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 -2 『疫病神』

 日も落ちきらない頃、山中の清閑な旅館にけたたましいエンジン音が響いた。珍しい音に、部屋でくつろいでいた俺も思わず窓の外を覗いた。


 こんな山奥には似ても似つかない黒塗りの高級車が駐車場に止まった。それとほぼ同時に、部屋の外がひどく慌しくなりはじめる。


 廊下に出てみると、仲居たちだけではなく、他の妖怪たちも大慌てで館内を走り回っていた。これほどに騒いでいるのを見るのは初めてだ。


「どうしたんだ」


 通りかかった一つ目小僧の掃除係に声をかけると、荒い呼吸をしながら長い舌を垂らして言った。


「あのお客さんが来たんっすよ」

「あのお客?」

「すんません。女将にも伝えなきゃなんないんで」


 言って一つ目小僧はここそくさと走り去っていってしまった。


 騒然とする館内で俺だけが置いてきぼりをくらっているようで、どうすればいいのかと気が逸る。かといって身動きもできずに戸惑っていると、廊下の窓から駐車場の方を見ているクウを見つけた。


 睨むように外を向くクウの横顔は険しいものだった。


「いったいどうしたんだよ」


 俺の問いに、クウは視線は動かさずに答える。


「来たんだ」

「だから、何が来たんだよ」


 がちゃりと車のドアの開く音が聞こえる。

 中から現れた数人の人影に、わざとらしくクウが舌打ちをした。


「――疫病神、だよ」


 クウの言葉に、しかし俺はまったく容量が掴めないでいた。


   ◇


 疫病神と呼ばれたその来訪者たちは、どこからどうみても人間の姿をしていた。


 男が三人で女が一人の四人組だ。


 ラグビー選手のように肩幅のでかい大柄の男、切れ長の目が特徴的な細身の男、彼らの後に続いて大きなアタッシュケースを抱えている猫背の男。そんな三人の後ろを、着崩したスーツファッションの妙齢の女性が続いている。


 凹凸の激しい大きな胸と細い腰のくびれ。まるでモデルのようにスタイルはよく、長い茶髪は艶やかになびいている。有名人だと言われれば納得してしまいそうなほどに美人だ。


「よおう、女将ぃ」


 玄関を開けて暖簾をくぐった矢先に、出迎えにやって来た女将さんに向かって細目の男が口を開いた。


 女将さんは丁寧に腰を落とし、深く頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました、大垣様でございますね」

「いちいち確認なんて言わんでもええやろ。わいら、常連なんやから」


 細目の男の言葉はとても馴れ馴れしい様子だった。


 どうやら一見の客ではないようだ。

 大垣、と呼んだのはおそらくこの細目の男のことだろう。


 いちいち覚えてもいられないので、大男をマッチョ、切れ長の目つきが鋭い細身男をヒョロ、下っ端のような低姿勢の男をサンシタと心の中で呼ぶことにした。


 どうも柄が悪そうな風貌だが、しかし今のところは至って普通の客だ。

 ただ少し強面なだけといったところか。疫病神と呼ばれるのはどういうわけかまだわからない。


「疫病神って、いったい――」


 ロビーにやって来た彼らを、俺は物陰から様子見る。


 彼らがやって来た途端に旅館が騒がしくなった理由が必ずあるはずだ。それがどうしても気になった。


 俺が見ていると、女将さんが正座して頭を伏せているのを良い事に、靴を脱ぐ仕草に紛れさせてヒョロが彼女の隣に尻を下ろした。


「おっとっと」とわざとらしい声を出しながら、頭を低くしたままの女将さんにもたれかかる。どさくさに紛れて女将さんの腰などを撫でているように見えた。


「いやあ、すまんすまん。長旅で疲れてもうてな」


 飄々と言うヒョロに悪気は微塵も感じられない。

 マッチョも傍で隠す気もなくほくそ笑んでいる。


 わざとだ。

 遠目でみていた俺にだってすぐにわかる。


 けれども女将さんはまったく咎めようとせず「構いませんよ、お疲れでしょう」と気丈な笑みを浮かべて応対していた。


「なるほど、そういうことか」


 あきらかなセクハラ。犯罪行為だ。

 しかしヒョロの連れの連中は欠片も気にする様子もない。


 疫病神とはつまり、マナーもなっていない最低な客というわけだ。


 しかしマナーが悪いだけにしては騒ぎすぎているようにも思う。

 俺がいまひとつ納得しきれなかったその理由を、俺はその晩にイヤというほど思い知ることとなるのだった。


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