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第05話 比翼の玉壺氷(伯爵夫人邸の女)

 

 逆木家は神奈川三ツ境の一族である。

 養蚕業から製糸業を営み財を成した家柄であるが、それ以前に甲斐武田の嫡流を組む血統であるとして地元ではもっぱらの噂であった。


 というのも家系図が何処から本物であるか、今となってはわからないのだ。

 証拠を出せと迫られて家々の系図を遡って辻褄があうということ、これが明らかな血統の出処でしかなかった。


 火龍とは字のごとく火の龍。土地柄に当てはめれば龍は川を指す。

 ならば火は火災と関わりがあるのだろうか?


 さて比翼の壺についてだが、ああして時間をかけたライヤンリーでの懇談会もとい商談はついぞ整うことはなかった。


 終日ひねもすのたり、午前いっぱいを費やして月江院も逆木も折れることがなかったので、ユエン兄さんが間にはいって小休憩を設けたのだった。


 光陰矢の如しで昼餉の時間になった。商店街貢献にともない中華飯店からラーメンを出前したのだが小卓では心許なく、店内で汁がはねる危険性を考慮して逆木だけが外食と洒落こんだ。


 私は年頃の乙女心から人前でのラーメンは御免こうむり、結果ユエン兄さんと月江院だけが小部屋のなかで油の浮いた濃味の醤油ラーメンをすすっていた。


 そうして商店街の中華飯店は細麺である。なによりも私は太麺派であった。


「あの壺が逆木の爺さんを呪い殺したとでも言うのか?」


 月江院は猫舌らしくレンゲに麺をのせて食べている。

 冷まし冷まし息を吹きかけるごとに神妙な顔つきになっていた。

 逆木が席を外しているため、無遠慮にユエン兄さんから話を聞きだそうとしている。


「呪いがあるならね。そもそも呪い殺すっていっても因果関係が目に見えてはっきりと残されているものならまだしも、単なる口伝のもので、壺は長いこと逆木家にあったのに逆木さんのお祖父様は長生きだったんだ。これでも呪いのせいだというだろうか?」


 齢八十を越えた老人の死が前提にある話だ。しかし所持期間の長さは関係ないと思う。呪いの発動に条件があれば、半世紀逆木家の蔵でガラクタ扱いされていたとしても、老衰による大往生を妨げることにはならないのだ。


 月江院はいっときレンゲを手放して悩ましげな声をあげた。


「お前はじめから壺の正体知っていたな。そのくせ昨日の今日気づいたみたいな言い草で。どうして五百万の儲けで気がすまなくなったんだ?」


「だから付加価値が変わったって話したろう。あと鑑定ミスじゃなくて査定ミスだったんだよ。あの壺に気づいたのだって昨日だったんだから。言うならば感情で物事を図ったわけではない。これだけは信じてほしいよ」


 重箱の隅を突かれてもなお、ユエン兄さんの態度は嘘偽りなしといった様子で、要するに罪悪感の欠片もないのであった。その鉄壁な胃腸をもつ精神の丈夫さに尊敬の念すら懐きつつある。


 なにしろ他人の意見など知ったこっちゃないという自己中心的な思考というよりも、商魂猛々しく狷介不羈けんかいふき、気質にブレのない対応であるからだった。


 これは古物を扱うゆえのものかもしれない。常連客である月江院の太鼓を持たず、関係性には上も下もなく、客あしらいも主の意のままだった。


 ものが気に入らなければ売らず買わないといった問題で、そもそも為人など界隈の上流では問題視していないのかもしれない。もっとも大切なのは真贋をあばく目利きと、店と客との信頼関係であろう。


 やはり個人の好みによって通う店は熟考したほうがいい。

 ユエン兄さんが変わり者なら、月江院だって十分変わり者なのだ。


「じゃあ一体なにで壺の価値を計った・・・の?」


 私は胡乱げな視線を投げかける。手持ち無沙汰に小卓の縁をなぞりながら、なんとはなしに会話へ割りはいった。それに月江院は予予同意見らしく頷いた。


 ユエン兄さんは「第六感かな」と一言。


 買取価格が三千五百万以上に膨れあがった理由、それは逆木の祖父が執着をみせた青磁の壺にあるのだという。


 真作のレプリカなら三千万で済んだ話。贋作のレプリカだって十万もしない。

 そうやって私に断言したのはユエン兄さんであったはず。


 意見を変えるきっかけがあったとすれば、それは昨日今日つづけざまに逆木が店を訪れたことにある。確信にいたったのは不法侵入未遂の現場に居合わせてからだろう。


 骨壺に求めるもの玉器にあらず。磁器にこそ玉に勝る価値をみる。はたして歴史上の誰でもない存在が欲しがった、たったそれだけの逸話と来歴で十万そこらの偽物が大金に化けるだなんてことあるのだろうか。


「壺はもとから逆木家にあった。父子の血筋で受け継いできたトンデモなものを、わざわざ手に入れたと自慢する道理はないよね。この先誰に売るでもなし。だから僕は逆木さんのお祖父様が比翼の壺を持っていたことを知らなかったんだ」


 ユエン兄さんは見てきたように語る。

 千里眼の力のごとき口ぶりで不思議だ。


「本当に価値あるものは人前に出さないよ。門外不出。家によっては時おり見せびらかすために名目上の茶事があるけど。ほら茶の湯ってそういうものだから」


「言われてみれば、お金持ちの人ってお茶会やりたがるイメージだよね」


 私が関心すると、やれやれといった様子で、月江院が嘆息した。


「政治家の食事会みたいなもんだな。茶会のがお上品に見えるだろう」


「えっと……作法の勉強しないと参加できないってところがぽい感じですかね。知識の啓蒙の限定? でも現代だと庶民だって習い事にできますけど……」


「そうだな勉強すれば参加はできるな。しかし呼ばれないかぎりは参加もできないが」


 ぼうっとした表情を浮かべながら、月江院は再びレンゲに手をもどした。


 私は割れてしまった茶碗を思い出した。


 一国の戦国武将にとって茶の湯とは必須の教養とされた。それも茶器を恩賞として分け与えるための建前。豊臣秀吉以前からの仕込みだ。つまりは織田信長が茶器たる茶陶に目をつけた頃の話である。


 日本の茶陶文化は政治。それまで茶道具は唐物であった。

 もっぱら唐時代にかき集められた美しきものであり、愛でられる大陸文化の極みで北海の向こうからもたらされる美術品であったのだ。


 そこを利用して武家社会に御茶湯御政道たる政治参加の許しをなした。茶陶による俸禄の構造をしいたのが信長公であった。


 これは茶会を開くことに支配者の許可が必要で、まるっきし専権だった時代の話なのだ。


 信長公が茶の湯を利用したのも、足利将軍家が何代もかさねて蒐集した「御物」を披露することで、自身を後継者として天下人たらしめる役割を担っていたからだ。


 そこから茶の湯は戦国的政治色を強めていき、秀吉公の時代で佳境を極めた。しかし戦国が終わりを告げたことで織豊時代で高まった価値はひっそりと断絶する。今は昔のことで、茶の湯は許しがなくても誰でもたしなめるものになった。


 新たな価値を与えるのはいつだって支配者である貴人なのだった。そう思いしらされる。


「逆木さんがガラクタだと思いこんだのは保管方法に問題があったんだろうけど、家族にも壺に関して一切自慢しなかった壺翁の感覚ゆえかな。それとも家を継ぐ者だけが壺本来の価値を知らされるって決まりなのかも」


 そうしてユエン兄さんは箸をおいて息をつく。どんぶりの底には香辛料が浮いていた。


「じゃあ骨壷はフェイクかもね。後々壺を手にした人にだけ真実を話す、みたいな流れだったりして。それなら家宝レベルの骨董品だって手放さないですむし」


 私はつづけざまに思いついたように呟いた。


「というか故人の希望にそったそわなかったって、実際のところ関係者しかわかんないよね。家族もあの壺は墓にはいってるんだって思いこんでるんなら尚更――」


 かるく世間話のていで言及する。すると男達は渋々唸りはじめた。


「あの三ツ境とかいう顧問弁護士がそういう人間ならうまくいくだろうな、俺だって呪いの壺だろうが二つ揃えてほしいことに変わりはないんだ……絶対ほしいんだ」


 何がそこまで言わしめる。月江院の蒐集癖を煽るものは一体なんなんだ。ユエン兄さんの言うとおり、生きる世界が違いすぎて私にはわからなかった。

 執着する心はもはや狂気の沙汰だ。返答にあぐねいていたところ、ユエン兄さんが話の筋道をそらした。もとい修正した。


「その可能性は否定出来ないね。まあそもそもが、二つあるうち、どちらが正解であるか答えを知るものがいなくては、この骨壺問答に終わりはない」


「たしかに言われてみれば」


「弁護士はもちろんのこと逆木さんの親族の誰かしらは答えを知っていないと。それこそ前もって示しあわせなければ答えは用意できない」


 では顧問弁護士の三ツ境とやらが用意したライヤンリーへの紹介状はなんだったのか。


 もしもの話――呪いの壺を呪いの壺と知らせぬまま手放すように仕向けていた。すると弁護士経由の紹介状もわかる。逆木家を呪いから解放するための一計だったのだ。だから逆木の向こう見ずな行動は止められなかった。ガラクタは好きにしろと言われていたのだろう。


 もしもの話――失われた壺を補うために青磁をこしらえた。呪いを防ぐために用意したのだ。しかし玉器ではない。あくまでこれが青磁である理由とは一体。これこそ十万もしない偽物が大金になりえた原因であるだろう。


 由緒正しい血筋の逆木家なら、費用を渋るほど困窮していたわけではなく、むしろ財源は有りあまっていたはずだ。たまたま時期が悪かったのか。ある程度の大きさの本翡翠の入手に困難したのかもしれない。


 こうやって前提があれば理解できる。青磁の存在だって説明がつく。

 ただしこれは妄想からの推測でしかない。やはり当人故人である以上、真実が語られなければそうしたことは謎のままだろう。


 ぼんやりと考えこんでいると、月江院が大袈裟にため息をついた。


「しっかし死人からとりあげるのも夢見が悪いしな……」


「そう。じゃあ二つとも諦める?」


「う~ん、俺は買うのをやめるとは一言もいっていないぞ」


 男達の呆れた会話をよそに、私は深々と呪いについて考えた。


 例えば、妖刀村正がことごとく妖刀足りえるかといった話である。

 刀工集団が徳川家を恨んでいた話はない。刀の所有者に縁起の悪い出来事がつづいたという話だけだ。これこそ周囲の念じた偏見による妖刀伝説なのだ。


 壺に対しても同じことがいえる。本来が呪術用の祭祀道具なのだから、これを復元したということで呪術的オカルト話でもってレプリカに呪いが生じているのかもしれない。つまり思いこみからの呪いなのではないか。


 はたまた清王朝の混沌とした時代のことだ、レプリカを怪しげな呪術儀式に用いたことで壺が呪いそのものと化した可能性もある。この場合はあまりの禍々しさゆえに思いこみとは断言できない。


 ユエン兄さんいわく、物の力が失われるのは形が失われた時らしい。

 そう――物の呪いにはまっとうな逃げ道があるのだ。いざとなったら壊してしまえばいい。これは簡単。しかしそれが出来れば苦労はしない。


 骨董品には重ねてきた年月がある。人間の寿命では到底むりな時間の流れだ。私はそれが途切れることを勿体無く感じる。たぶん普通の人はそうだろう。古い物にはなるべく壊れてほしくないと思っている。


 しかしユエン兄さんは違うことを考えた。それが運命なのだと言ってのける。だってそういう人間でなければ、呪いの壺なんてわざわざ買わない。ましてや売ろうなんて考えつかないのだ。


「やれやれ、月江院はとんだ変わり者だよ」


「なにいう。お前には言われたくないぞ」


 和やかに会話する二人を見つめて、私は身震いした。



 ***



 昼餉のため伯爵夫人邸にむかった逆木が帰ってこない。

 二時間たっても連絡ひとつよこさないので、重い腰をあげて迎えにいった。


 伯爵夫人邸は商店街の中ほどにある、大宮駅近くにある喫茶店の姉妹店だ。ということになっている。正しくは憧れゆえにその喫茶店を模したというのが真相だった。


 古きよきメロンソーダフロートが定番メニューで、ナポリタンはケチャップ多めで甘酸っぱく美味しい。私の外食先といえば伯爵夫人邸である。骨董屋ライヤンリーともに通いつめて十六年。ふらっと店に踏みこみやすかった。


 ドアを開けばカウベルのような低い響きの門鐘がゆらゆらと鳴った。


 店内には季節早にうすらと冷房の風がひらめいている。二世代前の歌謡曲のレコードが回るカウンター奥、酒瓶の並べられた円卓に背中を丸めた逆木がいた。薄暗がりに俯いて熱心に物書きしている。なんとはなしに声をかけるのを躊躇われた。


 息をひそめて窓際のボックス席に腰かける。すると支給係の店員が声をかけてきた。フォーマル型の制服をきた丸眼鏡の少年である。彼は元同級生であった。親しげに接客してくれるのだが声が少々大きかった。


「少しおそいお昼ご飯だね。いつものでいい?」


「う、うう~ん……」


「どうしたの具合でも悪い? ハウスダスト?」


 旧知の間柄である丸眼鏡の少年、守矢は骨董屋通いの私の身体を案じていた。


 というのも彼自身が角な潔癖症であり、小児喘息経験者につき埃に過敏であったこと、幼少期にライヤンリーで湿疹にみまわれて、古物ゆらいのアンティークの雰囲気や臭いに苦手意識を持っていることが原因であった。


 しかしハウスダストとは心外である。日課の駝鳥の羽ハタキですら清潔なのだ。ライヤンリーの掃除係ことアルバイターである私は、そっと顔を顰めた。

 だが否定することで会話がつづくことを懸念した。昼の客足が遠のいた店内で、こうも会話に興じてしまえば逆木に気づかれてしまうだろう。


 観葉植物の間から顔をのぞかせて視線を泳がせた。

 丸眼鏡の守矢は、おやと首を傾げて、ようやくして声をひそめた。


「あの人知ってるの? このへんの人じゃないよね」


「このへんの人じゃないよ。ライヤンリーのお客さんだから」


「へえ〜……いろんな人がくるんだ」


 店絡みの話題であったためか、丸眼鏡の守矢は興味なさげに頷いた。それから「いつもの持ってくるね」とオーダーを確認してキッチンに姿を消した。


 小さなコミュニティは部外者を警戒して煙たがる。こっそりと興味本位だけで深追いする。商店街は田舎特有の監視社会そのままだ。

 そうした閉塞感はある種、自警団の役割も担っている。だから森のはたに暮らす小さな集団、私の家族は、何度も洗礼を受けてきた。


 そういうものは興味なさげな元同級生の態度くらいで十分だ。


 でもたしかに一心不乱に物書きする逆木は、傍目からしても怪しい存在だった。

 私は胸の内でケチをつけながら、窓硝子越しに商店街の表通りに顔を向ける。目につくのは閑散とした店構え。休日の正午すぎにしては寂れた佇まいすぎた。


 あまりの眩しさに目がくらむ。


 晴天からそそぐ太陽もあって、窓硝子に反射する店内の様子は、蜃気楼さながらに朧げな姿で映りこむ。カウンター奥にいる逆木は薄暗がりに包まれている。目を凝らしてもはっきりとは見えない。まるで正体のない幽霊のようだった。


 私はじっと私の顔だけを見つめつづけた。


 しばらくして定番ナポリタンが運ばれてくる。セットの付けあわせはガーリックスープと、クルトンを添えた櫛形トマトのサラダ、口直しのミントティー。そうして同時にだされた甘味はメロン色の寒天ゼリーだった。


 一斉にテーブルいっぱいに並べられて身の置きどころがなくなる。

 丸眼鏡の守矢は「他に入用があればベルを鳴らしてね」と踵をかえした。

 淡々とした冷ややかな口調だった。一瞬すわ嫌がらせかと錯覚したほどだ。


 ナポリタンの側には錫製の呼び鈴が置かれている。その下にひかれたオーダー表には、付けあわせの一切諸々が無料サービスに含まれていることが書きこまれていた。疑いは瞬時に晴れた。


 ユエン兄さんに言伝を頼まれてから半刻も経っていない。まさか寄り道しているとは思ってもいないはずだ。私はずっと無心を装っていたが、その実ラーメンを横目に空腹をこじらせていた。なので昼餉を済ませてから逆木に声をかける魂胆だった。


 でなければ行きちがいで骨壺問題が解決してしまうかもしれない。私がいない間にトントン拍子に話がつけば、ユエン兄さんはそれから先、顧客の話をしたがるかわからない。できれば終わりの節目までは同席したかった。


 そうやって食事を終えた時だった。

 口直しのためにと伸ばした指がとまる。爽やかな香りをあげる伊万里の金襴手カップに人影が落ちた。ふと顔をあげると、店内通路に美しい女が立っていたのだ。


 豊かな黒髪をまとめあげた有閑夫人。つば広帽子の陰りのなか、ひそめて艶めいた唇が不満げに歪んでいる。青白い顔なのでぱっと目についた赤紅が、なぜだか吸血鬼の血糊のように思えた。


 ようく見れば、伯爵夫人邸の名に恥じぬ、高貴な女性のいでたちをしている。


 服装は明らかに既製服ではない。人魚の尾びれのような袖口からは、手弱女のごとき細指が霞めてうかがえる。清楚に顎下で結ばれた帽子のサテンリボンは、風にひらめく洞窟の水面のように青かった。照りかえす色味が酷くなまめかしい。


「道真さん、もういいですわよね。十分待ちました」


 逆木は胡乱げな表情を浮かべて立ちあがる。店内にいるのは店員を含めて五人。キッチンの店長。カウンターの元同級生。ボックス席の私。三人はそれぞれ固唾をのんだ。


 逆木が覚束ない足取りで扉前にでやった。手に掴んでいたオーダー表をつり銭皿に置く。一度たりとて女と視線を交わせようとしない。女はといえば、丸眼鏡の守矢が会計レジを打つのをじっと眺めていた。


 逆木が財布から札をだした時、ボックス席の足元に紙切れが飛んできた。レシートが数枚。逆木はそれを言葉もなく拾いあげる。そうして顔をあげた瞬間、たしかに目と目があった。それでも逆木は私の存在を気にとめず、早々と店から出ていってしまう。


 女もゆったりと身じろいで一度だけ扉前で歩みをとめた。肩越しに店内を一瞥したが、しかしその目が捉えるものは何もなかった。綺羅びやかな袖口をひるがえして外へと出ていく。

 二人は路駐していた車の後部座席に乗りこんだ。車はまるで時間を惜しむように即座に走りだした。それは商店街の表通りに相応しくない黒塗りの高級車だった。


 ドアマンに徹していた丸眼鏡の守矢が扉から手を離した。

 公爵夫人邸には門鐘がゆらゆらと鳴るばかりである。

 そういえば――女が店に入ってきた時、この門鐘は鳴っただろうか。

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