立ちとのギャップで余計に恐さがある。

 そんな怒声を受ける三人は、みんなそれぞれ苦い顔を浮かべていた。


「申し訳ありませんでした、お客様。なにぶん未だ躾もままならない子たちなのです。子どもの粗相だと思って、どうかご容赦いただけませんでしょうか」


 女将さんが座椅子に座る俺の前に来て深々と頭を下げてくる。


 これといって大きな迷惑をかけられたわけでもないのに仰々しい謝罪を向けられ、俺としてはむしろこちらが謝りたくなる気分だ。


「いえいえお構いなく」


 俺が断ると、彼女は一息ついてやんわりと笑顔を浮かべた。


 幼い子どもたちの前ということもあってか、おっとりとした表情や言葉遣いにどこか母性を感じる。温かみのある人だ。


 こんな女の子が学校のクラスメイトにいたら間違いなくマドンナとして持て囃されていたことだろう。


「……スケベな目をしてるー」


 活発黒髪っ子がこちらを盗み見て呟く。

 女将さんが咄嗟に「こらっ」と叱るが、図星を突かれた俺は慌てて目を逸らした。


 活発黒髪っ子が顔を伏せながらにししと笑っているのが見えた。遊ばれたみたいでなんだか悔しい。


「まったくもう、ちゃんと反省しているんですか。まあでも、ちょうどよかったです。彼女たちを紹介しておきたかったので」

「紹介?」


 俺が首をかしげると、はい、と女将さんは頷いた。

 そして正座して待っている三人を順番に紹介し始めた。


 まずは端に座っていた黒髪の活発少女。


「この子はサチといいます。見ての通りの騒がしいお転婆娘です」


「むう、元気って言ってよー」と活発黒髪っ子のサチが頬を膨らませて反論する。


 オカッパの髪に着物の組み合わせはまるで日本人形のようだ。丸く大きな目が年相応のあどけなさを感じさせる。


 次は真ん中に座っている片結びの栗色の髪の子だ。


「この子はクウです。とても可愛らしい子ですよ」


 紹介されたクウという子は、俺と目が合うと「ふんっ」とわざとらしく鼻を鳴らして顔を背けてしまった。


 気が強い子なのだろうか。

 それとも何故か嫌われてしまっているのだろうか。


 彼女が頭を振ると軽そうな栗色の髪がふわりと揺れる。


 他の二人よりも背格好は同じくらいだが、切れ目で凛々しい顔つきが他より僅かに年上な雰囲気を漂わせている。しかしそれに反して胸はまっ平らで、同じ赤い着物が不恰好に見えるくらい貧相な体つきだ。


 最後は端っこでずっと俺から目を逸らし続けている白髪の子。


「この子はナユキです。極度の人見知りでして、人に慣れさせようとはしているのですけどなかなかうまくいかないんです」


 なるほど道理でさっきは挙動不審だったわけだ。


 思えば彼女が部屋に入ってきてから一度も口を開かず、俺とは目を合わせていない。今だって、俺が彼女のほうを見ようとすると決まってそっぽを向かせていた。


 まっすぐな長くて白い前髪が表情を隠している。


 随分と個性的な三人だということはわかったが、彼女たちを紹介してどうしたのだろうか。そう思う俺の心を読むかのように女将さんは話を続けた。


「急な話とは思いますが、お願いがあるんです」

「お願い?」


 もったいぶって一拍置いた彼女に俺は小首を傾げる。


「はい。実は――彼女たちの研修にお付き合いいただきたいのです」

「け、研修だって?!」


 改まって何を言われるのかと思えば、予想外のことに脇息から肘がずり落ちそうになった。


「はい、研修です。実はこの子たち、仲居見習いとしてここに住み込みで働いているのです」


 なるほど仲居だったのか、と俺は納得する。

 それにしては子どもが親の家業を手伝っているような腕白さに溢れていたが、研修中と言う辺り、まだ身が締まっていないのだろう。


「それで、お客様がここに滞在されている間、この子たちの研修のお付き合いをお願いできないかと思いまして。もちろんタダでとは言いません。いろいろとご迷惑を――もうおかけしていますが、その対価として宿泊代は大きく割引させていただきます」


「それって、しばらくここにいろ……ってことですかね」

「そうしていただけると嬉しいのですが」


 まったく予定になかっただけに、急に言われてもどうすればいいかわからない。


 まあ急ぎの予定があるという訳でもないし、大学も失恋相手に出会う可能性を考えれば顔を出しづらい。ある意味では大学から離れて気持ちの整理をする丁度いい機会なのかもしれない。


「わかりました。請け負いましょう」

「本当ですか。ありがとうございます」


 深く考えず頷いた俺の返事に、女将さんは心から嬉しそうに微笑んでくれた。


 その笑顔だけで、なんだかそう答えた甲斐があったと思える。

 彼女に対していい格好をしたかったというのも引き受けた理由の一つなのは否定できない。


 彼女の背後で活発黒髪娘のサチが「ス・ケ・ベ」と唇だけを動かして笑っているのを見て、俺はいつの間にかにやけてしまっていた頬を引き締めた。


 と、俺はふと、先ほどから気にかかっていた事について言及することにした。


「そういえばこれ、お茶が何故か凍ってたんですけど」


 そう言って女将さんに、キンキンに冷えて固まった湯呑みを差し出す。


 驚いて共感してもらえるかと思ったが、しかし彼女から返ってきたのは溜め息まじりの呆れ顔だった。


「はぁ、まったやってしまいましたか」


 額に手を当てて呟く。

 女将さんは俺から湯呑みを受け取ると、部屋の隅に座ったままでいた白髪の少女、ナユキへと向き直った。


「それはこの子の、雪女の力です」

「……はい?」


 俺は耳を疑った。

 どんな茶目っ気の冗談かと怪訝に眉をひそめる。


 しかし女将さんの表情はいたって真面目で、屈託のない笑顔を俺に向けていた。


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