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 -3 『害』

 目が覚めたのは深夜のニ時ごろだった。


 俺を叩き起こしたのは、まるで積み木を崩すような凄まじい騒音だった。それに大声も微かに混じっている。


 客室はあまり多くない上に、建物も古い木造建築だ。

 おそらく強面たちの部屋からだろう音が俺の部屋にまで漏れ聞こえていた。


 おまけに床を叩くような振動まで伝わってくるから寝るにも寝づらい。こんな夜更けに宴会でもやっているのか。


「くそう、寝れん」


 一度意識してしまうと耳にこびりつくように残る。


「ったく、こんな時間になんなんだよ」


 結局再び寝付くこともできず、俺はぼんやりした頭を抱えながら部屋を出た。


 廊下に顔を出すと、サチたち仲居三人娘もいた。

 どうやら俺と同じで音を気にしてやってきたらしい。


 ナユキだけはまだ眠気眼のようで、閉じかけた目を擦りながらピンクの枕を抱いている。


「せんせー」とサチが声を出したおかげでようやく目が覚めたのか、ナユキは俺の顔を見るなり咄嗟に顔を真っ赤にして枕を後ろに隠していた。


「お前たちもきたのか」

「すっごい音だねー。なにやってるんだろー」

「麻雀だろ。前に来たときもこうだったんだ」


 何故かわくわくと興奮しているサチを余所に、クウが神妙な面持ちで言った。


「あいつら少しも遠慮なんてしないからな。ここは人が少ない上に山奥なせいもあっていつも静かだから、好きにできるたまり場みたいな感覚でやって来るんだよ。ボクは一年前に一度見ただけだけど。最近は来てないなって安心してたのに」


「へえ、そうなのか」

「へー、そーなんだー」


 クウの説明にサチまで感嘆の息を漏らす。


「サチは知らないのか」

「うん、わかんなーい。サチがここに来たのはあの人たちが前に来るよりちょっと後だから」

「へえ、じゃあサチが一番の新顔なのか。初めて知った」

「クーちゃんとほとんど変わらないけどねー。この中だとユキちゃんがちょっと長いくらいかなー」


「なるほど――って、それよりも。あの恐い顔の奴ら、前もこうなのか」

「そうだよ」


 クウが答え、一歩下がって聞いていたナユキも控え目に頷いた。


 俺たちがこうして廊下で会話している間も、俺の部屋から二つ離れた強面たちの部屋からはじゃらじゃらと断続的な騒音が垂れ流され続けている。


「みんな、起きてしまったんですか」


 ふと、集まっているところに女将さんがやってきた。


「でも無理もありませんね。悠斗さん申し訳ありません、お騒がせして」

「いや、女将さんのせいではないですし」

「他のお客様がいるとは伝えてはいるのですが、どうにも取り合ってはいただけていなくて」

「見るからに話を聞きそうな風貌ではなかったですしね。まあ仕方がないですよ」


 もちろん仕方がないで済む話ではないが。

 とはいえどうすることもできず、女将さんは困り顔をしてばかりだった。


「眠れないのでしたらクウの部屋にいきますか? この子たちの寝室は従業員用に少し離れているんです。そこならまだ音もマシでしょう。その、男性同士ですし」

「ええっ?! い、いや。駄目!」


 女将さんの提案は、クウに真っ先に全力で拒否された。

 どういうわけか顔を赤面させ、腕で身体を隠す格好までしている。


 だからなんでお前は男のくせに一番女の子っぽい反応をするんだ、と突っ込みたくなる。


「うーん、では仕方なくサチとナユキの部屋に」

「いやいや、もっと駄目だってば!」


 またクウが大慌てで首を振った。

 まあ俺も女の子の部屋にお邪魔して寝るのは問題があると思うので、これに関しては同意だが。


 当のサチとナユキは、一方は「ぱじゃまぱーてぃーだー!」と意味不明なことを呟き、もう一方は顔を俯かせて表情がわからない。


 やはり年頃の女の子と部屋を一緒に寝るのはまずいだろう。


「……それではどうしたものでしょう」


 このまま流れで女将さんの部屋という選択肢はないだろうかと期待したが、出てくる気配はなさそうだ。


「別にいいですよ。きっともっと眠気が溜まったら気にせず寝れるでしょうし。どうしても駄目だったらまた言いますんで」

「そうですか。では、その時はすぐに言ってくださいね」


 どうせ明日もだらだらとこの旅館で過ごすのだ。少しの睡眠不足くらいは我慢しよう。


 それから、サチたち仲居三人娘が部屋に戻った後、最後まで心配そうに顔色を窺ってくれた女将さんと別れて、俺は部屋に戻って寝ることにした。


「おやすみなさい。何かあればすぐにフロントにまで来てくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 フロントからの去り際、暗がりに小さなスタンドライトだけをつけて帳簿作業を始める女将さんの姿を見た。


 しかしペンを動かそうとした途端に電話が鳴る。内線だ。


『はい、こちらフロントです。――はい。――はい。かしこまりました』


 応対した女将さんは受話器をおろすと、帳簿をたたんで小走りに客室へと駆けた。


 振り返った俺の前を通りかかる。


「追加のお酒が欲しいそうです。厨房に行ってきますね」


 あの強面たちからの注文なのだろうとは想像がつく。


 そういうサービスなのだから仕方がないが、無茶ばかりを吹っかけられている女将さんをみていると、まるで強面たちに彼女が振り回されているみたいで嫌悪の情を催した。


 これこそがクウたちが人間である彼らを『疫病神』と呼ぶ所以なのだろう。


「大丈夫ですか」

「大丈夫ですよ。それに、あの子達に任せるには少し荷が重いお客様ですし」


 平然そうな笑顔を浮かべて走り去る女将さんの気丈さに虚しさを覚えながら、俺はただ、彼女の背中を見送ることしかできなかった。


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