第07話 比翼の玉壺氷(美少年現る)
要するに――
「內」は文章中の繁体字のなかで唯一親しみのない旧字であった。
「敌」は文章中の繁体字のなかで唯一わかりやすい簡体字であった。
「こんなふざけた連絡方法がある? 口で言えばいいのに」
ふたたびライヤンリーを訪れた私は、件のレシート二枚を返却して母親が写しとったものを小卓に叩きつけた。
諸々字体の存在を解説すればユエン兄さんは呆れたように声をあげた。私は小卓越しに向けられた広告表の特売品を見つめながら、まったくだと頷いてみせた。
「簡体字というのは大昔からある文献やら古文書から引っ張りだしてきたものなんだ。編纂された中にはとんでもなく古いものだってある。もとある漢文に混ぜても間違ったことじゃない。でも特別ここに注目しろっていうのには無理があるよ」
「無理があるね」私はオウム返しで話の先をうながした。
ユエン兄さんは口早に斯々云々と説明する。
見落としたことが思いのほかにショックだったのかもしれない。
「だいたい繁体字と簡体字を混ぜて使うことはある。それは書き手によるし、まったくないとは言えない。でもあえて使うとなれば、どちらかを忘れていて仕方なくといった場合だよ。繁体字をど忘れして書いたのなら、書き手は日常的に簡体字に依存した生活をしていたことになる。でも内をど忘れして內を代用する日本人がいるかな?」
しかし逆木のくずし字は流暢なのか達筆なのか見た目の癖が強い。內の部首が手癖による突起である可能性は無きにしもあらず。
もともと内の部首は人ではなく入なのであるから、逆木が漢字に造形が深ければ、本来の字そのままに書きそうなものだ。
「それで逆木さんは何を伝えたかったの?」
「內敌。なかの敵。内に敵あり。そういうことらしい」
內は内のことであり敌は敵のことである。それで内に敵ありとなった。
なのでユエン兄さんのいうように、日本人である逆木があえて二文字だけ代用したことには大した理由があったらしい。
二枚のレシートから暴かれた文字は內敌。ここに注目しろという無理を通してこれを警告している。あの時の逆木は切羽詰まっていた。それで自身の知識を総動員してレシート裏に漢文による暗号を残した。
それがこの我々からしてみれば遠回しなメッセージになった原因である。
「うちにてき……それって家族のことかな?」
「聞きしにおよぶところ、それしかないね」
「遺産相続の問題で何かあるってこと……」
「まあ局地的話題から考えれば、そういうことになるね」
まったくややこしい。私は憤慨しながら椅子に腰かけた。おもわず顔をしかめれば、ユエン兄さんも調子をあわせるように頷いた。そうして件の骨壷問答に終止符を打とうと意気込んだのだった
「僕らに謎を解かせたんだから、彼には相応の報酬を払ってもらおう」
「そうだそうだ」
私はとにかく喝采するように拍手した。
それから母親に暗号解読のむねを説明したがとんと興味のない様子だった。
元同級生に義理立てして答えを知らせるわけでもなく、私は無難に休日をすごして逆木家の事情をすっかり忘れてしまった。
***
週明けの月曜日の朝。気だるげに身支度をすませる。ねずみ色の曇天に覆われた森のはたは、まるでノスタルジックな映画でもみているようだった。
山裾の国道をカラスの声を聞きながら自転車を転がしていく。最寄り駅まで向かうには徒歩では心許ない。定時の電車を一本でも見送れば大幅に遅れをとる。奥秩父山間の町から通学をつづける秘訣はかくも精神力の維持であった。
そうして電車をのりついで目的地で雪崩のように吐きだされた。駅舎ホームの階段をのぼり、人波が流れるままに通路をすすむ。数多往来する雑踏には個人個人のルートがある。真正面から衝突する確率はあまりない。
しかし例外は偶発的に起こりえる。
「ぎゃっ!」
都内への経由地である大きな駅では、悲鳴どころか怒号ですら誰の関心も引きはしない。私の声はすっと高い天井に抜けて雑踏にかき消えてしまった。
押しつぶされた鼻先をなでながら息を凝らす。
粉をふりかけた薄らとしたおもてが、転写されるがごとく相手方の学生服にべったりと貼りついていた。濡羽色の学ランに白い顔が浮かんでいる。
ふと視線をあげると少年の顔があった。
いかにも不機嫌そうな表情だった。目元のホクロをのぞき病的に白い。ちょっとしたアイドル俳優のように思える、男子らしからぬ容姿をしていた。
その造形美はなんら普通のものである。しかし既視感を覚える。どこかで見たような。まさか本当にアイドル俳優ではあるまい。靄がかる正体に気を取られて眉根を寄せる。すると少年が口を開いた。
「これファンデーション?」
「天瓜粉……ベビーパウダーです」
「なら叩いておちるか」少年はつぶやいて踵をかえす。
私は慌てて追いかけた。ところが手のひらで制される。
「お互い怪我もないしいいよ。それに俺よりキミの顔のほうが大変じゃない?」
厚化粧ではない。はたいた粉が落ちたところで問題のない薄化粧であった。そもそも化粧の部類にはいるだろうか怪しい。少年からみて化粧崩れした顔に思えたのなら、それは審美眼の差でしかない。
どちらが足を止めた、止めなかっただのの犯人探しは無意味だ。
朝の通勤通学の大所帯に喧嘩にならないだけマシだった。
「アハハ……お気遣いありがとうございます」
私はつとめて明るく笑いとばした。
――という朝の出来事を同級生に目撃されていた。
教室に踏みこんだ途端、雑談すらしたことのないクラスメートに囲まれる。
女生徒いわく、少年は他校の有名人であった。アイドル俳優ではなかったが新興宗教の神あつかいだ。要するにファン倶楽部がある。耳を疑わざるを得ない。今どきそんな純情めいた集まりがあってたまるか。
ファン倶楽部が創設された理由に、信仰するごとく神として崇められる原因があった。特定の彼女をつくらないのだという。誰が挑戦しても少年を頷かせることができなかったのだ。
もともと彼女がいるのではないか。しかしそれらしい目撃情報のない状態ではいっさいの根拠たりえなかった。少年自身から言質をえるまでは、ただ恋愛沙汰に興味がないだけなのだと盲信されていたのだ。
クラスメートは少年について「お家を継ぎたいから身も心も清らかな身体でいるらしいよ」と奇妙なことを話しはじめて「でないと結婚できないからだって」などと強烈なことを語りだした。
「将来と天秤にかけたら彼女なんていらないってすごいこと言うんだって」
この話が真実ならばあまりにも時代錯誤甚だしい。
少年にとっての常套句ていのいい断り文句ではないのか。
それでもクラスメートは自身の肩を抱きしめながら心底嬉しそうに言った。
「いいなあ。朝から逆木くんと話せて。羨ましい」
「さかき……逆木くん?」
まさかの苗字。
クラスメートはなにを勘違いしたのか、口ごもる私に、異端者を見るような顔をした。彼を知らないなどとは言わせない。常識はずれなと責めたてる。まさに吊るしあげられる雰囲気だった。私は勢いにまけて何度も頷いて場を収める。
下手なことは言えない。そこかしこに熱烈な信奉者がいるようだ。
「逆木くんって一体どういう人なの」
「お坊ちゃんなんだよ。横浜の旧家なんだって」
「横浜の……どこかわかる?」
「えっと、たしか三ツ境だったかなあ」
断片的な情報を繋ぎあわせて確信した。靄がかる既視感の正体が晴れていく。
思えば少年は逆木に似ていたのだ。他人の空似ではない。逆木は目を奪うほどの美青年ではなかったが、二人ともに目鼻立ちそっくりであった。これで苗字を同じくする他人ですとは通らないだろう。
ふとご飯茶碗が割れたことを思い出した。
これは虫の知らせか。いつもの嫌な予感か。
私は妙なことに鋭い。おそらく今日も悪い方面で幸先がいいのだ。悪い予感はだいたい当たるように出来ている。なんだか妙に心がざわついてしかたなかった。
「お家を継ぎたいって逆木くんは言ってるんだよね。それってたしか?」
「たしかだよ。思いきって声かけて聞いた子がいるから」
なんて勇敢な子だろう。
「その子は告白でもしたの?」
「でしょ。でも失恋っていってもアイドルに好きですって言うようなもんだよ」
あっけらかんとしている。当たって砕けろ前提の告白だったか。一種の青春めいた儀式だ。噂に違わずの結果にさぞかし落ちこむわけでなし。想いを告げたという実感が重要であるらしかった。
「七道さんそんなにきになるなら二限目の間にでも声かけてきなよ」
隣のクラスの可愛らしい女生徒が告白して振られているらしい――
クラスメートからもたらされた情報に、私はありがたく食いついた。
一限目が終わるやいなや、そろそろと動きだす。廊下から隣教室をのぞきこめば取次ぎはスムーズに行われた。怪しまれることはなかった。
緊張していたので拍子抜けだ。それもそうだ。ここは学校であって信用にたりる人間しかいない。私は制服を身にまとっているし、学生手帳が配布されたれっきとした在校生なのだ。
「あれ、隣のクラスの子だよね。どうしたの?」
「急にごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあって――」
隣のクラスの可愛らしい子は自他ともに納得できる美少女であった。それに開放的な性格でもあった。失恋話を根ほり葉ほり聞きだそうとしてくる、普段関わりのない同級生につらつら四方山話のていで語ってくれた。
美少女は腕を組みながら不思議そうに呟いた。
「逆木くん嘘ついてるような感じしなかったんだよね。本当のこと言ってるとも思わなかったけど。噂以上にミステリアスだったし」
「……なんていうのかな、日本人なんだけど日本人じゃないみたいな」
「それって顔立ちがってこと?」私は首をかしげた。
「雰囲気ね。上流階級っていうか別世界の人みたいな」
「それはまあ……あれだけ整ってればそうかも」
「ほら逆木くんって送り迎えの車がきてるから余計にね」
逆木家は製糸業で成功した旧家であり、現在だって遺産相続で揉めるぐらいには資産家だ。子供の登下校中に何かあればただ事ではない。故意の事故、誘拐事件、身代金要求、さまざまな危険の可能性がある。送迎に運転手くらいは雇うはず。
しかし、いくらなんでもずいぶんと警戒してるんだな、とぼんやり思った。
では今朝の出来事はなんだったのか。私達は駅で会ったのだ。
たんなる運のめぐりあわせ……。とはどうしても言いづらい。
「外車での登下校みてキャーキャーいう子がいるの」
少女漫画の世界だ。黒塗りのセンチュリーやらクラウンやら、外国産の高級車であれば盛りあがること必然。白馬の王子様よりもいっそ清々しく現実的である。
顔よし頭よし家よしときて空きがない。これでは嫉妬すら湧かない。しかし憎しみは買うだろう。大金というものはそれほどに人を乱すものなのだ。
それに――逆木家こそ、その金がもとで諍いあっている。
「そういえばどうしてこんなこと聞きにきたの?」
「わ、私も逆木くんに玉砕で告白でもしようかな……なんて……」
しどろもどろにごまかした。美少女からまんじりと顔を見つめられて恥ずかしくなる。後の祭りだが頬周辺の粉くらい叩きなおしてくればよかった。
それから放課後いざ帰宅となった時、改めてクラスメートに今朝の出来事を囃したてられた。なんでも二度あることは三度あるの諺のとおり、一度目には二度目がつきもの。要するに少年ともう一度会うだろうと。
もしかしたら再会するのではないか。そうしたら連絡先を聞いてほしい。精一杯に懇願された。まさかそんなことあるだろうかと思いつつ適当にうなずいた。言霊というものがちゃんと作用するのならばクラスメートの情念は凄まじいものだ。
駅舎の階段をのぼりはじめたところで後ろから背中を叩かれた。
そのうちに「ねえ」と声をかけられる。朝聞いた声と同じものである。
瞬時に考えを巡らせて、私は恐るおそる肩越しにかえりみた。
「七道楓子さんだよね……すこし話せる?」
――內敌。なかの敵。内に敵あり
逆木が残したメッセージが脳裏をよぎる。
少年は逆木家を継ごうとしている。
そういう気概があって相続人としてきっちり遺産を要求するつもりなのだ。ならば逆木の祖父が望んだ骨壷の行方こそが、現在の懸案事項であるはずだった。
顔見知りでもなんでもない一介の女子高生に声をかけ、あまつさえ名前まで入手しているとなれば、話しされる内容は骨壷関連で間違いなさそうだ。
「朝の人ですよね……なんで名前しってるんですか」
「ああ。それは知人に聞いたんだ。その制服見覚えがあったから」
しれっと答えをかえしてくるが、知人の正体を明かさずに話を濁している。
「七道さん本人に話というよりも……ある骨董屋について聞きたいんだけど」
「え……えーっと」私は大いに訝しんだ。
ユエン兄さんの商売には損失を与えたくない。無論のこと足を引っ張りたくもない。少年の事情は知らないが、やはり長年付きあいのあるライヤンリーには儲けてもらいたかった。であるからして唐突な接触は警戒するにこしたことはない。
これをきっかけに逆木が遺産相続争いから蹴落とされれば、三千万は返金されず、それどころか交渉はご破産となってしまうだろう。それは火を見るより明らかなことだった。
ユエン兄さんを介さずに逆木家の問題に巻きこまれでもしたらとんでもない。映画でもドラマでも古い小説でも、遺産相続は血みどろと相場が決まっている。考えるだけで悪寒が走った。
「私からお話することはありません!」
きっぱりと断言して踵をかえす。一足飛びで階段を駆けのぼり、駅舎を流れる帰宅時の人混みに紛れこんで、煙のようにかき消えた。都合よろしく出発直前の列車に乗りこむことができたのでほっと胸を撫でおろした。
ところが地元駅に到着しても悪寒はやまなかった。汗まで流れてくる。自転車を漕ぐ力も残されていなかった。このまま帰宅したところで自宅には誰も居ない。
商店街を歩いているうちに意識まで朦朧としてくる。倒れるなら母親のいる化粧品専門店よりも、西外れに店を構えるライヤンリーに向かったほうがいい。なんとなくそう思った。そうして路地奥の壁に手をついたところまでは記憶にある。
その後のことはまったく覚えていない。
ただユエン兄さんのことだからタイミングよろしく事を運んでくれるはず。という希望的観測は持っていた。現に私は小部屋に置かれた長椅子で目を覚ました。
おかしな夢をみていた――
何処だかわからない。中華建築風の霊廟にいた。庭園の小さな祠には線香の煙が焚きしめられていた。石棺を椅子に腰かけた小柄な女が、膝に寝かせた子供の頭をなでている。
桃花のような小さな唇からは美しい歌がこぼれていたが、何を語っているのかは理解できなかった。ただあれは中国語の子守唄だと思った。
メイファン……パアォパアォグアィ……
メイファン……パアォパアォグアィ……
一度も聞いたことがない曲だった。
なのに、とても懐かしい気持ちになった。
「ああ……びっくりした……!」
波間で息継ぎをするような息苦しい感覚で目が覚めた。
慌てて身を起こして視線を巡らせると仏頂面のユエン兄さんと目があった。
そりゃあ機嫌も損ねる。昏倒した私を介抱できたのはユエン兄さんだけだ。男手があっても人一人分の体重には手間がかかる上、倒れた私を見つけた時など、さぞかし驚いたことだろう。
もしも立場が逆になったら落ちついていられるか?
考えただけでも恐ろしい。
「心配かけてごめんなさい」
ユエン兄さんは「うん」とだけ頷いてそれ以上怒ったり責めたりはしなかった。
「意識のない間に触診だけど少しだけ診させてもらったよ」
「それは構わないけど……どこがどんな感じだった?」
ユエン兄さんは小卓に頬杖ついて眉根を寄せていた。
そうやって長いことこちらを眺めていたのか、片頬に服皺の跡がついていた。
「脈に問題なし。下瞼も赤かった。あとは舌の動きだけ診てもいい?」
「あっかんべーして」子供の相手をするように諭される。
私は渋々と大きく口をあけて舌根まで伸ばした。
「どれどれ、水分不足かな。あと動きが硬い。自律神経に問題ありだね」
舌裏の血管をみて判断された。身体は見るからに怪我はなく、頭部や背中に打撲の痛みもない。胸部の違和感もなく、手足だって痙攣していない。悪寒もすっかり収まっていた。
一種の興奮状態だったのかもしれない。手のひらが異様に硬くなっていた。
「たぶん慌てて走ったからかな……」
「慌てて走るようなことでもあったの?」
私はことの経緯をユエン兄さんに明かした。逆木の親類にあたる少年と接触したこと。憶測の域をでないが改札口での激突事件を引きあいに、骨壷の情報を引きだされそうになったこと。
逆木が遺産相続の要である壺を手放したことは、もしかしたら親類関係者には周知の事実なのではないだろうか。そうやって少年はライヤンリーにたどり着いた。しかし店主であるユエン兄さんではなく、私に接触してきたのは謎である。
「この護符に覚えは?」
「なにそれ」私は驚きに目を瞠った。
なにやら鼻先に突きつけられた。
ユエン兄さんは一枚の黄色い紙を摘みあげている。紙には蚯蚓が二匹のたくったような、解読不能な文字が書かれていた。黄色い護符に朱墨の文字。古い中国映画に出てきた護符に似ている。というかそのものだった。
「楓子の背中に貼ってあった」
「うそでしょ!?」
これを貼りつけたまま電車に揺られていたのか。今日とて何十人とすれ違ったのに。毎日使用する通学路だ。考えただけで居たたまれない。
顔面がひたすらに熱くなった。犯人は決まりきっている。私の背中に触れたのは件の少年しかいなかった。奴めとんでもないことをしてくれた。
「な、なんて書いてあるの?」恥ずかしさのあまり舌が絡まる。
「勅令陏身保命。キョンシーに貼るやつ。つまり従わせる符呪だね」
キョンシーとは中国に伝わる屍の妖怪である。苗族の趕屍術とされる、故郷での埋葬のために死体をおのずから歩かせる巫術を下敷きにした伝説であり、成仏しなかった蘇りし屍の妖怪のことをキョンシーと指す。
術者の呪力によって存在するもの、自然的に発声したゾンビめいたもの、その二通りがある。人為的によって蘇りし屍はその額に黄色い護符を貼る。術者はそうしてキョンシーを意のままに操るのだという。
要するに生きている人間に使う護符ではなかった。
「な、なんでキョンシー用なの!?」
「僕に言われてもねえ。まあ呪いっていっても効果はなかったよ」
言うやいなや、ユエン兄さんは符呪の護符をビリビリに破いてしまった。小卓に黄色い紙屑が落ちていく。護符の存在がやけに非現実的に思えた。
物の力が失われるのは形が失われた時だという。その言葉のまま躊躇いもせずに壊してしまえるのは、無謀なのか勇気なのか。これをいとも簡単に実行できてしまうユエン兄さんに勝る存在は、この町には居ないだろう。
「ようは気の持ちよう。でもこれは僕に対する牽制だね」
散らばった欠片に目をやれば、裏面に名前が書かれていた。
禹袁――ユエン兄さんの字である。